しかし、取った駒を再び盤面に打ち返すことの出来る将棋は、チェスよりはるかに奥行きが深く、コンピューターが人間に勝つなどまだまだ先のことと思われていた。この先二十年や三十年は、プロの高段者にコンピューターは勝てないという専門的な意見も多かった。ところがここにきて情勢は大きく変わってきたようである。
ひとつはプログラム開発者の広がりが挙げられるだろう。以前はある程度、将棋の強い一部の人たちがこれに携わっていたとの印象が残るけれど、今は将棋がそんなに強くない人もプログラミングにかかわりだしてきているようである。つまり、プログラマーたちの裾野が広がってきているのだ。
その代表格の人物が「ボナンザ」を開発したAさんである。彼は電子、分子の研究に携わりながら、趣味の一環として開発にかかわってきたのであるらしい。俳優の矢崎滋がAさんと将棋を指しているところをテレビは映し出していたが、正直、Aさんは将棋がずいぶん弱い。Aさんの棋力はほとんどど素人に近い。にもかかわらず、将棋最強ソフト「ボナンザ」を創り出したのである。
NHK取材班は、Aさんが将棋のプログラミングに携わることになって経緯について丹念に取材で追いかけていた。Aさんが将棋のプログラム開発に関心を持つきっかけとなったのは、アメリカ留学とそこで知ったチェス研究の広がりにあるらしい。自分もそれをやってみたいと思ったほどのようである。しかし、チェスは研究が進んでいて自分の出る幕はないように思えた。そこで思いついたのが、ゲームとして高度のレベルに達している囲碁や将棋の研究にかかわることであったようである。いずれも職業として成立しているゲームであるから歴史も古い。このプログラミングに携わることはAさんにとってとても刺激的であっただろう。
Aさんの作業は古今五十万もの対局データーをコンピューターにぶち込むことから始まった。
そしてAさんが開発した将棋ソフト「ボナンザ」はコンピューター将棋世界大会(2006)でニューフェイスとして登場し、いきなり優勝をさらってしまう。
これはローのスタートで地味に始まったコンピューター将棋が大きく展開し、トップスピードに乗った瞬間を示したのだったかもしれない。今後は開発に拍車がかかり「打倒ボナンザ!」をめぐってハイレベルな戦いとなっていくだろう。
さて、しかし、いくらコンピューター将棋で世界一になったからと言って、プロの高段者相手にどこまで戦えるかとなると疑問は残る。コンピューター将棋が出回りだした頃、一万円も出して買ってきた将棋ソフトとMSX2機でさんざん戦ってきた僕は、いい勝負をやっていても、勝負どころで突然ぶち壊しの手を指され何度もシラケさせられた経験を持つ。定跡形ではいい勝負をしても、一歩そこから出てしまうと赤子のような手を指してくるようなところが彼にはあったのである。
「ボナンザ」が渡辺竜王と公開対決すると聞いて、そういう記憶が僕の頭をよぎった。せっかくの白熱戦も、「ボナンザ」が突然乱調を起こして勝負に水をさすのではないかと危惧を覚えたのである。
その後、公開対局は予定通り行われ、渡辺竜王が「ボナンザ」を破ったことをニュースで知った。やっぱり、と僕は思った。しかし、その将棋がどのように指されたのかは知らなかった。渡辺竜王の短いコメントも載っていて、「ボナンザ」の強さを認めていたが、王者の風格、というか、社交辞令、のようなものと僕は受け止めていた。
もう、そのことは忘れていたが、ふと今日のテレビ欄(四月二十一日・土)を覗くと、夜の九時半からこの対局の特集番組が組まれているではないか。
対局の模様をテレビで見て驚いた。感激もした。将棋界の頂点の一人である渡辺竜王を相手に「ボナンザ」は五分の戦いを行っていたからである。終盤にきて、攻めっけの強い彼は致命的な見落としをして敗北するが、序中盤の駆け引きは堂々として見事で、プロ棋士を凌駕する日がそう遠くないことを窺わせるに十分であった。
「コンピューターがここまでやるとは思わなかった。いやー、強い」
「どっちにも勝たせてやりたかった」
公開対局を観戦して帰っていく人たちの声にも充足感が溢れていた。
それよりも何よりも、当の渡辺竜王が中盤の難所で苦悩の表情を浮かべ、懸命に手を読みふけっていたのが印象的だった。
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