ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

祓戸社/塩竈市(鹽竈神社関連)

2014年10月01日 21時22分42秒 | 塩竈の散歩道
祓戸社(はらえどのやしろ)

鹽竈神社、境外末社

御釜神社は有名ですが祓戸社は、ほとんど知らない人が多い。
それは仕方が無いことです。大きな社があるわけでもなく、写真の通り小さな石祠が鎮座するのみである。

表参道(202段の階段がある表坂)の道路を挟んで向かい側に祓戸社を案内する石標がある。(公衆トイレの角にある)





祭神は祓戸四柱大神を祀る社です。

昔はこの祓戸社で身を清めてから、鹽竈神社に参拝したといいます。
石標に刻まれている案内を記します。

「創設時期は、不明だが、表坂向い融ヶ岡の際にあった。 旧暦六月三十日に半年間の罪穢を祓い清める夏越の祓(なごしのはらえ)(大祓式。茅の輪くぐり)が行われていた。 現在この神事は、表坂したで行われ、夏の風物詩となっている。」

鹽竈神社HPによると、現在夏越と大晦日の大祓式は志波彦神社の手水舎の南側にある「祓所」前で催行されている。

「奥鹽地名集」には、
一、祓戸神社  御鳥居のむかふ、前林の際
  六月卅日、御社家方、名越の祓御執行有之候








石碑らしいものが倒れているが、字は読めるようで読めない。






文の中に「融ヶ岡の際」や「前林の際」と有るが、この崖のようになっているところです。



すぐ前には以前川だったところです。






融ヶ岡とは
源融が塩竈の眺望を楽しんだ所ですね。
源融(みなもとのとおる)とは

源融は、「源氏物語」の主人公「光源氏」のモデルの一人とも云われ、物語に登場する光源氏の本邸「六条院」や別邸「某の院」は、塩竈を再現した庭園である。
塩竈は、京都の貴族にとって憧れであり、美しいものの代名詞となった。
日本最古の物語である 伊勢物語八十一段にも塩竈は登場する。

この記事は2008年にちょっと触れていました。

しおがまさま 神々の月灯り その二 源融(みなもとのとおる)


石柱の他の面には、このように彫られています。

祓川

ここには、川が流れていました。下流は新河岸川、新町川ともいい、泉沢が源流です。享保年間(1716~1736)に千尋淵の江尻を埋め立てて出来た川。鹽竈神社の流鏑馬の神事では、この川にて騎馬を清めたことがこの川の名の由来。


融ヶ岡

御前林、御飾林、愛宕山、江尻山ともいい貞観六年(864)に、陸奥出羽按察使として国府多賀城に下向した河原左大臣 源 融 が、塩竈の奇勝を愛しこの地に融公亭を建てたことが由来。 南側に古代市場の鳥居原があった。


油ヶ瀧

江戸時代以前、裏河岸町の西端背後、融ヶ岡の北崖には、滝ががあったと伝えられている。名の由来は、水が油のように岩肌をぬめぬめと流れていたからか、ゆかりの融の字が読み替えられて、油が用いられたとも考えられる。



ちょっと気になった石碑があった。
この裏道を港の方面(元町の方)に向かうと・・・・



向って右側には、「塩釜社」と書いているような?


下にある「水神」の文字が・・・・




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6 コメント

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この場所ですよね (酔漢です)
2014-10-02 08:56:34
江尻と古地図にありますが、正しく、千賀浦の端の意味になりますね。
祓川にかかる橋「御台橋」は「緒絶えの橋」と言われたそうですが、その謂れが気になります。
県史には「長さ、六間三尺、巾一間の橋で、板毎に、三、四寸の隙間があるところから一名すき間橋という」とあります。
もうこうした歴史を偲ぶものはすっかりなくなりました。
ところで、古地図を見たら、御釜社より少し南側に「牛神」と記されておりました。どこを指すのでしょうね。
この地図もいずれアップしようかと思っております。
酔漢さんへ (ひー)
2014-10-02 13:49:54
「緒絶えの橋」で思いだしたのが、古川の「緒絶えの橋」です。その時の記事です。
http://blog.goo.ne.jp/hi-sann_001/e/06b294202ca6a80ad85bee0c744602fa

そこでは、「いのちの絶えた橋」と解説されていました。同じ意味なのでしょうか??
評判の一森寿司を探していたら・・・。 (綱永井寵生)
2014-10-21 22:13:11
この祓戸社に隣接している一森寿司は、良心的な価格で大変美味しいそうです。確か特上で2000円だったと思います。参考までに。

さて、この祓戸社に瀬織津姫の山水氏とその主催者さん達、計4名をお連れしました。

そのメンバーに菅原道真の子孫で私と同じ大江流の寺院の娘さん(65歳)がおり、祓戸社の裏にある湯殿山の石碑が自分の実家の寺院にもあるとかで、祓戸社との関連を私に質問。私は「語る無かれ、聞く無かれ」なのにうっかりしゃべり、不味かったなぁー思っておりました。

その後、例の伊豆佐比売神社へ。私は女性もいるし場所だけ示すつもりだったのですが、山水氏のたっての願いで寄る事に。

実はその前に滋賀のブログ友を連れて参拝し、清清しさを感じていたので「大丈夫だろう」思いお連れしたら、境内は晴れているのにどんよりとした重々しい空気。
私を入れた5名は誰もが皆無口になり、早々と次の青麻神社に向いました。

そしてその二日後です。守屋木材の本社社屋が燃えたのは。私は何故か鎮火しつつあるその現場に居合わせました。これは間違いなく警告だと思いました。

最近のスピリチュアルブームで気軽に皆さん、パワースポットである神社に参拝に行ってますが、触らぬ神に祟りなしの場は存在しますね。判っていたのに油断しました。女性は連れて行くべきではなかった。失敗しました。

私の故郷のいわき市に鎮座する御塚神社は土足厳禁、女人禁制、参拝は午前中のみ厳守だったりします。伊豆佐比神社のみならず、気を付けたいですね。今度こそは。
綱さんへ (ひー)
2014-10-22 13:00:49
名前省略失礼します。携帯からなので
湯殿山の御神体を喋ってしまったんですかww
まぁ、三山信仰は広く信仰されていますからどこの神社にも殆どありますね。特に宮城県は信者が多いようです。
最後の写真の大きな石碑にある水神は、何処のことを差しているのか気になるところです。
祓戸社がある裏道を元町の方へ行ったかどにありました。
山水氏も探してました。 (綱永井寵生)
2014-10-22 15:08:43
ひーさんへ

湯殿山の御神体についてはしゃべりません。怖いですから。
質問され、天皇家にお湯殿の女房と言う儀式があり、瀬織津姫がルーツで、お風呂も祓い清めととっさに暈して申しました。これだけでもちょっとマズイかなと思いました。

聞いてきた娘さんも実家で湯殿山権現を祀っています。言った私も馬鹿ですが、聞いた方も聞いた方です

私に聞いてきた娘さんの実家の寺院にも行きましたが、凄い宝物が多数ありました。
遠いご先祖の住職には、UFO??に連れ去られ、宇宙人に修験道を学んだ弁才天使いの方もいます。その弁才天像も見ましたが、まさしく呪いの神でした。

水神の碑は目敏く山水氏が発見。他に何か無いか探してました。

同行したご婦人方は除霊エステの寺院の娘さん、筆跡心理士、社交ダンスの先生でしたが、皆スピリチュアルな方たちでした。

私は除霊エステを受けるようにと言われ、一度は車酔いで途中下車。
またお誘いを受け、「恥ずかしいから」とお断りしましたが、大変ご立腹のようでした。

受けた方が良かったのか、受けなくて良かったのか判りませんが、守屋木材全焼を目の当たりに見て、受けなくて良かったのかもと今では考えています。。
綱さんへ (ひー)
2014-10-22 18:38:51
基本的に、 水神=弁財天=瀬織津姫 と考えていいと思います。 元々仏教からですからそこに神道が加わり、民間信仰と混じり本来の姿が見えなくなって来ているのかも知れません?
弁財天の古い絵図をみると、かなり怖い形相ですね。
よく、弁財天は、カップルや夫婦で参拝するなと言われます。
本当の呪いは、何なんだろうかと気になるところです。
井の頭も有名のようですが、江ノ島もそうですね。カラフルな弁財天を見た記憶があります。
後は、厳島ですね。あそこは大元の神と弁財天が揃っています。
気になる島です。

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