ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

大崎八幡神社/岩出山

2009年10月09日 13時37分35秒 | 宮城の散歩道(仙台を除く)
大崎八幡神社


国道47号線を走っていると、例祭なのか「大崎八幡宮」の幟が見えた。
エッ?大崎八幡・・・? 岩出山から政宗と共に仙台に移ったはず?
目的の神社ではありませんでしたが、立ち寄ってみました。
全く政宗と関係なくその成り立ちは、平泉藤原と源義経に関係があるものでした。最終的には社殿の焼失で江戸末期に政宗を祀る青葉神社から本殿が移築されたようだ。
HPを探したが、この神社について詳しい説明がないので、薄っすら見える説明版を転記しました。 


     

主な祭神:應神天皇

案内板によると

高倉天皇の承安年間(1171~1174)藤原三代秀衡の家臣照井太郎高直が丸山に居城の時、秀衡の命で、八幡神社を下野目八幡田の地に勧請し鎮護の神とした。
寿永年間(1182~1184)源義経が平氏征伐の際、秀衡の夫人が義経の戦勝を祈るため、待臣江刺某を当社に遣わし神鏡を奉納した。
神鏡は径四寸裏に蓬莱仙八島を彫り四辺に菱花紋を環したもので現在は社宝として保存している。慶応年間(1338年頃)管領大崎家兼は地頭に社殿を修復させて大崎氏の氏神として崇拝した。
天正年間、江合川の大洪水に見舞われ社殿を往時の鳥居があった現在地に移した(当時の社殿は国道西側付近)
元治元年(1864)社殿を再興したが、昭和三年焼失し現在の殿は、仙台青葉神社のご本殿を移築したものである。





右玉取り阿形


左子取り吽形 年代不詳




     

お祭りの準備でおんちゃん達にキョロキョロ見られていたので、摂社?末社?境内社の確認は、しないでしまった・・・

本殿

『宮城県』 ジャンルのランキング
コメント (8)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 身体検査・・・健康診断 | トップ | 塩釜を襲った津波・・・TUNAMI »
最近の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (桃源児)
2009-10-09 20:31:24
偶然、通りかかった神社がお祭りの準備、縁のようなものがあったのかもしれませんね。
説明板、殆ど消えかけているようですね。
読むのも大変だったかと思います。
いや~ (維真尽(^^))
2009-10-09 22:47:42
祭りはいいですねぇ

そうそう~
今度の日曜は~幟立てで~す (^_-)~☆
桃源児さんへ (ひー)
2009-10-09 23:16:06
すみませんつまらない記事に・・・コメントありがとうございます。
何せ、どこにでもある八幡神社なので間違いやすい・・・
基本は、宇佐八幡ですが、当時は興味が無かったのでもう一度行ってみたいところです。
覚えているのは、駐車場と参道とお店・・・
もったいなかった。
いーさんへ (ひー)
2009-10-09 23:19:08
祭りはいいですね。
境内にトラックが入ってまして、どうもそこがステージに変身・・・小さな芝居小屋になってました。
写真を撮ればよかったと後悔してます。
お晩です (あーさん)
2009-10-11 00:01:12
まだら模様が、それなりの風格を与えているようですネ  ◎
あーさんへ (ひー)
2009-10-11 20:06:07
あの模様というかシミ・・・・
なんでだろうと思いました。

違う場所にあったかのように?
Unknown (かこ)
2010-02-20 20:55:46
初詣とどんと祭あとそのあと六回行きました

おみくじは全て吉
かこさんへ (ひー)
2010-02-20 22:20:43
コメントありがとうございます。
お近くなのですかね?
この時は、仙台に政宗と共に移ったはずの大崎八幡神社が何故あったのか不思議でした。しかし、説明版を見て納得。
全く別の藤原に関する神社で逆にラッキーだったかな。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。