のんびりモモカのティタイム

料理が好き・花が好き・お絵かきが好き・一日一日を大切に想い出づくり。
私らしくあり続けたい…そんな思いで再出発!!

四十九日法事と三回忌

2017年10月08日 | 私の兄弟

二男の兄の四十九日法事を10月1日に無事終え

そして昨日は五男の兄の三回忌と続きました。

やっと心も落ち着いてきたところです。

 

心配な本庄のお義姉さんの事、二人の娘に今後の生活の事も踏まえ

おせっかいが過ぎるかなと思ったのですが、

お義姉さんの行動に気をつけて欲しい事をそれとなく伝えました。

これからは一人暮らしになってしまいますから…少し心配です。

 

 

そう、この年齢になるといつ何がおこるか分からない…

子供たちは、親が高齢になっても何時までも元気でいると思い込んでいるみたい?

いいえ、そうではないんですよ!

60歳で節目があり、65歳頃に又次の節目が来、

そして70代と段々身体の自由が利かなくなってきます。

おまけに物忘れも心配になってきます。

だから、分相応に自分の身体を動かして健康にも気を配り日々を送っているのです。

 

世の中には何歳になってもパワフルな方もいらっしゃいますけれど

こればかりは仕方ないですね~~

自分の持って生まれた身体とそして生きる道ですから。。。

人と比較することなく自分の道を歩いて行くだけ

だから今を大切にと思うのです。。。

 

昨日、お義姉さんからこんな話を聞きました。

兄さんが病院に入院していた時の事。

絵手紙をとても喜んでいてくれたと言う話を聞かされました。

この時ほど絵手紙をやっていて良かったと思った事はありませんでした。

 

寂しそうな兄さんを元気づけようと病院の許可を頂き絵手紙を送らせてもらいました。

ただ、こんなに急に亡くなるなんて思ってもいませんでしたから、

その絵手紙も3通までは郵送できたのですが、

突然訃報が入り

4通目を描いて切手をはったもののポストに投函出来ませんでした。

 

兄さんの思い出を絵手紙にしたものです。

 

一通目は急いで出したためパソコンに取り込み忘れました。

残念だけど画像はなし

題材は『ざるそば』でした。

兄さんの蕎麦は本当に美味しかった!

 

2通目

 

 

3通目

 

 

たった3通ではあったけど心は通じたかな?

 

 

三回忌法事でお義姉さんを駅まで迎えに行った時の事。

改札口迄迎えにいく旨伝えてありました。

 

不安そうに歩いてくるお義姉さんに大声で

『姉さん!こっち!こっち!』 

『駅が随分変わってしまって、よく分からなくなってしまって…』

 

実は駅から我家迄歩いても5~6分。

でも心配で駅まで迎えに来たのでした。

車に乗って我家に向かう途中も

『随分変わっちゃったみたい…、家まで分からなくなっちゃった。』

『大丈夫!大丈夫!いつでも迎えにくるから…』

 

そして三回忌法事に出かけました。

 

法事の後、皆と別れお義姉さんと四男の兄と我家に戻って

お腹が苦しい苦しいと言いながらも美味しいコーヒーでひと休み。

 

そして兄は電車の時間もあるからと一足先に帰りました。

お義姉さんは絵手紙に興味を持ってくれて描いてみたいと言う。

 

それじゃあと道具を広げて準備を始めました。

硯に水を入れ、墨を磨ってとお願いし、

私は何を題材にしようかと探して

リンゴ・キュウイ・柿を用意しました。

 

『墨汁の香りがいいねえ~』

『そうなのよ、これで心が落ち着いてくるのよね。』

 

お義姉さんは柿とキュウイを描きました。

私はリンゴと柿

『楽しいね!楽しいね!』と喜んでくれました。

『家でも描いてみたいから、どこで道具は揃えたらいいの?』

『それだったら、今度道具注文しといてあげるから楽しみに待っていてね。』

 

 

 

 

そうして楽しい時間はあっという間に過ぎました。

きっと兄さんも喜んでいてくれる事でしょう。

そんな思いでとても充実した一日となりました。

 

無表情だったお義姉さんの笑顔が見れた事、嬉しかったです。

 

帰りは車で片道50分ほど無事自宅まで送ってきました

 

 

 

 

 

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旅立ち

2017年08月17日 | 私の兄弟

私の大好きな大切な兄が今朝旅立ちました。

 

私の出来る事は精一杯努力しましたが…

 

暫らくお休みします。

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久しぶりに姪っ子に会いました

2017年07月30日 | 私の兄弟

兄さんの入院で義姉も日々一人寂しい食事では可愛そうと

今日は好きなお蕎麦にお誘いしようと電話をしました。

 

すると、『今日は子供が来る予定があるので悪いけど…』というお返事でした。

残念!!!

 

それでは病院は遠慮したほうがいいのかしらと思ったのですが、

姪っ子に会えるいいチャンスかもしれない。 

積もる話もあるし、兄さんだってきっと賑やかなほうが好きだから、

いいえ、兄さんの様子が気になるから…

主人を口実に思い切って午後病院に出かける事にしました。

 

病院に着くと、ドアが開いていて賑やかな話し声が聞こえています。

全国高校野球の西東京大会決勝戦のテレビ観戦しているところでした。

清宮君のいる早実×東海大菅生戦、当然清宮君の応援です。

そんな中、元気な兄の姿を見て少しホッとしました。

 

『こんにちは!!』私たちが病室に入っていくと、『おじちゃん!久しぶりです!』

姪っ子の嬉しそうな声が跳ね返ってきました。

そうなんです。昨年秋の結婚式に術後すぐだった主人は出席できなかったのです。

 

主人はお姉ちゃんも妹も見分けがつきませんでした。

女の子はお化粧と洋服で見栄えが変わりますものね。

『う~ん!すっかり女性らしくなっちゃって見違えちゃったよ!』

それでも子供の頃の話が始まるとすぐに二人の姿が甦ってきたみたいです。

 

兄さんは二人の子供の会話を聞いているだけでも嬉しそうに話に聞き入っていました。

 

思い出話しの中で、食事の好き嫌いが多くて困ってしまうという話がでました。

『でもおばちゃん家にお泊りに言っても食事は結構楽しみだった。』って言ってくれました。

母が料理上手だったのす。そこのところはとっても助かっていたところです。

残念なことに長女・次女・三女の私、三人娘はどうも料理上手には程遠いのです。

 

我家の最近の二人だけの食事は結構手抜きがちになっています。

『子供が帰って来る時は頑張れるのにね』どこのお母さんも同じ事を言います。

『二人だけだとどうしても残り物が多くなって…』本当にそうなんです。

 

健康な身体作りのために少しは頑張らなくてはと思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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兄が入院しました

2017年07月19日 | 私の兄弟

兄からの電話で入院を知りました。

『いつ入院したの?』

『7日のお昼頃、買い物に行った先で、倒れて救急車で運ばれたんだ。』

『え!!!車運転したの?』

『うん、どうしても用が足らなくて車で出かけたんだ。』

『連絡してくれればいいのに、事故じゃないわよね!』

『ううんそうじゃないよ。車から降りたとたん体調が悪くて倒れこんでそのまま…。』

 

車を乗れる状況ではない事は分かっていました。

なのに頑固さゆえに無理をしたんだろうと思いました。

それとも少し自棄にになっていた?

 

『私、その日の午前中、電話したのよね…。でも、義姉さんに断わられちゃって…。』

『・・・・・・・・』

 

入院して10日も過ぎているのに家族からは電話連絡もありませんでした。

詳しく状況を知りたくてすぐ主人と病院に駆けつけました。

 

兄の話では

救急車で運ばれた病院から自宅には連絡が取れず、やっと次女のところに連絡が入り

そこから家族に知らせが、そして皆が病院に駆けつけたとの事でした。

 

 

いろいろ検査をした結果、胃ガンである事がわかりました。

食べ物が入らないほど大変な状況だったのです。

それからは点滴の日々。

どうしてこんなになるまでほっといたのでしょう。

 

悔やんでも仕方ありません。

これからの時間を大切に過ごすしかありません。

 

二人の娘がいますが、結婚して浦和と東京に暮らしています。

仕事もあって、二人ともそうそう病院に足も運べません。

でも唯一の救いは次女の存在です。

父親思いの優しい娘で、唯一頼れる存在なのです。

 

そのS子ちゃんに詳しい事情を聴き、かなり深刻な状況である事を知らされました。

こんな状況の時は、本人も含めてこれからの医療体制を決めて行くのだと思っていました。

それでも、本人には何も知らせてないとの事。

家族が知らせないでと言っているようなのです。

でも兄はきっと気づいている、そんな気がするのです。

だからこそ家族の絆でしっかり向き合って頑張って欲しいと思うのは独りよがり?

 

兄の人生、やり残しがないよう、心残りがないよう生きて欲しい!

そう思うのです。

 

私の人生が閉じる時は『ありがとう』と感謝の心を伝えて旅立ちたい。

そんな思いで日々生きているつもり。。。

悔いはいっぱいあるけれど、それでも精一杯頑張っているから…。

 

友達は頑張りすぎないでって言ってくれる。

嬉しい事です。

見ていてくれる友がいるだけで勇気がでる。

その人の為に頑張れるって思う。

生き方はとてもヘタかも知れない。

でも、私は私らしくでしか生きられないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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兄からのSOS!

2017年07月18日 | 私の兄弟

6月のある日曜日の朝、兄からのSOSの電話が入りました。

『昨日から、何も口にしていないんだ、食べられないんだ。』という。

お茶を入れてもらおうと義姉(H子)を呼んでいるんだけれど、返事がないので私から義姉に連絡してほしいという。

すぐ家電話と姉の携帯に連絡してみたけれど連絡が取れません。 

携帯は電源が入ってないとのメッセージ。家電話は話し中状態。受話器が外れている???

 

兄の家は我家から車で一時間かかります。

すぐ主人にも頼んで二人で兄の家に車で向かいました。

途中、道の駅で食材を調達しました。

日曜日と言う事もあってか思いのほかスムーズに車が走り、早く到着しました。

『良かった!』

ところが、玄関の鍵が掛かっています。

チャイムを鳴らしても応答がありません。

『おかしいなぁ~』と思いながらチャイムを鳴らし続けました。

暫らくしてやっと義姉が出てきてくれました。

『あら、いたのね!』 と私。

『どうしたの?』 と義姉。

『え!!やだぁ~!兄さんから電話があって・・・・・・・』 と私。

『なんで電話なんかしたんだろう?』 と義姉。

『え!!体調が悪いって電話があったんだけれど・・・・・・・???』 と私。

言いながらすぐ家の中に…

居間のコタツに横になっている兄の姿がありました。

『どうしたの???』

調子が悪くて、このところ食事が喉を通らないという。

『医者は?』

『行ってない、医者は嫌いだ!!』

『そんな事言っている場合じゃないでしょう!!』

そこにいた兄は血の気のない顔ですっかりやせ細っていました。

春に我家に遊びに来た時は元気に大好きな囲碁を指していたのに…

春に我家に来た時に兄が言いました。『H子、最近おかしいんだよな。認知症じゃなきゃいいんだけれど』

『それに頻繁におこりっぽくなって』と漏らした兄の言葉が妙に気にかかっていました。

 

どうしてこんなことになってしまったのか…

お食事も好みが違うので最近は自分のものは自分で作るしかない状況にあるという。

でも具合の悪い時は違うでしょう!

長年支えあって生きて来たはず。

家族の絆も愛情も思いやりもどこへ行ってしまったの?

 

おしゃれで、お人好しで、面倒見の良かった兄の姿はそこにありませんでした。

なぜだか怒りを通り越して悲しみが押し寄せてきました。

 

そしてこんな状況にも関わらず義姉はさほど心配している様子もありません。

いつもの義姉の様子ではありません???どうしたのかしら???

なんとも理解のできない状況にありました。。。

 

それでも今日の買い物で数日は過ごせると思い

必ず医者に行って欲しい事、車は乗らないでタクシーを利用して欲しい事、

必要な時はすぐ連絡を入れて欲しい事をお願いして

後ろ髪を引かれる思いで家に戻りました。

 

この状況は、我家の近くに住むもう一人の兄のところへ報告も兼ね相談にも行って来ました。

兄弟だもの助け合わなくてはという思いでいっぱいでした。

 

夜になって兄から、お礼の電話が入りました。

『お土産ありがとう!顔を見たら元気も出たし少し食べられたよ。』

『良かったね。少し安心したわ。無理や我慢は禁物だからね。』

『ありがとう!』そう言って電話は切れました。

 

月曜日の予定は伊勢崎の勉強会でアッシー君も兼ねているので休むわけにはいきません。

そして火曜日は姉と私のリハビリ通院があります。

やっと水曜日、兄はどうしているだろうと電話を入れました。

 

電話口から義姉の声が響いてきました。

『あら、何か用?』

『今日そちらのほうに用事があって出かけるからちょっと寄らせてもらおうと思って…。』

本当は兄の事が心配でした。

『これから用事があって外出するんだけど…。悪いけど今日は無理!』

『でも、兄さんはいるんでしょう?』

『いるけど、今日は来ないで!』

そこまではっきり言われては無理を通す訳にも…。

 

悶々とした日々が通り過ぎて行きました。

そして暫らくして兄さんから電話が入りました。

 

                     続きます。

     

 

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