今回、沖縄を訪れてここは本当に複雑な思いを持った、場所だとつくづく感じました。辺野古のある60代の方から、やまとんちゅは広島、長崎、沖縄をある意味巡礼地として、かいる部分があるのではないかと言われました。そして、訪れたことによって沖縄で言えば基地のことに触れれば、それによって免罪符を得たかのように感じているのではないか。とても重い言葉でした。現地にいると、すごく感じることですが、沖縄の人々は内地の人をやまとんちゅ、自分たちのことをうちなんちゅと呼びます。それは言葉以上に、自分達は日本とは別なんだという気持ちを表しているんだと実感しました。それでも、ここのは辺野古には毎日たくさんの人々が世界中から訪れます。若い人たちが、ここに残り闘っています。それは、ここが希望のある場所だからです。今ある基地を完全に撤去させることは難しい。でも、新しく基地を作らさないということは自分達が頑張れば可能なんだ、という思いがみんなを繋いでいました。そして、辺野古だけでなく、金武町のおばぁ達が毎日座り込み、都市型訓練施設を基地内てすが、移設させたこと。少しずつですが、沖縄の人々の闘いは実を
結んでいます。そして、辺野古の人々、沖縄の人々の共通の思いとして、内地の人がここを訪れてそれだけで終わってほしくないということでした。それぞれの地域で何らかの行動を起こして欲しい。そして沖縄の声を届けてほしい。それをしなければ、無関心でいることと変わりないということ。その強い気持ちをひしひしと感じました。
結んでいます。そして、辺野古の人々、沖縄の人々の共通の思いとして、内地の人がここを訪れてそれだけで終わってほしくないということでした。それぞれの地域で何らかの行動を起こして欲しい。そして沖縄の声を届けてほしい。それをしなければ、無関心でいることと変わりないということ。その強い気持ちをひしひしと感じました。
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