ピットブルのハヤコ

ハヤコとかあさん

たった一匹が

2017-03-23 | かあさん

たった一匹が、黒く渦巻く私の心を、救う。

人間ではできない、私の曲がった精神にスルリと入り込めるのは。

こんなことを、私は多々書くが、生きていると、そんな毎日毎日楽しい訳ではなく、そうとはいえ、そんな楽しくない気分を毎日毎日自分で紡ぐのは、ますます楽しくなくなるに決まっているので、適当に感情的にならないようにと、心を殺す。

それは、私なりの自己防衛である。

 

しかし、そんな回りくどい自己防衛は、時に、自ら保てなくなり、自己崩壊しかける。

しかししかし、がんばる精神は、崩壊せぬよう、また、心を殺す努力をするのだ。

そんなことが、たまにはあるさ。たまでなくても、あるさ。

 

殺した心を、ハヤコが、救ってくれるから、いいんだ。

「たった一匹」と言うと、大したことないフレーズに聞こえるかもしれないけれど、たった一匹が、私であるフクザツな人間の心を、確実に救っている、それは、とてもすごい力だと、感じる。

だから、私は、いつもハヤコに、心を許す。そして、縋る。

コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

鎮静剤

2017-03-13 | かあさん

昨日、ハヤコは動物病院で鎮静剤を打って、右目の下にあったイボを取ってもらった。

イボは、ちょっとずつ大きくなっていて、そのスピードは遅いものだけれど、なくなることはなくて、この先もちょっとずつ大きくなるようで、それなら小さいうちにとってやろうと思っていたことを、昨日してもらった。

 

2年ほど前に、歯石取りのためにしっかり麻酔した時に知った、覚醒時のハヤコの体への負担、あの時は安易に麻酔を考えていたことに反省したものだ。

それに比べると、小さなイボを取るくらいなら鎮静剤でよくて、麻酔ほど体にキツイ負担はないという具合に聞いていたものだから、また、私は安易に、小さなイボを取ることにした。

 

その結果は、たしかに、先生の言ったとおり、歯石取りの麻酔からの覚醒に比べたらマシではあるが、私が考えていたほどハヤコが楽ちんではなかった。

やっぱり、覚醒してからしばらくは、だるそうに、しんどそうに、目が虚ろんでいて、鎮静剤も安易に考えてはいけないと、思った。

 

考えようによっては、「別に取らなくていいじゃん」と思うこともできる。しかし、私は小さいうちに取ってやろうということに気持ちが傾いた。

それは、良かったか悪かったか、わからん、と、思う。

 

ただ、そういういい悪いとは別に、私は一喜一憂。

 

ハヤコのしんどそうな姿、時間が経てば元気に戻ると思っていても、早く薬が切れて元気にならないかなと思う。

そして、時間が経ち、薬が切れたようで、目の輝きが戻った姿、オヤツをねだるハヤコ、そのいつもの姿が、うれしかったなぁ。

 

麻酔とか、鎮静剤とか、投与が悪ばかりとは思わない、必要な時は必要だと思っている、ただ、私の裁量でハヤコはその薬を投与される、私の判断がハヤコに繋がる、迷ってばかりもいけないが、安易に考える私もいけないと、また、思った昨日。

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

ヘマ

2017-03-08 | かあさん

少し、日が長くなっているものだから、ここ最近、私がシゴトから帰ってから、近くの山の上のおそらく誰もいない公園へハヤコと散歩に出かけている。

私が期待するところは、「人がいない」というもので、嬉しいことに、やはり誰もいない。

もう少し季節が進めば、そうはいかないんだけどね。

 

そんな人のいない山の上の広場で、私とハヤコは、小さなボールを蹴っては取るという遊びをしていた。

その遊びなかで、私のヘマから、ハヤコをとんでもない目にあわせるところだった。

 

私が蹴ったボールが、ころころころころと広場の端を過ぎて、山の斜面に向かって下り始めてしまった。

ハヤコは、ボールと一緒に山の斜面を下りた、私は「ヤバイ」と感じる。

多少の下りは大丈夫だと思うが、たぶん、少しの下りを過ぎると、留まりがなくなる。斜面はそんなに緩くない。

 

ハヤコが広場から姿を消し、私はハヤコが消えた先に向かいながら足音を捉えようとする、斜面を下ったハヤコに向かってどう言ったか正確には覚えていないが、「ハヤ、行かんでいい」といった具合の言葉を口にしていたと思う、ハヤコを斜面下深くに転がすわけにいかないと、ちょっと慌てた。

 

幸い、斜面を下って4mか5mくらいのところでボールを捉えたようで、その姿にひとまずホッとして、ハヤコに帰っておいでと声をかける。

ハヤコは、ボールを咥えて、私のところへ帰ってこようと斜面を駆け上がり始めた。

 

ところが、下りはよいよいってやつで、上りはたいへん。

山の斜面、何気ない斜面に見えるけど、冬の間の落ち葉が深くて深くて、ハヤコの体が埋まってなかなか登ってこれない。

ハヤコは一度動きを止めるほど。

「ハヤコ、GO」と声をかけて、ハヤコはまた力を出して、広場まで帰ってきた。

 

明るいうちでも山の斜面なんて心細いものなのに、どんどん暗くなっていく中で、山の斜面を転がり続けることになると、非常にヤバイ。遭難だ。

 

私は、落ち葉にまみれて喉に何か入ったらしくしばらく派手な咳をしていたハヤコに、ごめんねー、ごめんねーと、何度言ったか。

 

ヘマは、とんでもないことを引き起こす原因だよ、そう痛感した今日の散歩であった。

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

オカシイ自由

2017-03-07 | かあさん

ハヤコが我が犬娘になってから、冬になると当たり前に見ているから、もう6年、6シーズン、シーズン中ほぼ毎日見ている姿。

見慣れているのだけれど、やっぱり、オカシイ。

部屋のスペースから、ハヤコのハウスである布団の上に、ハヤコの座布団を置いているこの頃、どうもハヤコはこれに対して不満なく、二重布団が心地よいという具合。

 

ヒーターから出てくる温風に満足したあとは、体を涼めるんだろうなぁ、ヒーター前の座布団から離れて、布団の上に転がる。

いつも書くことだが、ハヤコは、自由だ。

ハヤコの自由は、家の中で、許された範囲での自由だ、だから、そんなに広い範囲ではない。

それでも、私は、ハヤコが自由にしている姿を見るのが、可笑しくて、大好きで、とても大事な時間ではないかと、感じることが、あって、もっともっと、こんな時間を手にしていたいと、願うんだ。

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

スマホカメラ

2017-02-20 | かあさん

特別何かを込めた写真ではない。

久しぶりに、私とハヤコが、ハヤコの運動場へと散歩に行った時の一枚。

 

一か月ほど前に、ガラケーからスマホに変えた。ガラケーの前にはスマホにしていた。だから、2回目のスマホ。

 

スマホとスマホの間に、重たい一眼レフを持ち歩くことも覚えた。

 

スマホのカメラは、重たい一眼レフに比べると、性能は到底足元にも及ばず。

しかし、スマホのカメラは、なんてったって、お手軽に撮影できる、持ち運べる、「ついで写真」をついつい撮ってしまう。

それはそれで、いいものだ。

 

なんでもない、散歩の一時を、お手軽に。

コメント (10)
この記事をはてなブックマークに追加

敵は身内から

2017-02-17 | かあさん

ダークな心が生じると、不愉快だ。

不愉快になると、自分の心のためにとてもよくない。

だから、そこそこ分かったフリしていつも不愉快になる気持ちから遠ざかるために、心の距離を置いて辺りを見る、そして、そのポジションは、とても孤独であったりするけれど、怒りに震えることは、そんなにない。

それがいいとかわるいとか、判定するにはちょっとムリな感情だと思っている。

 

歳を重ねながら手にしてきた自己防衛や諦め、ただ怒ればいいものではないことばかりの人間世界で、それでも、従順でいられないことは、あって、そういう感情は、冷静に努めようとすればするほど、冷たく冷たく心が離れて行き、更なる孤独へと突き進む。そして、その進んだ先、表に出せない感情は、ただの噂話となって陰を纏いながら、それぞれ違う場面での真実と真実を結び付ける。

とても、恐ろしいことだ。だが、それが、人間だ、と、不愉快になった心の片隅で、心の陰が何に繋がるのか客観的に考えると、敵は、身内からだと、妙に実感した。

 

そういう感覚、ただただ人間世界で意向の合わない衝突というのはよくあることで。

 

全く繋がりにくいかもしれないが、漠然と、考えた、そういう感情、人間と犬では。

犬には犬の心がある、それを無視して、人間の思い違いな感情を押し付けられると、犬は、人間の押し付けた要求を、聞きたくなくなるだろう。

そして、実際、聞く耳を持たなくなるだろう、聞こえないフリをするだろう、聞こえているくせに。

そうさせているのは、押し付けた者の不愉快な命令であって、従順に、なるわけがない。

 

聞こえているのに聞こえないフリをする、聞こえていないと相手に思わせるほどの徹底した態度、アンタの言ってること聞く気ないよと自己主張もせずに、涼しく無視。

 

身内が敵になる。飼い犬が敵になる、あるな、と、思った。

 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

理由

2017-02-16 | かあさん

ハヤコという、愛しき、存在、よ。

細かい理由は、ない。

大まかな理由は、ある。

 

ハヤコは、私を好きだといってくれるから。

ハヤコは、私を必要としてくれている。

ハヤコは、私がいないと心が小さくなるから。

 

私は、ハヤコが大事だと思う。

私は、ハヤコがいないと、困る。

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

予定変更してまで

2017-02-13 | かあさん

また天気予報が雪雪雪と言っていた。

それを耳にすると、私は、雪遊びに出掛けたくなる。

先週末は、迷った挙句、天気予報の雪雪雪よりも前に入っていた予定を変更して、ハヤコを連れてとうさんと雪遊びに出かけた。

 

そして、また、学習を知らない。

予報で雪だと連発されているときは、じゃんじゃん降ってきて、遊んでるどころでない、また、ゆきが吹雪く中ツッコんでしまった。

いつも行く場所では、とてもじゃないが、遊んでいられない、さっさと退散。

そのあと向かったところでは、吹雪いてはいなかったけれど、そこそこ雪が深くなっていて、ハヤコは、積もった雪に身が沈まって、もんじりもんじりえらい目にあったような顔をする。

だけど、おかまいなしに遊ぼうと誘う私に、ハヤコは。

雪の上に転がる私を、無視。

もう帰ろうと思っていたに違いない、そう感じながら、笑った。

 

雪遊びは、ただただ雪の上を歩くだけだというのに、なんか、楽しいんだ。

コメント (11)
この記事をはてなブックマークに追加

また

2017-02-05 | かあさん

ハヤコには申し訳ないが。

 

二週間前に、大阪へとうさんと私でライブを見に行くために、ハヤコを家へ置いてけぼりで、遊びにでかけてから、たった二週間だよ、また、ハヤコはとうさんと私に置いてけぼりにされて、家で留守番んだった週末。

ハヤコがガンバッテルお留守番に、甘えることを覚えた私たちは、「ゴメンネ」と言いながら、また、大阪へ、ユニバーサルスタジオジャパンへ遊びに出掛けた。

USJへは、とうさんが「行ってみたい」と言い出した、USJで今やっている「クールジャパンが気になる」と言う、「クールジャパン」が開催されるのは期限がある、とうさんのお休みは不規則な面があるから先で機会があるか分からない、行けるときに行ってみようということで、ハヤコにゴメンネゴメンネと連発しながら出かけた。

ハヤコにとっては、どんだけ謝られようが、クソ面白くないと思う、自分が行かれないことは私たちからかけられる言葉で理解はしているが、なんで自分が行かれないかは、どこまで知っているか。

USJを楽しんだ次の日は、ぶらり大阪だった。

その「ぶらり」は、特別に決めていなかった、時間を持て余すくらいの無計画。

そこで、行ってみたのは、「インスタントラーメン発明記念館」、今や世界に当たり前のようにあるインスタントラーメン、我が家もお休みのお昼にはよくお世話になっているインスタントラーメン、日清の最初をへええええと知った記念館で。なんか面白かった。

マイカップヌードルを作れるってことで、カップに絵を書いたり、ラーメンの具を好みで4種類選べたり。

今回のハヤコのへの大阪土産は、インスタントラーメン発明記念館で作った私が描いたハヤコの似顔絵カップヌードルと、新大阪駅で買ったチーズケーキ。

 

もちろん、ハヤコは、チーズケーキにしか興味は持たなかったよ。そりゃそうだ。

 

「また」は、「また」の留守番は、しばらく、なしにしようね。ごめんよ、ハヤコ。そんで、ありがとぉう。

コメント (8)
この記事をはてなブックマークに追加

姿

2017-01-31 | かあさん

今日は、私が少し遅くに帰った。

いつもなら、夕方、車で帰ってくるところ、すっかり暗くなってから、私は我が家から数百メートル坂下のバス停から、ボチリボチリ歩いて帰る。

 

我が家から数十メートルの坂下まで帰ってきた。

ハヤコは、ばあちゃんの部屋の窓の際にいる。

ハヤコは、暗闇のなか、坂下に現れるであろう姿を、凝視している、私の姿を、暗闇に向かって、現れるまで、ずっと、見ているんだろう。

私は、その姿を確認すると、いつも、心の奥の、底の部分が、平らに、静かになる感覚を、知らんぷりできないんだ。

そういう時は、犬に、ハヤコに、とても、心から、感謝を、実感するんだ。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加