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こころの時代161029

2016-10-29 14:01:28 | 日記

NHK教育テレビ(Eテレ)。宮沢賢治。仏法は、「人生は苦だと説くものである」。「理」を見出すことによって、楽しみが見えてくる。コンビニに行って来た。1,928歩だった。1秒約1歩なので、約32分である。13:43分、鳥取で、震度4。「断」とは、あなたも私も、関係を切ってしまうということ。「常」とは、固定した考え方である。死んだあとも、変化しないものが受け継がれていくという考え方である。「断常の二見」、「有」に執着する。「断」に執着しているものよくない。「常」。両方否定していることが「空」である。「つかむ」と、私とモノになっていく。「戒にせばくされたようなものじゃ」。自然にやっているんだけど、自然にやっている。スッタニパータは、お釈迦様に、非常に近い教えを書いたものらしい。「安らぎに固執することもなく」。罪があるかないかということも捨てる。「清浄である」とか「不浄である」ということも捨てる。否定をして、「これだ」というところにも飛んでいかない。こちらを「無」にしたければ、向こうからやってくるそうだ。「修すべし、求むべからず」。修とは、ただ行うことである。問題点を探っておくということ。菅得る、憶念、思い巡らす。最終的には、禅定、ぜんじょうの世界に入る。求めてつかむ、ということではありませんよ。「ただ、修するだけである」。生まれたまま、仏性のままになる。「修すべし、求むべからず」。私たちた作ったものは、自然のものとはかけ離れていることを知るべきだそうだ。真実を知った瞬間に、迷いはなくなるそうだ。我を抜きにして、見ることが必要である。

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