ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

平 泉(毛越寺・観自在王院跡)

2008年02月09日 21時11分35秒 | 岩手県の散歩道
写真は毛越寺山門です。 今回は通りすがりなので手短に・・・

平泉を語ると、それは「阿弖流爲」・蝦夷征伐や奥州の豪族安倍一族(実は、安倍貞任の弟宗任の末裔が安倍晋三氏だとか?)

前九年の役、後三年の役、・藤原清衡・基衡・秀衡の三代と私の勝手なイメージでは、失礼ですが、できそこないの四代泰衡または源義経・金売り吉次・奥の細道・松尾芭蕉と係わる人々があまりにも多く、説明は長くなりますので、簡単にご紹介いたします。


達谷窟毘沙門堂から道なりに来ると毛越寺(もうつうじ)に出ます。

この寺については、いずれご花が咲く頃紹介したいと思います。

曲水の宴・浄土庭園が有名です。

二代:藤原基衡が12世紀頃造営に着手し、その後三代:秀衡が引継ぎ当時は堂塔40、僧坊500という規模を誇る国内無二の霊地とされました。

「吾妻鏡」には「万宝を尽くす」との記述がある。
特別史跡・特別名勝の二重に指定を受け、「大泉が池」を中心とする浄土庭園が広がる。

曲水の宴の時に撮影に行きたいのですが、なかなか休みが合いません。





観自在王院跡

二代基衡の夫人が12世紀半ばに建立した寺院で、毛越寺の隣にあります。
『吾妻鏡』によれば、大阿弥陀堂内の壁には京の名所などが描かれ、仏壇は銀、高欄は磨金でした。
現在は、復元された「舞鶴が池」を取り囲むように、南門跡、西側土塁、西門跡などが整備された。
敷地の北隅には基衡の妻の墓がある。

春の藤原まつりでは、その死を悲しむ奇祭「哭(な)き祭り」が行われる。

(この藤原まつりはあまりにも混みインターチェンジから下りられない程渋滞する。だから行かなくなってしまいました。)



中尊寺に向かった

中尊寺の参道入り口の向かい側に松の木がある、そこの石碑には、弁慶の墓と彫ってあります。
武蔵坊弁慶の墓



ちょっと信じがたいのですよね・・・・
確かにこの北側にある古戦場跡で、沢山の矢を受け亡くなった話は有名ですね。
弁慶の立往生です。


中尊寺の裏手にも駐車場があるのですが、ご利益があるように下から歩きました。

では、表参道登りますか。



いやーきついです・・・



今の時期は雪ですべりやすいので気をつけて下さい。
参道の端にロープの手すりがあります。
あれがないと下りは危険かも、この時は、雪が少なかったので。

2015年に新たに記事を書いています。
毛越寺
『岩手県』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 達谷窟毘沙門堂 | トップ | 平泉 (中尊寺・金色堂) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。