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富士山麓161029

2016-10-29 20:15:51 | 日記

ブラタモリ。山梨県、富士吉田市。きれいに、鳥居の向こうに富士山が見える。鳥居から浅間神社に登っていく。吉田。吉田は、宿舎であり、神職の人が住むところである。御師、おし、恩師の住むところである。石灯籠、いしどうろうのあるところが、御師のある町である。「番城屋」、33回登った人。33は、ステータス。参道が御師の目印なんだそうだ。「御師団、おしだん」の人たちが、御師を守っている。上文字さん。御師上文字の18代目だそうだ。山三。浅間神社の宮司さん。滝で、冨士講の方が、禊、みそぎをしたそうだ。すき間なく飾られた額。「神楽、かぐら」を奉納した記念である。記念に額を奉納していったそうだ。登山用のお弁当箱。浅間神社の奥宮でもらう、印鑑。版木、はんぎ。摺師、すりしは、絵4分、字6分だそうだ。安産太祖が山頂にある。1860年に庚猿、かのえさる、60年に1度である。「女房」の文字が多い。1860年には、上文字さんが音頭を取って、女性も山頂まで登ることができるようになった。上吉田と、浅間神社、せんげんじんじゃは。昔は、水が流れていなかった。雪代、ゆきしろ。雪が溶け、土砂とともに流れてくる現象である。今から約450年前、古吉田から、上吉田へ移った。吉田の街は、豊かな土壌である。雪代が、溶岩の上に、土砂を置いてくれた。富士山の恵みでもあるそうだ。富士山、の麓ふもと、の一部は住みやすいそうだ。水が不便である。水はけがいいため、水を通しにくいそうだ。そこで、江戸時代に、用水路を作った。障害物として、溶岩がずっとある。用水トンネル。(感想)私が、吉田に住んでいる理由は、親の事情なので知らないが、私の家系は代々庄屋であり、先生ではない。

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