旧・坂本ひろし活動日誌(2005~2014.8)

日本共産党・坂本ひろしの活動や日々のつぶやきを掲載。OCNブログ人サービス停止に伴いgooブログに記録。

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ブログ移転のお知らせ

2014-08-17 18:10:00 | おしらせ・行事など

「坂本ひろし活動日誌」を、以下新HPに移行致します。

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8月より、記事更新は新ページにて行っています。

当ブログは、2005年より運営を開始しましたが、OCN「ブログ人」のサービスが11月に終了すると同時に閉鎖されます。直近の記事は、随時新ページにも移動させるようにしたいと思います。

新WebSiteは、現在作り上げている途上です。今後とも宜しくお願い致します。

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『アウト・オブ・キリング』のものすごさ

2014-07-26 23:11:00 | 日記・エッセイ・コラム
トンデモナイ映画だ。

60年代インドネシアでの大量虐殺の首謀者たちは、今もなお社会でそれなりの地位を得て悠々自適の生活を送っている。その彼らに、映画の中であの虐殺を再び演じさせ、さらに映画制作に関わらせるという、とてつもない内容である。


フォルツァ総曲輪の上映終了日まであとわずかだったが、何としても観なければと駆け込んだ。

観てよかった。

いかに出血させずに、短時間で殺し処理するか。その生々しい証言を、処刑場となったその場所で、殺人者が身振り手振り無邪気に笑みを浮かべながら説明する。

殺人者と共演する人の中に、幼少の頃、父が逮捕・拷問の末虐殺され、父の亡骸を叔父といっしょに人目につかぬよう道路わきに埋めたという男性がいた。その男性は、父を殺したであろう相手と競演し、映画の中で拷問をうける役を演じたのである。演じているうちに、彼は当時のことを思い浮かべ正気を失ってしまった。

信じられないキャスティングである。



戦慄を覚える場面は無数である。今日もなお、民兵やヤクザが権力との癒着を背景にして社会と経済の支配している現実が描かれている。人民が経済とマスメディアでコントロールされ、恐怖政治で支配されているという感じだ。

さて、殺人者は映画作りが進むなかで、自分たちのやった事は一体何だったのかと自問していく。そして、数々の「共産主義者」を処刑したその場で、亡霊を見、嘔吐を繰り返す。そりゃそうだろう、と思った。しかし、私たちが期待したような、懺悔とか真の反省とかいった結末には至らなかったのである。

そこがまた、インドネシアという国の複雑で厳しい現実を映画に映し出していると、痛感させられるのである。

『アクト・オブ・キリング』は、殺戮による人民支配への厳しい批判と、それを生む土壌を簡単には覆せないというインドネシア社会の現実を、鋭くえぐった作品だと感じた。

その意味で、とてもよい映画だったと思う。後味はよくないけど。

DVDなどでご覧になる事をお勧めしたい。

インドネシアという国がどのような歴史的過程をへて今日あるのか、また、そのようなインドネシアが、なぜASEANの主要国として、東南アジア地域の平和と経済発展の中軸を担っているのか、という点をぜひとも知りたいと思った。

Wikipedia「インドネシア」よれば・・・
インドネシア共和国(インドネシアきょうわこく)、通称インドネシアは、東南アジア南部に位置する共和制国家。首都はジャワ島に位置するジャカルタ。
5,110kmと東西に非常に長く、また世界最多の島嶼を抱える国である。赤道にまたがる1万8,110もの大小の島により構成されるが、この島の数は人工衛星の画像から判別したものであり、正確な島の数はインドネシア政府すら把握していない[2]。数年がかりで島の数を数え直したところ、2013年11月12日、島の数は従来より4000ほど減って1万3466だった事が明らかとなった[3]。人口は2億3000万人を超える世界第4位の規模であるが、その大多数はイスラム教徒であり、世界最大のイスラム人口国としても知られる。
島々によって構成されている国家であるため、その広大な領域に対して陸上の国境線で面しているのは、東ティモールのティモール島、マレーシアのカリマンタン島(ボルネオ島)、パプアニューギニアのニューギニア島の3国だけである。
海を隔てて近接している国は、パラオ、インド(アンダマン・ニコバル諸島)、フィリピン、シンガポール、オーストラリアである。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の盟主とされ、アセアン本部もインドネシアの首都ジャカルタにある[4]。そのため、2009年以降、アメリカ、中国など50か国あまりのASEAN大使が、ASEAN本部のあるジャカルタに常駐[5]。日本も、2011年(平成23年)5月26日、ジャカルタに東南アジア諸国連合(ASEAN)日本政府代表部を開設し、ASEAN大使を常駐させている[6]。


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日本共産党、安倍内閣打倒を呼びかけ

2014-07-16 22:33:00 | 日記・エッセイ・コラム
日本共産党が創立されて92周年となる7月15日、毎年恒例の記念講演会が行われた。
注目されたのは、「安倍内閣の打倒」の呼びかけの部分である。

<講演の関連箇所。引用ここから>

 みなさん。集団的自衛権、暮らしと経済、原発、米軍基地――四つの問題を見てきましたが、安倍政権がやっていることは、どの分野でも、日本の国を亡ぼし、日本国民を亡ぼす、文字通りの「亡国の政治」ではないでしょうか。
 安倍政権は、歴代自民党政権のなかでも、戦後最悪の反動政権と言わなければなりません。
 このような内閣は、1日続けば、その分だけ、日本と国民に災いをもたらすことになることは、もはや明らかではないでしょうか。

 私は、心からよびかけたい。安倍政権打倒の国民的大運動を起こそうではありませんか。

 日本共産党は、このたたかいの先頭に立つとともに、国政の緊急の四つの転換を強く求めてたたかいます。

 第一は、「海外で戦争する国」づくりを中止し、憲法9条を生かした平和日本に転換することであります。

 第二は、暮らし破壊の「逆立ち」経済を正し、暮らし第一で日本経済を再生することであります。

 第三は、原発再稼働をストップし、「原発ゼロの日本」に転換することであります。

 第四は、米軍新基地建設をストップし、基地のない平和な沖縄を実現することであります。

 みなさん。それぞれの分野で、一致点にもとづく共闘――「一点共闘」を広げに広げ、それを安倍政権打倒の国民的大運動へと大合流させようではありませんか(大きな拍手)。みんなの力で安倍政権を打ち倒そうではありませんか。(「おう」「そうだ」の声、歓声、鳴りやまない大きな拍手)


<引用終わり(動画は1時間36分あたりから)>



安倍政権打倒という打ち出しはその通りである。それほどまでに今の安倍政権の暴走はひどい。

しかし、安倍は許せん、打倒しよう!はわかるが、

じゃあ、打倒して、どうするの?に答えられるのかという問題が残るのである。

安倍政権に代わる次の政権はどのような政権なのか?
それをどうやって樹立するのか?
そのための国民的運動は?
新政権の樹立に導く選挙のたたかい方は?

などこれらに応える、より踏み込んだ提起が必要になってくるだろう。

その道筋やイメージが国民に分かりやすく示されれば、そこに国民は「希望」を見いだすだろうと思う。
共産党は本気で政治を変えようとしている、と。

そういう政権交代のリアルなイメージが与えられたときに、「安倍政権打倒の国民的大運動」に命が吹き込まれることになるのではないかと私は思う。
自民公明勢力が恐れおののくようなたたかいの方針を、国民的にダイナミックに示す時がすでに到来しているのではないか。

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少年時代にトリップする、ソフトボール。

2014-07-11 23:40:00 | 日記・エッセイ・コラム
今夜は黒河ソフトボールリーグの試合。

当たりどころがよくてホームラン1本。4打数2安打でした。

染み付いたものなんでしょうが、ゲームになるとついつい高校球児モードになってしまい、ボールが飛んでくると、思わずダイビングで捕りにいったりしてしまいます。

大人の遊びなのにいつもこうして汚してしまいます。

ついでに、スネとか肘とか打撲したり擦り傷つけたり。
このときだけはもう少年です。

今日はおまけに、タッチアップで本塁を狙ったのに、返球が良すぎて思わずヘッドスライディングしてしまい、口の中やパンツの中まで砂だらけでした。

砂を味わうなんてのは、高校時代以来。

試合は、我が塚越クラブとクロヨンの対決で、同点引き分け。



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ベトナム参戦で韓国犠牲4700人に、憲法9条を対比する。

2014-07-09 23:01:00 | しんぶん赤旗
集団的自衛権の発動でアメリカの戦争に引きずり込まれる事例として、ベトナム戦争で韓国がどのような犠牲を払ったかがよくわかる記事。

7月9日付「しんぶん赤旗」、ぜひお読みいただきたい。

ベトナム帰還兵の証言と、インドシナ半島での米国軍事介入の概要の記事である。

20140709akahata1

記事「海外から考える『戦争する国づくり』韓国ベトナム帰還兵①」
ダウンロード 20140709akahata1.jpg (614.4K)

記事「海外から考える『戦争する国づくり』韓国ベトナム帰還兵②」
ダウンロード 20140709akahata2.jpg (442.0K)

記事「9条 ベトナム派兵阻む 外相、米の解釈改憲拒む」
ダウンロード 20140709akahata3.jpg (627.4K)

ベトナム戦争は、1950年代から1975年のサイゴン陥落までの長いインドシナ半島での戦乱である。
フランスが手を引いたあとアメリカが南ベトナムの軍事的支援を続けていたが、64年のトンキン湾事件を契機にして(北ベトナムからのアメリカ艦船への攻撃を口実に)いよいよアメリカが北ベトナムへの侵攻、空爆を開始。

アメリカがこの軍事介入の根拠としたのが、南ベトナム政府(米の傀儡政権)からの要請、国連憲章51条に基づく集団的自衛権の発動とSEATOに基づく「防衛義務」。

韓国は米韓相互防衛条約にもとづいてベトナムへ派兵、SEATO加盟国は米国の要請をうけオーストラリア、タイ、フィリピン、ニュージランドなどが派兵する。

米国以外の派兵軍隊の大半は、韓国軍がしめることとなり、最大で5万人を派兵したという。

ベトナム戦争での【戦死者】の内訳は、ざっと、

米国軍 45600人
韓国軍 4700人
その他 500人

つまり派兵軍隊の死者の約1割は韓国軍だったというのだ。

しかも、韓国軍はベトナム各地の村々で人々を虐殺し、今日に至っても多大な後遺症を生み出している悪名高い枯葉剤作戦にも手を染める事となる。

<枯葉剤問題の参考:枯葉作戦とは何だったのか 枯葉剤がベトナムに残したもの

一方、1954年、アメリカ国家安全保障会議(NSC)は日本に対しても西太平洋集団防衛の役割を求めることを決めたが、日本の憲法上の制約によりそれは困難であることから、この構想は破綻。

さらに、58年にはマッカーサー駐日大使が、日本の憲法解釈を変更し日米安保の適用範囲を西太平洋へ拡大するよう日本側へ要請したが、これも憲法上の制約から日本側(藤山外相)が拒否する。

日本国憲法9条が、海外派兵に対しいかに強力な歯止めになっているかがよくわかる。

安倍政権は7月1日、現憲法においても「集団的自衛権の行使は可能」として従来の政府の憲法解釈を180度転換し、閣議決定した。国民多数の反対世論に追いつめられた安倍政権は、「海外での自衛隊の武力行使は極めて限定的だ」「戦争に巻き込まれることは一層なくなっていく」などと説明するが、完全なる詭弁である。

米国の戦争に一度たりともNOと言った事のない日本、ウソで始まったあのイラク戦争では世界で真っ先に米国支持を表明するような日本で、ひとたび集団的自衛権行使を許せばどうなるかは、ベトナム戦争で犠牲を払った韓国の戦後史で充分証明されている。

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