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人間失格161016

2016-10-16 10:43:36 | 日記

カウントダウン、あと13日。太宰治「人間失格」を読んでいます。1948年の小説だから、68年前の小説である。椹野川の水位。ヤフーによると、0.12m、椹野川漁業組合によると、0.12m。椹野川の水位、ヤフーによると、0.13m、椹野川漁業組合によると、0.13m。2016年10月4日の記事より。ヤフーによると、椹野川の水位は、0.23m。椹野川漁業組合によると、椹野川の水位は、0.23m。椹野川の水位は、11日で、0.10m下がっている。1日で、0.009m下がっている。単純計算だと、あと13日で、椹野川が枯渇する。10月28日(金)である。12日で、0.11m下がっている。1日、0.009m下がっている。単純計算すると、あと13日で、椹野川は、枯渇する。椹野川が枯渇するのは、10月29日(土)である。日本史。戦後まもなく、相沢忠洋によって、群馬県岩宿、いわじゅくの関東ローム層から打製石器が発見されたことをきっかけに、日本列島にも、旧石器時代の文化が存在していたことが認知されるようになった。旧石器時代、きゅうせっきじだい、広辞苑によると、人類史上最古の時代。ほぼ地質学上の更新世にあたり、人類は、今日絶滅し、もしくは生息地を変えた動物とともに住み、打製石器や骨角器を用いたが、まだ土器を作らず、採集、狩猟、漁労だけによって食糧を得ていた、通常、前、中、後期に3区分される。日本では、縄文時代の前の時代がほぼこれに当たる。ウィキペディアを参照した。旧石器時代(きゅうせっきじだい、英語: Pal(a)eolithic Age)とは、ホモハビリスなどヒト科による石器(打製石器)の使用が始まった時代で、石器時代の初期、前期にあたる。年代的には200万年前に始まる。旧石器時代は石器の出現から農耕の開始までの時代(完新世)をさす。旧石器時代の語源はギリシャ語で παλαιός (palaios, 古い)+ λίθος (lithos, 石)である。通常、旧石器時代は以下の3つに区分される。前期旧石器時代、ハンドアックスがひろく用いられた時代。この時代の人類はホモハビリスおよびホモエレクトスが主流であった。中期旧石器時代、剥片石器が出現した時代。ネアンデルタール人が広がった。極東アジアの中期石器文化の特徴から、ヨーロッパから来たネアンデルタール人に依ったものではなく、アジアの原人から進化した古代型新人によって形成された可能性が大きいとされる。後期旧石器時代、石器が急速に高度化、多様化した時代。このような技術革新の原動力を言語に求める説もある。クロマニヨン人(ホモサピエンス)が主流となり、他の化石人類は急速に姿を消した。主な文化の分類、区分法により、各文化は大きく3つの時代に分類される。前期旧石器時代(英語: Lower Paleolithic/Early Stone Age、約260万年前 - 約30万年前)、オルドワン石器文化(約260万年前 - 約180万年前)、Acheulean(約170万年前 - 約10万年前)、Clactonian(約30万年前 - 約20万年前)、中期旧石器時代(英語: Middle Paleolithic/Middle Stone Age、約30万年前 - 約3万年前)ムスティエ文化(約30万年前 - 約3万年前)、Aterian(約8万2千年前)、後期旧石器時代(英語: Upper Paleolithic/Later Stone Age、約3万年前 - 約1万年前)。日本における旧石器時代。日本における旧石器時代は、後期については、北海道から九州にかけて5,000カ所を超える遺跡が確認される。前期/中期についても、数こそ少ないがいくつか確認されている。 前期旧石器遺跡については全て捏造であったことが判っている。中期も多くが前期旧石器を捏造をした人物が関与していて否定的である。 捏造事件発覚以後に新しく発見された遺跡については議論がある。人類の生きた最古の時代である旧石器時代の人口推定値が、研究者によって算定した基準の違いがあるが、発表されている。旧石器時代前期(400万-20万年前)12万5千人、同中期(20万-4万年前)100-120万人、同後期(4万-1万3千年前)220-300万人。住居のはじまりは、風雨や寒さを凌ぐためや外敵から身を守るために岩陰や洞穴に住んだり、大樹下などに寄り添って暮らしたり、遊動生活では簡単な小屋を造ったりしたことだろうと思われる。前期旧石器時代38万年前のフランスのテラ・マタ遺跡の小屋、13万年前のラザーレ洞穴内の小屋などが最古の住居といわれている。ほかに古いものとしては、6万年前と計測されるウクライナ地方の中期旧石器時代のモロドヴァI遺跡の住居ないし風除け構造物がある。それは11×7メートルでマンモスの骨や牙で囲ったもので、15基の内炉跡が発見されている。狩猟のための見張り場であったと考えられている。当時の石器は、石や動物の骨を打ち欠いて作られた鋭利なナイフ、鏃、槍、ハンドアックスなど、多岐にわたるものがつくられた。また、木をくりぬいてカヤックやカヌーも作って水上移動をしていた。さらにシアン化水素やヘビの毒、アルカロイドなど毒物の扱いにも長けていた[要出典]。食糧が腐らないよう、乾かしたり低温保存させたりということも知っていた。スクレイパーとよばれる剥片石器、後期旧石器時代に作られた釣り針。材質は動物の骨、芸術文化、自然信仰と呪術が広く行われたが、晩期旧石器時代のヨーロッパでは35,000年前に最初の芸術が生まれた。絵画だけでなく塗装、彫刻も始まった。動物や女性などの彫刻が見つかっているが、その技術はきわめて高いとされる。芸術は信仰、呪術と緊密に結びついていた。2016年9月20日のブログより。約1か月前の記事である。人類史。(1)霊長類が現れたのは、1億年から7千万年前。(2)チンパンジーとボノボと人類共通の祖先が分岐したのは、およそ700万年前のこと、(3)直立二足歩行を始めたのは、400万年前、(4)言語を用い始めたのは、400万年前。(5)道具、石器を用い始めたのは。200万年前(6)「火」を用い始めたのは、50万年前。(7)新人類が登場したのが、20万年前。(8)農耕を始めたのは、約1万2,000年前。農耕とともに、環境破壊が始まった。この、(5)の道具、石器を用い始めたのは、200万年だが、日本でも石器を用いていたことが分かる。最古の住居は、38万年前だから、(6)の「火」を用いるようになった後と、(7)の新人類が登場する前である。

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