★violet-diary by czarna_rzeka★

「Black-Diary」開始から5年。
2007年秋より、「violet-diary」として生まれ変わりました。

A型寄り。

2011-02-09 | Weblog
 大型自動車の仮免試験に、なんとか合格した。13年間ペーパードライバーだった人間がいきなりの大型免許チャレンジということで、ハードルが高くて気持ちが折れそうになったこともあったが、ようやく折り返し地点を迎えることができ嬉しく思う。そんなわけで今日は久しぶりにリンガーハットで外食をし、今は発泡酒を飲みながら書いている。日本では外食もほとんどせず、お酒も月に数回しか飲まない、という日々を送っている。お金がなかったのに、なぜドイツでは外食もアルコールを飲む頻度もあんなに高くてやっていけたのだろう。

 試験の合格発表のときに、「今まで教習で言われてきたことは少しずつ身になってきていると思うんだけど、全体的に几帳面過ぎて、必要のないことに神経を消耗し過ぎる傾向にある」と言われた。そう、僕は時にA型以上にA型になってしまうのだ。(ちなみに血液型はAB型)

 二十歳までは自分のあまりの細かさ、几帳面さに、「本当は自分はABではなく、A型に違いない」と思い込んでいた。それを確かめるために二十歳ごろに献血の際に「一応僕の血液型はAB型ということになっているのですが、A型という可能性もあるので、調べてみていただけませんか?」と言って調べてもらったら、「間違いなくABです」とのこと。二十代後半になってからアバウトな面、行動の脈絡のなさなどが出てきて、AB型らしくなっていったのだが、自分が自信がないときには几帳面過ぎて、神経をすり減らす傾向がある、というのは相変わらずだ。昔から、応用力、思い切りがなく、テストでも自信がないと空欄にするタイプだった。そういうタイプは運転においては苦労する。帰納的に物事を捉え、真似して自分のものにしていくタイプなので、場数を踏むしかないのだ。あと半分の道のりがどれだけの長さになるかわからないが、今までよりは短くなりますように。
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教習所で+aを学ぶ。

2011-01-30 | Weblog
 諸事情により、大型免許を取るために教習所に通っている。元々車は苦手、というか機械が苦手なので、自分がトラックを運転することになるとは想像もしていなかった。しかも普通免許を取ってから13年間ペーパーだったこともあり、最初の頃は「こんな鉄の怪物を動かすなんて無理」と思っていたが、教習所内であればなんとか走れるようになった。後は路上に出てどうか・・・。

 教習所の教官にもいろいろな人がいる。パッと見て、だいたい相性の良し悪しはわかる。思いっきり機械工系の人とは、特に合わない。相手はいろいろと説明しようとするのだが、全然頭に入ってこないのだ。逆に相性がいいのは、余計なことを言わずにすべきことを状況に応じて簡潔に言ってくれる人。車や運転が好きで、それをわざわざ人に教えよう、職業にしよう、というのだから、教官というのは僕と全く違った種類の脳を持った人たちだ。だから、彼らが運転が苦手な人がわかるように説明しようと思ったら、自分の常識が相手には通用しない、とわかった上で説明しないとダメだ。僕は、中学のとき数学の先生の言うことが全然わからなかった。その人は名門大学を出ているので、勉強は相当できたのだろう。でも、授業を自分の頭の構造を維持したまま行っていたようで、数学的なセンスのない生徒たちには通じなかったのだ。

 僕は仕事で中学生に英語も教えているので、この経験は役に立つと思う。自分が運転に向いていないのに車を運転しようとしている、ということは、英語の勉強に向いていない生徒の気持ちがわかるし、それならどうやってできるようにしていけばいいか、というアイディアも出てくるからだ。

 すでに予定教習数をかなりオーバーしているが、この分を自分の仕事のヒントに活かしていけば、余計な出費も生き金になる。
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Breakthroughへの道。

2011-01-19 | Weblog
 今日も不思議な夢を見た。また夢かい、という感じだが、まぁ以下のような。

(1月19日に見た夢)

 ポップコーンを作ろうと思って強火で炒ったら、黒焦げになって、一つも弾けず。今度はなぜか、プールに乾燥コーンを投げ込み、水の温度を上げることによってポップコーンを作ろう、と思い立ち、実行。しばらくしてプールに戻ると、ポップコーンができているが、水中を漂っている。それを泳いで拾い集める。そのうちに水の底にある本や服のような、ポップコーン以外のいろいろなものも拾い集める。他にもプールに人がいるのだが、ある女性は僕がしている行動が理解できないらしい。


 ・・・まぁこんな感じで、最近は夢の中で動き回っているので起きたときに疲れていることがよくある。寝てる間くらいは完全に休ませてほしいものだ。お願いします、潜在意識さん。

 肉体的にも精神的にも疲れることが多くて大変な今日この頃だが、大変、ということはそれを乗り越えることでブレイク・スルーが起こり、成長につながる。帰国以来環境が大きく変わったので、今の状況も成長の過程の一つと言えるだろう。逆に言えば、成長するためには環境の変化は大きな助けとなる。2年連続でバロンドールを受賞したメッシも、13歳で母国アルゼンチンを離れ、バルセロナのカンテラ(下部組織)に入団した当時は、1人で毎日泣いていたという。

 メッシ
「僕の人生が常にバラ色だったというわけではない。だけど、そのことに文句を言うのは筋違いだろうね。なんせ、僕は夢に見ていたような人生を歩んでいるんだからね」
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潜在意識は凄い奴。

2011-01-18 | Weblog
 最近気分が沈みがちだったのですが、とある夢によって復活しました。

 人が寝ている間に見る夢の話を聞くのはどうも、ということは多いですが、まぁ書きます。

(以下、1月16日に見た夢)

 誰かが、固形の薬品を指ですりつぶし、それと水を注射器に入れ、僕の腕に打った。どうなっちゃうんだ、という恐怖感はあったが、体内に液体が回り始めるとすぐ、脳内が黄金色に弾け、経験したことのない陶酔に包まれた。



 ・・・とまぁ、簡単にするとそういう夢だったのですが、覚醒剤とか麻薬を打つともしかしたらこんな感じになるのかもしれません。でもこれは夢だったので外的な物質はもちろん取り入れていません。それでも、快感物質が僕の脳内に大量に分泌されたのは夢の中だけではなく、実際に起こったことだと思います。そのおかげなのか、その夢以来、気分がスッキリしており、今までのような長いトンネルから出られず苦しんでいるようなことはなくなりました。潜在意識が、この状態ではヤバイ、と思って治療してくれたのでしょう。危機的状況になると、意識されている自分が縮こまっている分、このような潜在意識が能力を発揮してくれることがあります。というわけで、もっと自分は信じるに足る存在だ、と思えてよかった今日この頃です。
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新年初更新。

2011-01-12 | Weblog
 遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。

 今年から本格的に日本で活動し、仕事をしたり学校に行ったり資格を取ったりと、忙しい日が続くと思いますが、肩には力を入れずやっていきます。

 1ヶ月近く更新しなかったのですが、これと言って伝えたいこともなく、自分でも想定していなかった症状のようなものも出ていて、書く意欲も湧いてきませんでした。8年の海外生活で内面的に変わった部分があるため、日本に戻っても、過去日本にいた自分には戻れません。でも風景や環境や周囲の状況の変化は、自分の内面に起こった変化に比べてはるかに小さい。そのため整合性が取れないのです。ここに戻ってきて、懐かしい、とは思わない。過去この風景を眺めていた自分に戻りたいとは思わない。でも見ている風景は一緒なので、否応なく過去に自分に引き戻される。それによって消耗してしまい、外に出たくなくなっていました。唯一テンションが上がったのは、La Quaのような、当時にはなかったものに行ったとき。大晦日にLa Quaでリラックスできたのはよかったです。

 そんな状態なので、プライベートな時間は人と会うよりも自分に戻るために使うことが多くなりそうですが、こうしてブログ等でつながっていられたら嬉しいです。
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ベヘロフカの効用。

2010-12-15 | Weblog
 現在、風邪でダウン中。明日には回復させなければ、ということで、ベヘロフカのお湯割りを昼から飲んでいた。これは自分にとって最も相性のよい回復法で、風邪のときはこうして治してきた。

 基本的に、病院に行くのは好きではない。ある程度までは自然治癒力に委ねる。病院に行くのはそれでもどうしようもないときだ。その点で、父親と意見が異なる。実家に戻っているため、「風邪引いたなら医者に行け」というプレッシャーがかかる。こっちとしては8年間、行く必要があるかそうでないかを自分で判断してきたので、指図は受けたくない。戻れる家や仕事がある、というのがとてもありがたいことだとわかっているのだが、8年ぶりに実家に戻ったことによる小さなストレスの積み重ねで、免疫力が弱まってしまったのかもしれない。元気になったら、今年を振り返る時期なので、2010年がどんな年だったのかについて書いてみたい。

 
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Mild Japan

2010-11-25 | Weblog
 日本に到着してから10日。ポーランドやドイツでは初雪が降ったようだが、まだ12月にならないし、寒いといっても東京で雪の気配はまだまだ。日が暮れるのは早いが、絶望的な暗さになるわけではなく、なんとなくマイルドな雰囲気が漂う。そう、日本の印象を一言で表すとすれば、「マイルド」だ。

 日の暮れ方も、人の気質も表情も話し方も、料理の味付けも、季節の変化も、水道の水にいたるまで、何もかもがマイルド。そういう状況では、なかなか気合いが入らない。気がつくとボケッとした顔をしてしまっている。たれぱんだ、リラックマを生んだ国、というのも納得できる。

 それはもちろん悪いことではなくて、多くの面において恵まれた国だ、と思う。ただマイルドである、ということはインパクトが小さい、ということにもなる。いい意味でも悪い意味でも極端なことが多いと、振り幅が大きくなるので心に刻まれるものも深くなる。旅がしたい、と思う人は人生における大きな振り幅を求めているのだと思う。ドイツ人の(相手がどう思うかは関係なく)頭の中をダイレクトに言葉にしてしまうこと、ポーランドの身を切るような寒さ、クラシコのときのマドリッドの街の雰囲気、モルドヴァの同じ街の中の別世界、騙してやろうという人と、本当に温かい人が共存するイスタンブール・・・これらの思い出がマイルドになる前に、振り返って書く時間を作りたいと思っている。
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I will ku★wa miss you...

2010-11-14 | Weblog
 今日、日本に本帰国する。時間の許す限り、まだ未知の国を見て来たが、最後の地は海外生活を始めた場所、デュッセルドルフ。クリスマス・マーケットの飾りつけが始まっていて、そんな風景を見ると、ここで過ごしたこの時期のことをいろいろ思い出す。僕が働いていたレストランも今年閉店し、今は外国人が経営する別の日本食レストランになっていた。そのような変化もある程度はあっても、基本的にはあまり変わらないこのデュッセルドルフ。客観的にこの街を見るようになってからは、海外生活初期の段階にあったような愛着は薄れてしまったけど、それでも長い時間を過ごしたこの街から日本に発つことにして、やっぱりよかった。

 デュッセルドルフに来る前に、ワルシャワにいた。初めて行ったときに、旧市街のレストランでホットワインをプレゼントしてくれたり、偶然Anna Maria Jopekの野外コンサートを見ることができたりして、この街と自分は相性がいい、という予感があったのだが、最後の最後までワルシャワは僕に期待以上のものを与えてくれた。お別れパーティーには友達がたくさん来てくれ、ドイツに戻る日には、なんと空港に見送りにも来てくれているではないか!まさか友達が空港に来てくれているとは思わなかったので、まぁ1時間前には着けばいいかな、と思ってゆっくり空港行きのバスに乗ったら、「みんなが空港で待ってるぞ!」のメッセージが携帯に届いた。パーティーのときは思い出の写真をプリントしたポスターのプレゼントもあり、どこまで泣かせれば気が済むの?という程、人の温かさに触れた。こんなに素敵な人たちがいるポーランドに、また戻ってきたい。みんな、本当にありがとう。今度、みんなの前で感謝の気持ちを込めて歌を歌いたい。I will ku☆wa miss you!!!!!!!!!!!!



p.s.

 今は、こんな気分。

 kalafina 君が光に変えて行く
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現実逃避。

2010-11-09 | Weblog
 やらなければならないことが目の前にあるときこそ、現実逃避してしまう。あぁ、どうしようこの荷物・・・。

 「人でなしの恋」という小説、映画がある。読んでみたいし、見てみたいのだが、なかなか見つからない。どんなストーリーか、以下wikipedeiaから引用。



「京子夫人の回想で物語は始まる。当時19歳だった彼女は、知人の紹介で門野という地元の名士の所へ嫁入りした。門野は憂いのある美青年で、京子を精一杯愛してくれる。最初は、門野の愛に有頂天になっていた京子だが、だんだんと彼の愛がまやかしであることに気づき始めた。そして、ある夜夫が倉の二階で女と密会していることを突き止めた彼女は、次の日女を不意打ちしようと白昼倉の中に乗り込んだ。しかし、何処を探しても女はいず、それどころか人が居た痕跡すらなかったのだ。
実は、夫の愛人とは倉の二階に置かれた長持ちの中にある人形だったのだ……。」



 個人的には人形を愛でる趣味はないが、ブルガリアで民族衣装を着た本当にきれいな人形を見つけた。一目見て、ビビっときた。マトリョーシカはかわいいと思うが、人形にビビっときたのは初めてだった。母親がキルトをやっているし、実家が幼稚園ということもあるのでお土産にしようと思ったのだが、素敵なのが2つあり、どうしても1つにしぼれない。ビアンカとフローラ、どっちと結婚するのかには迷わなかったのに、この民族衣装人形には迷いに迷った。その結果、僕が下した決断はというと・・・何でしょう? (笑)



 いずれにせよ、人生は選択の連続だ、いうことで。それでは、現実に戻ります。adios!
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キエフとキシナウ

2010-11-06 | Weblog
 キエフとモルドヴァ共和国の首都であるキシナウは、姉妹都市。ちなみにキエフと京都も姉妹都市だ。

 旧ソ連の都市を見てみたい、と思ってビザなしで渡航可能なキエフとキシナウに行ったのだが、キエフはロシアに近く、キシナウはルーマニアに近い。モルドヴァ人はルーマニア人と同じルーツなので、街の雰囲気も小さくてのどかなブカレスト、という印象を受けた。

 モルドヴァはヨーロッパで最も経済状態が思わしくない国なのだが、お金を持っている人は持っている。キシナウの中心部から徒歩20分くらいのところに近代的なモールがあるのだが、そこには裕福層しか来ないので、人の表情にも余裕があり、身なりにもお金をかけているのが見受けられる。一方、中心部のバスターミナルやマーケットに行くと、そこはカオス。モルドヴァに美人が多い、という先入観を持った人がここに来ると、話が違う!と思うことだろう。ただモールに行けば、なるほど!と思う。

 これはキエフでもそうで、美女率の高さと経済状態のよさには相関関係が少なからずある。キエフではキシナウに比べて圧倒的にお金に余裕がある人が多いので、美人の多さが目立つし、服装のバリエーションも豊かだ。ドイツではスカートをはいている女性はあまりいないのだが、キエフでは至るところにいる。話によると、マイナス20度でもスカート、という人も中にはいるらしい。これはソ連が崩壊して、服装を自由に選ぶことができるようになった結果、極端にフェミニンな格好に走る人が多かったことに由来するようだ。ドイツだったら商売をしている、と思われるような格好も、キエフでは珍しくない。・・・実際にそういう人も中にはいるのだろうが・・・。キエフで地図をもらうと、エロティックマッサージとか結婚エージェントとかの広告が満載で、公共の場で広げるのがちょっと恥ずかしい。ちなみにキシナウには地図がもらえる場所がなかったし、そういう店も見かけなかった。「マフィアにNO!」という看板は至るところで見かけたが。

ところで、キシナウではワイン1杯の値段が、マーケットとモールで10倍以上違う。徒歩20分で、別世界に行き来できてしまうのだ。キエフではそこまで極端なことはないが、やはり光と影について思わずにはいられない光景をあちこちで目にする。いい意味でも悪い意味でも、極端。それが今後、より極端になっていくのか、緩やかに格差が縮んでいくのか、注目していきたい。

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