ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

青葉城:仙台城址

2009年07月22日 12時00分00秒 | 仙台藩と伊達家のお話し
仙台城址:青葉城 独眼竜伊達政宗居城

ここへは、車でも上まで登れますが、仙台駅前、西口バスプール15番乗り場から、「ループルバス:観光用循環バス」でもこれます。

この記事は、2年前に書いたものですが、写真を差し替え一部編集を変えました。

仙台中心部からは、昔、大手門があった隅櫓から登れます。


この大手門は、豊臣秀吉より佐賀の呼子に建てた名護屋城の大手門を拝領したものと聴いております。

坂を上ると石垣が見えてきます。

石垣については、こちらの記事をご覧下さい。「仙台城と石垣とすずめ踊り」

今回は、車で向かいましたが、本丸の南側の入り口から乗り入れ出来ます。

その入り口は埋門(うずみもん)といいます。この門は西側を向き侵入者を入り口で二折させる防御性の高い構造になっています。
つまり、クランクになっているわけですね。



ここを通り抜けると、かつては桃山様式の大広間、大台所、御座ノ間書院、など・・中には、広瀬川を見下ろす断崖に張り出した建物があったようです。



鳥居をくぐり車のまま奥へ・・・・



一対護衛の狛犬を発見! チョット浅目の彫りですね。


  反対側には、看板が立て掛けてありました。コラァ~~狛犬に看板立て掛けるな!! バカモン!


まずは、護国神社へ参拝m(_ _)m



護衛はこのお二方・・・

 

背中の巻き毛が少ないですかね。尻尾も珍しい形かも?



護国神社・・・立派ですね。隣の英霊顕彰館には、戦艦「大和」の1/100模型が展示されてます。
詳しい記事はこちらから「戦艦大和・熱き男達のドラマ」






昭忠塔
完成した、明治35年と言えば、日本の冬山登山史上もっとも多くの遭難者が発生する事件となった、八甲田山雪中行軍があった日です。直立したまま(?)仮死状態で発見された後藤房之助伍長は、宮城県出身です。
訓練への参加者210名中199名が死亡すると言う。

「八甲田山の記事はこちらです」

上のトビは敵国ロシアを見ていると言います。


さて青葉城ですが・・・

日本三大ガッカリと言われる青葉城! じゃー他の二つはどこ
一般には、札幌の時計台高知のはりまや橋ですかね?
さあボチボチ仙台城の話でもしましょうか・・・・・・
でもここには、青葉城はないんですよね。
しかし、資料館では、CGで再現しています。まだ見たことありませんが。  
仙台城は天守閣を持たない連郭式平山城です。
(説明では平山城となっていますが、実際には山城と考えた方が正しいでしょう)
徳川の目を意識して、敢えて天守閣は、持たなかったのでしょう。
しかしながら、この立地条件は悪くはない。
青葉山の東側には広瀬川と西側には竜ノ口渓谷と自然の要害になっている。
渓谷に掛かる橋は、あまりの断崖絶壁に自殺の名所となる始末
私が高校の頃、橋のフェンスが高くなりました。

城を築く場所を決めるにも、色々と逸話があるようです。
定かではありませんが、徳川家康に候補地を提出するとき、第一希望、第二希望・・を書くのですが、家康は第一希望を許可せず第二希望を許可すると読んだ政宗は、第一希望と第二希望地を入れ替えて提出したのです。

定かでは無いと言ったのは、ガイドによって話が違うのです(笑)
最後には、家康は裏の裏を読んだと言う説まで・・・・キリが無い。
何故話が変わるのか? 
私なりに考えると、もう一つの候補地は、石巻の日和山なのです。
ここは、北上川が海に注ぎ込む場所でもあり。
海沿いであることから、貿易にも適している。
後に政宗は、支倉常長をローマへと慶長使節船、サンファンバウティスタ号を造り使節団を送っている。

サンファンバウティスタ号の記事はこちらから


伊達政宗公騎馬像



1964年(昭和39)に建てられたもの。騎馬像の記事はこちら

台座には4枚のレリーフがあります。政宗の人生を4期に分けて描かれています。
このレリーフは、青年期に豊臣秀吉の命による朝鮮出兵の際の出陣の様子です。


遣欧使節団・支倉常長がサンファンバウティスタ号で月浦からの出航を見送る様子当事47歳
月浦の記事はこちらです


権中納言従三位の位を授けられた頃                    11歳で元服した頃の様子


騎馬像の警護はこのお二方・・・


これは特徴のある狛犬ですね。   笑うな!!  ウフフ



狛犬さん・・・鼻息荒いです!


♂でした。     ちなみに、政宗公の愛馬も・・・・確認しました。 ♂です。



政宗の愛馬は「後藤黒」といいますが、どこに書いたか見つからないので、また書き直します。

仙台城址からの眺めです







蕎麦屋さんや和食処・・・ずんだもちも食べれますよ。



上々段の間=帝座之間 瑞巌寺にもありますが、天皇の席ですね。


ループル仙台のバスで来るとここから入ります。


詰ノ門




御神輿の掃除ですかね?

この辺にしておきます。 
最後まで見てくれたあなたには、幸運が訪れるでしょう。

年代不詳 仙台城からの眺望&松島

『宮城県』 ジャンルのランキング
コメント (25)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 荘内神社/鶴岡市 | トップ | 龍澤山善寳寺(りゅうたくさん... »
最近の画像もっと見る

25 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ミー太郎)
2009-07-22 12:37:28
最後まで見た私には幸運が訪れるのですね?それは良かった!^^ ようやく「嵐」から脱して今日から徘徊を再開したミー太郎です。
伊達政宗像、どこから見てもカッコイイですね!このアングルを考えた人は素晴らしいと思ってしまう。

全然話違うんですけど、コメントに書き忘れたんですけど、先日のマイコー画は新スケッチブックの表面を使ってみました。使い心地、中々悪くないかも、です。(参考までに)
本丸石垣 (丹治)
2009-07-22 13:32:45
櫓だの門だの、建物があまり残ってないですから。
でも再現された本丸の石垣には圧倒されます。
再現された石垣の前を通って八木山橋の方に行くと、
自然石を積んだだけの石垣が見えますね。
再現された方との工法の違いがわかって、面白いです。

建物といえば、隅櫓。
あれは鉄筋コンクリート製の外観再現ですが、
向い側にある塀は築城当時のものだそうです。

八木山橋の谷でザイルを使って懸垂下降の練習をした山岳部員がいたという話を、高校の大先輩から聞いたことがあります。

高校のとき、地学実習で化石採集にいきました。
「すぐ上に自身観測所があるから、鉱物ハンマーでむやみに岸壁を叩かないこと」・・・
なんて聞いた途端、ガンガン叩きだしたヤツがいましたね。
私はといえば、下から八木山橋を見上げてばかりいました。



ミー太郎さんへ (ひー)
2009-07-22 14:06:09
おニューのスケッチブックのお名前は?
普通文具店ではあまり種類がないんですよね。

丹治さんへ (ひー)
2009-07-22 14:20:18
石垣は確か3層と言うか1期…2期…と時代と共に重ねて造られたようですね。
それはともかく、どこから渓谷に降りたのですか?
川を上りましたか?
Unknown (ミー太郎)
2009-07-22 14:54:59
HOLBEIN だったかと思いますヨ。1360円くらいの。^^
ミー太郎さんへ (ひー)
2009-07-22 15:46:44
39です。

見かけたら買います。
Unknown (ほでなすいっく)
2009-07-22 20:21:45
青葉城といえば、この騎馬像ですね
トラストタワーってデカイのね
あんまり高いビルは建てないで欲しいなぁ
仙台っぽくない感じがします
いっくさんへ (ひー)
2009-07-22 20:32:02
SS30が小さく見えますね。

そんなこと言って、レストランが入ってたらしっかり食べに行ってたりしてww
青葉城からの眺め良いですね。 (ミモザ)
2009-07-22 21:05:37
青葉城へのご案内有難う御座います<m(__)m>
画面が大きいので迫力がありますね。
狛ちゃんも何体もありますし、顔の表情が可愛いですね。
高知のはりまや橋を見つけるのに大変でしたよ。
勝手に大きな橋と言うイメージを作り上げていましたので・・・?
Unknown (桃源児)
2009-07-22 21:18:13
青葉城、張り出した部分、清水寺の舞台みたいですね。
三大ガッカリ名所、筆者ははりまや橋と時計台、もう一つは首里城と聞いたのですが?人によって違うのかなあ。
政宗公を守る狛犬様、個性的ですね。
歴史の町 仙台 (かにちゃん)
2009-07-22 21:20:15
再現された本丸のみごとな石垣(^-^)思わず 見とれてしまいます!

伊達政宗像 (*^ー^*) いつ見ても 素敵です・・・

狛犬さんのユニークさに、感心したり、吹き出したりでした~❤
ミモザさんへ (ひー)
2009-07-22 22:47:08
はりまや橋・・・・
ただの道路になってましたね。

桃源児さんへ (ひー)
2009-07-22 22:52:27
首里城・・・気持ち分かりますね。
きっと言い出した人の思いなのでしょう。

たぶん三大がっかりは、首里城が出来る前からあったと思います。
自分で決めてもいいと思いますww
かにちゃんへ (ひー)
2009-07-22 22:57:23
お元気でしたか?
政宗はカッコいいですよね。

あの狛犬は、自分の小学校の写真にも載ってますが同じ顔をしています。
ユニークですね。
青葉城といえば (維真尽(^^))
2009-07-22 22:59:10
青葉城恋歌~という
イメ~ジです

鼻息荒い狛チャン~
こういうのも いいですね (^_-)~☆

近くなのに (オズ)
2009-07-22 23:28:32
近くは遠き!!そんなことわざないね~
でも久しく行ってなかったなー
じっくり拝見しましたよ!!
そういえば鷹の下で遠足の時撮った写真があるね。
そのうちに、アップしてみっぺがねー
維真尽さんへ (ひー)
2009-07-23 07:44:42
本当に鼻息荒そうですよね。

こんな形は珍しい・・
オズさんへ (ひー)
2009-07-23 08:09:05
昔は、仙台近郊の小学校はどこも行ったのではないでしょうか。

今は科学館とかが目立ちますが、青葉城も行ってるのかな?
お晩です (あーさん)
2009-07-23 22:18:00
幸運は拙のものです♪

♂ 存在は知ってました実見したことなし
♀もあるんですよねぇ

グヤジー  ww


そうそう  看板の件、拙もイカッていますゾッ
あーさんへ (ひー)
2009-07-23 22:38:00
♀判断しかねます?

護国神社に怒りのメールいれますかね

けしからん!と…

確かあーさんも♂の証明写真ありましたね。
覚えています。
昔は地味な場所でしたよね (クロンシュタット)
2009-07-24 05:44:38
高校生ん時に授業サボって何度か坂道を登りました。
繁華街方面は担任の山田先生の巡回があるので、お城方面へ避難したのです。
まだまだビルの少なかった時代の市街地を眺めておりました。
坂道は下りのほうが辛く、疲れてしまい、やっぱりそのまま大橋を渡って帰宅してしまいました。

追廻住宅から (丹治)
2009-07-24 09:37:40
はい。追廻住宅から沢を遡りました。

「下りの方がきつい」。
クロンシュタットさんの言は、正にその通り。
山歩きをしていると、よく分ります。
杖の有難みをしみじみ感じるのも、下山の時です。
丹治さんへ (ひー)
2009-07-24 16:01:13
そこから下りたのですか・・
下りは、体重の3倍でしたっけ??
負荷が掛かるそうですね。
以前膝を痛めたことがあり下りの辛さ分かります。
ですから老人の階段の辛さも理解して上げられます。
たかが杖、されど杖ですかね。
クロンシュタットさんへ (ひー)
2009-07-24 16:10:37
正に山学校ですね。

なんと贅沢な山学校でしょう。

仙台を見下ろし、天下を取った気分ではなかったでしょうか。
本丸の石垣 (丹治)
2009-07-31 16:41:06
遅くなりました。本丸の石垣のこと、日本史専攻の知合いに聞いてみました。

ひーさんがおっしゃるとおり、現在の石垣の下に、第二期、第一期の石垣がありますね。
知合いによれば、あれはただ重なっているだけでなくて、下の石垣が上の石垣をそれぞれ力学的に支える構造になっているのだそうです。
つまり第一期、第二期、表面に出ている第三期の石垣までワンセット。非常に貴重な遺構なのだそうです。

再建が計画された櫓(艮櫓だったでしょうか)は、ある時期(失念しました)に消失だか崩壊してから、江戸時代を通じて再建されませんでした。

本丸の景観を復元する際には、「何時の時代の景観を復元するのか」ということが問題になります。
そしてあの櫓を復元する場合、伝統工法に従って復元するにしても、コンクリートパイルを打ち込まなくてはならなかったのだそうです。
そしてまた、パイルを打ち込むと、第二期、第一期の石垣を損うことになるのだそうです。

櫓の復元が沙汰やみになったのには、そういう理由があったのですね。
意見はさまざまあったのでしょうが、まずは遺跡の保存を第一二考えての判断だったのかと思います。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。