
2012年 旧元旦 新月
皆様 今一度 明けましておめでとうございます。
今日の新月 旧正月が
自分自身とって 感覚的にも 日々の日常の上でも
新しい年として、しっくりきます。
いつからか 意識するともなく 月のリズムで生活するようになりました。
ここ、三、四年くらいの間に自然にそうなり
カレンダーや時間よりも
満月だな・・そろそろとか 次の新月までに これをしとこういとか・・・
畑に立つ様になり より 月のリズムに あわせて
生活するようになり
海で 波乗りするのも
月のリズム
阿波の地に きて 先輩方が 当たり前に
月のリズムで生活しているのを
とても 自然に感じます。
頭や思考は 社会のリズムを認識し 一月一日を節目と捉え
感覚や身体 仕事は 今日 この旧正月にあってきています。
そして 新月
まさに 新しい年 新しい月
変に、意識することなく
正月が二回!? くらいで 楽しみます。
今年は月と共に 生活してみようかなぁ〜
そして 月の影響を、植物や生き物達が取り入れる際、必ず水をとうして
体内に取り入れるそうです。
満月ころの 雨が降った後に、畑に種を降ろすと
発芽がいいのは 植物が 一番、月のエネルギーが強い 満月の光を
空気中の水分 大地の水分をとうし エネルギーとして取り込むからです。
龍年 水の年
月と 水・・。
ここの フィールドは 夜とにかく 真っ暗で
満月の夜は 月明かりで本が読めるほどです。
最近 スピリチャルな切り口から 満月や新月を捉え 色々と耳にします。
それはそれで とても 楽しいです、
満月の光で植物達や 自分の手のひらが 光る様子を見ていると
不思議な 意味でなく 当たり前に 月のエネルギーを受けているのを体感します。
お日様を受けているのと同じように・・・。
新月は 星が輝き 宇宙の中に 地球があり 大気に守られ
多くの生きとし生ける命が 生を営んでいるのだなぁと・・
スピリチャルという言葉が 先行し 流行のようになっています
きっかけとしては 面白いし
自然から離れた 人の社会にとって今一度、 大切な 先祖から脈々と伝えられてきた感覚
人生の営みを取り戻す上では この スピリチャルも悪くはないのかなぁ・・
スピリチャルな世界 イコール 不思議な世界 というのに
とても 違和感を感じます。
霊的なこと それも 先祖からの思いや 自然の循環には当たり前のことのように
直感 や シンクロニシティも 桜の花が四月に咲くように
渡り鳥が 季節に動くように・・
お腹が 決まった時間にすいてきて 夜になると
眠気が来るように・・
自分自身の中の 命のリズム と 地球のリズム 宇宙のリズム
それが 一つであるだけなのかなぁとか
命の循環
人レベルで 食生活 がみだれ 夜は昼のように明るく
冬にもトマトが 並び ・・
そんな なかで 不自然さの蓄積が 人の営みが 一番で
自然と一線をひいたような 錯覚を作り出す
自然という言葉の響きに 緑を連想してしまうけれど
お腹がすくのも自然
お母さんが子供をあやすのも自然
稲が秋に実るのも自然
お日様が昇り 朝 それも自然
僕ら人間が 不自然を作り出し まるで自然を支配しているかのような
勘違い
それも 大きな意味で自然の一部でしかないのかなぁ・・・
自然と不自然の間 それが スピリチャルなのかなぁ・・・
とか 思うと 面白いなぁ
自分の中では 還らないもの 廻らないもの
が不自然なのかな と 最近思います。
原発のように 絶対に還らない 不自然
それも 元は 人の心の不自然から生まれてきた
自分から出る言葉 行動 食
生活 命の営みが 少しでも自然に 還るよう
日々 予習復習しながら 生きて生きたいです。
なんだか 言葉が 溢れてきてしまい 長くなってしまった・・・
写真は
儀式!?
一月一日 正月に ピンと来て
京都の鞍馬山の 石を ここ御所野のフィールドに 埋めた時の様子です。
何も考えずに かってに はじまり 終わりました。
ここは 京都と縁が深いそうです
生めた麓に生える木は
先日 しもの おじいさんから聞いたのですが
先祖や 仏さまなどに 縁が深い木だという事です。
僕には理解できない 何かがあるんだろうか・・・
これは 自然か それとも 不自然
スピリチャル!?
どれだろう・・







