こころの文庫(かぞく人のめも帖)

家族を愛してやまぬ平凡な「かぞく人」の日々の幸せライフを綴ってみました。ちょっと覗いてみてくだしゃりませんか?

いきて・その一歩

2017年03月30日 08時32分06秒 | Weblog
自分がどう生きてきたのか?
そんなことを考えてしまった。
なんにせよ70近くまで生き抜いてこられた私。
それは自分でも驚きなのだ。
世間から外れた
かわいげのない子供が
どう成長するチャンスを手にできたのだろうか?
時々
そんな昔の話を掘り起こしてみたいと、
いま思っている。


無類の人見知りな子供だった。
誰かに声をかけられると
もじもじするばかり
赤面して
うんともすんとも言えないひどさ。
いつしか誰にも見向きされなくなった。
親すら、
「ヒキョーもんやでの、お前は」
とことあるごとに言ったものだった。

ひとりが好きだった。
楽しみといえば、
当時家にあった「家の光」という
農協が発行する雑誌を読むことだった。
「おかしな子や。また大人の雑誌開いて、
ほんまに読んどるんかいな?」
父と母がそう言ってるのを耳にしても、
本人は夢中だった。
確かにひらがなぐらいしか知らなかったが、
なぜか読めていた。
(たぶん想像力が豊かだったのだろう)

そのうち
両親の見方は、
本に没頭する息子に、
(あれ、えろなるかも知れんのう)
と期待に変わった。
野原をかけまわるほうが好きで、
勉強嫌いだった
一つ違いの兄と
浅はかにも比較をしてのけたのだ。

それはそれで
私には好都合だった。
それまでと違って、
親に疎んじられる機会は少なくなった。
ひとり本に読みふけっていても
「子供らしくない」と言われなくなった。
「もっと読め」
とまで言い出す始末だった。
母の知り合いである近所のおばさんが、
そんなえらい(笑)お子さんのために
手近にある本を見繕って
「どんどん読んで、えろうなるんやで」
と持ってきてくれた。
驚くよりも
天にも昇る心地だった。
無視されることが多かったのに、
認めてもらえたのが実にうれしかった。

自分の居場所が見つかったのだ。

たぶん
あれはわたしが初めて味わう
転機というものだったに違いない。


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