ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

松島青龍山瑞巌円福禅寺/松島:瑞巌寺

2007年12月05日 17時00分14秒 | 仙台藩と伊達家のお話し
どこのお寺  タイトルを見てわからなかった人も多かったでしょう。

日本三景の一つ松島の 『瑞巌寺』 です。

寒かったですが、天気のよさについ誘われました。

松島湾には、五大堂とその奥に赤い福浦橋と福浦島が見えます。
この橋!観光協会的には『出会い橋』となっていますが、地元の人達は縁切り橋と言ってます。ここにデートに行くと別れてしまうそうです。まぁ若い時はよくありがちなパターンですね。大きい声で言えないので、せめて字を小さくします



撮影したのは観光桟橋からです。
ここから、45号線を横断すると瑞巌寺の山門です。



入り口から真っ直ぐ正面が、瑞巌寺です。
しかし、見学は右回りで行くのがベストです。



慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いが終了した後、仙台に治府を定めた伊達政宗は、仙台城の造営と併せて神社仏閣の造営も行い、塩竃神社仙台大崎八幡宮・陸奥国分寺薬師堂を相次いで完成させました。
当寺の造営は特に心血を注いだ事業でした。用材を紀州(和歌山県)熊野山中から伐り出し、海上を筏に組んで運びました。大工は梅村彦左衛門家次一家や、刑部(鶴)左衛門国次ら名工130名を招き寄せております。工事は慶長9年(1604年)、政宗自ら縄張りを行って始まりました。丸4年の歳月をかけ、慶長14年(1609年に)完成しております。






まだ紅葉してました。 ニッ! 



右側に進むと、山に作られた 瑞巌寺洞窟群があります。

この洞窟は、元来、納骨や供養の為の施設で造営は鎌倉時代に遡り
江戸時代まで続いた。

松島は、古来「奥州の高野」と呼ばれ、浄土、往生を祈念する神聖な霊場であった。


境内の中に入ると、右側の山に、洞窟群がある。


紅葉が映えて洞窟が暗くなってますが、連なってます。
ここの他にも、福浦島や女人禁制の島だった、雄島にもあります。

昔、小野小町がこの雄島を訪れた時、
 「にしひがし みな 見にきた松島を惜しまず見せよ 国の土産に」  と歌ったのです。
それからは、女人禁制が解かれたといいます。
この歌も私の記憶なので、「ひがし にし」かもしれません。
この歌の中に、東西南北と雄島が隠されています。良く考えてますね~





シーズンOFFの瑞巌寺の杉木立は静けさを取り戻していた。



西日が、その杉木立の合間から僕を照らした。

木立を抜けると中門に着く



いよいよ瑞巌寺なのだが、堂内は撮影禁止です。





神秘的な洞窟に

覆い被さる紅葉は


陽に照らされ、燃えるように輝いている

寒い日だったのだが、私には辛く感じることは無かった。


この太陽の陽射しがあったからだろう。

若いカップルが

『シャッターを押して下さい』と近寄ってきた。


そのカップルは、満面の笑みを浮かべ、楽しそうに液晶画面に写っていた。


僕は、そのシャッターチャンスを逃さなかった。


『確認して下さいね』といい 彼らにカメラを返した。


その若者は、『ありがとうございました』と頭を下げ、境内の奥へと消えて行った。


なかなか、しっかりした若者だった。


ちょっと嬉しい気持ちになりました。










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