響庵通信:JAZZとサムシング

大きな好奇心と、わずかな観察力から、楽しいジャズを紹介します

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

華麗なるミュージカル(1)

2017-05-18 | 音楽

《ほ・し・が・り・ま・せ・ん…かつまでは》
戦時標語の呪縛から解放された。
欲しいもの、、、、といっても衣食住ないものだらけ。
たけのこ生活が続く中、
ラジオ放送が唯一の楽しみだった。
【たけのこ生活】
筍の皮を一枚一枚剥ぐように衣服・家財道具などを少しずつ処分して暮らすこと。
実情は、闇米と物々交換。
伝手を探すのに苦労したり、途中で没収されたり常套句どおりの生活だった。
【闇米(やみごめ)】
食糧管理法違反の米。
太平洋戦争中、米や味噌・醤油・砂糖から綿布・縫い糸に至るまで生活必需品が統制され配給購入券がないと買えなかった。
特に米は戦後も引き続き「米穀通帳」に従う配給制だったが、サツマイモや澱粉の塊に代替されるなど著しく不足していた。
しかし、昭和20年代後半から自由流通米が公然化しても食管法は続き、闇米は幽霊語のように存在した。
半世紀経って、食の米離れ・減反政策・TPP問題が起こるなんって…
       ~日本中の国民で〈誰が〉予知できただろう~

この年(1946年=昭和21年)の初めから最長寿番組『NHKのど自慢』、年末には日本放送界最初のクイズ番組『話の泉』の放送が開始された。
時代物(長い時代を経過して古くなったもの)のラジオから、
「モナ・リザ(ナット・キング・コール)」「マイ・ショール(ザビエル・クガート)」「煙が目にしみる(アーティ・ショウ)」などの軽音楽…
戦時中の空白を埋め戻すように聴いた。
また、早くもアメリカ映画が輸入されている。
ヒット映画の中に、
♪アズ・タイム・ゴーズ・バイの『カサブランカ』(6月)、
グレン・ミラー・オーケストラ出演『銀嶺セレナーデ』(7月)、
アカデミー賞7部門を占め主演男優賞ビング・クロスビーが歌った『我が道を往く』(10月)
がある。
ご存知のようにジャズのスタンダード曲は、
1920年代から40年代に作曲されたレビュー、ミュージカル、映画主題曲などに由来するものが多い。
ちょうど日本がジャズ鎖国になってしまった時代に成熟していたわけだが
戦後次々に公開されたミュージック映画によって、特別なジャンルになった。

【華麗なるミュージカル~ブロードウエイの100年~】という国際共同制作の映像が2006年NHK-BSで放映された。
アメリカが生んだ独特の芸術ブロードウエイ・ミュージカルを、2週に分けトータル6時間かけた長編ドキュメンタリーである。

第1回テーマ〔ショービジネスの幕開け〕を要約すると、
初期の歌って踊れるワンマンショーを、絢爛なレビュー~豪華なショーに仕立て上げた二人の人物がいた。
一人はミュージカル界最初の大物プロデユーサー:
フローレンツ・ジーグフェルド(Florenz Ziegfeld Jr.)である。
1893年26歳のフローレンツはシカゴ万博の出し物のアイデアを探しにブロードウエイにやって来た。
ブロードウエイを南に下がると彼が求めていたものが沢山あった。
ロウアー・イースト・サイドに住む働き者の移民たちを楽しませる、ミンストレル・ショー、ボードビル、オペレッタなどのお金がかからない娯楽である。
彼は、すばらしい肉体をした男ユージン・サンドーを雇った。
裸同然の肉体の魅力を披露するサンドーに、女性たちはメロメロ。
フローレンツは、性的な魅力は売り物になると確信した。
1907年に発表した《ジーグフェルド・フォリーズ》と呼ばれるレビューは、ブロードウエイで最も偉大なショーと言われるようになる。
ジーグフェルド・フォリーズの幕が上がると、誰もが見たことのないような豪華なセット、カラフルで煌びやか、そしてコーラスガールが現れる。
珍しい出し物、寸劇、1枚の絵のような場面、舞台に登場するゴージャスな美女たち、肌も露わな衣装…
ショーはアメリカそのもの。
  演出家トミー・ジョーンズ談:
 「彼のショーの特徴は美しさです、一番の関心はいかにして女性を美しく見せるかだった」
「フォリーズに入れるには品格と優雅がなければならない。髪の長さは関係ない、金髪でも黒髪でも何色でもいい、表情豊かな瞳をもち横顔が整っているのも大切だ。
そしてプロポーションは完璧であること」(執務室で銀行家然としたフローレンツの実写と声)
1904年4月9日、新聞社の名前に因んでつけられたタイムズ・スクエアが、劇場街の中心地となった。
半年後、地下鉄の駅が作られると、街中から人が押し寄せ多くの観衆がブロードウエイ・ミュージカルを見に集まった。

もう一人は、毒舌家で愛国心の強いアイルランド系アメリカ人ジョージ・M・コーハン(George Michael Cohan)である。
歌って踊る実写フィルム挿入…
♪Give My Regards to Broadway (ブロードウエイによろしく)
    (筆者注:歌声はジェームズ・キャグニーのようだ)
1878年ボードビル芸人ジェリーとメリー・コーハン夫妻に息子ジョージが誕生した。
ジョージ(以下、コーハンと記す)は家族でアメリカ中をめぐり舞台に立った。
ボードビル界のスターになっても満足せず、脚本家・作詞作曲家・演出家・俳優として1904年『リトル・ジョニー・ジョーンズ』(Little Johnny Jones)』でブロードウエイにうって出た。
コーハンは愛国心の強い激しい役柄を演じ観客の心を掴んだ。
その役柄は、粗野で傲慢、自惚れ屋…どこからみても常軌を逸した人物だった。
 評論家ブレンダ・ギルは、
 「彼は最高の役者でありショーマンでありコメディアンだった、数々の名曲を残している」とコメント
コーハンは名曲を残しただけでなく、ブロードウエイ・ミュージカルに自らのエネルギーをそそぎ独自のスタイルを生み出した。
脚本家・作詞作曲家・俳優として約30年の間に40本以上のショーを作りブロードウエイ・ミュージカルの基礎を作った。
アメリカのミュージカル俳優で唯一人ニューヨークに銅像があるのはコーハンだけである。

フローレンツとコーハンの伝記映画がある。

 【巨星ジーグフェルド】(原題:The Great Ziegfeld)
 1936年:米MGM (モノクロ 185mins )
     劇場公開:36年
  監督:ロバート・Z・レナード
  音楽監督:アーサー・ラング
 主な出演者
  ウイリアム・パウエル(フローレンツ・ジーグフェルド役)
  マーナ・ロイ(2番目の妻:ビリー・バーク役)
  ルイゼ・ライナー(最初の妻:アンナ・ヘルド役)
  フランク・モーガン(ライバル:ビリングス役)
  ファニー・ブライス(本人)
  バージニア・ブルース(オードリー・デーン役)

伝記といっても虚構がどれくらいあるか判らないが、
ここではプロットに従わず美味しいところを…

◆ファーストシーンは、やはりシカゴ万博カイロ通りで向かい合う見世物小屋。
フローレンツ(妻アンナが彼をフローと呼んでいるので以後、“フロー”とする〉の世界一怪力男ショーは、商売敵ビリングスのエジプト娘腰振りダンスに客を取られっぱなし、
げんかつぎに怪力男サンドウが、触って鼻を上げるると幸運を招く象を、撫でる。
           ★?□?▼
           上がった!  その瞬間!
      サンドウめがけ鼻ホースが水を噴射!
「何しやがる」怒って顔や体を拭き、
「筋肉ダンスなら腕だけでもエジプト娘に勝てるさ」
二の腕の筋肉をリズミカルにピクピクさせてみせる。
「すてき!貴方の筋肉に感動したわ」肉食系マダムが声をかける。
「よろしければ触ってみませんか?」とフローが誘う。
マダムは筋肉に触れただけで…失神!
「これはいけるぞ、新聞が記事にしたら女性客が殺到するぞ」
《見せるショーではなく、感じるショーだ》
フローはヘラクレス:サンドウ・ショーで各地を巡業し成功する。

◆フローは女性陣を花形にした『ジーグフェルド・フォリーズ』をプロデュースする。
「僕は絹のカーテンの前に美女を並べる、絢爛豪華な衣装を着せて─
米国の女性を賛美するんだ」
従来のレビューは時代遅れで20年も前の装置、と言い放った破天荒な舞台がこちら、
[180人の歌手・ダンサー・ミュージシャン達を175段螺旋階段に乗せ回転させながら聳え(そびえ)さす“ウエディング・ケーキ”]
《ミュージカルはMGMに限る》筆者も見たことないセットだから超満員の観客は度肝を抜かれたに違いない。
アービング・バーリンのスタンダード曲
♪A Pretty Girl in Like a Melody (美女はメロディのよう)を熱唱するデニス・モーガン(吹き替え:アラン・ジョーンズ)、カメラが引くとバックのカーテンが巻き上がってウエディング・ケーキが回り出す。
名曲メドレーに迎えられ渦形に趣向を凝らし現れる美女群…モノクロながら華麗!
♪ユモレスク(ドボルザーク)~蝶々夫人:ある晴れた日(プッチーニ)~愛の夢(リスト)~美しく青きドナウ(シュトラウス)~道化師:衣装をつけろ(レオンカバッチョ)
~ラプソディ・イン・ブルー(ガーシュウイン)は円柱側に男性コーラス、なか4人並びの女性ダンサー、外径際ミュージシャンで階段幅いっぱいのクライマックス。
5段の巨大ケーキ頂上にバージニア・ブルース演じるクイーンが待っている。

*このシーンはYouTubeで見られます。
A Pretty Girl in Like a Melody からThe Great Ziegfeld を選んでください。
*ジーグフェルド・フォリーズは1907年から31年までの間に年1回続けられ22本公演された。
第1回公演の脚本家ハリー・B・スミスが新聞のコラムを担当していた「今日のフォリーズ(=バカな出来事)の題から名づけられたという。

◆本人自身が出演している見逃せないアーティストがいる。
[レイ・ボルジャー(Ray Bolger):レストラン・シアター・レビューの場]
左・右・上・下、崖状に並ぶ美女を漁るように往来しながら、
♪She's a Follies Girl
            /ジーグフェルド・フォリーズのスターだ
歌い終わって、ソロ・パフォーマンスのタップ・ダンスが…
《タップはアステアに限る》筆者が気絶する衝撃の2分25秒。
ボードビリアンのボルジャーはこの『巨星ジーグフェルド』で映画デビューし、
3年後『オズの魔法使い』で案山子男を演じている…コミカルでアクロバッチクなタップを想像していただけるのでは…
[ハリエット・ホクター(Harriet Hoctor):ハリエット・ホクター・バレエの場]
幼い娘パトリシアにサーカスセットをプレゼントしたフローがフィギュアを並べる…
団長、猛獣使い、ピエロ etc.
パトリシア「これは?」
フロー「誰だったかなあ、ハリエットだ、いい役を与えよう」
一転してオモチャの世界から画面はショーの舞台へ。
団長~ブランコ曲芸師~ピエロ etc.のエントリー。
♪A Circus Must Be Different in a Ziegfeld Show 
                         /ジーグフェルドにサーカスは似合わない
フォリーズ・ガールのラインダンスを割って、
4分30秒を超えるハリエットのトーシューズ・ダンス。

*このシーンもYouTube で見られます。
Hariett Hoctor Ballet から Ziegfeld.avi を選んでください。
*1937年の映画『踊らん哉(原題:Shall We Dance)』にも出演しています。
フィナーレの“踊らん哉ショー”で、
ジョージ・ガーシュインのスタンダード曲
♪They Can't Take Away from Me(誰も奪えぬこの想い)をバックに、
前半フレッド・アステアのパートナーが、バレリーナ・ハリエット。
トー立ちでイナバウアーというか?大きく背を反らせながら踊るのは、驚異!
後半はアステアの名女房役ジンジャー・ロジャースとのデュエットです。
[ファニー・ブライス(Fanny Brice):リハーサルの場]
ジーグフェルドに使われたら一流歌手の仲間に入れる…と、
ブライスが、華やかな衣装で登場する。
「何だ、その衣装は?」フローが舞台に飛び上がり、
「裾を取れ 帽子も襟巻も取れ 必要ない、ナイチンゲールみたいな衣装で悲しい歌を歌えるか」…むしり取った。
「パリのホームレスを演じるんだ」
フォリーズでホームレスを?
スカウトされる前はバーレスクのスターだった彼女、
みすぼらしい衣装を着せられて思わず涙…
ステージ下手(=しもて、舞台の左側)淡い街頭に添い胸元をおさえ悲しく歌う。
♪May Man (私のあの人)
      つらい日々の末にやっと待ったあの人/ It's My Man /
             そばにいると哀しみを忘れさせてくれるわ/
リハを見守る共演者の眼にも、にじみの痕…
「観客の前で涙を流せば大当たりだ!いけるぞ大物になる」

*「My Man」(=Mon Homme)
原曲はモーリス・イバン作曲のシャンソン、「枯葉」と並んでジャズスタンダードになっている。
英詞が付いて最初に唄われたのが『ジーグフェルド・フォリーズ1921年版』である。
15年目を迎えたジーグフェルド・フォリーズ1921年版はシリーズの中でも最も豪華な作品の一つ。ショーのハイライトはファニー・ブライスの♪My Man だった。
ジャズボーカルではアビー・リンカーン、カーメン・マクレエ、ペギー・リー、エラ・フィッツジェラルド、ヘレン・メリルなどが歌っている。
ビリー・ホリデイがお薦め…
 

 

 *ブライスの伝記映画もある。
バーブラ・ストレイサンド主演のコロムビア映画『ファニー・ガール(1968年)』の中で、フローにアピールするエピソードが面白く、ドキュメンタリー映像にも彼女の違った一面があり次回にでも紹介したい。

フローは天性の《言葉と行動のマジック》でスカウトした女性をスターにしている。
好敵手ビリングスが契約寸前のフランス女優アンナ・ヘルドを横取りしブロードウエイ舞台で成功させ、最初の妻に…
フォリーズ・ガールのオードリー・デーンを抜擢、スターに仕上げたが飲酒癖の彼女との間を疑われ、アンナと離婚…
ホテルの舞踏会で一目惚れの女優ビリー・バークを2度目の妻に、娘もできる。
興行の禍福が続き、ある日理髪店で見知らぬ4人の男達から悪評を受けて腹が立ち、ブロードウエイで4公演を成功させると啖呵を切り…大当りさせる。
しかし、この成功後はヒット作無く、1929年のウオール街大暴落で全財産を失う。
心労が重なり病に伏す…
ライバルだが実は無二の親友ビリングスにみとられ生涯を閉じる。

*実際の4公演は1927年2月から28年12月にかけ、
『リオ・リタ』『ショーボート』『三銃士』『ウー・ピー』
『ショーボート』はブロードウエイ・ミュージカルのエポックメーキングになった。
*フローレンツを演じたウイリアム・パウエルは1945年の映画『ジーグフェルド・フォリーズ』で再び同役だった。
*アンナ役のルイゼ・ライナーは36年アカデミー主演女優賞に輝やき、
翌37年『大地(MGM)』でもオスカーを手にし最初の2年連続受賞者となった。

            ここだけの話だけど、
    ルイゼは沖縄出身のH.Mさん似で、かわいい(*^_^*)

              ─つづく─

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 



                             

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『音楽』 ジャンルのランキング
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 続:気になる伝記映画 | トップ |   
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
むむ (八王子)
2017-06-24 22:33:08
たまたまジャズを聴いていて、フレディ・ハバードの『オープン・セサミ』を響のコレクションから無理やり譲っていただいたのを思い出しました。
あの頃のことを思うと、顔が引きつりますね。
ちなみに、ハバードの最上のプレイは、「ウゲツ」だと思いますが、いかが。

ミュージカルにはあまり縁がないんですが、ヘレン・モーガンのことを書いてくださいな。
むむ・む (鵠沼海岸の風)
2017-06-25 19:11:46
響流演奏者診断(おこがましくも)は、まずファースト・リーダーアルバム、次に識者推薦盤、最後は演奏シーンが目に浮かぶこと。
ですからフレディ・ハバードの場合は『オープン・セサミ』、識者推薦盤も『オープン・セサミ』(河原英三氏)です。決め手の脳内スクリーンに、目をつぶって右ひじをちょっと上げ首を小さく左右に振り映写されれば…お気に入り曲になるのです。
私のお気に入りベスト曲は美しい映像が見える「ボディ・アンド・ソウル」(Impulse盤)ですね。

ヘレン・モーガンのリクエストですけれど、
お手柔らかに願います《むむさん百話》以上の解説はできません。
このコメントをご覧の方にお教えいたします。
『20世紀音楽の死百話』というブログの2017.3.11アップを
検索してください。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。