ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

浮島神社ー宮城県多賀城市

2015年04月19日 20時54分28秒 | 多賀城の散歩道
浮嶋神社

三度目の再編集です。
2009年、2012年、そして本日2015年4月19日いずれも例祭の日でした。
実は、この日は陸奥総社の宮多賀神社も例祭に当たります。
今回は御由緒が新しくなったという事で再編することに・・・
御由緒のところで追記したいと思います。

2009年
偶然、浮島神社のお祭りに出くわしました。
お~御神輿に子供達・・・地元の小さなお宮さんのお祭りですね。
早速、車を降りて神社へ・・・




多賀城は、歌枕の地としても有名ですが、この浮島も古来歌枕で歌われた地でもあります。

新古今和歌集
山口女王:「塩竃の前に浮きたる浮島のうきて思ひのある世なりけり」

平安時代後期になると
橘為仲(陸奥守):「いのりつつなをこそたのめ陸奥にしづめたまふな浮島の神」




軽トラの上に神輿が・・・どうやら賽銭を上げてるようです。







浮島神社
主祭神:奥鹽老翁神(オクシオノオキナノカミ)
         奥鹽老女神(オクシオノオウナノカミ)

鎮座地:宮城県多賀城市浮島一丁目一番一号(旧称:宮城郡浮島村赤坂)

社格:村社 (式外社)

御由緒
 
創建は不明ですが、多賀城創建の頃、またはそれ以前にあったとも考えられますね。
鹽竈神社を調べていると・・・・『朝野郡載』の康和二年(1100)六月二日の「式外の神社御トに合う証文を進む」の条に、近則去延久二年十二月御ト、坐越後国春日布河両社、坐陸奥国清竈鳥海二社、同六年六月御ト、坐陸奥国浮島・鹽竈・鳥海三箇社 とあって、ここに出てくる「浮島」とあるのが、この神社のことである。
小高い丘にあることから、チョット離れると浮島の名にピッタリなのです。
当時は国府官人の信仰を集めて、都にも聞こえた著名な社であった。

佐藤信要の『封内名蹟志』には、「多賀神社在 塩竈村 四座之一、今の鹽竈一の宮也、郷説には浮島の明神(現在の浮島神社)なり」とし、多賀神社を鹽竈神社又は浮島神社とする文献も見られる。

祭神は、鹽竈神社の鹽土老翁神との関係を意味しているのは一目瞭然であると思います。
別名鹽竈明神とも言われる神であるが、ここのは若干違う、記紀には見かけられないのようです。
鹽竈神社の祭神については、左サイドバーより「神社仏閣」にリンクしています。
それでは、どこからこの祭神の名前が出てきたのでしょう。
江戸時代、仙台藩の取調べにおいて村人が「鹽竈明神の伯母に当たる女神を祀っている」と答えた記録がある。としている。
また、新しい記録が発見されましたら更新いたします。

上記は私なりに調べたものです。
それでは、新しく編纂された語由緒を掲載したいと思います。

2015/04/19



御由緒 案内版より転記いたします。

浮嶋神社は正確な創建時期は、不明であるが 神亀元年(皇紀1384年・西暦724年)の多賀城創建の頃より鎮座し 多賀城に陸奥国府が置かれていた頃は栄えていたと伝えられ 鎮座する此の地は古来歌枕に詠まれた浮島に比定される地である
古くは平安時代の朝野群載(ちょうやぐんさい)に鹽竈神社及び鳥海神社と共に御卜(みうら)に預かったと記録にあり 江戸時代の安永風土記では多賀明神 塩松勝譜(えんしょうしょうふ)では多賀府社という名で記されている
明治維新後の近代社格制度に基づき 明治四年(皇紀2531年・西暦1871年)七月 浮島村の総鎮守として村社に列格される
その後明治四十一年(皇紀2568年・西暦1908年)には浮島字高平現城南一丁目に鎮座していた大臣宮神社(おおどのみやじんじゃ)を境内に遷座し その御祭神である源融卿を合祀した
明治時代末期 政府による神社合祀令で存続が危ぶまれたが 氏子崇敬者の運動もあり 古来より由緒ある神社ということで合祀を免れた 
村社列格以来 歴代の氏子崇敬者によって境内の整備が進められ 現在も鎮守神として 境内社と共に崇敬を集めている

明治天皇御製

 旅衣 あさたつ袖をふきかへす 松風すゞし 浮島が原


※御トとは神職が、奉仕直前に神の御心(みこころ)にかなうかどうかを、おうかがいする行事です。




松尾芭蕉も立ち寄ったようです。
『奥の細道』から・・河合曾良の『曾良旅日記』によれば、元禄2年(1689年)5月8日、仙台から塩竈へ向かった2人は浮島などを見物し、その夜は法蓮寺門前に宿を取ったと記録している。

法蓮寺の関連記事はこちら

いましたいました・・・・・へへへ、最大の目的はこれ!


なんだ・・・頭でっかち






足・・・・細いかも・・・?




昭和19年ですね。結構風化してますね。

扁額には浮嶋の文字が使われています。


境内社
八幡神社

昭和初期に出征兵の武運を祈って祀られたもののようです。

大臣宮神社(おとどのみやじんじゃ):陸奥国按察使として同地に赴任した源融を祀る。 2014.4.19


上記の通り、御祭神は「源朝臣融卿」で浮嶋神社に合祀され旧社地から遷されたものです。
旧社地は下の地図の通りです。



現在は、このように石碑が祀られています。2014.4.19


地図の「国府多賀城駅」の上に「館前遺跡」がありますが、ここは発掘調査の結果、堀立柱建物跡六棟、溝跡、整地層、小規模の建物跡等が発見されており、堀立柱建物跡は九世紀前半に作られた陸奥国国司の館跡と考えられている。
ここの城主は陸奥国司、浮島太夫となっています。

源 融(みなもとのとおる)弘仁13年(822年)~ 寛平7年8月25日(895年9月21日)は、嵯峨天皇の十二男。
以前源融に関する記事をUPしております。

お隣は稲荷神社です。

氏子である蜂谷家の敷地にあった稲荷を遷したものです。

私事ですが、同級生に蜂谷君がいます。ここ一帯の蜂谷一族ですね。



本殿の様式は流造です。


2014年4月15日・19日撮影







明治天皇の歌碑のようです。


この石灯籠に刻まれた、年号は・・


慶応四年の文字が・・・慶応4年は明治元年の年ですね。9月8日から明治なので3月は慶応四年になるのは当然ですね。

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34 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お~ (維真尽(^^))
2009-04-28 09:00:59
ちかくに
歴史博物館あるんですね 

いつまでも~
こういう祭り守って欲しいですね
それにしても
この時期の祭り~祈穀祭ですか?
Unknown (ミー太郎)
2009-04-28 11:35:49
ウチの近所にも良く似た神社がありますけど、こんなに立派じゃない。。ちなみにお祭りは4月1日と9月1日です。^^ 

ココにもちゃ~んと狛様が見張っているのですね!頼もしい表情です。
Unknown (桃源児)
2009-04-28 17:14:56
子供が中心のお祭りなんですね。
狛様、ちょっと独特なお顔。
足が本当に細くて、折れないかと心配してしまいます。
昭和の物にしては風化してますね。
江戸時代の物と言っても信じる人がいるかもしれません。
広い道路 (モコ)
2009-04-28 17:30:31
広い道路ですねぇ~
子供達が歩いて行列可愛いですねぇ~
小さくても何となく雰囲気が伝わりますう
おぉ!立派じゃん♪ (ぐずら)
2009-04-28 20:10:33
浮島神社はしょっちゅう近く通ってるのに一度もお参りしたことありませんでした。
初めて見たけど、ずいぶん立派なんだっちゃ ♪
んでも、ここの狛チャン、御年65歳にしちゃ老けてんなぁ~
なんか赤塚富士夫の鬼の面がハイドンのカツラかぶったみたいだけど・・・
維真尽(^_^)さんへ (ひー)
2009-04-28 22:19:01
このあたりは、昔は田んぼばかりで、このこんもりとした小さな森が島のように見えたところから浮島と名がついたようです。
平安の時代からあったと思われます。
きっと五穀豊穣を願ってのことでしょうね。
ミー太郎さんへ (ひー)
2009-04-28 22:28:48
狛犬を撮り始めたのは、あーさんが遊びに来る前からだったのですが、あーさんの狛犬ハンターの影響もありすっかりハマりました。
昔からこの神社は知っていましたが、やっとキッカケをもらえましたよ。
地図を見ると沢山神社がありこりゃもうお手上げです。
Unknown (いっく)
2009-04-28 22:37:04
狛ちゃんめんこ~い

うちの近くにもちっちゃい神社がありますが、こんなに立派じゃないです
お神輿もないし、狛ちゃんもいません
ちょっとつまらん
こんばんは (オズ)
2009-04-28 23:30:58
子供みこし可愛い~
大昔、鼻に白い筋を入れてもらい、
豆絞りで、おみこ担いだ私の写真があるのですが
なんだかそのときのことを思い出しました。

それと狛犬さん
誰かに似てない!?
もしかして・・・・あーさん
おっと失礼あーさんごめんなさい
Unknown (はー)
2009-04-28 23:38:59
子どもたち可愛いですね
神社は子どもとつながってこそ
地域に生きているって気がします(^-^)

昭和19年生まれにしては
狛ちゃん 老け込んでますね~
敗戦直前なので石も材質が悪い?
その時期の 狛ちゃん奉納 何か
特別な思いがあったのかもですね?
桃源児さんへ (ひー)
2009-04-28 23:39:53
少子化の時代 この地区や近所には大きな住宅地があり子供達が沢山います。

幼稚園も大きくなりましたが、小学校も教室が足りなくなり、プレハブの状態です。
子供の成長を祈りたいものです。
モコさんへ (ひー)
2009-04-28 23:45:21
モコちゃんみたいな狛犬を探してますがまだ見つかりません。

子供達に幸多かれと祈ります。
ぐずらさんへ (ひー)
2009-04-28 23:51:23
いつでも行けると思うと、いがないもんだね。
小野小町も唄を詠んでるようです。
やはり国府の近くだから当時は有名だったのかも。
いっくさんへ (ひー)
2009-04-29 00:29:11
確かに狛ちゃんいないと寂しいんですよ。
でも神様は見てますよ……たぶんww
オズさんへ (ひー)
2009-04-29 00:36:49
あーさんが見たら、その子供の時の写真をアップすべし!
なんて言うかもよ。
自分も鼻に入れましたよ。
息子も幼稚園のおゆうぎ会でハッピを着て入れてましたね。
はーさんへ (ひー)
2009-04-29 00:43:07
やはり、狛犬の奉納は、感謝とか願いとかの思いを込めて信心深い方が奉納するのでしょう。

実は、前々の記事のおばさんがあの新しい狛犬を納めた方です。感謝の気持ちだったようです。
こっちも子供祭り盛んだぞー (クロンシュタット)
2009-04-29 06:02:52
奉納提灯や狛ちゃんの台座に書かれた苗字が懐かしいです。
実家の近くの知り合いもその苗字でして、たぶん多賀城では古い一族だと思います。

旧多賀城町民として、確かにあのあたりは田んぼしかなかったのになーというのが実感です。
あれよあれよと住宅地が増え、町が市に昇格してしまいました。
昔、人口増加率において泉市(もう死語?)と多賀城市が全国ベスト3の時代がありましたね。
小売業でよく言われる「商圏」に関しては、多賀城が塩竈を凌駕してしまいました。
塩竈組みの皆さん、スマンのー。
おはっ (あーさん)
2009-04-29 09:30:10
この狛様は貴重かも♪

異形・・・と言ってもいいかな。
ご指摘通り、脚と尻尾に特徴が。
角もありますね。
目もガイジンっぽい。

永久保存・要 です♪

(小文字で  誰かと同い年!)
本当に (papiee)
2009-04-29 12:22:33
狛犬の足、確かに細い!(笑)
私の足ならきっと安定間違いなし!!
お尻の大きさならどっこいどっこいの
良い勝負!!!
素敵な神社ですね。 (ミモザ)
2009-04-29 15:54:54
こんにちは~♪
多賀城は歴史のある町なので
古い神社もかなりあるのでしょうね。
狛ちゃん年齢の割りにはお年取ったように
見えますね?
クロンシュタットさんへ (ひー)
2009-04-29 17:55:16
あの苗字は、この地区の一族ですね。
同級生も居ますよ。
この年になって初めて神社に行きましたよ。

今は、高橋地区に大きな住宅地ができ、巨大化しています。
あーさんへ (ひー)
2009-04-29 18:06:43
急いで撮ってきたのですが、後から写真を見たら、あまりのアンバンスに珍しく思いました。
尾は短い感じがしますね。
頭も首も太い・・・ww

なかなかUP出来ずにいるのですが、アンバランスな狛犬を捕まえてます。
しばらくお待ちください。

papieeさんへ (ひー)
2009-04-29 18:12:01
この狛犬、頭でっかちだから
、マッチタイプにしますかね?

おしりちっちゃいぞ!
ミモザさんへ (ひー)
2009-04-29 18:19:14
今日もチョット出かけて2・・3・・見てきました。
由緒があるのに、例祭を町ぐるみで毎年しないと神輿に埃があがってしまいます。
こうしてお天道様に当てるのが一番いいですね。
うつくしま福島 (伝八郎)
2012-04-19 23:24:47
私の故郷、福島県は、浮島から福島になりました。
まっ、浮島に見えるような湿地帯だったと言う事です。
そして塩釜神社の数は香川県と並んで日本ナンバー1。それどころか山間部に塩の付く地名が多く、タクハタチチ姫を祭る塩澤神社もあります。
温泉に塩分があり、温泉から塩を作っていたからかも知れません。

いわき市隣の小野町には、塩釜の塩釜神社より古いと言われている塩釜神社がありますが、浮島と何か関係が有るのかも・・・・。

伝八郎さんへ (ひー)
2012-04-19 23:32:12
小野町は昔、妹夫婦が住んでいました。
あそこにも塩釜神社がありましたか?

山間部の塩?  気になると「塩原温泉」まで気になり始めました。
塩泉の温泉なら可能性がありますね。

福島の由来考えたこともありませんでしたww
Unknown (蜂谷)
2013-06-03 21:27:22
ここにある稲荷はもともと現在の浮島の県営住宅一帯が山だった時からありましたが、子供達がよくイタズラをしていたため、浮島神社へ遷すこととなりました。
蜂谷様へ (ひー)
2013-06-04 16:28:54
コメントありがとうございます。
勝手に「蜂谷」のお名前を使わせていただきました。
すみません。

いたずらした子供達は、今頃いいお爺さんですかね?

蜂谷君にもしばらく逢っていません。
在町をもっと知りたくて (皐月)
2013-08-26 08:35:27
色々と面白い情報をありがとうございます。私の住む町には、「浮島古墳」「爺っこ石婆っこ石」などが在ります。
爺っこ石には、漢字が刻まれてます。その解釈が、私には、女帝と僧侶 の書き出しで、通説の 女の嫉妬は恐い
 というのと違う気がしています。‥ひーさんが興味を持ってくだされば、幸いです。ご教授頂きたいのです。
私は、宮城県岩出山で産まれ、現在岩手町に暮らして居ます。
鳥居の横に (浮嶋神社氏子)
2014-04-04 23:14:53
 平成25年に御由緒板を奉納しました。お時間があればご覧ください。
 例大祭は4月の第3日曜日です。神輿渡御もあります。

浮嶋神社氏子さんへ (ひー)
2014-04-05 06:51:31
コメント並びにご一報いただきありがとうございます。
時間があれば、伺いたいと思います。

皐月さんへ (ひー)
2014-09-28 21:19:16
お返事をしていないことに今気付きました。
今頃ですが・・・・失礼しました。
興味ありますよ。
でも、もうこの記事は見ないでしょうね。
境内社 (浮嶋神社氏子)
2015-04-12 23:15:14
此の度、境内社の御由緒板を設置しました。
その際に各境内社について調べた所、色々と新しい事が分かり、御由緒略記も大幅に改訂しました。機会があったらぜひ御覧下さい。
宮司が常駐していない神社なので、お祭りや境内整備の際に氏子の広報担当に言えば御由緒略記や広報紙を御渡しできます。
尚、今年も例大祭は4月第三日曜日の4月19日です。
浮嶋神社氏子様へ (ひー)
2015-04-13 19:13:46
情報ありがとうございます。
時間があればお伺いしたいと思います。
どのようにまとめられたか、気になるところです。
昔と違い情報が錯綜する時代になりました。
自分の記事も支離滅裂です。何が本当なのかわからなくなります。
合祀されるようになるとますます複雑に伝えられることもありますからね。考古学が進むにつれてはっきりしてくる部分もあると思います。
まずは良かったと思います。
私の記事の中でも、紹介したいと思います。

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