沖縄霊能ユタ体験日記!

沖縄の霊能者ユタ・神人を知っていますか! 私が携わってきた体験日記! 後にいろいろ分かった事が、あなたの参考になればと!

続体験日記 第一記 NO、20

2007-08-11 | 続体験日記 第一記

第60話ー    

ー平成9年 9月13日ー

*福岡に行く日が来ました*

<今回の目的はご先祖様・生まれ国元の神様に力を貰い、
  守ってくださる様にのお願い事をする為です。>

ー着いた日の初日ー

*実家の屋敷の拝み・・・東西南北の四隅の神様と井戸と玄関にトイレの神様に御礼と家族皆の健康と繁栄を守って下さる様にとのお願い事と屋敷の清めもしました。

私の父は事故で亡くなったのですが、事故った所からちゃんと魂の救い上げしていないので、まだ未だにその場所に行ってしまっているので、ちゃんと魂の救い上げをして貰った。

 *実家の仏壇に挨拶し力を貰い、次に近くに有る「天神様」「飯盛神社」の神様に力を貰いにいって初日は終わった。

ー福岡二日目ー

父方の本家・大本家に行き挨拶に行き、実家からは離れていますが、私が携わっていた神社「護国神社」に行き力を貰いました。

ー福岡三日目ー

警固神社・稲荷神社・太宰府天満宮に行き神様の力を貰い、福岡城も足を伸ばした。

ー福岡四日目ー

本当は今日帰る日だったのですが、台風19号が来てしまい帰れず、今日も夜は楽しい焼き鳥屋に行き楽しんで次の日に帰ってきました。

**************

・大きい仕事をして来たという、今回の福岡でやった事は、第一歩踏み入れた様なものである。

・前より又大きいものが掛かりやすくなってくるが、今回で随分強くなり跳ね除ける事が出来るという。

・彼とは神の持分が違うので如何しても反発しあってしまうこともあるという。


* 
沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆


 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO.19

2007-08-11 | 続体験日記 第一記

第59話ー    

ー 平成9年 9月 ー
  (旧の8月の頃)

旧暦の8月が来ると屋敷の拝みの時期に・・・

旧暦の二月、八月、十二月に「屋敷のウグヮン」と言って、屋敷囲いの四隅や門、家の神様、トイレの神様にお礼と感謝を表し、家族の皆の繁栄と健康をお願いするのです。

この頃から沖縄の独特な風習が有る事を知って行くのですが、本当にご先祖様を大切にする行事が多い事にビックリさせられる事になるのでした。


・・・屋敷のウグヮンが近ずくと何かしらの教えが来て、よく電気球や電化製品が壊されてしまう事が有ります・・・

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO.18

2007-08-10 | 続体験日記 第一記

第58話ー    

 

ー1998年 平成19年 8月1日ー
  (洋風居酒屋をオープンして3年目に入る)

*私はユタを知り関わってきて10年が過ぎようとしていました*

ー本当にこの頃から次々といろんな教えが出てきていたー

和は爆弾を抱えているようなものだけど、花が咲くと神様が言って下さったという。

何でも否定しないで自分でを取るようにし、自分の持っている神様に教えて頂くつもりでいること。

・お稲荷さんを二つ祭ってある所を先祖が拝んでいたという。

先祖様の繋ぎや、がちゃんと出来ていないという。

自分の道をちゃんと歩みなさい。

私にいろいろとをとらそうとしているので、自分でちゃんとをとって口出しなさいという。

・火の神様や私を守って下さっている神様に感謝の気持ちを忘れてはならない、敬う気持ち心が大切。

・邪馬台国時代に九州からほ基部に渡って、九州から奈良に勢力を伸ばしていく、その時に大名の下に付いて行った私の先祖が、九州にも子供を残して付いて行ったという。

 

彼は神修行も終盤に来ていて、私はまだ一歩も前に進んでいないせいで、私自身ではなく私の先祖様・守っている神が、彼に対して羨ましくてイライラさせられたりして、彼に対しても面白くなくなる事が多く有りました。

これからが、本当にいろんな事を教えられる事になり、いろんな事が起きてくるのでした

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO、17

2007-08-10 | 続体験日記 第一記

第57話ー    

*1998年 平成9年 7月9日*

9月に、生まれ国元福岡へ、ご先祖様や、私が携わってきた神宮の神様・氏神様などに挨拶に行き、力を貰いに行く日が決まったのです。

本当はもっと早くに分かり、やる事だったらしいのですが今になってしまった結果、足が急に痛くなってしまっていましたが、これは”足遅れの為”からの教えが来ていたのでした。
それで、火の神様にお願いして、福岡に帰る日が決まったので、それまで待っててくださる様に、又それまでちゃんと守ってくれる様にとのお願いしました、どうにか受け取ってくださったみたいでした。

 

ー 7月の半ば頃 −
福岡に行くことが決まってから、私の事で彼に教えがどんどん出て来る様になっていました。

・お地蔵様が出てきて、多分村の神様だと言うのですが、実際に実家の近くに子供の頃からよく、お祖母ちゃんに連れられ行っていたお地蔵様が有るのでした。

・私は人の為に話をする事で楽になれるという。

・人はいろんな人がいるし、いろんな生き方をしている。
 人は守ってあげたりアドバイスする事が出来ても、支配する事は出来ないとのこと。

・私のご先祖12代の女神人事をしていて助けになる事をやっていて、その人がそのまま私に降りてきているという。

・私はお多福の面を持っていて、人々に福を与える事が出来るという。

・私のご先祖が”みーとおしの鏡”を貰っているので、今度帰った時に受けとるという。

・今まで生活していて人と会う事自分がなす事は、殆んどすべて他人のさんみんごと(教え)だという。
私に分からそうとする為いろんな感情が起きてきていたという。

・何でも言葉に表して話しする事で、払えるものは払えるし、口出ししないと何も解けないし事が始まらないので、心の中で思ってるだけではダメだという。

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO・16

2007-08-09 | 続体験日記 第一記

第56話ー    

*1998年 平成9年 7月の初めの頃*

ー彼が私の事で見て感じてくれた事ー

私のご先祖様で、ストレートの髪で着物を着た男性で多分侍さんではなく、武道している見たいな人だそうです。
この方が腕をくんで、私がお店で接客している時に見守っているようでした。
本当だったら、変なお客さんや何かしら抱えたお客様などを払ってくれそうですが、反対にギュッと引き寄せてしまうような人らしく、それで私は余所他人のものを抱えてしまい、自分が重くなってしまい、それが原因でもイライラしたり怒ったりよくしてしまうとの事でした。
でも、私は本当に嫌で悩んでいました、どうしてイライラしたり怒ったりしなくてはいけないのか、昔はこんな気持ちは余り持つ人ではなかったし、怒ったりイライラするほど嫌な思いはないので!

(しかし、今ではコントロール出来る様になっています)

 

  ー 7月1日 夢 −

*引越ししたいけどなかなか出来ない夢を見たのは、切り替えが出来ていないので、しようと思っていても出来ていない意味!

*会った事も無い人ですが、とっても好きな男性がいて、一緒に居て離れたくないくらいその人の側に居るだけで又触れるだけで、とっても幸せな気持ちになる夢を見たのですが、神様の夢を見ていたそうです。

 

  ー7月2日ー

この頃も先祖からの掛りがだんだん強くなってきていて、今直ぐに「先祖供養」が出来ないので、火の神から”ちゃんとやりますので待ってて下さる様にとのお願い事をしてもらった。
(ご先祖様は何十年・何百年前から訴えてきながらも待ってこられたので、ちゃんと道理を通せば、ちゃんと待ってくれるそうです)

 

彼はその頃、神修行で伊勢神宮に拝みに行き、随分力を頂き変わってきていました。

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆


 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO.15

2007-08-08 | 続体験日記 第一記

第55話ー    

 

・・・今までに思った事も無い自分が少しずつ見え始めてきていました・・・

 

* 1997年 平成9年 6月・・・ *

 

ー6月の始め過ぎ旧暦では5月に入った頃ー

彼がこの頃からよく私のご先祖様を見たり、私の事でいろんな先祖様や神様からの教えが有り、話してくれる様になっていました。

又、旧の5月「神エージ」が強く、身体も心も振らされてしまい、又彼は神人(ユタ)の修行にも入っていたので、その事も有って私の守護神が羨ましさで、彼に対して面白くなくイライラする日が続く様になっていました。

今の時期は仕方が無いので、余り深く考えず、自分なりにドラマを作り、自分のことばかり考えてしまうと、視野が狭くなるばかりなので自分事は考えず、人への思いやりでいれば自分のこともほ解けるので、そうする様に心掛ける様にしました。

又彼が、私を守っている守護神は、とっても強い人でちゃんと帳簿上げしたら、もっと強くなれるはずだど言うのです。

 

ー6月19日(旧5/15)ー

沖縄旧の5月「5月のウマチー」が有るのですが、稲穂祭り、稲の初穂を家々の神と先祖に捧げ神拝みをするのですが、実家の方ではこんな風習が無いので、私の先祖様が羨ましく私に訴えてきていました。
やっぱり気持ちも落ち込み、彼に対してもイライラしてきていたので、彼に私の火の神から、”所によってやり方が有るので分かって貰うように、エージを掛けてこない様”にお願いしてもらいました。
線香をたててもらってから、暫くしてから心が晴れてきました。

本当に経験した事が無い様な事がどんどん出てきて、どんな事にも意味が有るのだと分かってくるのでした。

 

ーこの頃からよく夢を見る様になってきていましたー
 {・・・夢はサンミ(教え)事が多い・・・}

亡くなった人が見える夢・・<人助けをしていくとの教え>

黒人の夢 ・・・  <世界判を現す>

スクリーン・・・<スクリーンの様によく見えるとの教え>

家事・・・ <今住んでる所が合わないとの教え>

 

人それぞれでしょうが、私が見た夢での教えの意味を今後も書いていきますので、参考にされるのも良いと思います。

 

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO.14

2007-07-31 | 続体験日記 第一記

 ー第54話ー    

長男の兄が沖縄に来て!

結構私の兄弟は仲が良いほうだと思うのですが、私の周りでは信じられないほど、兄弟仲が悪い人達が多いのにビックリしました。
これも今は意味があるのが分かったのですが、何事も守ってくれたり徳をくださるのは先祖様なので、先祖事がちゃんとされていないと家族の和合もとれなくなるからなのです。

母は未だに言いますが、財産は無いけど子供が皆仲が良いのが一番の宝だと言いますが、もし私が沖縄に来ていなくて先祖の事もちゃんと出来ていなかったら、縁遠くなって至り、そこまで仲が良くは無かったような気がします。

 

兄が沖縄に来て始めて分かった事が有ります、それは自分の実家の町が昔「宿場町」だったと言う事です。
その事が分かり納得する事が有りました・・・・子供の頃から近所で名字では無い名称で呼んでいた事が分かりました。

ぎんこうやのおばちゃん”(銀行)・”しょうゆうやのおじさん”(醤油作り)とうふやのおばあちゃん”(豆腐屋)など、昔は気にしてもいなかったのですが、宿場町だったと聞くと、屋号みたいな物が未だに言い継がれてきたのではないかと思います。
銀行も醤油屋・豆腐屋も有りませんでしたが、家と同じ名前の酒屋が子供のころは有りました。
そこの酒屋は酒蔵が有り地酒を作っていて、父親の頼みで空のビンを持って行き”何合下さい”と、よく買わされていた事を覚えています。

実家はお婆ちゃんが嫁いだ頃は商店をやっていたそうで、何かしら関わっていたのでしょう。

 

ー洋風居酒屋を手伝うようになて一年半が過ぎた頃ー

少しずつ私は人物が掛かってきているのが分かる様になっていて、身体よりも気持ちのほうで振らされてしまう事が多いのに気が付きましたが、イライラや不安や怒りなどが起こった場合、如何しても冷静に考える事が出来なかったのです。
それを察した彼はよく私の変わりに”火の神”に線香をたて外してくれていましたが、本当に嘘のように気持ちが落ち着き怒りや不安が嘘の様に無くなっていました。
たまに”自分で感を取ってるくせに、何故自分の感を信じてやらないのか”と彼の神様からの教えも有りましたが、なかなか出来ない物で未だに抜け切れなくなってします事が有ります。

特に彼がやっているお店なので、今までに会ったことが無いような変わった人お客さんが多く来ていました。
そんな中だんだん落ち込んで行く自分が有り、彼に対してもイライラや怒りなどが抑えきれなくなっていました。
これも今はしっかり分かる事なのですが、人のもが掛かってしまいそのままそっくり彼にぶつけていたのでしたが、そうだと分かっていても如何しても気持ちの切り替えが出来ずにいました。

そんな時私は彼に、二人の仲を白紙に戻したいという手紙を書き渡してしまったのです。
その手紙を彼が読んだ時、背の高い男の人ご先祖様が現れて、彼に私の事をお願いすると頼んだそうです。

私は先祖事や神事などが少し分かってきてはいましたが、全然力も無く声が掛かってきてしまっても外す事も出来ていない状況だったので、彼の神様が波之上宮に行ってを貰ってくる様にと言われ直ぐに行きお願いし、波之上宮の神様から悪い物などを跳ね除ける力がある「やたの鏡」を頂いたのでした。

その後気持ちも落ち着き彼とも普通に戻れ、又いろんな事が話せるようになりました。

 

***人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず、人の後ろに人がいる***

 

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

 

 

 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO.13

2007-07-27 | 続体験日記 第一記

第53話ー    

平成9年 3月の頃 (旧2月)

 

3月の頭、私の兄である一番上の長男が沖縄に遊びにやって来ました・・・・・・・

 

 

ここで少し私の家族の事を話したいと思います・・・私は四人兄弟の末っ子の長女です。

実家はお爺ちゃんお婆ちゃんの代からで、実家の近くに大本家・本家が有ります。

お爺ちゃんは私が生まれる前に亡くなっていて知りませんが、一回養子に行って戻って来て、お婆ちゃんと再婚したそうです。
お婆ちゃんは男四人女一人の子をもうけ、私の父は長男でしたが、昔から病気や事故を起しては入院する日が多かったようですが、50代でバイクの事故で首の骨を折り、一命は取り留めたのですが二年後亡くなりました。

その頃は私は中学でしたが、今では父も本当に可愛そうな人だと思えるのですが、事故を起し一年過ぎて動ける様になってきた頃から、よく”泥棒が入ってくる!泥棒が入ってくる”と言い私たちを悩ませていました。
何故そう言っていたのかは今は分かりました・・・実はご先祖様が父の事を迎えに来ていたそうです、ご先祖様を泥棒と思ってしまっていたようです。

その頃お婆ちゃんも、その時はちゃんとした病名は分からなかったのですが、乳癌で亡くなったのですが、後同じ様に私にも降りかかる事になったのです。お婆ちゃんが亡くなって一年過ぎに父も他界しました。

母はよく周りの人から、「何か有るんじゃないの!見てもらった方が良いよ!」と、言われていたそうですが、判断を取って何も出来なかったら嫌なので、判断は取らなかったそうです・・・その気持ち分かる様な気がしました。

兄達はそれぞれ奥さんを貰い結婚しましたが、その頃は何も感じなかったのですが、兄三人とも二人姉妹の長女と結婚していたのでした。
未だにこの事は何か意味有るのかは分かりません!

まず私の父ですが、首の骨を折って亡くなる事は、それまでにもいろいろと教えは来ていたようですが、「ましじ」直系のご先祖様事が何も成されていないための教えでした。

次男の兄は養子に行ったのですが、いろいろ有ったようで実家に戻って来ているのですが、この事もお爺ちゃんとの「まねかた」をさせられたからだと分かりました。・・・・・「まねかた」とはご先祖様と同じ事をさせられると言う事です。

又私はお婆ちゃんと同じ病気にさせられてしまった事ですが、もっと早く分かっていればくい止める事が出来た事も今は分かりました。

・・・・今では実家の仏壇にいらっしゃる、祖父母に父の供養解きをやってきて、この事は母や兄はピントきていない中でも何かを感じてきてくれたようです。
その後家族達沖縄に遊びに来ることが多くなりました。

・・・で、長男の兄が沖縄に初めて来たのですが、その後も何かの縁でよく来るようになったのです・・・。

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO,12

2007-05-24 | 続体験日記 第一記

第52話ー    

平成9年2月1日(旧12/24)

私は”火の神”を持ってから初めて、旧の12月24日に”ウグァンブトゥチ”(御願解き)が有る事を知りました。

旧の12月24日火の神は天に帰り各家庭の起こった1年間の出来事を報告すると言われているのです。
一年間の良い事を宇天に上げて頂き、悪い事は下げて貰うお願い事をするのです。
(後で分かったことですが、火の神様には報告をして頂くのですが、天に帰られるのではなく、ずっといらっしゃて報告が上がった後は新しい年までは、お願い事しても上がらないだけで、聞いては下さるそうです。)

私はまだまだ分からないことばかりだったので、彼にちゃんとした道理で”ウグァンブトゥチ”をやって頂きました。

やるとやらないでは全然違うそうです、何事にも道理があり節目節目ちゃんと道理を通すことはやっぱり良い事だと私も思います。

2月26日(旧1/19)

最近何かが、掛かってきているのが何となく分かる様になってきた気がする。

2月28日(旧1/21)

とっても調子が悪い一日で後で彼に聞くと、今住んでいるアパートの人達のが私に声を掛けてきているのだと言うのです。
何故かは、どうしても彼みたいな人が側にいるし、自分は分からないだけで感を取らされてしまうようでした。
そう言われれば、何となく住んでいる人変わった人が多いような気がしていました!
まして戌年生まれ土地・地盤などのサンミ(感)を取らされやすいこともあって、戌年の私は行くとこ行くところ余り良い所に行かされないようでした。

 

・・・この頃から、お客様・常連客にもかかわらず、とってもイライラする事が多くなっていました・・・

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (10) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO,11

2007-05-22 | 続体験日記 第一記

第51話ー    

*1997年平成9年1月*

彼は修行の拝みの真っ只中、そんな中私は何故かよく彼に対して面白くなくなることが多く有りました。
後で分った事ですが、彼はちゃんと神の道を踏み出しているのに、自分は何も出来ていないので、その事からの先祖や守護霊が面白くなかったと言うより、羨ましさからのようでした。

そんな中彼も悩んでいました、本当だと昔の人たちは足が無く何年も掛かって修行をやってこられていたと思いますが、今の世の中は車と言う便利なものが有り、彼は出来るだけ早く終えて助けが出来るようにと出来るだけ頑張って続けてやっていましたが、この事もお金が掛かる事で正しい道とは言え、余りにも掛かりすぎるのではないかと遣る瀬無さを感じていました。
その事も、彼が自分に難儀しても人の為に遣ってあげるほどの神人(ユタ)になった一つの要因だと思います。

私もこれから先どうして行くべきか、どんな道を歩んでいけばよいのかとずっと悩んでいました。

又お店もこの頃から不思議な現象が起こるようになっていました、何かがあるときに時にはピタッと嘘のようにお客さんが止まってしまい、それが解決すると嘘の様にお客さんが入ってくれるようになっていたのです。
今ではもう随分慣れその原因も分るようになってきましたけどね!

 

ー1月14日(旧12/6)ー

自分の調子がとっても優れないし、今日はお客さんの足が止まった(>_<)

ー1月16日(旧12/8)ー

ムーチーの日の影響でなのか、お店のお客さんが止まってしまった。

ー1月17日(旧12/9)−

今日は一日中お店が暇で、”しりがふ”の件で掛かっているのだろうか!!!

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO、10

2007-05-20 | 続体験日記 第一記

第50話ー    

ー1997年・平成9年・丑の新しい年を迎えてー

1996年・平成8年はいろんな事を分り始める年だったような気がしていましたが、干支でも平成8年は「子」の年だった事も有り、一二支から始まるので自分なりに本当にこれからが始まりだったんだと感じました。

又この頃から沖縄の風習・行事などを知ってくる事になりましたが、本当に沖縄はいろんな行事が多く有るものだとビックリさせられる程でした。
神様とご先祖様事が多く、本当にご先祖様を大切に思っている所だなと感心するほどです。
しかし、その中でも有りえてはいけない事も有るのだとも、思い知らされることにもなるのでした。

沖縄は今は一般的には新暦で一年の行事は行われていますが、まだまだ旧暦で行われている所も多く、神事などもご先祖様事も本当は旧暦で行うのが本当だとも知りました。

・・・・・丑の平成9年の新しい年が始まりました・・・・・

 

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 ***

2007-05-18 | 続体験日記 第一記

第話ー     

*1996年 平成8年の頃 *

 1996年・平成8年はいろんな事を分り始める年だったような気がしていましたし、いろんな事を学びたく、いろんな出来事が有る中でも前向きに良い方向にとの思いで頑張っていました。
その頃に、気に入った言葉をノートに残していた言葉などを、少し書いておきたいと思います。

・・・・・又その頃から、カラーでいろんな夢もよく見せられていて、夢での教えも有る事が分かってきていました・・・・・


*疲れてとぼとぼ歩いている人に黙って野の花を一輪差し出す様な心を持つ。

*深く悲しむものこそ 本当の喜びに出会うもの!

*知らなかった事を知る喜び!

*”ああ 今自分は本当に生きている” そういう一瞬を出来るだけ多くも持ちたい!

*一日24時間の間にどれだけ多くの時間をちゃんと味わえるか・・・丹念に味わう!

*尽くすと言うことは自分が満足、自分の気持ちが軽くなったり嬉しくなる為にやっている行動!

*打てば響くような相槌

*喜び上手になろう!

*一日の中で心が”キラッ”と光る様な喜びの瞬間を集めよう!

*”喜び”と、おのずと喜びと身構える・・・嬉しがりの人生・・・積極的に喜ぶ・・・自分を好きになること!

*お金が無いと絶対言わない事、言った分お金が出ていってしまう!

*優しい気持ちを相手に与えること!

 

・・・「やってやれないことはない やらずにできるはずがない」・・・
この言葉は彼が好きでよく言っていた言葉です!

 人は大変な中でも、ことわざやある言葉で”癒されたり頑張ろう”という気持ちにさせて貰えるものですよね!

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO.9

2007-05-16 | 続体験日記 第一記

   ー第四十話ー    

ー1996年10月ー

たまに彼の修行の拝みにも勉強にもなるので、手伝いとして付いて行っていました。
最初は何も分らずにいましたので、感心する程いろんな拝所が多く有り、拝んで行くのも本当に大変でとってもパワーを使うものだと知りました。

 

   ー1996年10月15日ー

最近とっても節々が痛いのを感じている日が続いていたのですが、これは大本家・本家との繋ぎが悪くちゃんとなされていないので、その教えで声が掛かってきているとの事でした。
・・・・・「が弱かったり痛めてしまったりして、腰の苦痛を訴える人は”ましじ”(大本家・本家)の繋ぎがちゃんとされてない事から来る事も有るようです。」・・・・・

 

    ー1996年10月23日ー

急に何もやっていないのに、左腕が痛くてしょうがなくなっていましたが、これも意味が有った事で、私もやるべき事が有って、その時は何も分らない時なのでちゃんと分っていませんでしたが、神事で何かやらないといけない事が有るとの声が掛かってきていたそうです。
・・・・・ミニ知識  身体の左側神からや女方からの声が掛かっていて、右側はグソウや男方からの声がかかっている場合が有ると聞きました。
後でも少しずつ分かって行くことになるのですが・・・・


      ー1996年12月12日ー

この頃から、瞼や目の下が以上に震える事がよく有り、本当に顔面神経痛と思えるほどでしたが、何かの教えから来ていました。
人のものが掛かって反応していたりして、いろんな教えで振るえ始めていましたが、この事で自分で少しずつ感を取れるようにもなってきていました。

 
−1996年・平成8年はいろんな事を分り始める年だったような気がします。ー

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (6) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO,8

2007-05-15 | 続体験日記 第一記

第48話ー    

ー 1996年10月半ばの頃 ー

一人暮らしはじめてから何度か引越しをしてきましたが、少しずつ部屋のランクが上がってきていて、今のアパートは少し広めで、一人で住むにはチョット高めな家賃でしたが、快適に住んでいました。

私は生まれ育ったのは、昔からの古いながらも一軒家で、家賃など払った事が無いので、年間家賃代を考えると余りにも大きく勿体無い事を感じていました。
その頃、彼の叔母さんにあたる方が探してくれたのですが、お店から1.2分の所にある1Kのアパートでしたが、前のアパートより断然古いし狭いので少し考えましたが、住めば都だし今は我慢の時だとそこに住む事にしました。

さすが離婚後、自分では当たり前と思っていたのですが、一人暮らしにしては家具などが多かった様で、今度お世話になる大家さんにも余りの多さにビックリさせたようでした。

私は模様替えが好きで、狭いながらも快適に住めるようにしながら住んでいましたが、やっぱりお店・仕事場に近い事は本当に楽でした。

今回初めて知ったのですが、引越し前に「味噌と塩」を新しく住む部屋に置く習慣があると知りました。
それと、本当だと住み始めの時にそこの部落の神様に挨拶をするのが道理で、他に引越しする時もちゃんと挨拶・報告するそうです。
自分または家族の住所・名前・干支を言い、住む事の報告と守ってくださる様にのお願いをする事により守られてくるそうです。

引越しが落ち着いてから直ぐに部落の神様・カー神様に挨拶に行きました。

 

 * 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

続体験日記 第一記 NO,7

2007-05-14 | 続体験日記 第一記

第47話ー    

ー 1996年10月頃 ー

彼が本格的な修行が始まっていましたが、私は何故か彼に対して面白くない気持ちによくさせられていました。
今では分る様になりましたが、この頃まだ私は分からず、人のものを担ぎやすく心を振らされてしまいやすいことで、気持ちが躁鬱になっていたのでした。

彼に対しては私の先祖・守護霊がちゃんと神の道に歩んでいる事に、ニッタサー・羨ましくてそんな気持ちにさせられたようです。
私が先祖供養などを分かった事で、ご先祖は嬉しくは思ってくれているのですが、まだ何も前に進むことが出来ていない事もあり、そんな気持ちにさせられたようでした。

彼のお店で働くようになって一年程は、私はお店から車で15分程の所に住んでいたのですが、その時は自分自身が足が弱いこともあり、大きな”魚の目”も出気てたりしていて、足が痛いのが続いていました。
これはその時住んでいたアパートに原因が有り、足にエージ(声)が掛かってきていたのです。
このアパートの大家さんには娘さんがいらしたのですが、この方も生まれつき足が悪く歩行も困難なほどでした。
後で分かったのですが、大家さんはそこを買い取られ新しくアパートを建てられたそうですが、前の古い一軒家には井戸も有り、多分ちゃんとした道理で埋められてはいないとの事などの原因もあり、そうさせられていたようでした。

戌年生まれ土地などの事を感取らされやすいそうで、私も戌年なので昔から余り良い場所には行かされないで、あえて悪い場所を選んで行ってたようです。

そこで”火の神”にお願いして、よく外すお願いをしていました。

一年間はそのアパートから通っていましたが、大変なので店の近くに引越しする事にしたのです。

 

* 沖縄・神人・ユタ * 
宜しければこちらのブログも 御覧になって下さいね(^_-)-☆

コメント (0) |  トラックバック (0) |