ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

旧仙台藩藩校養賢堂正門(泰心院山門)

2010年03月29日 20時35分48秒 | 仙台藩と伊達家のお話し
仙台藩藩校養賢堂

元文元年(1736年)、仙台藩5代藩主 伊達吉村が学問所を設立。
その後、6代伊達重村が拡充し安永元年(1772年)に養賢堂と改称した。
今の勾当台にあったのです。
この門は、文化14年(1817年)講堂が完成した際に建立されたものです。

全国に先駆けて、養賢堂に付属する医学館に西洋医学講座を開設した。
廃藩(明治維新後)になると養賢堂は昭和6年まで県庁舎として使用され、正門が洋風門に置き換えられたため現在地に移された。
しかし講堂や諸建築が戦災で焼失してしまったのです。

当時の講師陣は日本の最高レベルでは?と言われています。
諸藩の学校調査をした佐賀藩主鍋島閑叟はこれを賞賛したといいます。
そうそうこの場所は、荒町通りを東へ進み、南鍛治町にある、泰心院の山門になっています。





一間一戸の四脚門で、屋根は切妻造、棧瓦葺(さんがわらぶき)で伊達家の代表的な家紋「三引両」
と「九曜」を配した漆喰塗の棟や細部の装飾など重厚な外観となっている。









養賢堂

意外とデカイですね。

こんな写真が・・いや絵かも??? 宮城県の歴史散歩から「宮城県庁門前図」


勾当台にあり、昭和6年まで県庁としてあったので、昔の地図を開いてみました。
同級生のぐずら氏から拝領したもです。 現在の勾当台公園ですね。



廃藩当時「仙台県」だった時があったはずです。その記事は後程書きたいと思います。

PS:ホームページに多賀城の目次を追加しました。
   また、多賀城の記事は編集しなおし強化してゆくつもりです。
   ホームページにへんなオヤジと野良猫が隠れています。マウスでつまみ出して下さい。
http://sanpomichi114.web.fc2.com/
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16 コメント

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ホームページの多賀城にどっぷり・・・ (クロンシュタット)
2010-03-30 05:49:20
仙台藩は他藩に比べても特に学問に力を入れていたのでした。
でも現代の宮城県の学力レベルは全国的に見てイマイチのようですね。
ま、いいか。→この「ま、いいか」こそ宮城人の特色と言われています。
気候もそれほど厳しくなく、海山の幸に恵まれ、かつそれなりに都会暮らしを満喫できる、いやーいい土地です。
そんなにガツガツしなくても、ねー「ま、いいか」・・・

旧県庁周辺の地図を見ると小さい区画の「住宅地」が密集してたのですね。

陸軍病院が (丹治)
2010-03-30 08:55:01
県庁の隣にあったのですね。
全国の国立病院のかなりの数が、戦前の陸軍病院と海軍病院。
そこに勤務する軍医は陸海軍の武官でしたが、
戦後は厚生技官になりました。
現在は国立病院気候○○医療センターになってますが。

仙台の国立病院は宮城野原にあったので(現在も)、
てっきり元からそこにあると思ってました。
歩兵四連隊の兵舎も榴ヶ岡だったですし・・・
でも考えてみれば、戦前の宮城野原は練兵場だったですから。

ただ、昭和初期に一つ前の県庁の庁舎(小学校の遠足で見学しました)が建った時はどうだったんでしょうか。
興味があります。
おはようございます。 (sidu-haha)
2010-03-30 09:16:44
ひーさん、ここへ行ってらしたのですね~
私もここ、何度か行っています。
このお寺の墓地に、仙台出身の岩崎卓爾という人のお墓があるんですよ~
石垣島で、気象の仕事をし、石垣島に骨を埋めた人です。
天分屋~と呼ばれてたほど、島の人々のために、仕事をしたようです。

ひーさん、よい地図を持っていますねえ~。
これ、私も四等分したものを持っているのですが~
ひーさんは、全紙で持っているのですか?
丹治さんへ (ひー)
2010-03-30 09:44:20
この病院はどこの病院になるのか気にしていました。公立の病院であることは確かですが、どこなのか? 最初「日赤」?なんて考えましたが国立病院なら納得です。
県庁の庁舎はカッコ良かったですよね。
山形のように保存出来なかったのかと残念に思います。
後で旧庁舎の写真を探してみます。
sidu-hahaさんへ (ひー)
2010-03-30 09:54:23
岩崎氏のお墓があったのは知りませんでした。
というか、その方自身を知りませんでしたが。
地図は全画面で持ってます。
他にも、昭和初期のを数枚と商店の一覧とか・・・
図書館では、A4に分けて全部はコピーさせてくれませんからね。
下記の記事に書いてあります。
カテゴリーは仙台今昔物語ですよ。

http://blog.goo.ne.jp/hi-sann_001/e/6bfc29b29f3d9e616f08125816effb99
クロさんへ (ひー)
2010-03-30 09:56:35
今のゆとり教育のお陰で・・・お馬鹿になった若者・・・?
ちょっと失礼な言い方ですが、一度記事にしようかと考えてました。
今の子は筆記体の英文が書けない。
まぁ、アメリカ人もブロック体を使用しているのでしょうが。
許せないのが、円周率・・・なんで約3なのでしょうか?? それを推奨した教育委員会や反対しなかった教諭陣が信じられません。
ものづくりで約3の円周率では、設計は成り立ちません。
不思議な教育に唖然です。

まぁ、私も小さい頃からゆとり教育でしたからボンクラですがね。
惜しまれます (丹治)
2010-03-30 16:30:19
小学校の時に見た宮城県庁はかっこよかったですね。
元の仙台高裁といい金研の旧本館といい、
宮城県ないしは仙台市が歴史的建造物の保存に熱心でないことには腹が立ちます。

「これこれの科目は余裕があったら教えよ」
という文句は、往々にして
「これこれの科目は教えなくてもよい」
と読み換えられるものです。

受験競争が過熱すれば「ゆとりを!」と叫び、
学力が低下すれば「学力向上を!」と叫ぶ。
ああ、猫の目教育行政。
文部科学省の皆様には、
もう少し長期的な視野に立って頭を働かせて欲しいです。

やはり~ (維真尽(^.^))
2010-03-30 17:57:22
教育は根幹ですね

ゆとり教育とか
訳のわからないことの
行く末が 案じられます (^^ゞ
丹治さんへ (ひー)
2010-03-30 19:01:19
ごもっとも・・・
本当は今日の記事を愚痴にしようかと思いましたが、よしました。
一文の得にもなりませんからね。
大学と違って小学校・中学校の教員の感覚は違います。
大学は専門的知識を教授しますから、問題ないのですが、小・中は不思議な世界です。
修学旅行で打ち合わせや添乗でご一緒しましたが、指導・指導と言っているのですが、一般常識に欠けている先生が多いのです。
勿論、全部ではありませんが、叱る場所が違うだろ! と思ったり、そこで殴るべきでは無いと思ったことも何度かあります。
見ていて思ったのですが、小学校の先生の感覚は小学生と同じで、中学校は中学生と同じなのです。
きっと同じ目線で見ているからそうなのかと、考えています。
これが、驚くことに、どこの旅行業者の社員も口を合わせて同じ事を言っていました。
これは、稀ですが、ある教頭先生が私に公衆電話で五円玉は使えたっけ?と聞くのです。
たまげましたよ。
人を育てる義務教育の場は、学校を出たらそのまま教員にならず。社会を経験してから・・・と思いますね。
こんなところで愚痴ってしまいました。
お許し下さい。それも丹治さんに・・・
すみません。あくまでも小・中ですから!

維真尽さんへ (ひー)
2010-03-30 19:09:31
今日のニュースでも、ゆとり教育で落ちたレベル・・今度は教科書が厚くなったそうです。

なんてたって、子供までが週休二日ですからね~
ゆとり教育で育った子供達は影で馬鹿にされる時代がきたらかわいそうですね。
Unknown (あーさん)
2010-03-30 22:00:08
樋口良明 二人の芭蕉 読み出したところです
目的地は仙台

さて・・・
あーさんへ (ひー)
2010-03-30 23:25:12
二人の芭蕉とは・・?
芭蕉が泪した多賀城の壺碑を再度検証中。
恥ずかしながら・・・ (丹治)
2010-03-31 08:48:29
大学でも学生の幼児化が進んでおります。
授業の前にしつけをしなくてはなりませぬ。
杜甫甫・・・
丹治さんへ (ひー)
2010-03-31 19:03:05
確かに・・・わかります。
環境が変ると色んなところに影響がありますね。
親も変わって来ています。
私も今の職場で沢山の人を見ますが、しっかりしている人と分けのわからない人のギャップが半端じゃありません。
世の中には、変な人が多いのに気づきました。
感慨深く (今都の猫)
2013-01-08 13:13:14
はじめまして。

旧仙台藩のことをネットで見ていたら、こちらに辿り付きました。

貴ブログ大変興味深く拝見いたしました。

養賢堂。
実は私の曾祖母の祖父はここで儒学を教えていたのですが、
私自身は東京で生まれ育っているため、まだ見ぬ先祖の土地です。

また時折お邪魔させてくださいませ。

今都の猫 さんへ (ひー)
2013-01-09 22:30:43
コメントありがとうございます。
驚きました。ここでご教授をされた御先祖様の御子孫からコメントを頂くとは・・・。
宮城県や仙台に関する記事は、これかも続けるつもりです。
宮城出身の方から、懐かしい・・とよくコメントを頂きます。
海外からもメールがあり、うれしく思っています。
仙台に関わる、見たいところや知りたいところがあれば、私の出来る範囲で取材したいと思います。
また、訪問頂ければ幸いです。
宮城や仙台に関する記事はカテゴリーより選択下さい。
ありがとうございました。

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