つかもとひろきの日記

MAJOR MOONのギターヴォーカル、つかもとひろきの終わってる日常と、何てこと無い思想を書き綴っています☆

卑屈になることはない

2017年03月06日 20時10分52秒 | ザ・独り言
↓こんなコラムに少し共感してしまった↓

テレビはいつまで「勉強のできる優等生」をバカにし続けるのか

例えば、スポーツができる人は、それをひけらかしても嫌味にとられることは少ない。
しかし、勉強ができる人が、それをひけらかすと嫌味にとられることが多い。

「僕は野球が得意です!甲子園に出たことあります!」というセリフよりも
「僕は勉強が得意です!○○大学(有名大学)卒です!」というセリフの方が
嫌味に感じるのであれば、これはおかしなことだ。

どちらのセリフも、ただ事実を述べているだけなのに。


ここで、敢えて言おう。

僕は勉強が得意だった。これはただの事実だ。

そのおかげで、平均より賢い大学を卒業している。これもただの事実だ。

(個人情報をさらけ出すリスクは抜きにして、
 ここで具体的な大学名を出したくないと思ってしまうあたり、僕も毒されているのかも)

何となく思ったことを挙げてみよう。


「1.勉強ができると、なぜかガリ勉扱いされることがある。」

これは納得いかない。ただの適性の問題だと思う。
体育の授業でサッカー部でもない奴がサッカー上手かったりするじゃん。
ギターちょっとやっただけですぐ上手くなる奴いるじゃん。
それはそいつらがセンスがあるから。
そして僕はこれらのセンスを持ち合わせていない。

勉強が得意な人の大半は、そいつらと同じで人並みより物事を理解するセンスに秀でているだけ。

世の中には「一を聞いて十を知る」ような天才もいる。

僕の脳みそは、きっと「一を聞いて一を知る」程度。
でも「一を聞いて0.5くらいしか知ることができない」人から見たら、
僕はガリ勉に見えるのかもしれない。

だって、そいつらの尺度で考えれば、
2倍の量を勉強しないと、僕に追いつけないもん。

例えば、大学受験のときとか、そんなに死ぬほど勉強したかと言われると、
そうでもないと思う。塾とかも行ってないし。



「2.勉強ができると、なぜか真面目な人として扱われる」

これは特に困ることでもないんだけど。

別に、周囲の大人の期待に応えるために勉強していたわけでもない。
そして、自分の将来のために勉強していたわけでもない。
これらの要因がゼロであったと言い切るつもりはないが、少なくとも主要因になったことはない。
物事を考えたり、知識が増えたりするのが、楽しいと思ったときにやるだけ。
ただそれだけ。
やりたいときに草野球やるの楽しいでしょ。それと同じ。
草野球してるから真面目なんて思わないでしょ。

文化祭のクラスでの出し物とかを、一生懸命練習してたようなタイプの人の方が100倍真面目かと。
就職活動とかで目の色変えるようなタイプの人の方が100倍真面目かと。


「3.勉強ができるのと頭が良いのは違う、というありがたいお言葉」

大きなお世話。
勉強が人並みよりできるからこそ、そんなこといちいち言われなくたって痛感している。
「勉強はできるが頭の良くない人」は山ほどいると思う。
僕はこのタイプ。
だが、「勉強はできないが頭の良い人」は、世の中にほぼ存在しないと思っている。
だって、頭が良ければ、普通に通学しているだけで勉強なんて理解できると思う。難しくないもん。

勉強ができる人以外は、このありがたいお言葉を発してはいけない。



「4.勉強なんて何の役に立つの?というありがたいお言葉」

大きなお世話。
別に何の役に立てようとも思っていない。
エレキギター弾けて何の役に立つの?っていうセリフと一緒。

昔々、就職活動のときに「あなたの研究は世の中の何の役に立つんですか?」って言った面接官がいた。
「何の役に立つかを考えるような即物的な研究ではありません」と答えるしかなかった。

というか、世の中の役に立てることばかりを考えるような学問は、
それは最早学問ではなく、ビジネスだと思う。
学問は、世の中の役に立てることを大事にするより、
知的好奇心の延長線上にあることを大事にする方がよいと思う。


「5.勉強ができると、なぜか暗い奴だと誤解される」

これおかしい。
僕はよく喋る人間なのですが、それだけで驚かれたことがある。
バンドでギターヴォーカル担当でライブやっていると言っただけで驚かれたことがある。
アニメやゲームに詳しくないだけで驚かれたことがある。
(もし、「勉強できる⇒暗そう⇒アニメやゲーム好きそう」って図式で言ってるとしたら、
 これアニメ好きやゲーム好きに対しても失礼だろ)

勉強ができる人に、暗い人が多いかどうかは知らんけど、
少なくとも全員がそうではない。





このコラムは、勉強の得意な子どもにステレオタイプを押し付けて欲しくない、ということを言っている。
これについては同意。

だけど、「一を聞いて0.5くらいしか知ることができない」人は、
テレビでステレオタイプな考えが流れてたら、他の発想にたどり着けないよなぁ。
ステレオタイプな考えが視聴者にはウケるのかもしれないが、どうにかならんかなぁ。

そして、このコラムには勉強の得意な子どもに卑屈になって欲しくない、と言っている。
これについても同意。
卑屈になる理由なんて1つもないもんなぁ。

幸い、僕は勉強ができることについて卑屈になったことはない。
どちらかと言えば、ひけらかしていたせいで反感を買っていたタイプだと思う。


今日の記事が嫌味に聞こえたら、すみません。
勉強が得意だった人に、1人でも共感してもらえたら嬉しいです。

それではおやすみなさい。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 今さら | トップ | 最短距離と言ってたのに »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ザ・独り言」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。