ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

荒雄神社/大崎市古川

2017年03月16日 22時55分19秒 | 宮城の散歩道(仙台を除く)
荒雄神社

久しぶりの神社巡りになりました。

荒雄神社で思い出したのが、岩出山の荒雄川神社です。
荒雄川神社はこちらです。http://blog.goo.ne.jp/hi-sann_001/e/79050bf1945684c9a1bd046d7cbc9861

荒雄神社の祭神は

祭神:菅原道真公、楠木正成公、和気清麿公

鎮座地:宮城県大崎市古川福沼字要害1

由緒:昭和天皇御即位記念事業奉祝の微裏を表せんが為荒雄村の素封家青沼彦治翁は嫡男吉治氏の名を以って荒雄村に献金出願、村議会決議を以って荒雄神社御造営は成されたと村誌にあるが事実は十萬金を以って彦治翁自ら指揮監督に当たり県下稀にみる大神社をここに建設されたものである。尚祭神分祀は彦治翁嫡男吉治夫妻を伴い自ら京都神戸に赴き各神社宮司に懇請宮司方はその赤誠に感じ御分霊に応じられたとある。



由緒から見ると古くからある神社とは違った感じですね。

どちらかと言うと、境内社の「見渡神社」の方が興味深かったですね。



やはり雪深い古川ですね。 鹽竈神社は梅が満開に近いというのに、やっと一輪咲いたばかりです。





参道の両脇には狛犬じゃなくて撫で牛のようなものが・・・・・










見渡神社













立派な彫り物ですね。











本殿の周りには十二支の彫り物です。たまに見ることができますね。 









一周回れなかったので・・・



神殿です。なかなか立派な建物ですね。



そろそろ春の兆しが・・・・花の季節になりますね。 まだまだ寒いのですがね。・・・






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6 コメント

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ありがとうございます。 (りひと)
2017-03-21 16:06:04
父の実家に近づいてきましたよ。
おまけに川の付く神社も大事そうですね。
二つの神社をルート検索すると江合川という関東の人にはあまり知名度がない川が出てきました。いやあ、あの川多分大事ですよ。
この記事の神社には古川という地名もあるのですけど古川というとうちの血が繋がっていない先祖の関係でも父の方でも出てくるんですよ。岐阜との関係もかなり気になりますよ。

多分お水がいっぱいあった時代は山状のところが地形的にも岬や聖地だったはずなので地形的には川の付く神社のほうが古いようにも思いますけど、河口の方が確かに人が住むのと食料等が豊かなので縄文遺跡があったならもっと古い旧石器時代のものが江合川の奥の山付近にないのか?気になりますね。荒尾岳や禿山や虎毛山や栗駒山や火打岳や神室山やその奥の甑山まで一連の山々に何かありそうに思いますね。甑は沖縄、神室は伊豆っぽいし色々と思う所も。火打山というとたたら的なものも含めて赤や鉄や関係ありそうでも。左の阿形もかなり気になりますね。見渡というのもどうも海人が関わるようにも思います。

山からの堆積地が栗原になるのもかなり理解出来ます。山からのお水が関わるならば地盤も含め、地震はこれ以上起こっていけない地ですよ。栗原が揺れやすいのは理解出来てしまいました。

古代に人がいた可能性も十分ある地ですよ、地形的に間違いないと思います。9298
りひとさんへ (ひー)
2017-03-22 10:44:35
江合川は、この地にとって重要な川ですね。上流の荒雄川神社のちょっと手前にアラハバキ神社があります。
そのあたり、遺跡もあるのですが、覚えているでしょうか? ゴットハンド(神の手)と言われた旧石器捏造事件の現場もこの辺りです。考古学者や地元の人には大迷惑な話でした。色々と商品もできましたからね。
あちこちに自分で埋めて自分で見つけたふりをしていたのです。最悪な人間です。
山や川は、生きるために最重要。 だからこそ崇められるのですね。
落胆して欲しくないです (りひと)
2017-03-25 09:31:37
あの辺りの遺跡が出てきたら多分歴史が変わってしまいますよ。そう大学の講演会にも行くことができその中でも考古学での発掘の方法やルールなど今とは違いそうですし、ゴットハンドの事件以来相当裏取りや段階的な積み上げ方も発掘の中でやっているようです。また説というのも重鎮達に客観的に異説をぶつけられる風土も出てきているようです。真実は一つで色々な説が出た方が真実に近くチャンスは広がるはずです。制限して維持出来るのはやはり人間のしがらみ感じるので制限しないでグーローバルに判断しても多数の説が出てもそれを理論や科学で消していければ素敵ですね。シュリーマンみたいな方が出てきてくれたらいいのに、大学と協力して。
岩宿の発見者さんも自分の敷地だからできたこと。国家や県や市や町も相当したたかにやらないと発見しても評価はされないのでいかに色々な方を絡ませるかでしょうね。そうまず資料館や博物館を小規模でも作らないと先を考えて。出た瞬間東京に持っていかれちゃうので地元の宝は地元でないと光らないはず。仏像と一緒ですね。

この平野、山に囲まれたあの辺りは今後も注目していきますよ。諦めないで見守りますね。1424
りひとさんへ (ひー)
2017-03-26 12:01:44
ここは専門家に任せるしかありませんね。
ただ人手が足りませんね。 それも自分の人生よりもはるかに長い時間を遡らなければなりません。考古学・民俗学・古代史・科学 幅広い知識が必要ですね。

それを想像して楽しむのも一つですね。
見渡神社。 (綱永井寵生)
2017-03-28 21:44:41
ここに見渡神社があるとは知りませんでした。多分、菅原道真公を祀るよりも古いと思います。

「見渡」は坂上田村麻呂がその地に立って見渡したから「見渡」になったと伝えられており、福島県では小高い丘に建立されているのですが、こちらは平地の様ですね。移されたのでしょうか。

祟神には乱暴者の考えがあるのですが、祟神を祟神で押さえようとしているのかな。

もしかしたら蛇を牛で押さえようとしているのかも知れませんね。
綱永井寵生さんへ (ひー)
2017-03-31 12:17:18
想像通り、見渡神社には食いついて来ると思いました。
たぶん合祀されたものでしょうね。
詳しいことは書いていなかったので、何とも言えないところです。

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