藤子A先生の公開講座に初参加

 28日、大垣女子短期大学で行われた藤子不二雄A先生の公開講座に参加してきた。

 この公開講座は、基本的に毎年6月に行われており、今年で11回目となる。
 私は、2年前に初めての参加を思い立ち、実際に開催予定日に大垣女子短大に行ったのだが、信じられないことに、その日の午前中に静岡で起こった集中豪雨のために新幹線が止まってしまい、A先生が来られず中止になってしまったのだ。この時は、悪い冗談かと思ってしまった。
 結局、公開講座は延期となって秋に行われたのだが、仕事の都合で参加できなかった。また、昨年は6月に行われたが、こちらもスケジュールが調整できず、残念ながら参加を見合わせた。

 そんなわけで、今回は2年しの念願をようやく果たすことが出来た。ついつい、当日朝まで、雨は降らないでくれ、新幹線は止まらないでくれと祈ってしまった。



 さて、肝心の講座だが、1時間以上に渡って、たっぷりA先生のお話を聞くことが出来て、大満足だった。

 今回のテーマは「誰も描かない漫画を描こう!」であり、主にA先生のこれまでの作品の創作秘話が語られた。
 取り上げられた作品は、順に「わが名はXくん」「忍者ハットリくん」「オバケのQ太郎」「魔太郎がくる!」「プロゴルファー猿」「黒ィせぇるすまん」「愛ぬすびと」「愛たずねびと」「マグリットの石」「ワールド漂流記」「ミス・ドラキュラ」。
 このうち、「オバケのQ太郎」「魔太郎がくる!」「プロゴルファー猿」「黒ィせぇるすまん」などのエピソードは、「Aの人生」などの著書やトークショー等で既に語られた内容が中心だったが、細部で色々と異なる部分はあり、またA先生の独特の語り口はいつもどおり聴いていて心地いいので、楽しく聞くことが出来た。


 そして、今回私にとって初耳だったエピソードも、いくつかあった。特に、「週刊女性セブン」に連載された「愛ぬすびと」「愛たずねびと」「ミス・ドラキュラ」の3作についてのエピソードが印象的だった。
 「愛ぬすびと」は、初の女性誌連載だったが、人気がトップになるほど好評だった。しかし、当時のスタッフではリアルな絵を描くのが大変だったので、13回で終了となった。また、最後に出てくる優子の手紙(中公版では252ページ)が、A先生のお姉さんが書かれたもので、字が綺麗だから依頼した。続けて連載した「愛たずねびと」は、あまりうけなかった。「ミス・ドラキュラ」は、虎木さんの秘密を作中のキャクターが知らず、作者と読者だけが知っている設定にして、読者に優越感を抱かせるようにした、等々、非常に興味深かった。
 普段、あまり触れられることのないこれらの作品についてA先生が話されたのは、「ミス・ドラキュラ」の復刊が影響していたのだろうか。個人的に未読なので、いずれ「愛たずねびと」も、ぜひ復刊して頂きたい。中公から「愛ぬすびと」が出た時は、てっきり続けて出るものだと思っていたのだが。


 あまり語られない作品としては、「ワールド漂流記」から第7話「ファドの夜リスボン」が取り上げられたことにも、触れておきたい。この作品は、オチを含めて、かなりの部分がA先生の実体験に基づいたものであるとの事。さすがに、色々な国に旅行されているA先生ならではだろう。「ワールド漂流記」の他のエピソードにも、A先生の体験談が含まれているのではないかと想像すると、楽しい。
 ファドでの体験以外にも、A先生の海外旅行に関する思い出も語られたが、オーストラリア旅行で身分を偽って、現地の人に「自分は駐在員だ」と称していた話は、いかにもA先生らしくて面白いエピソードだった。


 ブラック短編からは「マグリットの石」が取り上げられていたが、今回は、個人的に以前から気になっていた「名古屋駅とナナちゃん人形の上に浮かぶマグリットの石」の絵を見ることが出来て、嬉しかった。これは、以前に名古屋市美術館にて行われたマグリット展記念講演会で発表された物だが、タイミング悪く私は関西の実家にいた時期で、参加できなかったのだ。


 また、イラストと言えば、今回はA先生がホワイトボードに、講座の内容に関連してキャラクターの絵を描かれていた。描かれたキャクターはハットリくん、魔太郎、Q太郎の三人。Q太郎は、実際の作品ではF先生の担当だっただけにA先生バージョンと言うだけで貴重なのだが、更に今回は頭の毛が多い初期バージョンであり、非常にレアな絵だった。



 講座は快調に進み、最後に「今日まで自分が漫画家としてやってこられたのは、自分が描きたい漫画を描いたから。漫画でなくても、自分の好きな事を実現していく事は、生きる上で大きな肥やしになる。このために生きているという目標を持って生きてください」と言う言葉で締められて、A先生の講座は終わった。

 これで全て終了かと思いきや、A先生と親交の深い「ウルトラジャンプ」伊藤編集長が登場して、漫画家と編集の相性などについての話が10分ほどあった。この中でも、A先生が「もし、最初に「週刊少年マガジン」で描いていたら、自分は大成していなかっただろう」と話されたエピソードが紹介されていた。「マガジン」では、車の裏側まできっちり描くように求められたとそうで、おそらく「きえる快速車」の事だろう。

 伊藤編集長の話も終わって、今度こそ講座は終了。最後に、抽選で10名にA先生のサイン入り「ミス・ドラキュラ」がプレゼントされたが、残念ながら当たらなかった。
 ともかく、A先生のお話はいつ聞いても楽しく、しかも初めて聴いたエピソードも結構あったので、話に引き込まれて、あっという間の1時間半だった。図らずも、私は2年間お預けとなってしまったが、本当に参加してよかったと。



 その後は、藤子ファン仲間で集まって、大垣駅前で飲み会が行われた。
 この場には、藤子ファンのみならず、長谷邦夫・篠田ひでお両先生も参加されて、藤子スタジオやフジオ・プロの秘話を、色々とお聞きすることが出来た。特に、両藤子先生とのつきあいが長い篠田先生のお話は、非常に興味深い物ばかりで、ここで初めて知ったエピソードもあった。私自身も、以前から疑問に思っていた事を一つお尋ねしてみたのだが、残念ながらその件については覚えておられず、答えを聞くことは出来なかった。
 それはそれとして、飲み会では藤子ネタもそれ以外の漫画の話も色々出来て、楽しい時間だった。参加された方々には、あらためて、ありがとうございました&お疲れさまでした、と申し上げておきます。



 それにしても、この大垣の公開講座は東海地方の人間にはありがたい。藤子関連のイベントは、たいてい東京かその近辺で行われるので、参加する時は前日の夜行か当日早朝の新幹線で出発するのだが、この大垣女子短大公開講座だけは、名古屋から大垣まで快速で30分という近さなので、朝は普段より長く寝ていられるほどだ。東海地区まで、わざわざA先生が来られる機会が年一回あると言うだけで、非常に幸せな気持ちになる。
 今回の講座の冒頭で、A先生は「僕ももう歳だから、今回が最後のつもりでやります」と、おっしゃっていたが、A先生がお元気な限り、来年以降もぜひ続けていただきたいものだ。
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