
名古屋東区に白壁通りという屋敷街がある。
40年ぐらい前までは、空き家が多く、古びていくのにまかせた静かな通りだった。
しかし、立ち並ぶ屋敷は、古い武家屋敷もあり、明治、大正、昭和初期にはモダンといわれた建物だった。
大通りを挟んで西側に、裁判所の古い建物があって、耐震上、使い続けることが危険となり、三の丸に引っ越すことになったのだが、耐震補強して名古屋市がこの古いが、貴重なデザインの建物を保存することになった。
これを契機に、白壁通りに残る貴重な建物群を保存する運動が始まった。
その中のひとつに橦木館と呼ばれる建物があり、和館、洋館、蔵、茶室、庭園が備わっている。
今日、その橦木館を見て来たのだが、庭園を見ていたら、枯れ池の空中に何か浮かんでいた。
よく見ると、細いテグスで、吊るしてあった。
和風庭園の隅にひっそりと二宮金次郎の石像があった。
この二宮金次郎像は、太平洋戦争敗戦までは、全国の小学校には必ず建っていた石像である。
敗戦直後、校門脇の奉安殿とともに、打ち倒されたままの姿をかなり長い間晒していた。
奉安殿はともかく、倹約、勤勉の金次郎像がなぜ打ち倒しの対象になるのかわからなかった。










