ピットブルのハヤコ

ハヤコとかあさん

2016-07-22 | かあさん

転がっているハヤコの姿がカワイイから、写真にとってやろうとカメラを手に取ってレンズを向けた途端。

こっちに向く。

それはそれで、かわいいのだけれどね。

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ろくさい

2016-07-18 | ハヤコ

アタシね、ろくさいになったの。

かあさんね、「はーちゃんのたんじょうびだからケーキかってかえるからね」ってね、けーきかってかえってくれたよ。

けーきね、なかなかあかないの。

けーきね、なかなかきってくれないの。

けーきね、かあさんしゃしんとってばっかりでね、もう。

けーきね、ろうそくつけるってさ、でんきけしたよ。

けーきね、いつになったらたべれるんだろう。

けーきね、かーさんがたのしんでるばっかりでね、アタシ、まってんのにね。もう、もう、もうっ。

ろくさいにね、なったんだって、アタシ。

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記念撮影

2016-07-16 | かあさん

島へ行く用件があったので、朝からハヤコを連れてお出かけをする。

せっかく出かけるのだ、海へ寄って遊んで帰ろうと。とうさんいないから用意は軽くして。

私には水に濡れていいサンダル、ハヤコにはライフジャケット。あとは、濡れた体拭くタオル。

 

ところで、島とは言うが、私が住む広島の瀬戸内は、多くに橋が架けられているから、その気になれば船に乗ることなく車であちこち気軽に島へ渡ることができる。

陸続きとそんなに変わらない。

だがしかし、橋でつながっているからって隣島と同じさなんてことはなく、その島その島の、地形から特産やら集落の雰囲気やら、当然であるが何から何まで特徴が微妙に違うと感じる。

 

本日足を運んだ島は、塩を含んだ湿った海の空気が海岸べりの集落に濃い密度で覆いかぶさっているような島だ。

こんな島は、美味い魚がいただけるのだ。

 

さて、目的の用件が済んだあとは、ハヤコと、更に島の奥へ奥へと、例によって人のいない場所へと向かう。

そして、例によって、ハヤコは浮かない。

自分が浸かれるところまでは、勝手に浸かりにいくのだが、それは川でも海でも一緒で、足の付け根、胸元までで、引き返してくる。

何回かはそれを繰り返したが、そんなに楽しくなくなったら、岩場を登ってみたり。

ライフジャケット、しっかり着用させたけど、いらんじゃないかと、本気で思った。

黄色い、さも目立つライフジャケット、必要なほど、ハヤコは水に入らない。

ライフジャケット着て、陸にばかりいる。

せめてもの、記念撮影。

そして、私に帰ろうと伝えてきただけある、ハヤコが自分の意思で自分の車に向かう姿が、妙に可笑しかった。

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ベランダから客

2016-07-12 | かあさん

先ほどベランダでゴトンと音がした。

我が家は普段から周辺からの物音は少ない。だから、ベランダに何かが落ちてきたことは、すぐに気がついた。

同じくして、ハヤコも気がついて、ベランダの様子を見に行く。

 

私は、面倒くさかったので、「はちゃんー、いいよ出なくってー、えええー、かあさん怖いけん出んよ、いいんよ、大丈夫じゃけん」、なんてちょっとわざと怖そうにしてベランダに出なくていいように演技してみたが、演技がへたくそだったのか、ハヤコは私のことも気になるがベランダも気になるようで、こりゃごまかしは利かないと踏んで、重いからだを動かした。

 

落ちてきたのは、雌のカブトムシだった。めずらしい。こういうのは、何年かに一度あるくらいなものだから、手に取って部屋へ招き入れてみた。

ハヤコは気になって仕方ない、およそ「敵」とみなしていた。

だけど、私に大丈夫だと言われ、攻撃してはいけないと言われ、ハヤコなりに我慢をしながら、カブトムシを警戒していた。

カブトムシ、5分ほどで我が家からお外で帰ってもらった。

 

珍しいお客だった。

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自由なハヤコは、本当に自由なのか

2016-07-08 | かあさん

私は、いつもハヤコの姿を見て、感じることは、「自由だなー」と、一応括りとしては飼い主なのだが、まるで他人事のように、ハヤコが自分の手中範囲ではないかのように、いつも、思う。

でも、多くには、私の手中範囲で、そうでなければ、飼い主とは言ってはいけない面もあると思う。

だが、ハヤコには、ハヤコの世界があって、私は、ハヤコの心を、ハヤコの自由を放任しながら、いつも、ハヤコとひと時、一幕を、過ごしている。

今朝のハヤコ。

それから、私がシゴトから帰って一息も二息もついたあとの、さきほど、夜のハヤコ。

パソコンで遊んでいる私が振り向くと、ハヤコも転がってるが、そこそこ大きなぬいぐるみまで同じように転がっていた。

 

ハヤコは、自由だ、だが、やっぱり、私の手中での自由だ。

それを、ハヤコは、自由とするのか、当たり前とするのか、安寧とするのか。

 

私は、飼い主ではあるが、他人事のように、ハヤコが自由だと呆れるくらい、ハヤコの心を、ハヤコのものであっていいと思う。

だけれども、それは、飼い主が広げられる風呂敷の範囲の中での話だ。

 

私が持っている、広げられる大きさの中で、ハヤコがさほど不満に思うことがなければ、いいな。

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文明の力

2016-07-06 | かあさん

ハヤコは文明の力を知っていて、冬はヒーター、夏は扇風機。

ハヤコは、扇風機から風がくることを知っているようで、よく、私への送風の邪魔をする。

扇風機の周りのぬいぐるみは、ぜんぶ、ハヤコが散らかしたもの。

片づけることもせず、回る扇風機の前でくつろぐハヤコ。

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虐待

2016-07-04 | かあさん

ショッキングなタイトルをつけた。

 

昨日のハヤコととうさん。

梅雨明け宣言はまだだけれど、暑い、これからの夏のテストだと、避暑に川遊びに出掛けた。

泳げないハヤコ、浮けないハヤコ、今年は泳げないか?浅瀬の川にしっかり救命胴衣を着させたハヤコ。

とうさんに言ってみる、「ジャケットの背中の取っ手を持ってハヤコを浮かせてみたら?浮くことを知ったら浮けるかもよ?」

それではやってみるかと、とうさんはハヤコが着ているジャケットの取っ手をつかんでハヤコを浮かそうと試みた。

その姿は、「虐待だ」と、言い出した私が静かに口にしてしまった。

そして、泳ぐことを拒否するハヤコの姿に苦笑する。

 

ハヤコは、体が浮くアイテムを着ているのに、浮くことが、できない。

ハヤコは、本来ものすごい力を持っていて、その力、自分が納得できないことに対しては遠慮なく、出す。

 

ハヤコが小さい頃から思っていることだけれど、ハヤコを力ずくでどうにか動かせるものでない。

なんだってハヤコの心が「その気」にならなければ、ハヤコのことを動かせないんだ。

 

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ワンパターンだけれども

2016-06-29 | かあさん

いつもいつもワンパターンのハヤコの写真を撮っている私が、どうした訳か、少しの間、写真を撮る気にならなかった。

カメラが重いせいか?いんや、それだからとは思えぬ。

いくらハヤコを撮っても、いつも一緒だからだろうか?いつも同じようなハヤコしか、私は撮る腕がない。その自覚からか、努力もせずにできないことを簡単に手放す私が出てきたのだろうか。その方が、自分で理解ができる。

 

だけれども、梅雨のあいま、雨あがりの一日、いつものようにハヤコを連れながら用事が済むと、ハヤコと一歩き。

この日は、出掛けに、カメラを手にしていた。

そして、いつものワンパターンのハヤコの写真だけれども、撮った。

楽しかった。

ハヤコが楽しそうにしている姿を撮るのは、楽しかった。

ワンパターンが、楽しかった。

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強雨

2016-06-22 | かあさん

一昨日の夜だったか、真夜中、やけに雨が降っていた、梅雨だ。

ついでに風まで強く、普段は雨が差し込まない窓を開けていたら、そこから風音とともに雨がじょろじょろ入ってきていて、それに気がついた私は薄暗い中入り込んできた雨水をあわててふき取って、また横になった。

 

それから何時間か経って、私の足元で寝ていたハヤコが、起き上がって階段を下りて行ったのは気がついた、雨音はずっと強いまま。

とりあえず、私は眠たいから横になったままで、ハヤコの足音から行動を知ろうとはした。

が、眠いし、ハヤコ、階段を下りて行ったということはトイレだとは思うが、キライな雨、土砂降りの中、外のトイレにはいかんだろうと踏んで放置していた。

 

神経をずっと尖らせていたわけでないから、数分は眠っている、だけど、ハヤコがバタバタと雨に濡れてイラついている音が、1階から聞こえる。

私のカンは外れた、「ハヤコ、トイレに行ったな。」

また私は起き上がった。

「ハヤコ、おいで。」、2階から声をかけるとハヤコはさっさと上がってきて、私を驚かせ、笑わせた。

 

ハヤコ、大雨の中、外のトイレに行って、ずぶ濡れ、びったんこ。

 

強雨の中、シッコかウンコか知らないけれど、頑張って出て行かなければいけなかったハヤコに、私は、しっかり体を拭いてやることしかなかったよ。

 

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今さら

2016-06-19 | かあさん

とうさんが、出かけ先で言う、「ハヤコを家で留守番させるように慣らさんといけん」、と。

 

私は、何を今さら言っているのか、とうさんの言うことの意図が、イマイチ分からなかった。

とうさんの意図を理解する気もなく聞く、「今さら?」。

 

この日は、休日、とうさんの新しい服を買うために、街へと出かけており、ハヤコをいつものように車で待たせて買い物をしていた私たちだ。

そんな休日は、もうすぐ6歳になるハヤコにとっても、私たちにとっても、少しずつ作り上げた、折り合いのつく世界なのだ。

 

それを、とうさんは、何を思って言うのか。

 

多少は、理解ができる理由を、買い物を終えたとうさんが言う、「エンジンが止まってないか心配なんよ」と。

 

夏場に向かうこの季節、ハヤコを車で待たせるには周囲に気を引けながらもエンジンをかけっぱなしにし、エアコンをつけて車から離れる私たち、しかし、不在の時間の間、もしやエンジンが止まったら、エアコンが止まったら、「もしかしたら」、ないとは言えないトラブルを心配する。

 

だから、私たちは、夏場、せめてもの駐車は屋根のあるところ、影になるところを選び、なるべく早く用事を済ませているつもり。が、それは、つもり。

 

最初から、ハヤコを休日に同行させていなければ、そんな心配は、ちぃっともいらないのだよ。

だから、とうさんが口にした言葉も、表面ではイマイチ分からないが、考えてみれば理解はできる、究極、連れて歩かなければいいのだよ。

そしたら、心配も、リスクもない。

そのとおりなんだ。

 

だけれども、やっぱり、「今さら」、なのかもしれないし、でも、本当にリスクを全消去させるなら「今さら」という概念で済ませるべきでないのかもしれない。

 

そう思うと、「うん、夏は、家にいよう、出かけまい」、そんな、口で言うほど簡単にできもしないことと分かっていても、思わず口にもした。

 

 

だけれども、それは、簡単に、ハヤコを家に置いて出かけることが、私たちの間でできるかどうかは、「今さら」、ハヤコが不満なく理解するかどうかは、どうだろうか。

複雑な気持ち、いや、両極端な気持ちを感じながら、いつものように足早に、ハヤコが待つ駐車場へと向かった。

 

答えは、分からない。

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