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“男のためのガーデニング”改め

御朱印蒐集~京都東山 五百佛山 智積院~

2017-05-14 16:37:37 | 御朱印蒐集
 京都東山の阿弥陀ヶ峰を背にして建立されている真言宗智山派の総本山・智積院という寺院があります。
阿弥陀ヶ峰には豊臣秀吉の遺骨の眠る「豊国廟」があり、近くには同じく秀吉を祀った豊国神社がありますので秀吉との縁がありそうです。

しかし、智積院はある意味で秀吉とは関係の深い寺院となりますが、それは敵対した歴史があるという意味での関係になるようです。
秀吉とは敵対したものの、逆に徳川家康の恩命が深く、智積院は豊国神社の坊舎や土地や秀吉が夭折した棄丸(秀吉と淀君の子)の菩提を弔うために豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺を拝領して再興を果たした寺院だといいます。



寺歴としては、835年の空海の入定後に荒廃していた高野山の復興に尽力した興教大師・覚鑁が1140年に高野山から根来山(和歌山県)へ移り根本道場としたのが始まりとされています。
鎌倉時代の中頃になると大伝法院(根来寺)を高野山から根来山に写し、最盛期には2900の坊舎と6000人の学僧を擁する大寺院になったとされます。



戦国時代、戦力を誇る寺院の僧兵と戦国武将との戦いが比叡山延暦寺しかり、石山本願寺しかりとあったわけですが、和歌山の根来寺の僧兵“根来衆”と秀吉の戦いもあったとされます。
根来衆1万の兵は鉄砲も所有して戦いましたが、秀吉により全山が灰塵と化してしまいます。

秀吉の焼き討ちの前年の「小牧・長久手の戦い」では徳川家康の味方につき、関ヶ原の合戦や大阪の陣でも家康について活躍をしたとされますから、秀吉とは敵対関係にあった寺院ということになります。
その時代の根来寺は、紀伊・和泉に八か所の荘園を領有して経済力があり、大量の鉄砲を装備した強力な武力を保持していたとされますから押さえておきたい相手だったのかもしれません。

結局、秀吉の紀州攻めによって根来衆は壊滅的状況となったようですが、根来衆の残党は関ヶ原の合戦以降も活躍したそうです。
余談になりますが、子供の頃にTVで見た「仮面の忍者 赤影」で飛騨の里の影一族(赤影・白影・青影)と根来忍者が戦うシリーズがありましたが、その根来忍者とは根来寺の僧兵がモデルになっていたのかもしれませんね。



そして豊臣家が滅亡して徳川家の世となった時に家康の恩命により再興を果たしたのが、現在の智積院ということになるようです。
智積院は真言宗智山派の総本山とされ、教義のことは分かりませんが、成田山新勝寺・高尾山薬王院・大須観音寶生院など全国に3000余りの寺院を有する宗派といわれます。



講堂は大きな建物ですので門越しにしか写真に入りませんが、内部には客間に意匠の違う襖絵が奉納されていて庭園も見所のあるものでした。
客間は「胎蔵の間」「不二の間」「金剛の間」と続き、それぞれの間に田渕俊夫画伯の襖絵が展示されています。

最後の2間にあった襖絵は後藤順一という日本画家の作品で「浄」(桜にマガモ・ウサギが描かれる)、「百雀図」(スズメとカルガモの親子が描かれる)がありました。
この画家は日本画の中に野鳥などの生き物を描かれる作風の方のようです。

講堂は縁側を一周歩きながら襖絵を見る造りになっており、外には枯山水の庭園がありました。





一番奥の部屋は大広間になっていて華やかな色彩の襖絵で統一された部屋で、庭園が全て見渡せる造りになっています。
ゴロリと寝転がってみたくなるような落ち着く部屋でしたが、無作法はイカンと思いとどまります。



個人的には庭園愛はあまりないのですが、ここの庭園は綺麗でしたね。
ありきたりですが、枠越しに見る庭園には和んでしまって、しばらく縁側に座って見ていました。





講堂の出入口横には宝物館があり、長谷川等伯一門によって描かれた国宝障壁画を納められています。
桃山時代に狩野派に対抗した画家ということになるようですが、一言でいうと絢爛豪華な障壁画という印象を強く感じます。



智積院の本堂に相当するのが金堂になります。
金堂としては1701年に建立されたものの、1882年に焼失し、1975年に建てられた新しい建築物のようです。





本尊は密教寺院ですからやはり大日如来の坐像です。
結ばれている印は智拳印 ですから金剛界の大日如来ということですね。



金堂の右手には明王殿(不動堂)があり、ご本尊の「不動明王坐像」が祀られています。
祀られている不動明王坐像は智積院の源流である根来寺から持ってきたという説もあって、寺院としてのルーツへのこだわりが見られます。
またお堂自体は京都四条寺町にある浄土宗・雲院の本堂を譲渡されたものです。





最後にまわったのは弘法大師空海を祀った大師堂になりました。
ここはひっそりと静まり返った堂で落慶したのは1789年ということでした。



総門の正面にある大玄関の横では木蓮の花が満開でした。
奥には本坊・奥書院・宸殿になりますが、こちらは僧侶の方の領域ということになります。



智積院の入り口には大きな狛犬が左右に置かれていて少々違和感を感じてしまいます。
その違和感は大きさもありますが、おそらくその形によるものかもしれません。
どことなく古代エジプトの石像のような立体感を感じる石像ですね。



智積院の魅力は、名勝庭園と長谷川等伯一門による障壁画ということになるのかもしれませんが、境内には花の樹木が多く参拝しながら散策するにはいい場所だと思います。
すぐ近くには京都国立博物館があり、寺院も数多くありますので、東山界隈をゆっくり探索してみるのも面白そうですね。


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