9月19日
長野の戸隠高原のすすきです。
蕎麦の花が咲き出し、もうすぐ彼岸花も。
野を焼くけむりの匂いも秋らしくていいものです。
兵庫県浜坂町諸寄に1880年に前田純孝は生まれました。明治末期の頃の歌人です。家族との確執のため、東京へ出て「明星」に参加しました。石川啄木と並び「東の啄木・西の翠渓(純孝の号)」とその才を与謝野鉄幹に愛されました。
父は純孝の母よりも、家格の差ゆえ結婚できなかった娘を愛し、実母は里にもどってしまいます。その娘が継母となって家に入ったことが彼の人生を追い詰めていきます。肺を病み帰郷するのですが、継母との反目が始まるのです。
短歌だけが生きる支えとなり、ひたすら作歌を続けますが31歳という若さで亡くなりました。
胸の上の氷嚢のきしる音
くやしさをわがかみしむる音
いつとなく悲しきことにならされて
人に語れば人ぞまづ泣く
ふと目覚め虫の音を聞きふと目覚め
風の音聞く秋のさびしさ
悲しみは悲しみを呼び悲しみは
悲しみを訪ひ我れに集まる
いくとせの前の落葉の上にまた
落葉かさなり落葉かさなる
日本海に面した諸寄(もろよせ)地区に歌碑が建っています。
浜坂町では「前田純孝賞」を設けて全国から短歌を募集しています。郷土の誇る文学者として人々は彼に共感を寄せているそうです。
すさまじさを感じつつ、全歌集を読みました。死の床で尚も短歌を詠みつづけた純孝の心の昇華が胸を打ち、忘れられない歌人の一人となっています。

長野の戸隠高原のすすきです。
蕎麦の花が咲き出し、もうすぐ彼岸花も。
野を焼くけむりの匂いも秋らしくていいものです。
兵庫県浜坂町諸寄に1880年に前田純孝は生まれました。明治末期の頃の歌人です。家族との確執のため、東京へ出て「明星」に参加しました。石川啄木と並び「東の啄木・西の翠渓(純孝の号)」とその才を与謝野鉄幹に愛されました。
父は純孝の母よりも、家格の差ゆえ結婚できなかった娘を愛し、実母は里にもどってしまいます。その娘が継母となって家に入ったことが彼の人生を追い詰めていきます。肺を病み帰郷するのですが、継母との反目が始まるのです。
短歌だけが生きる支えとなり、ひたすら作歌を続けますが31歳という若さで亡くなりました。
胸の上の氷嚢のきしる音
くやしさをわがかみしむる音
いつとなく悲しきことにならされて
人に語れば人ぞまづ泣く
ふと目覚め虫の音を聞きふと目覚め
風の音聞く秋のさびしさ
悲しみは悲しみを呼び悲しみは
悲しみを訪ひ我れに集まる
いくとせの前の落葉の上にまた
落葉かさなり落葉かさなる
日本海に面した諸寄(もろよせ)地区に歌碑が建っています。
浜坂町では「前田純孝賞」を設けて全国から短歌を募集しています。郷土の誇る文学者として人々は彼に共感を寄せているそうです。
すさまじさを感じつつ、全歌集を読みました。死の床で尚も短歌を詠みつづけた純孝の心の昇華が胸を打ち、忘れられない歌人の一人となっています。











啄木よりなお切ないですね。読みたくなりました。
暗いけれど歌あればこそ、耐えられた人生だったと思います。
NHKの「花へんろ」というドラマで歌を知りました
松田優作が演じていましたが、実在した前田純孝をさがしていた時、朝日新聞の記事を見つけたのです。
コピーがありますので、どうぞ。