ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

南宮神社/津波に流された女神・多賀城市

2011年06月20日 17時59分48秒 | 多賀城の散歩道
南宮神社
実はここを訪れたのは、アラハバキ神社の説明にこの神社を取り上げており、まだ未訪だったので行ってきました。
多賀城の荒脛巾神社の記事にこのように紹介しています。

「多賀城跡の南側に「南宮」があり製鉄とのかかわりを示している。
   南宮社と中山神社は製鉄・冶金の神である金山彦を祀っている。」


中山神社はまだ発見できず・・・しばらくお待ち下さい。
中山神社ですが中山王の「山王社(現在日吉神社)」ではないかと想像しています。
この山王の神との伝説もこの神社にあります。深い関係にあると考えました。

ところが、この神の他にも伝説が隠されていました。
祭神が金山彦としているのは、南宮大社(岐阜)がこの祭神をお祀りしているからでしょう。

ところが、女神であることが知られており、金山比女神(かなやまひめのかみ)
          金山比女神:鍛冶屋の神、金工職人の職神、金物商の神
とするHPもあります。

しかし、ここは合祀されたことを伝説「色の御前」で知ることができます。

是非お読み下さい。

また、「鹽竈神社十四末社」の一つとされています。

鎮座地:多賀城市南宮色の地



多賀城市のHPに「色の御前」と云う伝説があります。

南宮区にある南宮神社は、区の家並みを一望に見渡す田圃のなかに小ぢんまりと鎮座しています。
この神社を地元の高齢者の方たちは「色の御前」と呼び、鎮座しているところを「色の地」と言っています。

この変わった呼び方について、神社の縁起などを書いた神明帳のなかには「応仁のころ (約510年前)多賀城に大津浪が襲来し、八幡に鎮座していた若佐姫命を祀る神社の社殿が激流に押し流され、南宮に漂着したので、南宮神社に合祀した。

「色の御前というのは、おそらく若佐姫命のことをさすのであろう。」ということが記載さ れているそうです。
この南宮神社は、明治41年、西部六区に鎮座している小祀とともに、当時、村社総社宮に合祀されました。
ところが、それからまもなく南宮区にたびたび火災が発生したり、疫病が流行したりして区民を苦しめました。
年をとったお婆さん方は、これは何かのたたりではないかなどとしきりに心配するようになりました。

そこで、地元の代表の人びとが、祈祷師のところへ行って祈祷してもらいました。
すると、「色の御前」の霊が祈祷師に乗り移り、ご託宣を言いました。
「私は、若佐姫命である。これまで、南宮の人びとの奉仕によって安楽に暮らしてきたが、このたび、市川の総社宮に合祀されることになり仕方なく移ってみたが、総社宮には男の神ばかりで、私のような独身女はとても気苦労が多く住みづらいところである。
もとの南宮が懐かしく、とうとう、辛抱しきれず帰ってきた。
しかし、お宮は跡形もなく片付けられてしまい住むところがなくなってしまった。
凍るような冷たい雨が降っても、身を切るような寒い北風が吹きつけても、避けるところもなく、ただ、木の枝にじっと止っている有様でとてもつらい惨めな思いで毎日を過ごしている。
なんとか住めるようなお宮を建ててもらいたいものと願い、お前たちの目をさまさせようと心ならずも災を下したのである。速かに私の願いを聞いてもらいたい。」

これを聞いた人々はびっくり仰天して村に帰り、村人と相談しました。

そうして、前よりは粗末ですが真心のこもった社殿を建て、「色の御前」のお祭りを行ったということです。

この近く国府があった市川に疫病を流行らせた石があります。それは次回ご紹介いたします。







なんと、狛犬が居ました。 驚きましたね~ ここでお目にかかるとは思いもしませんでした。

狛犬は後程。

社は思ったような規模の物でした。

覗いて見ると、小さな社が中にあり、この建物はそれを雨風から守っているようです。







鳥居の横には、鏡池がありました。
枯れてはいましたが、池があった窪みには草が生えています。
この池にも云われがあります。




「鏡ヶ池」
これは、坂上田村麻呂の恋人、悪玉御前(あくだまごぜん)が京に向かう途中、この池を水鏡にして化粧をした、ということから名前がついたそうです。

悪玉御前は紀伊の出身で公家の美しい娘であったといいます。
伊勢参りの際に悪人に騙され、利府の豪農の屋敷に召使いとして売られてきました。
悪玉は自分の身を守るために「普通の人には醜く見え、高貴な人には元の美しい姿に見えるように」と利府の伊豆佐比売神社の観世音菩薩に祈願し、普段は大変醜く見えたことが悪玉の名の由来とも云われています。

しかし、田村麻呂の伝説には色々と表現があります。
悪玉姫などとも呼ばれ、阿久玉と書かれるものもあります。
相手も田村麻呂本人だったり、田村麻呂の父、苅田麻呂の場合がありますが、だいたい醜女だったと伝えられています。
それから、悪玉姫は蝦夷の娘だったとされていることもあります。

どれが本当かわかりませんね。 まぁこれが伝説というものです。



またこんな話も・・隣りの山王の神(いずれご紹介します)に見染められて困っていました。
ある日、山王の神が結婚を強く迫り、女神を追いかけてきました。
驚いた女神は必死で逃げましたが、途中で芋の葉を踏んで滑った際に茶の枝で目を傷つけてしまいました。
怪我をしたので近くの麻畑に隠れましたがあっさり見つかり、大和町の桝沢まで逃げたところ、ちょうど里人が臼を作っていて、その臼の中に隠れて逃げ切ることができました。
それ以来、南宮の里人は芋、茶、麻を植えないようになり、また迷惑をかけた桝沢にある船形山神社には「何かお咎めがあるかもしれない…」ということで誰も参拝しなくなったそうです。

ちょっと長くなりましたが、地元の人には聞きなれた地名(今でも現存)が出てきてフムフムと思った方もいらっしゃったでしょう。


それでは、狛犬です。

嬉しかったですね~ 逢えるとは思っていませんでしたから。








尾の形といいますかデザインが今までとはチョット違った感じです。

奉納の年代は明治7年戌年ですね。 なかなか良いお年頃・・・・

古ければ古いほど感激しますね。











台座があり、階段がついて三つの社が並んでいます。
どんな意味があるのでしょう?
この辺で三つ並ぶのは出羽三山信仰ですが、中はお稲荷さんのようですからなんともいえません。
境内にはアチコチにこんな光景が・・・

お地蔵さん? 文字が風化し読めないのが残念です。
 

 




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27 コメント

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Unknown (ビタースイート)
2011-06-21 05:24:48
ここだけ現世から超越しているようです。
ビタースイートさんへ (ひー)
2011-06-21 07:39:22
境内の中は空気が違うんですよ。

さも無い神社ですが、立派な伝説が残っていますね。
散歩道・・ (酔漢です)
2011-06-21 11:13:37
このあたりで自転車に乗っていて、丁度真夏の夕方。逆光の中に、しかも田圃のど真ん中に見えた神社。
回りには車の音もなくて、蜩だけが鳴いておりました。その日の午後は36℃近くも気温が上がり、酔漢も自転車に乗りながら、Tシャツがもうホルスタイン状態。
ですが、誘われるままに神社へ向かいました。
別に何をどうするわけでもなかったのですが、神社に着いた途端、にわか雨。すぐさまやみましたが、「きつねの嫁入り」を思い出しまして。非常に背中がもぞもぞしたのを覚えております。
南宮神社へ行きますと、案外不思議な出来事に出合うのでした。
この神社の傍を通ると、車がエンコするとか・・。
うーーん。不可思議!不可思議!
金山彦 (維真尽(^.^))
2011-06-21 16:56:29
各地に祭ってあるんではないでしょう~か?
出雲にも
もののけ姫などの関係やらで
結構あるように思います (^_-)~☆
悪玉のモデル (伝七郎)
2011-06-21 20:36:09
南宮神社の存在は知りませんでした。今度行ってみたいと思います。

さて金山姫は黄金山神社では弁財天として祭られていますね。

そして伊豆佐比売神社は利府、岩切の社とも山形県鶴岡市の由豆佐売神社からの分霊。祭神は恵比寿様の彼女の溝咋姫。

由豆佐売神社はその昔は龍蔵権現と呼ばれ、御神体は十一面観音。山形の多賀城的役割を果たしていました。

そんでもって伊豆神社系の神紋は九曜紋。九曜紋は太陽、北斗七星等、九つの星をくくったククリヒメの意。つまり白山信仰の菊理姫。

悪玉は紀伊出身。伊勢からの帰路は柴神・阿須波神の名がつく阿須波道、つまり鈴鹿峠。
そこに田村麻呂とくれば、悪路王を裏切り田村麻呂に付いた鈴鹿御前。つまり瀬織津姫となります。

悪玉伝説は、暗にそれを悟らせるがための伝説じゃないかなぁーと考えています。
伝七郎でなくて伝八郎でした。 (伝八郎)
2011-06-21 20:40:31
あっ、名前、伝七郎になっている(涙)。「伝八郎」の間違いです。すみません。
酔漢さんへ (ひー)
2011-06-21 22:08:33
ずーっと気になっていた神社でした。
仙台市内でも小さな神社や祠を知れべて見ると伝説が残っていたりします。
江戸時代に急激にお稲荷さんが増えましたが、こうして祀られているのには、それぞれ理由があるのですね。
忘れられないように、伝説は伝承するべきですね。
維真尽さんへ (ひー)
2011-06-21 22:11:37
金山彦は全国にあるでしょうね。
地元の人は、自分達に必要な神様を祀ったのでしょう。
いずれ時代と共に合祀され複数の神が集められたのですね。
おばんです (ほでなすいっく)
2011-06-21 22:32:36
小さいお社に狛ちゃんがいるって珍しいですね

あれ?
角は片方の狛ちゃんだけですか?
伝八郎さんへ (ひー)
2011-06-21 22:43:41
www自分の名前を間違えないように。
それにしてもお詳しい・・・
どちらに御住まいですか?
黄金山神社は訪問済でしたので、再度確認しましたら、天照皇大神・金山彦神(金山毘古神)・猿田彦神・・で間違いなく金山彦が祀ってありますね。
弁才天は気になりますね。アラハバキは弁才天に変化し、出雲に祀られるクナト大神は地蔵になった・・・とも云われています。
アラハバキとの関係は興味深いんですよ。

伊豆佐比売神社は関係が深いようなので、後程訪れたいものです。
現在、震災の関係で引越しの準備などもろもろ忙しく趣味に没頭できない状態です。
また、面白い話がありましたらご教授下さい。

伝八郎さんへ (ひー)
2011-06-21 22:47:47
PS:悪路王の話もUP済ですが、この話がくっつくと面白くなりますね。

まだまだ奥が深いようですね。
勉強不足です。
いっくさんへ (ひー)
2011-06-21 22:51:05
基本的には、片方ですね。
ところが、色々まわっていますと、規定は無いようにも思います。

今回の津波で神社が流され、新たな伝説が出来るかも知れませんね。
魅せられる (大京)
2011-06-21 23:09:13
先日は、アラハバキの興奮を抑えきれず、いきなりメールしてしまい、申し訳ありませんでした。
自分としては、「アラバキ」と「アラハバキ」の響きから、自ら気が付いたことでしたので、バカバカしいですが、非常に浪漫を感じてしまいました。
HPで紹介されていた本も、馴染みの本屋さんへ注文を出しました。来るのが楽しみです。
・・・難しすぎて、素人の私には読み切れないかもしれません・・・。
また、勉強しにここに来ます。
身辺、落ち着かないと察しますが、お身体お大事にしてください。
大京さんへ (ひー)
2011-06-22 07:31:08
先日のメッセージにコメントを返せず。
このブログの多賀城の荒脛巾神社の記事にコメントをいれさせていただきました。
ありがとうございます。
弥生以前にはあったと思われる神社に興味が付きません。
ひーさんへ (伝八郎)
2011-06-22 08:52:51
名前を間違い重ね重ね失礼しました。

私もアラハバキが弁財天・お稲荷さん、クナトの大神がお地蔵さん、と姿を変えたとする富氏の伝承を信じています。

アラハバキは境界線の神でもあり、多賀城のアラハバキ神社が多賀城の境界線に配置されているのもその為だと思います。

そして境界線=関所・関場=門です。
伊勢神宮で一番重要な天照大神の宮地に門番のごとく配置されている、立ち入り禁止の矢乃波波木神はアラハバキと考えています。

金山彦は黄金山神社では龍蔵権現として祭られています。金山彦はホツマツタエで色々語られていて興味深いですね。多分、猿田彦との関連が深いと思います。

それと私は仙台市・泉区在住です。
今回の震災で私の商売もストップしてゲンナリしています。まだまだ再起に時間がかかりそうです。もうケセラセラです。

ひーさんも大変な状況とお察しします。余り根を詰めずにがんばって下さい。

機会がございましたら、お会いしたいですね。

ではでは。



伝八郎さんへ (ひー )
2011-06-22 13:01:13
ご返信ありがとうございます。
お互いこの苦難をの越えましょう。

私も富氏の伝承を知りたくて、本を探しましたが、オークションではプレミアがついて一冊9千円以上もするので 、図書館の在庫をネットで検索しましたら県内に一冊だけありましたので県の図書館に行き取り寄せました。確か古川 の図書館にあったはずです 。

謎の出雲帝国(吉田大洋氏著)ですね。
私の記事でも殆ど引用してしまった感じですが、記録しておきたい内容でした。

伊勢神宮の荒祭宮も私はアラハバキと大きな関わりを持っているものと考えています。

なるほど境界ですね。広義の意味での境界と小さくは境内の境界ですね。
門客神になれば境内の隅に追いやられることもありますが、入口付近なら守る意味合いも考えられますね。

古い本では、後に偽書として扱われるのも多いのでその辺は冷静に判断しながら古代の風俗や神を楽しみたいと思います。
伝八郎さんへ (ひー )
2011-06-22 15:30:03
誤字を訂正・・・
苦難を共に乗り越えましょう。
でした。何せ携帯からなので、御了承を・・・

よくやらかします。老眼で小さい字が見えないんですよ。

お晩です (あーさん)
2011-06-22 19:04:08
小体な神社ですが、体裁は整ってるやうですね♪
狛さまも鎮座してるなんて嬉しき限り♪


地図で 伊勢 を発見!

外しますが、朝鮮の数少ない二文字姓の一つに 南宮(ナmグn) というのがあるんですヨ
Unknown (桃源児)
2011-06-22 21:50:01
田んぼの中にこんもりとした森、昔ながらの風景に見えますね。
トタンで出来た建物、神社自体ではなく、雨避けなんですね。
丸い感じの狛犬様、風格あります。
あーさんへ (ひー )
2011-06-22 23:27:22
そうそう南側に伊勢がありますね。
でもこの辺田んぼばかり・・奈良時代は違うと思いますが?

南宮なるほど・・・実はここに国府が置かれた時、朝鮮から 多くの瓦を焼く職人が移住したと思います。
また百済王敬福が国司として多賀城に来ていたはずです。チョット記憶が曖昧ですが・・・

それを考えると辻褄が合いますね。
勉強になりました。今後の参考にします。
また、地名の由来も調べてみます。
桃源児さんへ (ひー )
2011-06-22 23:34:54
東北には、田んぼの真ん中にこのようにして鎮座しているのがよく見かけられます。

いつもそんな小さな神社が気になって います。

伝説があると実に面白い。
伊勢神宮の荒祭宮 (伝八郎)
2011-06-23 13:12:26
度々失礼します。丁重な返信、痛み入ります。

さて伊勢神宮の荒祭宮には、天照大神の荒魂、瀬織津姫が祭られていると言われています。

私は福島県出身ですが、福島県の民話から私と同じ姓の平家の落ち武者の存在を知り、その落ち武者が祭られている福島の神社を調べ、瀬織津姫にたどり着きました。
私も瀬織津姫はアラハバキと関連が深いと考えております。

多賀城のアラハバキ神社の周りには、その昔、熟蝦夷のテント村が配置されていたそうですが、熟蝦夷に信仰されていたと考えます。

伊勢神宮を見ると、天照大神の宮の前後に、矢乃波波木神と瀬織津姫を祭っているのは興味があります。

そして伊勢神宮の地主神がどこに行ったのか?

この点が塩釜神社・一万束の秘密を解き明かす鍵ではないかと考えています。

ではでは。


伝八郎さんへ (ひー)
2011-06-23 14:03:25
瀬織津姫・・・荒祭宮の祭神でしたね。
なかなか神の名前が頭に入りません。興味を持ったのがここ数年ですからね。
平家の落人は全国に散らばっていますが、仙台ではやはり定義ですかね。
サイドバーに定義の記事をリンクしています。
カミさんが平家の落人の子孫になりますから、ちょっと興味を持ちまして調べました。
アラハバキについては、会津に確か2箇所あったと思いますので、行きたいのですがなかなか時間が取れません。氷川神社にも行きたいです。天保の頃の地図に荒波々幾社と書いてありました。隠された古代(アラハバキ神の謎)にありました。
色々と興味を持っているものですから時間がいくらあっても足りません。
Unknown (ほま)
2012-12-19 18:07:01
南宮に住んでいます。
明治生まれの古老より聞いた話では子供の頃神社までは田圃ではなく林だった。
南宮神社と南宮の部落ははどんな大水でも水没することはない。
境内にある3つの小さな社は「浮き八幡・もと砂押川近く」と「鳴る神様・元鳴神の地にあった」で稲荷が入っているのは屋敷内の社をを処分のため持ち寄ったものと思われます。
由来は解りませんが「いぼ取り」としても信仰の対象となっております。
元塩釜様の末社としてカムリ川神社、大日様、お山王さなどそれぞれに病い封じがあります。
ほまさんへ (ひー)
2012-12-20 07:28:09
コメントありがとうございます。
この記事も多少修正しようと思ってました。
この辺まで林だったのですね。
カムリ川神社は今の紫波彦神社ですね。
高崎の日光院も流行り病を封じたお坊さんの話です。
岩出山のあらはばき神社はいぼ取りの神様とも言われています。
いずれも私の記事にありますのでご覧いただければと思います。左のサシドバーにホームページをリンクしています。
まぁ、目次見たいなものです。神社仏閣のページにあります。

なかなか時間が無くて更新できませんが、多賀城の記事はこれから増やしていきたいと思っています。
また、コメント頂ければ幸いです。
姫さまは。 (りひと)
2016-01-23 11:25:15
本当に高貴な方のように思いますね。
自分の見栄えをおとしてあえて品のない者を寄せ付けないって、これって良い知恵ですよね。黒々した姫はいつもたらい回しにされたり自殺したり歴史なのか伝説にも良くあるケースです。外国を歩いていても思ったのは見た目で悪い方を排除出来ます、まさかお金持っているように見えなければ狙われませんから。
万人によく思われる必要はないんです、ストーカーも悲劇ですよね。見栄えにごまかされず分かる人に分かるというのはこの世で知恵になりそうですね。

どこかで凄い大事な女神は何故か怖い神や醜い神にされてしまっていたと思っていたところもありましたが自分から願ってなった可能性もありそうですね。なんだか安心しました。タイムリーにこの記事を読めてありがたいです。

話がすっかりそれましたが、そちらにも金山姫がいらっしゃったのですね。嬉しいです。大事な方です。ありがとうございます。

狛犬は角は左ですね。三神が湯殿山が関わるなら私のルーツ探しの関連性も感じて、いろいろとフムフムと思った事がありました。いつの日か地元の方の気持ちのこもったお社とその地に縁を持ちたいと思います。お世話になっている方のプログで出会った事もありましたね、過去の記事もいっぱい拝見させて頂きますね。8568
りひとさんへ (ひー)
2016-01-24 11:09:06
コメントありがとうございます。
まだまだ、知らないことばかりです。
大きな神社もいいのですが、私はこのような小さな祠を訪問することが多いです。
理由が無くて祠はありません。そこにお祀りされたことには何かしらの理由があるはずです。
伝説伝承は面白いものです。

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