〜ヘルシングあいのんびり日記〜

名古屋市西区にある自然食品店”ヘルシングあい”
お店の商品情報や出来事など・・スタッフがのんびりと綴っていきます。

年度末

2012-03-31 22:10:55 | 店主日記

 年度末を向え、新聞には公務員の移動が大きく紙面を賑わしている。学校の先生から警察まで名前入りである。しかし毎年思うのが、この紙面て大事なことなのかな。見開き何ページも使えばお金もかかるだろうと思うけど、この情報を知ることで誰か得する人がいるのだろうか。工事は年度末の風景なんて冷ややかにいわれるにもかかわらず、これも同じ類ではないのだろうか。

 年度末といえば、今日で当社も決算最終日。昨年度の成績が決まった日。出来が良かったか悪かったかというより、淡々と過ぎた一年だった気がする。しかし反省点は大いにある。発注ミスによるロスが多かった。生鮮食品の予想が結構外れた。自らのミスは細かい事を言ったらきりがない。至らなかったところを反省し、一年一年スキルアップして納得できる年を迎えたいと思う。大きな収穫は、近ごろ、スタッフがミスをカバーしてくれるようになったこと。仕事のスキルとは、今日5分でできたことは明日、あさってと、確実にそして早くなっていくことだと思う。何も考えていなければ、何も変わらない。しかし考えている人は、日々のちょっとした変化に気が付くようになる。草木の呼吸まで感じるようになる。皆でそうなれるように一日一日努力したいと思っている。

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お客様との会話で

2012-03-30 18:04:05 | 店主日記

 いつもご主人と見える方が一人で自転車に乗って買い物に来たので、今日はご主人はどうされたのか聞いたら、予想外の答えが返ってきた。今日は演劇の発表会なので、しばらくしたら見に行くところだと言う。聞くと、ご主人は劇団に入って10年になるそうだ。今回は教師役で、君が代不立をやるという。そこで、国歌を歌う歌わないということについてどう思われるか聞いてみた。世代的に戦中から戦後の方で、私の両親とそう年齢はかわらないはずだ。そうしたら、当時は学校では君が代は歌わなかったという。卒業式は「仰げば尊し」と校歌だったそうだ。戦後間もなくということもあり、軍国主義の再燃として国歌を歌うことを忌み避けていた時代だったわけだ。時代が背負った背景があって、この君が代問題は今日に至っていると思った。根の深い問題とはじめて身に染みて感じた瞬間だった。ではどうしてまた君が代が学校で歌われるようになったのか不思議に思って聞くと、それが東京オリンピックでやわらいだということらしい。
 確かに世界に出て国歌が歌えないようだとあきれるのを通り越して不審に思われるだろう。たくさんの日本人の活躍に、忌み嫌われた国歌が国民に受け入れられた瞬間だったに違いない。国家の持つ国歌が、人それぞれの感情で思いを異にすることは確かだろう。その間が、今でも近隣諸国の関係をギクシャクさせている。しかしそれを知らずに今を生きている多くの人がいる。そのときの感情だけを残して、明日の関係を作ろうというのが所詮無理な事ではないのだろうか。君が代の問題もしかり、今その問題に直面しているのはこれからの世の中を作っていく人達のはずだ。そうであるならそのか細い背中をたたいて託していくのが世代交代者の役目ではないのか。死ぬまで主役の主人公などいないはずである。自分の役目が終わったとするなら、静かに後世を見守る目があってもいいのではないだろうか。そんな孫を見るやさしさがないから、新入社員を入れないという馬鹿な年寄りが身を乗り出すのではないのだろうか。

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仕事ハッケン伝を見ながら

2012-03-29 20:01:12 | 店主日記

 フィギュアスケートまでまだ時間がある。そこでそれまでNHKの「仕事ハッケン伝」を見る事にした。別にNHKの広告宣伝部隊ではないが、見たい番組がない。大リーグのイチローには惹かれるが、それ以外は見たい気がしない。そこでこの番組となった。タレントの奮闘ぶりを過去に見たことがあった。そして今回再度見る事によって視界が広がるのを感じた。ちょうどワッキーが餃子の王将で働いた所だった。その体験を小学生の前で話しているのを見て、仕事に対する真剣が伝わってきた。彼が生徒に話した言葉の一つが、「スピード感のある中でしか人は育たない。目の前の事を一生懸命せよ。」 という王将のマネージャーさんから教えられた言葉だ。なかなか分かりにくい言葉、でも本当にその通りだと思う。スピード感という言葉が遠いイメージを与えてしまうが、用は切羽詰ったときにあなたはどういう行動を起こすか?ということだと思う。その時こそその人の本音が出る。切羽詰ってなければ問題も起きないし、みんな良い人だと思う。しかし、そんな平坦な道ばかりではない。自分がいっぱいいっぱいのとき、本音は、つい顔や態度に出す。自分自身が分からないことが多いから性質が悪い。しかしだからこそ、その人の人間性がが見えてしまうのだ。
 しかしどんなことでも目の前の事を一生懸命やることで、不思議とミスは帳消しになるということをこの番組で教えられた気がした。気持ちが大切なんだ。
 さあ、今から世界フィギュア大会。頑張れ真央ちゃん! 

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検索deゴー で

2012-03-28 20:42:43 | 店主日記

 1990年頃、コア渓谷の岩絵遺跡群がダム計画で水没する予定だったものを、現地の高校生の遺跡を守ろうという呼びかけが大きな渦となって、大統領まで現地に赴く事態となった。その結果ダム計画は建設中止となり、その後世界遺産として登録されたという。この番組を見ながら、今日の読んだ伊東乾氏の記事を思い出した。この記事がこれである→「千年に一度の災害にどう備えるのか?」 
 今回震災で津波で襲われた陸前高田の海浜地域が、なんと55年前まで、いやもっと言えば平安時代から「海部の田んぼ」の土地利用を続けていたというのだ。つい最近まで、そこは津波の危険があるとして土地の利用を拒んできた地域という事だ。それが一転、高度経済成長の波に乗り、開発が始まったのがわずか30年前のことらしい。そう考えれば、「海部の田んぼ」というのが、過去に生きた先達がその地域での生き方を後世に残したといえるだろう。このコア渓谷の岩絵遺跡も、後世への何らかのメッセージを残したと言っていいはずだ。100年以上に渡って先祖がその絵画を描き続けたというのだから、そのスケールたるや想像が付かない。その目的が何なのかは分かるはずないが、ダムで沈む場所にその遺跡が混在していることに陸前高田との接点を感じる。何も芸術作品を残すために壮大な岩絵を書く事があるだろうか。今とは比較にならないほど生きる事に必死だった時代だったはずである。できればそのルーツに少しでもせまってほしかったが、芸術作品のひと言で終わったのがなんとも寂しかった。

 ※コア渓谷とシエガ・ベルデの先史時代の岩絵遺跡群は、ユネスコの世界遺産リスト登録物件の一つである。当初、ポルトガルで発見された旧石器時代の岩絵の残る野外のものとしては最大級の遺跡であるコア渓谷の先史時代の岩絵遺跡群が単独で登録され、2010年にスペインのシエガ・ベルデが拡大登録された。この遺跡はコア川(Côa river)流域の渓谷に位置し、1万年から2万年前の馬、牛、他の動物、人物、抽象的な図像などの数千に及ぶ線刻画から成っている。1995年からは、考古学者のチームが、この先史時代の岩絵群の研究と分類を続けており、いくつかのエリアで観光客を迎え入れるために、公園も設定された。

発見後の論争 [編集]コア渓谷沿いの数キロメートルにわたって広がるこの先史的遺跡群が発見された後、論争が持ち上がった。もともと、この一帯にはダムをはじめとする水力発電施設の建設が予定されており、発見もその工事に絡んだものだったからである。(ウィキペディアより)
 

  

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消費税を上げるということで

2012-03-27 20:45:03 | 店主日記

 消費税を段階的に上げるといっているが、段階的と言う言葉が曲者で、その段階ごとにシステムの変更が求められる。日本の政治家はどのようにお金が回っているのか分からないようだ。システム変更に大きな痛手をこうむるのは零細企業である。下手をすると変更ごとに出費を組まされることになりかねない。5%を10%に変更すれば済む問題ではないのだ。

  一昨年の冬にイギリスを訪れた時に一番驚いたのがレジ周りのシステムだった。小さなカフェでも必ずと言っていいほどあったのがPCーPOS(パソコンポスシステム)だった。予約席はパソコン画面に映し出されているから名前を聞くだけでタッチパネルで誰でも対応できる。モニター2台に本体一台、レジ機能も備えているから至ってシンプル。こんなシステムが当たり前のように存在しているイギリス社会の効率の一端を見させて頂いた気がした。もう一つ、効率といえば地下鉄もそうだった。オイスターカードという日本のsuicaを購入するかしないかで、地下鉄の料金が違った。さらに、窓口で駅員さんから買った場合は、もっと高かった気がする。そしてさらに、乗客の増減の時間に合わせて料金が変動する仕組みになっていた。なんと合理的なことか。車内にぽんぽん捨てられるゴミや新聞紙には閉口したが、その新聞だって、誰が見たものか分からないものを、次に座った人が平気で読んでいた。

 社会全体が効率よく回る仕組みを作ってある国と、行き当たりばったりで暮らす国との大きな違いを見せつけられて、やはり海外をもっと早く見るべきだったと後悔したが、効率の良いものを作り出すのは日本のお得意分野だったはず。しかしなぜ、それができないかと言えば、高いシステム料に違いない。仕組みをうみだすシステム料金が、イギリスの数倍日本はするのではないだろうか。そうでないと街角のカフェで、pc-posが当たり前のように使えないはずだ。

 段階的に消費税を上げることで、その都度システム変更を迫られる。レジシステムから帳票発行まで、価格の変更は全種類に及ぶ。それをせずに税金サービスなんてやってしまえば、あとできっちり消費税分は、税金で持っていかれてしまうのだ。ただでさえ、暮らしが困窮する中、これ以上の雑務を増やすなと言いたい。

 きのうはどうやら下書きのまま投稿したみたいで、blogに反映されていなかった。途中で睡魔に襲われたのが失敗だった。

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