おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

五体中途半端

2017-05-14 13:41:30 | Weblog
それは、博多・住吉神社の神前結婚式に参列した翌日から始まった。朝、寝床から起きて床を踏みしめた際、左足に違和感を覚えた。くるぶし付近を捻挫したような軽い痛みが走った。虫に刺された様な痛みにも似ていた。あれれ、捻挫なんかした覚えがないなあ。住吉神社境内の控え室から本殿までを新郎新婦の後ろから歩いて付いていったぐらいで捻挫なんかしないしねえ。挙式の数日前に庭の草刈をしたけれど虫にちくりとやられた思いもないし、日を跨いで虫刺されの自覚症状が出た訳でもない。左足首の軽い痛みの原因に思い当たる節はまったくないが、歩行に支障はないので、いつも通りの日常生活が始まった。この極めて軽い自覚症状が日を追うごとに成長するなんて、その時はまったくもって気付こうはずもなかった。それは、次なる展開の始まりを告げる開幕のブザー、宣戦布告のメロディーだった。

危険圏域に入ったことを知らずに安眠しきったわたしは翌朝を迎える。朝陽が上がっているのを窓越しに感じる。寝室の壁に掲げられたエベレストのパノラマ写真もいつもの通りだ。戸外の小鳥のさえずりが聞こえるのも昨日と同じだ。五体を掛け布団の中で思い切り伸ばす。左足首付近に筋肉の伸びの波動が伝わらない。むしろ痛みとなって返ってくる。なんか、変? 仰向けの状態から体勢を横にして起きようとした。その瞬間、電光石化の痛みが走った。ターザンならば「あ~あ~あ~~~」と元気満々、五体満足の雄叫びを上げるが、わたしはAHHHHH!の絶叫。体が「く」の字となり、「ら」やら、「き」やら、「わ」や「ね」の字に折れ曲がった。

左足のくるぶしを中心に腫れ上がっている。空気枕に水を思いっきり注入したようにパンパンになっている。右足と並べると腫れ具合は一目瞭然である。しかも痛みがある。この道はいつか来た道だよ、ああ、そうだよ、痛風だよ。数年に1度、頼みもしないのに、やって来る奴だった。

痛風。風が吹きかかっても痛いから付いたとか言われる病である。美食家の友であり、帝王病との尊称を持つ、死に至らない病でもある。「旨いもん食ってますなあ」。周りから自業自得の念で見られたりするが、当人にすれば日頃の食生活は美食とは縁遠い。黒酢入りもずく、納豆、豆腐、青物野菜にトマト、きのこ、タマネギ、キュウリが中心の慎ましい食事である。ビール大好き、ホルモンの丸腸好み、脂っこい料理をばりばり、なんてことはすっかり卒業済みなのだ。野菜中心、糖質制限の食事ながら、ケンタウロスの胸、ヘラクレスの臀部、ダビデ像の股間を持つ筋肉隆々の体つきではある。草食動物ながら、堂々たる体躯の黒毛和牛を想起していただきたい。

痛風の経験者、いわゆる痛風通や未経験者からさまざまな言葉をいただく。「どうしたの? 片足を引きずってるけど」「そんなに痛いんですか?」「水を大量に呑んだ方がいい」「食事の量を減らしなさい」「足を締めつける靴はやめて、サンダルにしなさい。事務所の中ではスリッパで通しなさい」「痛みをやわらげる湿布薬を貼っても効果はなし」「痛風があれば、尿管結石や糖尿病もあるかもね」「まずは病院に駆け込んで痛み止めをもらうことですな」

わたしも誠実に答える。「どうしたのって、足が痛いのよ」「この痛み、経験者じゃないと分かりません」「はい、ミネラルウォーターを多めに呑むことにします」「サンダル、スリッパで過ごします」「湿布薬貼っても無駄ですか。そうなんだ」「過去に尿管結石の経験あり。糖尿病は今のところ大丈夫です」「病院に駆け込む? 2、3日、様子を見てみます」

痛みの様子を見た。手加減なし。改善しなかった。状態は厳しくなった。サンダル、スリッパを常備し、折りたたみ式のアルミ製杖を持ち出し、人の手を借りる様となった。立ち居振る舞いがぎこちなくなった。上半身は元気だが、いかんせん下半身の動きが左足首の痛みで影響を受けるようになった。様子見はこれまで。自宅で耐えることにも意味がなくなった。杖を付きながら掛かり付けの内科医のクリニックの自動扉の前に立つ。音もなく扉が開き、待ち合い室のお年寄りたちが一斉に視線を向けた。白いハンチング、タータンチェクのシャツ、白いズボン、新緑を思わせるグリーンのサンダル。ここまで見ればリゾート地にでも出掛ける姿。その歩む姿は、杖を付き、左足を引きずり、とぼとぼと進み、表情は歯を食いしばっている。

「若くもないが、そんなに年寄りでもない。この人はいったい、どうしたんだろう?」。そんな思いの視線が周りからわたしに注がれた。受付の看護師が声を掛けてきた。「大丈夫ですか?」。いつも心に太陽をとの思いで冗句で返す。「顔で笑って、足首で泣いてます」。看護師たちがいたわりの苦笑いをしてくれた。

掛かり付け医がロキシニンと胃薬を処方してくれた。まずは痛みを取った後に痛風の原因となる尿酸値を下げる治療を施す方針だ。日曜日のきょうは投薬治療2日目。痛みが消えた。足首の腫れも相当に引いた。足首の機能は8割近く改善し、杖なしで歩くことができるようになった。全治1週間から2週間ぐらいか。いま、落ち着いた状態で痛風の原因を思う。食生活のどこかに主原因があるはずだ。発症前日の食事内容を回想した。披露宴があったレストラン「ひらまつ」のフランス料理の中に誘発する品があったのだろうか。一品一品が少量でどれも美味しかったことがよみがえる。この中に容疑者はいないなあ。

さらに思い返す。挙式の前に小腹を満たすために食べたものがあった。鮭とイクラ入りのおにぎり。こいつだな。イクラ。過去の痛風経験から指名手配していた悪い奴らだ。イクラ、ウニ、明太子。なにげに食べたおにぎりの中に主犯格が潜んでいた。痛風発症の起爆役を果たしたのがイクラだと結論づけた。原因が分かり、投薬も効き、治療方針も固まった。これで安心、一件落着。なのに、痛風が数年おきにやって来るというのは、なんなのか。足下過ぎれば痛さ忘れる。懲りない男である。今回の痛風で杖の威力と効能を再認識した。いつか行く道、杖の道。研鑽に励んでみるか。それにしても、披露宴の引き出物の1つが博多・料亭「稚加榮」の辛子明太子だった。名品だけど、ああ、どうしよう。


 









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