〜ヘルシングあいのんびり日記〜

名古屋市西区にある自然食品店”ヘルシングあい”
お店の商品情報や出来事など・・スタッフがのんびりと綴っていきます。

味噌作り

2012-02-22 18:07:35 | スタッフ日記

数年前から始めた味噌作り。今年は大寒の頃に作りたかったのですが、時間が取れず2月中旬でようやく作ることができました。今回は20Kgに挑戦。
分量は大豆5.6Kg 麹4Kg (米麹2Kg、豆麹1.6Kg、麦麹0.4Kg) 塩2Kg
作り方
1前日に大豆を洗って水に浸します。16〜20時間で約2.5倍になるので水は多めにしました。
2当日は圧力鍋を使い、大豆が指で潰れるくらいまで火にかけます。
3大豆を潰します。熱いうちに潰すとよく潰れます。
4上下にふる塩(約1割)を残し、塩と麹を混ぜて塩切り麹にします。
5潰した大豆(40℃以下に冷ましたもの)と塩切り麹を混ぜます。固さは耳たぶくらいで。固ければ大豆の煮汁を加えます。
6下ふり塩の容器に団子状に丸めたものを投げ込み隙間のないようにします。
7上ふり塩をして焼酎をふりかけ、和紙をはりラップをはる。中蓋重石をしてふたをします。
8冷暗所で保存して終わりです。
ちなみに豆麹は色、麦麹は香り、米麹は甘みとお店の方に教えてもらったので今回は3種類の麹を使いました。
どんな味噌になるか今から楽しみです。

スタッフ:モモ

 

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歌の秘密

2012-02-21 20:53:59 | 店主日記

 NHKのクローズアップ現代で、由紀さおりの歌の秘密が取り上げられていた。全米はおろか世界が絶賛するその声に、日本語の歌に秘密があるとして専門家による様々なアプローチで現象の理由付けをしていた。これこそいかにも日本人らしい現象ではないだろうか。日本が培ってきた様々な文化は、今や当たり前に世界が認めるところだ。そんな素晴らしさを分からずに、美しい景色を破壊し、伝統的な食生活や建築に至る生活様式をないがしろにしてきたのはどこのだれだろう。海外で絶賛されるや手のひらを返したように、今まで知らん顔して来た有識者が出しゃばって出てくる。もうそろそろこういう方々にはご遠慮頂けないだろうかと思う。本当に支えた人は、由紀さおりにしても、その声に魅了された一般の一人ひとりの方々だ。理由は分からないが、その声に惹かれてついコンサート会場に足を運んでしまうのだ。そんなひたむきな応援があったからこそ、その歌声が今になっても美しい響きとなって多くの方を魅了するのではないだろうか。それこそがゲストのアーサービナード氏が語っていた歌の背景で、それに理由付けなど必要ないだろう。
 今でも思い出されるのが、10年くらい前、白い巨頭のテーマソングになった「アメージンググレース」 だ。そのドラマもさることながら、番組の最後にその曲が流れると、なぜか胸が締め付けられるくらいの衝動にかられた。その天使のような歌声なのだろうか、調べて見ると、なんとまだ13歳の少女が歌う声だった。そのドラマが終わってもCDを買ってまでその声を聞いた。数年の月日が流れたある朝、テレビを見ていたら、その少女も19歳になり、名古屋でコンサートが行われるという。そこで彼女の声を間近で聞くことができた。それ以来ずっとファンでい続けているのも、彼女のなんとも言えない歌声である。先の話しと同じで、理由は分からないが体が震えるほどの感動を覚えるのだ。
 ヘイリーウエステンラ、ニュージーランドの歌姫として13歳でデビューし、クラシック界としては異例のレコード売り上げを記録したらしい。その後も出すアルバムは確実にヒットした。なぜ、彼女の歌声がそんなに世界の人たちを魅了するのか。祖母は歌手、母方の祖父はピアニストという音楽好きの一家に育った。というのは表立った略歴だが、その祖父母はアイルランドからの移民だったらしい。そのつらい体験は言葉に表せなかっただろう。そんな祖母がひざの上にのせてよく歌ってくれたのが、「ダニーボーイ」というアイルランド民謡だったという。 
 日本の演歌といい、世界各国に残る民謡も、共通するところは悲しい響きが伝わってくることだ。この響きこそ、時代を超えて伝えたい思いがこもっている音調なのではないだろうか。その音調にふれる事により、私たちの持つ遺伝子がその記憶を呼び起こされるのではないかと、勝手に考えたりしている。

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家族に乾杯

2012-02-20 20:33:30 | 店主日記

 毎週月曜日に楽しみなものは、NHKのPM8時から放映される「鶴瓶の家族に乾杯」だ。ぶっつけ本番の旅をゲストタレントと行いながら、忘れかけている家族の絆をしっかり毎回映像に収めるからさすがプロである。今日も何気なく通り過ぎるおばあちゃんの後を追い、ひとしきり話しをさせるのだから心のマジシャンといった所だろう。そんな鶴瓶に感化されてか登場するタレントが毎回いい味を出すから不思議である。そう思って番組を見ると、なるほどと頷かせる段取りが作られている。ゲストは最初必ず鶴瓶と同行するのがそれだ。その時の鶴瓶の行動は、見本を見せるように直感的に一般人の人柄を見抜き、次々と対話しながらそれだと思った人物を見つけて掘り下げていく。そうする事でさらに広がる人間模様が番組をより一層濃縮にするというとんでもないお手本である。
 そういえば一度だけこんな体験をした事があった。10年以上も前、取り扱っていた商品を販売した実績が認められ、製造元への研修旅行に同行させて頂いたときの事。研修後のラスベガスでマジックショーに招待された。しかし、スケジュールが結構ハードだったために、そのショーが始まるころには睡魔が絶頂に達していた。回りがざわついていたのでハッと目を覚ますと、その有名マジシャンの顔が間近に見えた。その瞬間腕をつかまれて数千人もいる会場の上段に連れて行かれていた。頭は真っ白、スポットライトが熱いくらいまぶしかったのを覚えている。こんなド素人をひっ捕まえてどうするの?と思って彼の顔を覗き込んだら、ニヤニヤ笑ってひとしきり何か合図している。よく分からないがその合図に従うように手を上げたり足を上げたり、口に何かくわえさせられたり、そんなことを言われるままやっていたら場内大爆笑だった。何がなんだか分からない。しかし自分がラスベガスのトップスターと競演している錯覚を起こしたくらいだった。拍手喝采の中、席に戻ると同行者からそんな才能があったなんて知らなかったと賞賛されたから、さらに驚いてしまった。ちょっと待ってくれ、自分は言われた通りしただけなんだけど、という言い訳も言えないまま今日に至っている。きっと鶴瓶もマジシャンなんだと思う。いや、本当のプロとは、自分の思い描いていることを現実化できてしまうのではないだろうか。その人柄についつい引き込まれていつしか相手のペースになって自分が動かされているということはよくある事だ。
 話しがふと過去にタイムスリップしてしまった。いままで積もり積もっていた人間関係の鬱積を紐解きながら、各地の家族はもちろんの事、全国の家族にその温かさを伝えている。家族に乾杯、いまどきいけている番組である。 

 

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我思う、ゆえに我あり

2012-02-19 19:57:14 | 店主日記

 昨日、シューマッハー経済学の再考と、新聞に掲載されていた記事を目にして気になっていた。腰を据えて読むのには意外にタイミングがいる。読みたいものが他にもあるからだが、どうもご縁があるらしく、その記事を手にいしていた。長年の石炭公社の勤務経験と経済学者としての分析から、石炭及び、その代替燃料としての石油の枯渇を予測し、原子力の利用についても警鐘を鳴らした人らしい(ウィキペディアより)  「君あり、故に我あり」という価値観を掲げ、これが、「大気あり、水あり、土あり、故に生命あり」という環境重視の価値観、平和の生き方そのものになるという。読んでいくとその通りと舌打ちしたくなるのだが、その相対する考え方が、哲学者デカルトの「我思う、ゆえに我あり」にあるため、その行先をたどって見た。なぜそうなるか、デカルトの考えが、近代科学の礎になっていて、対象を分割、分離する哲学であり、木を見て森を見ざる原因になっているものと言及する。果たしてそうだろうか。 「君あり、故に我あり」とは、いかにも人の理解を惹く分かりやすい言葉だ。しかし、君があるということを分かるためには、自分が自分である事を認識しなければならない。我ありと思うことができない人間は、決して君があるとはいえないのではないか。ここが哲学としての分岐点と思うがどうなのだろう。実はデカルトがどんな人間だったか知りはしない。ましてやシューマッハーと聞いたらF1レーザーだと思ったくらいだ。そんな学識でえらそうな事は言えないが、間違ってはいけないのが、自分がまっすぐ歩いていけないのに、相手を抱きかかえる事は無理なのだ。だったら自分はどうなんだという「我思う」のである。めぐりめぐって己がためというのは、「ゆえに我あり」ではないのだろうか。決して人のためではないのだ。自分もいつかは面倒かけるから自分のために何かをさせて頂くと考えたほうが自然な形ではないかと思えてならない。

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ちょっと嬉しい日

2012-02-18 21:29:40 | 店主日記

 昨日、今日と会員さまのセール日だった。会員といっても店自体が会員限定というわけではなく、足を頻繁に運んで頂ける方への特典として会員という言葉を使わせてもらっている。会費を払うことで、取り扱い商品や講座の割引や、毎月の会報の発送、そして月一回のセールなどを利用して頂けるのが特典だ。今日も冷え込みが厳しかったため出足は鈍かったが、午後からたくさんの方にお越しいただきありがたく思っている。冗談を言える方や、月一回会話を交わす方などさまざまな方とお会いできるのもセール日の特典である。その中で出会いがあれば別れもある。今日も来月から韓国に引越しされるか方が、その方のお母さんと生後一ヶ月になるお子様3世代であいさつに来て下さった。気軽にこれなくなるのが残念と言って頂けただけでもどれだけ嬉しい言葉だろうか。数多くのお客様の人生とともに自分の人生も平行して未来に進んでいる。当店のような食材や調味料などを中心とした店は、お客様のお勝手の延長線上にある。着飾る必要もなければ素でいける数少ない場所の一つの気がする。生活の一部になっているから時間の感覚に戸惑うことがある。古くからのお客様のお子さんが、ビックリするほど大きくなっていたりするとき、着実に時間は過ぎている事をこれほど認識するときはない。ふと店内を見渡すと、いちばん若いスタッフは平成生まれだ。年をとるわけである。時間は止まっていないのだ。
 仕事でミスが起こりやすいのはもちろん忙しい時に違いない。セール日などは平時の倍以上の方が来るのでミスが頻繁に起こる。人間が行うものだからミスは起きて当然だ。ミスを責めても仕方がない。それよりミスがどうして起きたかが問題だ。先月からミスの原因を改善するためにレジでの入力手順に改善を加えた。スタッフ一同了解の下での今月のセール。ところがどうしたことか、同じ過ちが繰り返された。どうしてこの問題が起きたか問い詰めた。人間の進化と言うのはこういうときに出るもの。曇りがちな表情がその現状を表していた。こちらも怒る気持ちはなかったのに、その態度に腹がたちはじめた。すると、硬直しながらも気持ちよく謝る事からはじめた彼女の行動に、雪解けの思いが心に広がった。私も含め、だれでも自分のせいにはしたくないものである。だからどうしても言い訳から始まるのが一般的だ。そしてとうとう謝らない人間も多い。だからと言って、謝れと言って、謝らせるほど気持ちの重いものはない。自分に落ち度があったとき、シマッタと思った時、どれだけ誠実に謝る事ができるかが、年齢関係なく、人として豊かに生きていける心得だと思えてならない。謝るって心から思わないと相手に伝わらないものだからだ。そんな気持ちが伝わってきたとき、ミスしたことよりもこちらは嬉しくなるものである。

  

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