平方録

身辺をつれずれに

「猫に小判」を絵に描いてきた

2017-05-18 06:40:07 | 随筆
鎌倉時代に開かれた称名寺と寺に隣接して造られた〝私設図書館〟の金沢文庫に伝わる称名寺聖教・金沢文庫文書の全部が去年、一挙に国宝に指定されちゃったのを記念した「どうだ、すごいだろう!」展が金沢文庫で開かれているので、ついつい足を運んでしまった。

行政区でいえばわが街の隣なので距離もたかだか10数キロ程度なのだが、如何せん直通の交通機関がないものだからバスを乗り継ぎ、さらにレールを走って2時間超もかかってしまった。
50キロ離れた東京駅までドアツードアで7~80分なのだから、随分と遠いのである。

称名寺は金沢北条氏(かねさわほうじょうし)の菩提寺で、真言律宗の別格本山である。
赤門、仁王門、金堂、釈迦堂などがあって、金堂前には阿字ケ池を中心とした浄土曼荼羅に基づく浄土式庭園が広がっていて、背景の小高い山を含め、なかなかの雰囲気である。

仁王門をくぐるとすぐ朱塗りの反り橋が架かっていて、時あたかも池の周りのおびただしい数のキショウブが満開で、池が黄色に染まっている。
ただ、このキショウブは外来種で、明治以降に持ち込まれた植物なので鎌倉武士たちの目には触れていない花である。
生態系に影響を与える危険性の高い植物として環境省から「要注意外来生物」に指定され、「栽培に当たっては逸出を起こさない」と警戒を求めている花だそうだ。
歴史ある水辺に、どうしてそんな植物を繁茂させているのだろう。薄紫の古くから伝わるハナショウブの方がよほどここの景観にそぐうように思うのだが…

池のほとりにある大人4、5人が両手をつなぎ合わせてようやく幹回りを一周できるか、というケヤキの大木が天を突いて枝葉を広げる姿を右手に見つつ、奥のトンネルをくぐり抜けると目指す金沢文庫である。

展覧会の正式な名前は「特別展 国宝 金沢文庫展」で、県立の施設として受け継がれてきている金沢文庫が管理する、中国伝来の書籍を含む約2万点の蔵書展なのである。
題名通りなのだから文句があるという訳ではないが、いかにもつまらない名称で、能がなさずぎると思うのだ。
役人の限界でしょうな。

さて、収蔵品がみんな国宝になっちゃったわけだから、展示物にいちいち「国宝」と書き添えなくてもよさそうなものだが、これがご丁寧に端からは端まで「国宝、国宝、国宝…」という文字のオンパレードなんである。
こういうところを見ると、やっぱり鼻から太い息を吹きながら「どうよ!」と胸をそらしている様子がありありなのが見て取れ、微笑ましいと言えば微笑ましくもあるのだ。

ただ、見る側のボクは筆で達筆に書かれた漢字だらけの文字の羅列を見てもチンプンカンプンでほとんど判読不能。これで7、800年前に連れ戻されたとしたら、ほとんど文盲だなと、ちょっぴり寂しい思いを募らせたのである。
人の顔が似顔絵のように描かれているところに、漢字で書き込みのある中国北宋時代の「集七十二実相書」というものに目が留まったものの、目の特徴やら眉の特徴などを書き込んだ文章がよく分からないのはやはり興ざめでもあるのだ。

片や「秘密宝蔵抄」という淡く灰色がかった水色の表紙に金銀の絵の具で彩色を施した小冊子は「あれ、これはいつの時代?」と首を傾げさせられるほど新しい感覚で、しかも新品に近いのではないかと思わず足が止まってしまうものもあったが、こういうのは例外。
ただただ添付されている解説札を読んでへぇ~、ほぉ~っ、とだらしないため息を漏らすだけで、こういうのを猫に小判というのだな、としみじみ感じてきた。

まぁ、時代の空気を吸いに行ったということですかね。











キショウブが阿字ケ池を埋め尽くす称名寺と浄土式庭園


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