平和のつくりかた

「戦争のつくりかた」という絵本を読み(今の平和を守るためには、何かをしなければ!)とこのブログを始めることにした。 

人が自由に意見を言える社会が平和をもたらす

2017年07月12日 09時27分37秒 | 平和のつくりかた

   昨日、「共謀罪」の施行が始まった。犯罪を実行するための準備をするだけでなく、実行をしようかと考えただけでも処罰の対象となるということで、「監視社会になる」「国民を委縮させる」「治安維持法と似ている」などとして、国民から多くの批判を受けた共謀罪だ。

   それが、十分な審議を経るどころか、法務委員会の審議を中止して唐突に本会議で採決する「中間報告」という強引なやり方で議員の多さでもって強引に成立させた法の施行が、いよいよ昨日から始まったのだ。

   この共謀罪で、多くの人が戦前の治安維持法を思い出し、戦争にこの法案成立がつながり、日本の平和が脅かされるのではないかとの懸念を抱いている。それについて、どうしてそうした懸念に結びつくのか。私は、まずここで、戦争の時代のことから思い起こして考えてみたいと思う。

   遅れて近代化した国土の狭い日本が、資源を求めて朝鮮半島、台湾、中国へと拡大を図っていく中で、満州国を成立させたのが1932年。

   そうした流れの中で日本は国際的に孤立。1940年に国土の拡大を狙っていたドイツ、イタリアと同盟を結ぶ。そのことで、さらにイギリス、アメリカなどとの対立関係が生まれ、経済制裁を受けることになる。

   資源が乏しく石油や鉄などを輸入に依存してきた日本にとって、経済制裁で石油などが入らなくなることは死活問題だった。
   石油やゴムを求めて南方へと戦争を拡大せざるをえない必要に迫られた日本。逆に戦争の泥沼へと向かうことに。

   南方のフィリピン、シンガポール、インドネシアに領土を持つ米・英・蘭国は日本の危険な侵略行為に反発し、さらなる強硬な対抗策へと向かう。
   アメリカは日本に石油全面輸出禁止を通告。アメリカとの太平洋戦争が始まった。

   これって、どこか今の国際社会と北朝鮮の関係と似ている!
   北朝鮮も、独裁政権で人々が自由にものが言えない状態で、軍が強い力を持っている。
   物資は乏しく、本来は他国に依存していかないと生きていけない国なのに・・・

   当時天皇制のもとにあった日本はどうか。
   真珠湾攻撃も、神風特攻隊も、お国のためにとのみこんで、戦争に反対する人は非国民として・・・
  「日本は神国だから戦争にまけたことがない。今度の戦争も日本は必ず勝つ」と信じて、国民がはひとつになって戦っていた。
      
   その時代の様子と、今の北朝鮮の様子は非常に重なってみえる。

   経済制裁をさらに加えて北朝鮮が突然戦争へと行く可能性がないか。
   それは、どうすれば防げるのか。北朝鮮の支配層の考えと、国民の考えに違いはどうなのか。

   当時の日本は列強はみな植民地支配をしているのに、日本が植民地を持つことには反対だということに疑問をもったのかもしれない。今の北朝鮮が、自分は核開発をして核を平気で保有している国々に「核開発をしてはいけない」と言われているのに疑問をもって従わないように・・・やはり似ているような気がする。

   同じことを繰り返さないために何ができるのか。よく見据えてみなくてはいけない。
   
      *自分たちの植民地支配や、自分たちの核兵器保有を平気で前提にする態度を改めて、模範を見せるということ。
       自分たちも核軍縮にさらに強い意志を示して、「あなたもだから核保有をしない道を共に選ぼう」というのが筋なのではないかとも思われる。

   日本は、当時戦争に反対などとは言えない状況で、国民自身も国の発表や政策に乗っかっていたともいえる。大正デモクラシーと言われた時代もあった日本だが、もちろん投票する権利は女性にはなく、男性ですら1925年にようやく25歳以上なら資産にかかわらず投票できるようになったのが当時の状況だ。


     
         <静岡県総合教育センターのココから転載>

   国民の半分の女性は、自らが国会の代表になることはもちろん、議員を選ぶ投票すらもできない国だった日本。
   今のあなたに理解できるだろうか?
   だが、まだその体験をもつ人が存命の70数年前のことだ。
   当時、日本の政策決定権はほんの1部の人たちに握られ、決められていた。

   よらば文殊の知恵というが、1部の人が進めていく政策に人々は引っ張られて、兵隊も普通の人も多くの人がその命さえも失われた時代があったのだ。命、たったひとつのかけがえのない命そのものを奪われる決定が、いとも簡単に1部の人間によってなされる。国民が1枚の赤い紙で戦争に送り込まれた時代。今、1部の人間が物事を勝手に進めて決めていこうとしていること。それは、戦争時代の悪夢を想起させ、怖いと人々に昔を思い出させるのだ。

   人間は愚かなものだ。人間は、特に位が上になればなるほど品格と、自分の下にいる人間をしっかりみる力をもっていないと「裸の王様」になる。これが童話の話で笑ってお終いにできないのは、歴史が物語っている。笑っているあなたは、隣の国の大統領や、いろいろな失脚した為政者の話を勉強してみてください。

   だが、隣の為政者は引きずりおろされた。それは、何の力によってだったかを、よく思い出してみよう。
   国民の声のよってだ。
   人間は、一人では愚かなものだ。間違いを犯し、しばしば判断も誤ることがある。

   でも、よらば文殊の知恵。

   人間は愚かでも、たくさんの人が集まってものを考え、チェックしてことを進めれば、より正しい解決法をさがすことができる。

   人の話に耳をかさない人と、人の話に耳を貸す人と、あなたの周りをみて考えてみてください。
   どちらが、正しい判断をすることのできる人だろう。
   
   人の話に耳を傾けず、自分の人生を誤る人。それは自業自得だから放置しておいてもいいかもしれない。
   でも、ほんの1部のひとが、国の国民全体にかかわるような決定、国民の切な命にかかわる決定をすることは許されていいのか?
   いい加減な幼稚な答弁や弁解を繰り返すだけで国民に説明したとするような、そんなひとに国の行くへをこれからも任せていいのか?

   1部の人間に決められたことで、多くの国民がその命を失うような時代は終わりにしよう!

   平和を70年以上維持してこれた力、民主主義、国民主権というものを、日本人はもっと当たり前のものとしてでなく、積極的に認めて活用していかなくてはいけないと思う。
   
   国民に説明責任を果たさず、おかしなやり方で異論の多い法律や政策をごり押しで決められてしまった今。
   これではいけない。

   投票で選ばれて多数の議席を与えられているのだからというなら、投票した人がちゃんと「でも、今のやり方はおかしい」「その法律にはさんせいできない」としっかり声をあげてください。それが、投票して力を与えたひとの責任だろうと思う。

   日本人の成人が投票権をえるまでに払われた多くの犠牲。今、私たちが国民主権で自由にものが言える時に声を上げないで、また戦争の時代を迎えたら、それは私たち自身の責任といえるだろう。

   ものは、動き出しなら止めるのに力は少なくてすむ。でも、一度動き出したものを止める力は、とてつもない力を必要としているのは体験でわかるだろう。自転車すらも、スピードがでていれば止めるのは命がけ。まして、国が一度変な方向に加速度をつけて動き始めたら・・・・。

   共謀罪をはじめ、いろいろな動きが矢継ぎ早にすすめられている今、「ちょっと待った」の声をかけ、国民の声をしっかり聴かせて為政者にブレーキを踏ませる。それには、今しかない。 動き出してスピードがつくと、実は動かしている人間にすら制御が効かなくなるのも、それぞれの体験でご存知だろう。コントロールの効かなくなった国の運命は、歴史がしっかり私たちに教えている。

   平和に向かうのか、戦争に向かうのか、日本がどちらの方向に向かうのか。
   国民のブレーキは、今の私たちが選んだはずの為政者にちゃんと効くものなのか。しっかり確認しないといけないと思う。
   動き出して加速してしまっては、もう止められない!!!

   北朝鮮のミサイルが危ないから経済制裁を強めて孤立させて、こちらも危ないからミサイル訓練をして、軍備も強化していく。
   ミサイル訓練 1.頑丈な建物や地下に避難する 
          2.建物がない場合は物陰に身を隠すか地面に伏せて頭を守る
          3、屋内の場合は窓から離れるか窓のない部屋に移動する
   なんだか、戦時中のB29に竹やりで町内の訓練をしたという話を思い出した。

   赤字国債がふくらみ、貧困家庭が国内に増えているという日本で、これから高齢化社会で働く人口が減って年金支出と医療費が増大。労働人口は減っていくと問題になる中で、軍事費を拡大させる???まさか。

   戦争は、命を奪い、人々の暮らしを国内外で破壊こそすれ、何かを生み出し生産することはありえない。
   それなら、そのお金でもっと他国と融和して戦争にならない方策にお金を使うべきだろう。

   私は、歴史に学ぶことを放棄して、同じ過ちを繰り返すのは嫌だ。誰の命も大切なものだから。
   命をうばうような戦争にはいかなる戦争にも反対する。
   
   人の命を奪う戦争に正義はない。
   「正義の戦争」は存在しない。
   戦争体験記のどこを読んでも、「正義の戦争」など存在しない。
   
   まして、これからの戦争は、核戦争の危険を限りなく孕んでいるのを、よもや忘れてはならない。

   今、何をすべきか。
   それが、日本とか韓国、中国、北朝鮮、アメリカ、ロシアとかいうだけでなく、地球の存亡にもかかわっていくことになると思う。

   よらば文殊の知恵。国民のひとりひとりが考えて行動しないといけない大切な時期が、まさに今だということを、肝に銘じないといけない。
   小さいことから、1歩ずつ始めてみよう。
   まずは、この夏あちこちで毎年開かれているイベントに参加して、戦争体験者、被爆体験者の話をきいたり、そうした本を読んだり、映画をみたりするのから始めてもいい。

   1歩進めば、必ず次の1歩も見えてくるはずだ。




   
   
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