4月20日
今年はお花見を4回もすることができました。
今はもう、花のなごりを惜しみつつ、季節の移ろいに身をまかせるしかありません。
「ひだまり」という高齢者サロンで行なったお花見は、36人の参加。楽しい会話もはずみ、送迎ボランティアをしたかいがありました。花よりおしゃべりの方たちばかりでしたが、お弁当も喜んでくださって、無事終了。
子育てサロンのお花見は、幼いこどもにエネルギーをもらったひとときでした。お母さんたちは、親しい友人を得て、子育ての情報を交換していました。泣いていても、ぐずっていても、こどもはかわいい。文句なしに! 少し天気が下り坂になり早めにおひらきに。17組のおやこが参加してくれました。
さて、短歌の吟行会は、石山寺へ船で行く計画でした。生憎の雨でしたが、瀬田川の桜は丁度満開で、枝垂れ桜もみごとでした。一番丸という客船は、昭和時代を偲ぶ外輪船です。琵琶湖の南湖をぐるっと廻ってから石山寺の船着場に。傘の触れ合う中を多くの客とすれ違いつつ、めざす会場へ。しじみ御膳の昼食後、短歌の例会をして、帰路は送迎バスで石山駅に戻りました。雨の日の桜は、少し色濃く感じられますね。
どうしても行きたかったのは、H市の桜です。懐かしい故郷のお花見を心ゆくまでしてきました。川音を耳にしながら、長く続く桜のトンネルを歩きました。
川音へはらはら花の散ることよ
母の遺作です。芹川の水はたっぷりと流れていました。中学生が竿を手に土手を下り、河原に降りていきました。
「何が釣れるの?」と私。
「鮎です」
と素直に応えてくれました。鮎を上手に焚いて毎年送ってくれた母のことが思われました。鮎の稚魚をお酒と砂糖と醤油で炊き上げ、山椒の葉を添えて。この季節を待ちわびるのが常でしたが、もう今年からは、私が鮎を焚く番でしょうか。
お昼は娘と、レストランへ。父母が親しんだそのお店は、店主も変わらずに元気でした。何かの記念日に二人で行っていたようで、80歳過ぎの店主は父母のことを親しそうに話しかけてくれました。
「そう、お母さん亡くなったの。94歳でねぇ」
「はい、12月でした。寝ている間に安らかにさよならしたんですよ」
私の顔をよく記憶していてくださったと、感激です。父の忌明けの会食をした時に出会っただけではなかったかと思うのですが。私の顔が父か母に似ていたせいかもしれません。「ドリア」が父の好物で、いろいろ迷った末、いつも「ドリア」に落ち着いたのだそうです。そう聞かせてくださいました。父母のふたりっきりの時の様子が思われ、心温まる時間を過ごしました。
一度だけ、わが娘も、ここに来たことがあったそうです。
「仕事の関係でH市にきて、ついでに、おじいちゃん家を訪ねた時、これから食事に行こうと誘われて。やっぱりグラタンライスを注文してはったわ」
父のグラタンは、焦げ目にこだわりがあって、テーブルに届いても、「もうちょっと焼いてほしい」と注文をつけることがあったそうです。特別の日のレストラン行きのひとつに、孫が来てくれた嬉しい日を加えていたなんて、知らなかった私です。
思い出の中で、父母は次第に、やさしくあたたかな人という容に昇華されていきます。叱られたことも、病気で苦しんだ様子も、少しづつ薄れて、ただただ、子煩悩だった姿のみがクローズアップされてきます。両親と桜を眺めて喜んだあの日はもう帰ってはきませんが、今年のお花見は私の心を満たし、癒してくれました。良いお天気の一日でした。
桜の花はもう散り、葉桜になろうとしています。散ったはなびらを詠んだ短歌を紹介します。
過ぎ行きはなべて哀しも雨あとの下駄にはりつくはなびらを剥ぐ

今年はお花見を4回もすることができました。
今はもう、花のなごりを惜しみつつ、季節の移ろいに身をまかせるしかありません。
「ひだまり」という高齢者サロンで行なったお花見は、36人の参加。楽しい会話もはずみ、送迎ボランティアをしたかいがありました。花よりおしゃべりの方たちばかりでしたが、お弁当も喜んでくださって、無事終了。
子育てサロンのお花見は、幼いこどもにエネルギーをもらったひとときでした。お母さんたちは、親しい友人を得て、子育ての情報を交換していました。泣いていても、ぐずっていても、こどもはかわいい。文句なしに! 少し天気が下り坂になり早めにおひらきに。17組のおやこが参加してくれました。
さて、短歌の吟行会は、石山寺へ船で行く計画でした。生憎の雨でしたが、瀬田川の桜は丁度満開で、枝垂れ桜もみごとでした。一番丸という客船は、昭和時代を偲ぶ外輪船です。琵琶湖の南湖をぐるっと廻ってから石山寺の船着場に。傘の触れ合う中を多くの客とすれ違いつつ、めざす会場へ。しじみ御膳の昼食後、短歌の例会をして、帰路は送迎バスで石山駅に戻りました。雨の日の桜は、少し色濃く感じられますね。
どうしても行きたかったのは、H市の桜です。懐かしい故郷のお花見を心ゆくまでしてきました。川音を耳にしながら、長く続く桜のトンネルを歩きました。
川音へはらはら花の散ることよ
母の遺作です。芹川の水はたっぷりと流れていました。中学生が竿を手に土手を下り、河原に降りていきました。
「何が釣れるの?」と私。
「鮎です」
と素直に応えてくれました。鮎を上手に焚いて毎年送ってくれた母のことが思われました。鮎の稚魚をお酒と砂糖と醤油で炊き上げ、山椒の葉を添えて。この季節を待ちわびるのが常でしたが、もう今年からは、私が鮎を焚く番でしょうか。
お昼は娘と、レストランへ。父母が親しんだそのお店は、店主も変わらずに元気でした。何かの記念日に二人で行っていたようで、80歳過ぎの店主は父母のことを親しそうに話しかけてくれました。
「そう、お母さん亡くなったの。94歳でねぇ」
「はい、12月でした。寝ている間に安らかにさよならしたんですよ」
私の顔をよく記憶していてくださったと、感激です。父の忌明けの会食をした時に出会っただけではなかったかと思うのですが。私の顔が父か母に似ていたせいかもしれません。「ドリア」が父の好物で、いろいろ迷った末、いつも「ドリア」に落ち着いたのだそうです。そう聞かせてくださいました。父母のふたりっきりの時の様子が思われ、心温まる時間を過ごしました。
一度だけ、わが娘も、ここに来たことがあったそうです。
「仕事の関係でH市にきて、ついでに、おじいちゃん家を訪ねた時、これから食事に行こうと誘われて。やっぱりグラタンライスを注文してはったわ」
父のグラタンは、焦げ目にこだわりがあって、テーブルに届いても、「もうちょっと焼いてほしい」と注文をつけることがあったそうです。特別の日のレストラン行きのひとつに、孫が来てくれた嬉しい日を加えていたなんて、知らなかった私です。
思い出の中で、父母は次第に、やさしくあたたかな人という容に昇華されていきます。叱られたことも、病気で苦しんだ様子も、少しづつ薄れて、ただただ、子煩悩だった姿のみがクローズアップされてきます。両親と桜を眺めて喜んだあの日はもう帰ってはきませんが、今年のお花見は私の心を満たし、癒してくれました。良いお天気の一日でした。
桜の花はもう散り、葉桜になろうとしています。散ったはなびらを詠んだ短歌を紹介します。
過ぎ行きはなべて哀しも雨あとの下駄にはりつくはなびらを剥ぐ
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