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“男のためのガーデニング”改め

御朱印蒐集~湖東三山 釈迦山 百済寺~

2016-11-04 20:08:08 | 御朱印蒐集
 滋賀県の北東部に位置する湖東三山とは、北から「西明寺」・「金剛輪寺」・「百済寺」の3寺のことで、三山ともに紅葉の名所として名高い寺院であるとともに、歴史のある古刹としても有名な寺院です。
これまで「西明寺」・「金剛輪寺」と一山づつ参拝してきて、この度、最後の一山である「百済寺」へ参拝することが叶いました。

この百済寺を含む湖東三山は天台宗の寺院ですが、「百済寺」は創建が最も古く、奈良時代の606年の創建とされています。
推古女帝の時代、聖徳太子が百済人のために百済国の「龍雲寺」を模して、押立山(771.8m)の中腹に創建したと伝えられているそうです。

 

その当時、朝鮮半島の国々(百済・新羅・高句麗等)との国交や渡来人との交流が盛んだったとされており、特に百済国は漢字・儒教・仏教などを日本に伝えた高い文化を持つ国だったといわれています。
百済国は朝鮮半島の南西部に位置にあった国で、大和朝廷への朝貢を行うなど朝廷や豪族とのつながりも深く、帰化人も多かったとされています。



鎌倉時代になると天台宗の寺院として、中枢部の300坊に加えて総数1000坊、1300余人を擁する大寺院となったそうですが、1498年と1503年と2度の兵火に見舞われてしまいます。
更に、1573年には織田信長の焼討によって、「地上の楽園」とまで呼ばれた百済寺は消失してしまったそうです。



境内に入り、石垣に囲まれた表参道と石段を登って行くと、大きな草鞋が掛けられた仁王門が見えてきます。
百済寺には山城のように石垣が築かれていますが、石垣の大半は信長の安土城地上の折に石曳によって持ち去られてしまい、現存するものは江戸時代に再興されたものが多いそうです。



仁王門は1650年、井伊家や春日局などによる寄進で再建されたもので、大草鞋には触ると「無病息災」の御利益があるとされ、たくさんのお賽銭が稲藁の隙間に差し込まれてありました。
↓ 大草鞋の横で阿吽の仁王像が睨みを効かせています。

 

本堂も仁王門と同じく1650年の再建とされており、国の重要文化財に指定されています。
本堂は押立山の350mの地点に建てられていますが、境内にはどこもモミジがよく茂っていますので、紅葉の季節はさぞや美しく染まるのだろうと思います。



本堂の中に入ると、外陣には閻魔大王がまず目に入ってきます。
仏像は透明のプレートで仕切られた内陣に安置されておりますので、ガラス越しでの拝観でした。



偶然だったのですが、「如意輪観音半跏思惟像・聖観音座像」の2体の美しい仏像と、極彩色の「聖徳太子孝養像」が参拝した前日より特別公開をされていて、巡りの良さに感謝することになりました。
小ぶりながら気品の漂う美しい仏像で室町時代の1499年の作とされています。


(如意輪観音半跏思惟像 パンフレット)

また、百済寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」で、別名「植木観音」と呼び、寺伝では“聖徳太子が山中に分け行った折、、百済の龍雲寺の観音を造像するために木の上半分が運び出されていたことを知り、その下半分の根がついた部分でこの観音を彫った”とされている仏像だそうです。
その逸話が由来となり御本尊は「植木観音」の名で呼ばれ、御朱印にも植木観音と印されることとなっています。

ところで、境内の一画にある弥勒半跏石像は、百済寺の秘仏の金銅弥勒半跏像(飛鳥・白鳳時代)を石で再現して参拝者に見てもらえるように作られているようです。
実物の写真は、ネットや本などで見ることが出来ますが、非常に品のある美しい弥勒像で心惹かれる仏像で、一度はこの目で見てみたいと思うような姿です。



境内には「千年菩提樹」という推定樹齢1000千の菩提樹があり、“信長による焼討によって燃えてしまったが、 熱が根までまわらなかったため奇跡的に再生された”と伝わる木があります。
再生後に直径160cmにまでなったという、強い生命力を感じさせる木です。



寺院には大門にあたる朱色の赤門がありますが、駐車場より下の位置にありますので、順番が最後となってしまいました。
赤門からの参道を歩くことはなかったのですが、赤門から50mほど先に「五の谷川」という小川に架かる極楽橋という橋があるようです。
極楽橋の向こう(寺院方向)は彼岸、橋の手前は此岸と造作されていますので、橋は涅槃と現世の境い目ということになるのでしょうか。



百済寺には本坊の喜見院に「本坊庭園」という池泉廻遊式の名園があります。
本坊庭園は別名「天下遠望の名園」とも呼ばれているいますが、この庭園の最上段の「遠望台」から見る風景は絶景です。



写真の中央やや右に太郎坊、更に右手には観音寺城跡、二股の山の間には安土山。
左側には僅かに三上山が見えますし、琵琶湖を挟んだ先に見えるのは比叡山。
目では見ることの出来ない880㌔先には百済国があったそうで、百済からの渡来人がここから母国に思いを馳せたのかもしれませんね。


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