超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

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岐路に台風あり

2016-10-08 15:15:11 | 出来事
ヒーローのように「当たり年」と言ってはまことに不謹慎だが、今年はやたらに台風がやってきて、各地に被害も発生し心配の多いことである。特に北海道はかつてない自然災害に見舞われ、札幌拠点の施設関係者は大変苦労されたそうだ。風雪害の対策はそれなりに経験の積み重ねがあるが「台風が3つも続けてやって来るとは思わなかったから・・・」皆、口々に深刻な顔をしており、我々も各方面から支援してきたところだ。9月に入って天気予報に渦巻きが現れると「また台風か・・・」とうんざり顔で、やたらに多いような気がするが数だけ見れば、昨年よりは少ないそうである。9月中頃に関東を襲い、鬼怒川を氾濫させて大きな被害をもたらしたのが19号だったから、確かに数だけ言えば去年の方が多い。しかし何よりも印象が強いのは「その進路の悪辣さ」である。太平洋高気圧の位置と偏西風の影響とは聞いたことがあるが、あれほどドンぴしゃり日本列島を縦断しなくてもよいではないか?!確かUターンまでしてきたヤツがあった。

度重なる台風接近に際し、我が家は何かにつけてフラットで外周には吹っ飛ばされそうなものはほとんどないし、すぐ前の川も溢れる(可能性はあったが)ことはなさそうだから、あまり準備などはしないし、タダでさえ最近時間通りにやって来ない鉄道が完全麻痺しているのをニュースで見届けると、無理に駅に向かうこともない。下手に通勤難民に飲みこまれ進退窮まるよりは家でネットが使えれば最低限の仕事は事足りるのである。大雨強風で電車が止まってしまい、新宿駅で「困りましたねえ」とNHKのインタビューを受けているサラリーマンは「ニュースを見ていない」としか思えない・・・今年の長雨台風でやたら迷惑を被っているのは妻で、自転車で最寄り駅に向かうのがすごく大変そうで、何度か送ったことがあった。私のように通勤時間がかかる時はとっくに諦めてしまうが、妻の仕事先はたまたま直線距離は近く、「行けないことはない」から帰って「近くて遠い」苦労をすることになってしまう。

社会生活には一つもいいことをもたらさない台風だが、個人的にはこれまで結構な岐路に関わってきている。はるか小学高学年の時、夏休み終わり頃に両親の故郷である富山に行き、帰る日にたまたま東海地方に台風が直撃して、米原で北陸本線から乗り換えた東海道新幹線が名古屋で止まってしまったことがあった。元々割と「お気楽な」母親はさっさと停車中の「こだま号」を降りて名古屋駅からタクシーで名古屋城、テレビ塔など見物して周り、何か支障があるのかまだ新幹線が動いていないのを知ると、平然と停車中の上り「寝台列車」に乗り込んだ。車掌に事情を話して空いている席を用意してもらうと、くたびれたのかベッドで横になってそのまま寝入ってしまった。私は寝台列車など乗ったことがないから大興奮で、車内を色々と偵察して回ったものだ。今はもう無き?ブルートレインだったが、通路が真ん中になく大きな寝台ベッドが2段に並んだ部屋と端っこの窓側にある通路を行ったり来たりし、食堂車の中もうろうろと歩き回った。新幹線のビュッフェとは違うホントの食堂だったから、子供の私の眼にはものすごく新鮮に映ったのだ。

名古屋観光や寝台列車乗車など台風による僥倖の刺激的な経験を夏休みの「作文」に書いた。確か「台風なんとか・・・」という題名だったと思う。それが選ばれて市の作文コンクールか何かに出展することになってしまったのである。(これこそ僥倖か?!)それ以来、文章を書くのが嫌いだった私が「作文好き」」になったのは言うまでもない。それまであったことを日記のように淡々と書くだけの作文だったが、子供ながら「あざとかった」私は「どうやら、こういう風にひねると大人(教師)が喜んで読むようだ」という要諦を何となく理解してしまった。当時の私は体育と国語が何よりも好きな教科だった。あの台風来襲がなければこの与太話サイトも無かったかもしれないのである。

さて時を経ること数年、私は高校受験生になっていた。サッカーの大会前、練習中の接触から不幸にも左手を骨折し、部活最後の大会を「ふい」にしてしまった。嬉しいような寂しいような不思議な気分だったが、私の不在だったチームは見事市の大会で優勝し、県大会へ進むことになった。これは残念ながら1回戦負けしてしまったが、息子甘辛のように市の選抜チームが編成され、優勝校のメンバである私の名前もあったのだが、「怪我で療養中」ということが分かり、「夏休みの活動には来なくていい」と宣告されてしまった。受験生でもあったので部活引退後はいよいよ勉強モードに入るべきだったのだが、何やら不完全燃焼のまま欝々と休みを過ごし後半を迎えていた。ちょうどお盆くらいの頃、かなり大きな台風がやって来た。たまたま我が家にやって来ていた祖母も富山に帰れずに足止めをくらい、夜になると停電してしまったのだ。祖母は教育に関しては厳格な人で「御膝元にいる」孫たち(つまり私の従兄弟たち)の進学先などをいつも気にかけていた。

台風で遊びに行くこともできず、停電で真っ暗になった子供部屋でいよいよやることがなくなった私は、折れた左手を吊って机の4隅にロウソクを灯し机に向かったのだが,たまたまその姿が祖母の目に留まったらしいのである。夏休みになっていつものように宿題は終えていたが、受験勉強など正直ほとんど手を付けずにいた。台風のせいで停電してしまい真っ暗な部屋で「ロウソクの灯りで勉強する」というシチュエーションが面白かったからそうしただけなのだが、これを見た祖母が(ほとんど勘違いなのだが)感じ入ってしまったらしい。富山に帰った彼女は早速同じ年頃の孫たちを呼び付け説教をかましたそうだ。その親たちにも「茅ケ崎のタロウはえらい。小さい時は悪さばかりしていたが、台風の中でも寸暇を惜しんで勉強に励んでいる。あれなら間違いなく○○に行くだろ。子供たちに見習わせろ」と吹いて回ったらしいのである。○○というのはその辺では少し名の知れた進学校である。ぶっちゃけ夏休みになってもピンと来ていなかった私は、進路相談などが始まっても何となく「もう少し入りやすい海辺の学校」を考えていたのだが、富山に端を発し、この辺にいる噂好きの親類連中(田舎だから結束が固い)の間にも話が独り歩きしてしまった。結局「何か知らんが後に退けなくなって」受験勉強したことが結果オーライを呼んだのである。

さらに時を経ること数年、大学卒業年次を迎えていた私は研究分野の特性もあり、もう少し学業を続ける気でいたのだが、前半3年間の怠惰が祟って単位成績からの自己判定では、希望の専攻に行くにはもう一度入学試験を受け直さなければならない状態だった。何よりも受験モードの頭が鈍りきっていたので夏休みから真面目に試験勉強を始めていたが、お遊びサークルの合宿もしっかり予定に入れてあったのである。8月の終わりに伊豆のペンションといういかにもバブルなお気楽合宿だったのだが、前日に猛烈な台風が来て、残念ながら中止になってしまった。9月に入って早々にシンポジウムで発表することになっていた私は仕方がないので研究室に行って原稿をまとめていた。一太郎というPC用ワープロソフトの出回る少し前のことである。会員番号12番の大きなポスターを貼った自席で手書き作業していると、ふら~っと指導教官のS教授が入ってきた。「ダメ元でいいから推薦書類を申請してみたら」というのである。提出期限はまさしくその当日、後から追っかけ提出してもよい書類はあるが、健康診断書は必着ということだった。私は慌てて近くの市民病院に連絡し、無理やり健康診断を行ってもらって書類をそろえて学生課に持って行った。こらがまたまた結果オーライを呼び込んだのである。考えてみたら、台風が来なければ伊豆のペンションで悠々と遊んでいたはずなので、この僥倖は無かったわけである。

厄災しかもたらさないはずの台風がこれまで要所要所の岐路で不思議に結果オーライを導いてきたが、もちろんホントの厄災も最近はいくつかある。私と揃うと滅多なことで天候は荒れないパワーを持つ息子甘辛だが、まだ小さい時に家族で毎年のように訪れていた南の島で猛烈な台風に見舞われた。島が動いてしまうのではないか?と思われるほどのすごい風で、一歩も外に出ることができなかった。運よく旅程の前半だったので後半は思う存分遊び、無事に成田への帰途につけたが、何と同じ台風がさらに成長して本州を覆うほど拡大し再びやってきたのである。またつい最近では熱海の会場花火大会を見物に母といつものチェーンホテルに宿泊した時に台風一桁号が接近していた。幸い少しだけ速度を落としたので無事開催の運びとなったが、会場までは結構遠く、万が一雨でも降られると厄介なので、オーシャンビューのいい階数にあるのを利用して部屋から眺めることにしたのである。これは素晴らしい眺めだったが、翌日来襲した台風には大変な目に合わされた。朝の早いうちから海や空が荒れ模様だったので早めにチェックアウトして駅に向かったが、すでに手前のアーケードを出る時には横殴りの豪雨と化していたのである。駅にはまだ「運転中止」の案内は出ていない。熱海発東京行きの列車はそれから数分で発車することになっている。これを逃すと止まってしまうかもしれないので、慌てて飛び乗った。

        

雨と風はますます強くなり「こりゃー、大丈夫かいな?」と心配になった。東海道線は大雨が降ったりするとまず熱海~小田原間が運転見合わせとなってしまうのである。しかしどういうわけか(運転士というわけではないだろうが)その日の列車は果敢だった。湯河原までに何度か鉄橋を通過するときに「ふわっ」とするような恐ろしい感覚があって徐行運転になったが、何とか小田原まで辿りつく。ネットで見ると後続の熱海発列車は運転見合わせとなったようだった。「こりゃ、ラッキーだな。ここまで来れば茅ケ崎まで一本で行けるし」我々はホッとしていた。国府津、二宮、大磯・・・・風と雨は変わらずに強いが、あともう少し、平塚まできて「信号待ちでしばらく停車します」というアナウンスが入った。「ま、あとは時間の問題だわな」と軽く考えていたら、何とその直後に運転取り止めのアナウンス・・・!「マジか?!ここまで来て!?あと一駅なのに!」それから2時間車内で待たされる羽目となり、さらに運転再開後も強風のために超徐行運転でまるで歩くスピードのようで苦笑いするしかない経験だった。

先週、関東地方を直撃した台風10何号(たて続けなので忘れた)の時、再び我が家の前の川が氾濫危険水位となって防災アナウンスが流れたが、誰も避難しなかったようだ。(ホントにこれでいいのかなー)ただ若干の杞憂もあったようで、発令後1時間くらいで解除されてしまった。その翌日だったろうか、台風通過時の濁り荒れ狂った水面が嘘のように元に戻り、久々に川沿いを散歩していたら、悪天候でエサが取れずにお腹が空いていたのか、やたらに鳥が忙しく飛んでいた。我が街のシンボルバードも全部で5羽くらい見かけたが、そのうち2羽が珍しくランデブー飛行していたのである。台風一過の影響か面白いこともあるものだ。
振り返ると岐路には台風の影響があったことが分かるが、あくまで「結果オーライ」になっているだけで、やはりあまり悪意のあるコースを進まないように祈りたい。

          
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6 コメント

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Unknown (月美)
2016-10-08 22:33:55
これまでの人生の大事な分岐点で 結果的に台風によって良い方向へ良い方向へと進んでこられたというお話 面白かったです。子どもの頃は 本当の台風の怖さを知らないあまり なぜか台風がもうすぐ来ると聞くと ワクワクした気持ちになった事を思い出しました。小学校の教室では閉まっているはずの窓のサンから激しい雨が 吹き出してきたのを キャーキャー言いながら 雑巾を詰める作業で授業がつぶれることが楽しかったり、中学生の時には定期試験前に やはり台風で停電してしまい ローソクを灯して 勉強したことが懐かしく思い出されました。けれども 各地では様々な被害の様子がTVなどで映し出されると、本当の台風の恐ろしさを見せつけられ、いつも私の生活圏では 大した被害もなく過ぎ去っていたことは 本当に幸いなことなのだと思い知らされます。早く秋晴れの日が続くようになって欲しいものですね。
Unknown (磯辺太郎)
2016-10-09 08:20:07
月美さま

過ぎてしばらくたってから振り返ると何かにつけて台風が絡んでいたようです。たまたま結果オーライばかりで、その時は「人生の岐路」なんて夢にも思ってないのが普通ですよね。
私も子供の頃は台風がくるとワクワクするほうでした。夜に停電するとロウソクやランプの灯りが普段と違う雰囲気を出して・・・机に向かう気もしました(笑)。
我が家のサッシは木製で隙間スカスカなので、横殴りの雨が降ると今だに雑巾詰めますよ。。。
我が家周辺もそうですが、月美さんのお家近くもあまり台風の被害には合われないようですね。人の話によると、水がやってkるのはあっという間で、ホントに恐ろしいもののようです。明日は晴れるようですから、ずーっと海に行っていようかな。
秋晴れが続きますように。
Unknown (小夏)
2016-10-14 21:33:07
こんばんは!
付添任務先のクリニックのベルナール・ビュフェの版画の下でこの回読み込んできた小夏です!う~ん、芸術の秋!?
今年の北海道は本当にお気の毒な惨状でしたね。すみやかな復興を願ってやみません。

ここまで岐路に台風の後押しを受けていた方がいらしたとは!(いとこは伊勢湾台風の日に産れたそうですー 笑)
台風を敵と思わずスイスイと行動されたお母様のおかげでしょうか、台風の神様に見込まれたようです^^不思議なほど導かれているのですね~。このサイトもなんて、、あぁ、台風の神様、ありがとうございます!師匠の走る筆、昔「俺に論文書かせろっ」っていうのありましたよね!アレすごい人だなぁと思いました。

翡翠、ペアの季節ですか 素敵な「季節の発見」ですね^^
Unknown (磯辺太郎)
2016-10-16 12:40:30
小夏さま

恥ずかしながらベルナール・ビュフェという人を知りませんでした。大戦後の有名な版画家なんですね。師匠は美術にも造詣が深いですねえ。
近々、災害時の状況を聞きに札幌に旅立ちます。

振り返ると「後押し」されていたようです。その時は全然気が付きませんでしたが。伊勢湾台風の日とはすごい!暴風波乱に富んだ人生をおくられたのかな。
母は何かにつけてお気楽で、意外に行動力もあったようなのです。台風の神様に見込まれたんでしょうかね。バチだけは当たりませんように・・・
論文・・・ははは、そんなこと書きましたっけ。(汗)ウルトラシリーズならイケるかなー。

青い鳥は速いので中々ファインダーに捕まえるのが難しいです。2羽一緒というのは初めて成功しましたが、ピンボケで残念・・・
Unknown (小夏)
2016-10-20 17:40:39
伊勢湾台風の日のいとこは猪突猛進タイプかな~^^
立派な跡取りとなられました。

ほんとだ、2羽一緒なのですね/hakushu/}サイズが大きいのでメインの方だけ見ていました!あの素早さ、一羽だけでも飛んでいるのを撮るのは大変な事と思います。(以前低空でさ――といった気配だけ感じたもので・・)

Unknown (磯辺太郎)
2016-10-22 07:11:48
小夏さま

はははー。猪突猛進・・・伊勢湾台風ってまっすぐ直撃したのかな。歴史に残る跡取りになられたのですね。

そーなんです。角度的にギリギリ2羽ともファインダーに入ったんですが、何せ動きが早くて・・・
水面近くさーっと飛ぶんですよね。それに気が付いて着地点まで目で追いかけ、そーっと近づきます。

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