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人気記事こころ170327

2017-03-27 19:34:11 | 日記

夏目漱石「こころ」を読んでいます。夏目漱石「こころ」を読んでいます。1914年だから、102年前の小説である。さっき、コンビニ、セブンイレブンに行ったら、店員さんがマスクをしていた。もしかしたら、インフルエンザが流行っているのかもしれない。「父」、「老いご覧」。今日も、天子様のことが詳しく出ている。明治天皇。1852年11月3日(嘉永5年9月22日)- 1912年(明治45年)7 月30日)。明治天皇についての記事が新聞に出ているということは、1912年の7月頃ごろなのだろう。「林勇蔵日記」より。元治元年、げんじがんねん、1864年ー1865年。11月23日、天気吉。昨夜雨。鳳翩山、ほうべんざんは、雪見える、(感想)元治元年、152-151年前の今日、山口県で一番高い山の鳳翩山に、雪が降ったようだ。御撫育普請方中村権兵衛様御普請身分として、今日、遠い浪御引移同所御泊り、明日2島、青江順々御見分之由、勘場より大和様、一郎、壮太郎8つ時分より出る浮相成候事。夜前萩より継送り到来、町向下?上えハ障子を締候様、大戸口ハ卸シくぐりより出入り致す候様沙汰相成候事、秋本、上田え御中撫育御売米御免相成候事、百目に付き六斗八升。御米方晩方帰在住候事。い藤吉郎兵衛風邪休息。御見習お代官見回りとして御出被成候事、七ツ時より嘉川迄御出、夕刻御帰勘。善助も都合平穏届申来候事。養之助殿七つ時より二島へ出役。龍泉堤夜中に相調候事、秀之進書上ケ候事。1年前の今日のブログ記事を加筆修正した。テレビとネットと出版物で、潰しあいのケンカをしていればよいのに。私は、高みの見物をしているだけだよ。「もう終わっている会社」(古我和史氏著,2012年発行)を読んでいます。3年前の本だ。内容は本を読んでね。パラダイム論は、トーマスクーンによって提唱された概念である。私が学生とき、講義でトーマスクーンの話がやたらと出てきた。 「人生がときめく片づけの魔法」(近藤麻理恵氏著,2011年発行)を読んでいます。私はこの本を2015年5月24日に買ったが、今となっては懐かしい。内容は本を読んでね。片づけで人生の夢に気づき起業しちゃいましたという人は、今でも会社を順調に経営しているかな。でも。モノをどんどん捨ててしまうなんてもったいない。一時期「片づけブーム」があったが、部屋を片づけた人は、人生が変わったかい?睡眠薬。もう死ぬことにしました。1年前の今日、母親とけんかをしていたようだ。2015年11月のタバコ代は、45,920円。1日1,530円。無理心中をすると、殺人と自殺ほう助になるらしい。でも、収入がなくなってしまえば、無理心中を計るしかないではないか。「コトラーのマーケティングコンセプト」(フィリップコトラー著,2003年発行)を2006年3月27日に買っている。10年前だ。内閣府の調査では、15~34歳のフリーターは180万人,15~34歳人口に占める割合は6.6%。2015年11月23日、午前10時、10:00ごろ、東京都千代田区の靖国神社で「爆発音があった」という通報があった。東京消防庁が調べたところ、神社の敷地内にある公衆トイレの壁の一部が焼けていた。けが人はいないという。(朝日新聞,2015年11月23日付)(感想)日本にテロに対して安全ではないね。大卒の間で賃金格差が開きつつある。「下流社会」(三浦展氏著,2005年、11年前発行)を読んでいます。11年前の本だ。内容は本を読んでね。階層格差が広がっているという。高度成長によって、「新中間層」が誕生した。今は、「下」と「上流」の二極化が進んでいるという。「下流」に足りないのは「意欲」である。ディスカウントストアには、目を疑うような低価格で商品が売られている。30歳でも給料が倍違ってくる。1947年から1949年生まれの人を「団塊の世代」という。1970年から1974年生まれを「団塊ジュニア世代」という。昭和一桁世代が高度成長を支えてきた。団塊ジュニア世代は「下」が48%。年収150万円未満では結婚の可能性はない。(感想)若者の格差はどんどん開きつつあると思った。タニタの体重計では、64.3kg。厚生労働省。2015年11月25日、自営業者らが入る国民年金について、被保険者が納めるべき保険料のうち実際に払われた割合を示す納付率が2014年度に63.1%となり、前年度から2.2ポイント上昇したと発表した。改善は3年連続。ただ低所得などで保険料を免除・猶予されている人は納付率の計算から除外されている。これらを含め、被保険者全体で実際に納付された割合は40.6%と前年度からほぼ横ばいだった。(日経新聞,2015日6月26日付)。それでは、なぜこうした「ブラック」な学生アルバイトが増加してきたのでしょうか?それは、パートやアルバイト、派遣などの非正規雇用に頼る会社が増えてきたことが関係しています。つまり、人件費の削減のために、かつては正社員だけがやっていたような責任の重い仕事が学生アルバイターのような低賃金の非正規雇用労働者にも押し付けられるになってきたのです。これを、「非正規雇用の基幹化」と言います。とりわけ、フルタイムで働くフリーターの増加は、学生アルバイトの位置づけを大きく変えました。学生アルバイターも、ある意味彼らを「お手本」として働かざるをえなくなったのです。学費の高騰、仕送り額の減少、奨学金制度の不備などによって、多くの学生は、バイトの収入がなければ学生生活を送ることが困難な状況にあります。「たかがバイトだから」と言って簡単に辞めることも難しくなってきているのです。こうした学生の状況につけ込み、学生アルバイターに正社員並みの義務やノルマを課したり、違法な労働をさせたりする企業が増加しています。学生の責任感の強さを利用してあえて重い責任の仕事を与えたり、職場での人間関係を密にしてバイト先を学生にとって学校以上の「居場所」にしたりといったことが意図的に行われている場合もあります。「若者はなぜ3年で辞めるのか」(城繁幸氏著、2006年発行)を読んでいます。10年前の本だ。内容はもう古いだろう。昔は、顧客から「君の会社に若くて将来性があって、国立の学生はいないかね」と人事部に問い合わせがあったという。銀行員は、自営業や勤続年数の少ない外資系企業に住宅ローンを貸したくないという。何でもやりますという人材は派遣で雇えばよい。(感想)大企業から転職すると、住宅ローンが組めないのではないか?統合失調症患者に結婚の望みはなく、将来はない。死ぬことにしました。学生の頃からの夢だった、課長になることにしました。今日の日経新聞に載っていたのだが、障害者施設から内部告発した職員に名誉棄損の損害賠償請求をする内容証明郵便が送付されたという。最近、法律の使い方が間違っているのではないか?これでは、法律そのものへの信頼が失墜してしまうと思う。「お金に愛される魂の磨き方」(美鈴氏著、2011年発行)を読んでいます。5年前の本だ。おばあちゃんが無料の卵などに騙されて、何百万もの布団を買わされたという。タダでモノをもらってはならない。アドバイス、ただより高いものはない。風水ではトイレのふたを閉めるとお金が入ってくるというが、私には1円もお金が入って来たことがない。ところで、この本に出てくる「エクトプラズム」って何?私は稲荷神社に行ったからといって、何も起こらないと思う。(感想)スピリチャルの本には気をつけた方が良いと思った。無理心中の事件があったが、お金がなくなったら死ぬしかないではないか。高校で模擬投票といっても、お金がかかるだろうな。本格的な冬が近づいて来たらしいが、私は寒いのは苦手だ。山口は寒くならないで。足湯でサルを見るのはいいが、タバコが吸えなさそうでいやだ。ゆるキャラグランプリで家康くんが優勝したが、天下を取ったな。うどんの入浴剤なんて、食べ物がもったいない。勤労感謝の日といっても、私は働いてないよ。ヘリが墜落したが、危なくて迷惑だ。木造の船で来た人はどんな人たちなのかな。会社にいる夢を見た。会社に行ったら、人事異動があって、席替えがあった。私は、隅っこの席に追いやられた。誰かが、「まずお客さんを作って、勉強するなりして、お客さんを引きとめろと」と言っていた。朝礼で、幹部社員が来ていて、今朝、社員の間で小競り合い(こぜりあい)があったという。会社の雰囲気が殺伐としていた。会社では、お客さんがいることが第一だなと思ったら、目が覚めた。(感想)私の退職日は、平成25年(2013年)10月18日である。もう、会社を辞めてから3年になる。いまだに、会社にいる夢をみることがある。理由は不明である。

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ザシキワラシ170327

2017-03-27 19:19:06 | 日記

ザシキワラシ。ウィキペディアを参照した。座敷童子、ざしきわらし、は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。ちなみに、私は、本屋でちょっと男の子を見かけ対外、ザシキワラシを見たことはない。柳田國男の「遠野物語」や「石神問答」などでも知られ、「遠野物語」の17話、18話および「遠野物語拾遺」87話に「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」の表記で話が掲載されており、17話には「この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり」「ザシキワラシは座敷童衆なり」と記述がある。近年では、座敷わらしに会える宿として岩手県の「緑風荘」「菅原別館」「わらべ」などがテレビ番組や雑誌に取り上げられることでも知られている(後述)。主に岩手県を中心として報告されているが、青森県、宮城県、秋田県など東北地方各県にも分布するといわれる。一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいの小童というが、年恰好は住み着く家ごとに異なるともいい、下は3歳程度、上は15歳程度の例もある。髪はおかっぱ、またはざんぎり頭。性別は男女両方が見られ、男の子は絣か縞の黒っぽい着物を、女の子は赤いちゃんちゃんこや小袖、ときには振袖を着ているという。はっきりとした姿がわからないために、性別が不明な場合もあるという。男女2人など複数が家に住み着いていることもある。黒い獣のような姿、武士のような姿といった伝承もある。悪戯好きで、小さな足跡を灰やさらし粉の上に残し、夜中に糸車を回す音を立てるともいわれ、奥座敷で御神楽のような音を立てて遊ぶことがある。また家人が一人で縫い物をしていたとき、隣の部屋で紙ががさがさする音や、鼻を鳴らす音がするので、板戸を空けると誰もいないなどの話が伝わっている。夜になると客人の布団の上にまたがったり枕を返したり、悪戯をして眠らせまいとするが、押さえようとしても力が強くて歯が立たないともいう。子供と一緒に遊んだりもする。岩手では早池峰神社の座敷童子が、遠方から神社に参拝に来ていた者について別の土地へ行くという伝承がある。その土地の子供たちに、岩手のわらべ歌を教えたという伝説もある。青森県五戸町では家を新築する際、床下に金の玉を埋めておくと、座敷童子を呼ぶことができるという伝承がある。姿は家の者以外には見えず、子供には見えても、大人には見えないとする説もある。子供たちの数を大人が数えると、本来の人数より1人多いが、大人には座敷童子がわからないので、誰が多いのかわからないといった話もある。こうした話は、文学上でもよくモチーフとなる。家の盛衰との関連、最も特徴的な民間信仰として、座敷童子がいる家は栄え、座敷童子の去った家は衰退するということが挙げられる。こうした面から、座敷童子は福の神のようなもの、または家の盛衰を司る守護霊と見なされることもある。「遠野物語」には、座敷童子が去った家の一家が食中毒で全滅した話や、岩手県土淵村(現・遠野市)大字飯豊(いいで)の資産家で、座敷童子を子供が弓矢で射たところ、座敷童子は家を去り、家運が傾いたという話が残されている[7]。座敷童子の去った家が没落する話は、貧乏神が去った家が裕福になるという話と関連しているとの見方もある。白い座敷童子は吉事の前触れであり、赤い童子(赤い顔、赤い服、赤い手桶を手にした童子)が目に見えるのは、童子が家を出て行くことによる凶事の前触れとの説もある。赤い服の童子を見たという家族一同が食中毒死した事例もある。風習。座敷童子は奥座敷におり、その存在が家の趨勢に関ると言われるため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もある。小豆飯が好物といわれることから、小豆飯を毎日供える家もあり、飯が食べられていないと家が衰退する前兆だともいう。座敷童子は狐持や犬神持に類似した構造を持つが、座敷童子の住んでいることを迷惑がらず、むしろ神として保護し、周囲の人間も座敷童子のいる家に対して一種畏敬の念を持って接する点が、それらとは異なる。二戸市の一帯では、かつて亡くなったり間引かれた子の供養のために部屋の一画に子供部屋を作り、菓子や玩具を置いて祀ったというが、この風習が現在でも残っており、座敷童子を家に居つかせ福をもたらせ栄えさせようと、部屋の一画に子供が好む小部屋を作る風習もある。「遠野物語」によれば、土淵村のある豪家には「座頭部屋」と呼ばれる奥まった小さな空間があり、昔は家に宴会があれば必ず座頭を呼んで待たせるのに用いたとあるが、文学研究者・三浦佑之はこれを、家の守護霊を祀る部屋だったのではないかと推測している。様々な座敷童子。座敷童子は「座敷童」、「座敷童衆」、「座敷ぼっこ」、「御蔵ボッコ」、「座敷小僧」、「カラコワラシ」など、地方によって様々な呼び方がある。「座敷ぼっこ」の名で呼ばれるのは岩手の内陸部であり、宮沢賢治の著書でもこの名が用いられている。座敷童子にも位があるとする地域や伝承も存在し、「十方庵遊歴雑記」には、岩手県江刺市、現、奥州市江刺区、稲瀬の座敷童子についての記述が見られ、家の土間にいる座敷童子を、「コメツキワラシ」、「ノタバリコ」、「ウスツキコ」などと言い、 奥座敷にいる色の白い最も綺麗な座敷童子を「チョウピラコ」と呼んでいる。これらの中には家の盛衰とは関係なく、家の中を動き回ったり物音を立てたりするだけの者もおり、単に気味の悪い存在とされることも少なくない。蔓のように細長い手を出して人を招き、洪水、津波などの災禍を知らせるため、「細手、ほそで」または「細手長手、ほそでながて」と呼んでいる例もある。似た話に「貧しい男が薪を水中に投じると、龍宮に招かれ土産に醜いが福を招く童子「龍宮童子」を貰った」という話がある。「クラワラシ」「クラボッコ」と呼ばれる、土蔵の中にいる座敷童子も存在する。民俗学者、佐々木喜善の著書「ザシキワラシの話」によれば、前述の土淵村のある家ではマダの木、菩提樹のこと、に「カブキレワラシ」というものが棲んでおり、童子姿となって家の座敷に忍び込んで娘にいたずらしたり、赤い顔の姿でクルミの木の三つ又で遊んでいたという。マダの木の精霊とする解釈もある。東北地方には座敷童子の伝承が多いにもかかわらず、秋田県のみは伝承が少ない。これは秋田の三吉鬼が、下等な妖怪を秋田に入れないためといわれている。起源、参考:上田秋成『雨月物語』より「貧富論」の銭の霊。前述の佐々木喜善は座敷童子のことを、圧殺されて家の中に埋葬された子供の霊ではないかと述べている。東北地方では間引きを「臼殺(うすごろ)」といって、口減らしのために間引く子を石臼の下敷きにして殺し、墓ではなく土間や台所などに埋める風習があったといい、こうした子供の霊が雨の日に縁側を震えながら歩いていたり、家を訪れた客を脅かしたりといった、座敷童子に似た行為が見られたともいう。特に、前述の「ノタバリコ」や「ウスツキワラシ」は座敷童子の中でも下等なものとされており、前者は内土間から這い出て座敷を這い回り、後者は臼を搗くような音をたてたりと、気味の悪い振る舞いをするといわれていることから、これらの座敷童子に、間引かれた子供の埋められた場所が土間や臼の下などであることが関連しているとの指摘もある。このような間引きとの関連に加え、座敷童子のいる家が旧家であることや、村の外から訪れた六部、巡礼僧、を殺害した家が後に没落するという伝承と結び付けられて語られていることがあることから、座敷童子は村落共同体の暗部の象徴との指摘もある。高橋貞子著「座敷わらしを見た人びと」によれば、座敷童子は大工や畳職人が、家の工事の際に気持ちよく仕事できなかったことに対する呪いから生じたとする話も残っており、木片を薄く剥いだ人形を柱と梁の間に挟みこむなどの呪法があったという。河童を正体とする説も多く、淵に住む河童が近くの家に上がりこんで悪戯をするものが座敷童子だとする話や、河童が家に住み着いて座敷童子となった話などもある。また、座敷童子が子供の姿なのは、仏教でいう護法童子(仏法を守る童子姿の鬼神)が童子(子供)の姿であるように、子供を神と人間を繋ぐものとする民間信仰に由来するという説[6][16]、または子供の姿が神性を体現しているなどの説がある。柳田國男は、高僧が天から呼んだ護法童子と同様、仏教や民間巫女の守護霊が、若葉の魂の清新さを尊重する信仰へとつながり、さらに神意を人間に伝えるため家の守護霊としての座敷童子信仰へとつながったとみている。柳田以降の民俗学でも、オクナイ様との繋がりや竜宮童子など異界から訪れる童子との関連などが論じられている。また、民俗学者、小松和彦は文化人類学的視点から童子に注目し、村落における家の盛衰や富の移動の問題を取り上げ、座敷童子の属性はイズナ使いなどの動物霊としての憑き物とほとんど重複しているとし、精霊がついている家の共同体の優越性と劣等性を詳しく分析し、座敷童子を民俗社会内、特に旧家層における貧富の差と変動の説明原理としている。上田秋成による江戸後期の読本『雨月物語』の「貧福論」で、陸奥国(現・青森県)の武士の家に銭の霊が小さな翁で現れて「黄金の精霊」を名乗り、「お金を大事にしてくれるから嬉しくて話に来た」という話があるが、文学博士・阿部正路はこれを座敷童子の祖型ではないかと考察している。戦後の伝承。東北地方の人々にとって、座敷童子は決して戦後の伝承ではなく、明治以降、昭和以降になっても座敷童子の話は語られている。柳田國男の著書『妖怪談義』によれば、1910年(明治43年)7月頃、陸中上閉伊郡土淵村(現・岩手県遠野市)の小学校に座敷童子が現れ、1年生の児童にだけ見え、年長の生徒や大人たちの目には見えなかったという。昭和、平成以降も営業し続けている、岩手県の金田一温泉「緑風荘」、盛岡市天神町の「菅原別館」「わらべ」などの旅館は、座敷童子のいる宿として知られ、宿泊客が座敷童子を見た、足音を聞いた、体を触られた、といった話がある。ただし、一般的な座敷わらし伝承とは異なり緑風荘では病死した先祖が守り神となったと位置づけている。「わらべ」の近くには、1200年以上前に開山された早池峰、はやちね、神社があり、ここでは「わらべ」創業当時から座敷童子の祈願祭が行なわれているため、神社の座敷童子が「わらべ」に来ている、などともいわれている。「菅原別館」の座敷童子は、もとは江戸時代に女将の実家で火災から家を守護していた火の神であり、女将が同館に嫁入りする際に実家からついて来たという。同館には、宿泊客が結婚や仕事で成功したといった体験談も寄せられている。日本各地の類話。座敷童子に類するものに、遠州門谷、現、静岡県、の「座敷坊主」、徳島の「アカシャグマ」がある。四国金毘羅宮の、奥の院周辺の家には、夜になると仏壇の中から「アカシャグマ」が出てきたという。アカシャグマとは、赤く染めたクマの毛のことで、これを被った小さな子供のようなものが、家の持ち主の老婆を毎晩くすぐったという。山梨県の旧東八代郡には倉の中に「お倉坊主、おくらぼうず」がいるといって、座敷童子の一種と考えられている 。石川県の「マクラガエシ」は、ある家の座敷に寝ると、特に二本差しや髭を立て洋服を着て高慢な顔をしたものが泊まると隣室に引き出すという。香川県大川郡白鳥町、現、東かがわ市、に伝わる座敷童子は童女姿で、髪の毛がショボショボに垂れていることから「オショボ」と呼ばれ、家の者には見えないとも、家の者のみに見えるともいう。ほかにも、北海道で人家で寝ている者を襲うといわれる「アイヌカイセイ」、沖縄県で人家で寝ている者に悪戯を働く「アカガンター」といった妖怪を、座敷童子と同様のものとする解釈もある。民俗学者、折口信夫はオクナイサマ、座敷坊主、アカシャグマ、沖縄のキジムナー、壱岐のガアタロなどの例を引いて、外の土地のある家のために働きに来る忠実な精霊がいて、いなくなると家が衰えると言う型の話と見た。そして座敷童子が庭に降りない点に注目し、かつての芸能が庭・座敷・舞台とに分けられていたことと関連づけて考えている。(感想)ザシキワラシは、民俗学でいう、子どもではなく、古代より連綿と続いていた、超高度文明なのではないかという気がしてきた。

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ハムラビ法典130305

2017-03-05 05:57:22 | 日記

ハムラビ法典とは、世界最古の法典である。楔形文字、くさびがたもじの法典であると言われている。同害報復、と言って、「目には目を歯には歯を」と言われている。現代の日本では、同害報復は認められていない。


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石川日本史文化史170305

2017-03-05 05:53:08 | 日記

石川日本史。やはり、長生きしたければ、働くか、勉強することである。「超人」について。ここでは、私を助けてくれているので、日本人になじみのある言葉で、「精霊,spirit」と呼んでおく。精霊たちは、私に「暦、カレンダー」をつけろと言ってくる。精霊たちは、姿が見えないので、「文字」があまり書けないようである。正確には、文字は書けるが、全部教えていたのでは、私の勉強にならない。少なくとも、私には、精霊たちの姿は見えないし、声も聞こえない。私には、精霊たちの意図も分からない。精霊たちは、文明が高度に進んでいるので、日本語も含めて、「文字」は読めるが、日本人の使っている日本語は、私が書かなければ、他の日本人たちには読めないようである。文禄慶長の役。近世初期の平和な時代には、文化が進んでくるようである。「寛政医学の禁」で、林家、りんけ、が朱子学以外が禁止された。座敷童について。ウィキペディアを参照した。東北地方の人々にとって、座敷童子は決して戦後の伝承ではなく、明治以降、昭和以降になっても座敷童子の話は語られている。柳田國男の著書「妖怪談義」によれば、1910年(明治43年)7月、107年前頃、陸中上閉伊郡土淵村、現、岩手県遠野市、の小学校に座敷童子が現れ、1年生の児童にだけ見え、年長の生徒や大人たちの目には見えなかったという。昭和、平成以降も営業し続けている、岩手県の金田一温泉「緑風荘」、盛岡市天神町の「菅原別館」「わらべ」などの旅館は、座敷童子のいる宿として知られ、宿泊客が座敷童子を見た、足音を聞いた、体を触られた、といった話がある、(緑風荘については内部リンク先を参照)。ただし、一般的な座敷わらし伝承とは異なり緑風荘では病死した先祖が守り神となったと位置づけている。「わらべ」の近くには、1200年以上前に開山された早池峰、はやちね、神社があり、ここでは「わらべ」創業当時から座敷童子の祈願祭が行なわれているため、神社の座敷童子が「わらべ」に来ている、などともいわれている。「菅原別館」の座敷童子は、もとは江戸時代に女将の実家で火災から家を守護していた火の神であり、女将が同館に嫁入りする際に実家からついて来たという。同館には、宿泊客が結婚や仕事で成功したといった体験談も寄せられている。日本各地の類話。座敷童子に類するものに、遠州門谷、現、静岡県、の「座敷坊主」、徳島の「アカシャグマ」がある。四国金毘羅宮の、奥の院周辺の家には、夜になると仏壇の中から「アカシャグマ」が出てきたという。アカシャグマとは、赤く染めたクマの毛のことで、これを被った小さな子供のようなものが、家の持ち主の老婆を毎晩くすぐったという。山梨県の旧東八代郡には倉の中に「お倉坊主(おくらぼうず)」がいるといって、座敷童子の一種と考えられている 。石川県の「マクラガエシ」は、ある家の座敷に寝ると、特に二本差しや髭を立て洋服を着て高慢な顔をしたものが泊まると隣室に引き出すという。香川県大川郡白鳥町(現、東かがわ市)に伝わる座敷童子は童女姿で、髪の毛がショボショボに垂れていることから「オショボ」と呼ばれ、家の者には見えないとも、家の者のみに見えるともいう。ほかにも、北海道で人家で寝ている者を襲うといわれる「アイヌカイセイ」、沖縄県で人家で寝ている者に悪戯を働く「アカガンター」といった妖怪を、座敷童子と同様のものとする解釈もある。民俗学者、折口信夫はオクナイサマ、座敷坊主、アカシャグマ、沖縄のキジムナー、壱岐のガアタロなどの例を引いて、外の土地のある家のために働きに来る忠実な精霊がいて、いなくなると家が衰えると言う型の話と見た。そして座敷童子が庭に降りない点に注目し、かつての芸能が庭、座敷、舞台とに分けられていたことと関連づけて考えている。(感想)私は、自分がなんなのか分からないが、私は、母親から「居候、いそうろう」と言われているし、家の裏口から出入りする。1964年、東京オリンピック。53年前。史学史。ところで、精霊たちは、私に、シェイクスピアの「ヘンリー4世を読め」と言っているが、どういう意味だろう?「ヘンリー4世」、シェイクスピア全集。第1部。ウィリアム、シェイクスピア。小田島雄志訳。1983年発行だから、34年前の本だ。景気のいいころには、こういう本も多く出版されていたのかもしれない。買ったのは、2002年8月24日。15年前である。本書によると、「危険は、東から西に横切る」という。ノーサンバランド伯。「どうやら倅のやつ、早くも大手柄に思いをはせ、その夢に、すっかり自制心を失ってしまったようだ」。ホットスパー。ええい畜生。おれにとっては、朝飯前の仕事だぞ。青白い月の額から、金色に輝く名誉の冠を奪い取るのも。(感想)「名誉」とか「冠」は、取られやすいから、そんなものを求めてはいけないという意味かもしれない。昨日の、2017年3月4日のNHKの8:00からの番組を見ていたら、目が悪くなったよ。「目」を返してよ。「目」は高いよ。今度、請求書を書くかもしれない。


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青木世界史170305

2017-03-05 04:56:42 | 日記

「青木世界史」。2017年3月5日、日曜日、カシオの時計で、3:57。貞観元年3月5日、あと、80日。人類滅亡の原因について。人類滅亡の原因は、不明である。もしかしたら、環境破壊が原因かもしれない。ただ、いまでも生き残っている人類はいる。地震は、人間のせいではない。それより、宇宙が膨張しているのも1つの原因かもしれない。働かないとその事業が終わるのは、当然のことである。長生きしたければ、勉強をしたほうがよいと思う。今でも、分かっていないことは多い。特に、宇宙のことは、謎だらけである。プレミアムフライデーから6日で日本が滅亡した。やはり、「楽」は出来ないんですよ。また、音楽がなくなって、10日で人類が滅亡した。やはり、ヒトに音楽は必要なんですよ。日本の朝鮮出兵の次の日に、日本が滅亡した。止まる順番は、おおよそ。(1)テレビ、〇、(2)インターネット、〇(3)ラジオ、不明(4)電話、不明、(5)電気、〇、(5)ガス、〇(7)水道、〇、書くものは、(1)紙、〇、(2)テキストエディタ、〇、(3)Yahoo!〇、(4)Facebook,△、(5)goo、〇、(6)エクサイトブログ、〇。(1)日経新聞、〇、(2)朝日新聞、〇。2017年3月5日、日曜日。Yutaka Hayashi.朝鮮史。高句麗は、ツングース系。超人について。私には目に見えない、「超人」はいるようである。呼び方はいろいろで、「精霊」と呼ぶ人もいれば、「宇宙人」と呼ぶ人もいる。ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」という本に、超人についての記述がある。超人たちは、われわれ人間よりは、はるかに文明が進んでいるようである。ちなみに、その「超人、Ubermensh、ユーバーメンシュ」たちは、私には目に見えない。それらの「超人」たちは、山の中に住んでいるようである。「超人」たちは、仏教では、山の中に寺院を作ったようである。「超人」たちは、今でもいて、人間は、建物を壊すことはできるが、「超人」たちは、滅んではいない。

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