おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

戦の場としての緑の苑

2017-06-19 | Weblog
初夏の兆しが日毎に高まる中、梅雨であることを時折思い出したように雨模様となったりする今日この頃。緑がいっぱいの庭の中を歩くと、そこが植物たちの生き残りをかけた熾烈な生存競争の場であることを改めて知ることになる。里山にある我が家の庭は、隣近所の整然と刈り込まれた植木が並ぶ庭と違って、外周の大半を葉が茂った木々に囲まれて小さな森っぽい風景をつくっている。そのため外からは庭や家の様子が見えない。逆に内側からは森の中にぽっかりと出来た空間に住んでいるような錯覚に陥る。このため鳥や動物、昆虫たちがくつろぐ格好の場ともなっている。ツバメ、スズメ、ヒヨドリ、カラス、ヤマバト、キジをはじめ、クマバチ、スズメバチ、ミツバチ、アシナガバチが飛び交う。動物では野良猫、どこかの飼い猫、子狸、テン、マムシ、アオダイショウが往来する。昆虫はカブトムシ、クワガタ、カナブン、マイマイ、ハンミョウ、バッタ、ムカデ、テマリムシ、ケムシといたれりつくせりである。ほとんど自然動物園であり、自然昆虫園と化している。不要な殺生をしないという庭主の放任主義で動物と昆虫の楽園ともなっている。

一方、植物にとっては動物や昆虫みたいに移動できないだけに、先住植物とその地に割って入ろうかという植物との勢力争い、縄張りの攻防、領土拡張の場となっている。冬場、地中に潜んでいたマメ科の植物は春到来とともに一斉に地上に芽を出し、ジャックと豆の木の話みたいに、どんどん伸び上がってくる。1日に5センチぐらいの伸びを続けるから、庭の一面をマメ科植物が無秩序に覆い尽くす事態となる。大人の膝ぐらいまでの丈になると、乱暴狼藉もこれまでとばかりに草刈機で一斉に刈り取ってしまう。もし草刈機の助けがなかったら、廃屋の庭にあるような雑草で無残に荒れ果てた魑魅魍魎の空間と化す。マメ科植物の王朝が消滅すると、陰に隠れていたぺバーミントなどハーブの一群や、アザミの一団、春ウコンの若葉、野菊のような白い花を付けた高さ30センチほどの細い茎を真っすぐに伸ばした雑草たちが群雄割拠する。花の色香に誘われてアゲハやモンシロチョウなどの蝶が乱舞する場ともなる。そんな蝶や小虫を狙ってコガネグモも巣を張りだす。数日置きに観察していると、体が少しずつ大きくなっているので、巣に引っ掛かった昆虫の生き血を吸って成長を続けているようだ。

マメ科植物にみたいに集団で一斉に成長するやり方とは違って、一匹オオカミみたいなツルの植物は殺し屋の怖さを持っている。葉っぱはハートを縦長にしたようで、色合いも鮮やかな緑色で清々しささえ感じさせるが、茎でもあるツルは他の植物に巻きついて緊縛し絞殺する武器である。直径1ミリほどの細長い針金のようなツルが地を這いながら伸び続け、高さ数10センチの植物の茎に先端を絡ませると、後はヘビのようにツルを茎に巻きつけながら頂きを目指す。まるで盆栽の職人が針金を巻きつけたように巧みで完璧に縛り上げている。そうして茎の中の水脈から水分と栄養分を横取りし、自らの葉を茂らせて覆って光を独り占めして成長していく。直径が3ミリ前後のツルなどは丈夫な紐みたいで、樹木の枝に絡み、手繰り寄せるぐらいの力技を発揮する。そしてクモの糸みたいにツルで樹木をがんじがらめにしてしまう。獲物を探り当てるツルの先端と、明確な意思を持っているように巻きついていくツルの動きをみると、植物でありながら、その動作は動物的である。これらツル科の植物に襲われたら、自ら防御することはほぼ不可能である。地にとどまる植物はただ立ちつくし、されるがままである。

ツルと同様に、ツタの植物も成長のための活動は動物的である。その殺意と破壊力はツルの比ではない。大人の指ぐらいの直径があり、これが樹木の幹に絡み、ひいては幹の一部に食い込み同化し寄生していく。ツタの茎で籠を編んだり、大きいものでは吊り橋の素材となったりするぐらいに丈夫である。鉄製の綱みたいなもので、こんなので生身の樹木が縛りあげられたら手も足も出ないという訳だ。静かなる殺し屋であるツルやツタから草木を救うのが庭主のわたしである。この場合、博愛主義の心を鬼にして、放任主義を放任しない。レスキュー隊長となったわたしは剪定鋏を手にツルやツタの茎を切り、パソコンのキーボードを日頃打ち続けて少しばかり鍛えた、か弱い手でむんずと絞殺の紐を引きちぎるのである。成敗された悪の一団は庭の一角に野積みされ天日干しにして、後日、焚火の業火で焼き尽くされる。地産地焼である。庭の土に戻っていただき、他の植物たちの肥料となり、その成長の一助を果たし、善なる存在に生まれ変わることになる。燃え盛るツルやツタを前に、わたしは頭を垂れて合掌する。彼らにとって無慈悲に思える行為に対する、わたしなりの慈悲を込めた弔いなのだ。こうして緑の苑は平和な楽園として今日も保たれている。
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