ピットブルのハヤコ

ハヤコとかあさん

万古渓、再々々々。そして、釣り堀。

2017-05-14 | かあさん

浮かれた春を過ぎる、夏がすぐ近くまで来そうなこの季節。

どこかへ出かけようと、なんとなく思ってしまう、季節。

私とハヤコは4度目か、とうさんは3度目か、万古渓。

ここはとにかく人がいない。

そして、ちょっとキケン。

滝までの案内があるわけなのだけれど、その滝まで平坦な道のりではない。

急な階段を下るに始まって、石を敷いた遊歩道のような道が続いてはいるのだけれど、滝にたどり着くまでに、3か所はその「なんとなく遊歩道」さえ途切れてしまう。

斜めになった岩肌を歩かなければいけなかったり、岩の間を進まなければいけなかったり、ちょっとキケンなんだ。

だけど、キレイだし。ちょっとした散歩には、結構、いい。

と、4度目。どこか出かけようと考えを巡らせる場所の一つになっていることは、本日訪れた訳なので、間違いない。

さてさて、この万古渓の近くに、釣り堀があって、帰りに寄ってみた。

釣った魚はお金を払って持って帰れる、晩御飯にならないかと。

 

釣り堀、ハヤコも入っていいのか聞いてみて、他の人に迷惑にならないようにすればよいとのことだったので、ハヤコも連れてニジマス釣り。

一竿借りて、とうさんと私とで交互に糸を垂らす。

釣って持って帰るのは我が家の人間1人1匹として、4匹は釣ろうと思っていた。

結果、竿と一緒についてくるエサで釣れたのは5匹。予定より1匹多いのはハヤコの分。

5匹のうち、とうさんが0匹、私が5匹釣った。

 

釣り堀で、魚が釣れないとうさん、私はハヤコを傍らにキャハハと高笑いな、今日の午後だった。

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ジャージ

2017-05-12 | かあさん

とうさんが、私に向かって意気揚々と言う。

「ハヤコの散歩用の短パンがいるっ」

 

とうさんが私に説明するには、スポーツ用品店からセール「商品20%割引」のメールが届いたそう。

だから、とうさんは私にアピールする。

 

ハヤコのための用品であれば、私がすぐに乗っかると思っているとうさん。

それは、間違ってはいない。私は、ハヤコに関するグッズは、うっかり買ってしまうクチだ、自覚がある。

 

だが、本日とうさんのアピールは、「ハヤコ」を強調し過ぎだ、さりげなさが全くない。

とうさん、失敗。

失敗なのだけれど。

 

ジャージが好きなとうさん、ジャージが似合うとうさん、ジャージ姿のとうさんとハヤコは、私とハヤコとでは生まれない空気を纏って、散歩に出かける。

その姿が好きな私だ、本当はハヤコとの散歩のためでなくても、わざとらしくアピールしなくても、ハヤコと散歩のためのものとして、しっかりハヤコと散歩してもらうために、散歩用ジャージを買いに行きやすで。

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再開

2017-05-10 | かあさん

しばらく我が家のパソコンの前から遠ざかっていた。

原因はいろいろあるが、そのいろいろと繋がる発端、小さいようでとても大きいきっかけ。

 

ばあちゃんが治療のため入院していた、ばあちゃんの病気は今に始まったことではないが、入院となると、やはり我が家がグラつく。

普段ばあちゃんが家にいるからこそ、私たちがそこそこに自由と便利さを手にしているのだが、たちまちそれがなくなるのだ。

残された家族は、それぞれにやらなければならないことが我が身に降りかかる。

 

まず、我が家で一番大変なのは、一番手のかかるジジイだ、ジジイは、自分の身の回りのことは、ロクにできない。それだからこそ、ばあちゃんがいないとなると、威張り散らして我がままを言う相手がいなくなる、我慢の日々でしかない。

次に、ハヤコである。いつもは家のどこかにばあちゃんがいることは、知っている。ばあちゃんが買い物に出かけても、そんなに長い時間ではない。しかし、ばあちゃんが朝から晩までいないとなると、ハヤコは、毎日毎日、お留守番の時間が長い。ハヤコは、頑張って一犬で留守番をしなくてはならない。

とうさんも、地味にやらなければいけないことが増える。普段はシゴトから帰ると、フロ入ってビール飲んでテレビ見て寝るだけなのだが、フロ掃除して洗濯物たたんでから、ようやくフロに入れる。

そして、私だ。 一日がやけに早く過ぎたなー。

 

今は、ばあちゃん退院して家にいる。家でゴロゴロしていればいい。

バリバリに家事はできないし、どこかヨロヨロしているけれど、少なからず、我が家の一員それぞれに、余裕ができるはずだ。

 

さて、そんな数十日を過ごしていた中、ある意味息抜きになったことがある。

ハヤコのお友達から声をかけていただいて、広島フラワーフェスティバルのパレードにハヤコととうさんと参加させていただいた。

平和大通りを歩く。

私はせっかくのパレードだと、100均でパーティに使うようなレイを買って、ハヤコの首に飾った。

ハヤコが笑っているのと同じくらい、私は笑顔になりながら、首飾りが可愛く似合うとご満悦。

しかし、誰かが言った、「土佐犬のチャンピオンみたいね!」と。

私は、笑った。飼い主バカの私には、お姫様、いや言い過ぎ。ゴージャスなお嬢さまくらいにしか見えないのだ。

私には客観的な見方は全くできていないということだ。

それを理解した途端、またまたハヤコが、可愛く見えた。

 

ハヤコ、笑顔で、再開。

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それでも

2017-04-17 | かあさん

先週末、結構久しぶりに、ハヤコを連れてドッグランへ遊びに行った。

 

土曜日の昼間、まだ時間が早かったせいもあって、到着時には我が家だけ。

ハヤコは、ドッグラン、全く見知らぬ人でも犬でも、誰かに会えることができるから、好きなのであって、誰もいないと、ちょっとガッカリして、広いドッグランの中を意味もなく走ったりするわけもなく、私たちの周りで、誰かが来るのを待つ。

この日は、少しの待ち時間で、お友達にも会えたし、ほかに数組ドッグランに入ってきてくれた。

 

我が家は、すぐ近くにドッグランがないこともあって、頻繁には利用していないけれど、ドッグランで遊んで思うことがある。

それは、「いろいろな飼い主と犬がいるなー」ということ。まあ、それはもちろん、私とハヤコもその一組であって。

 

そしてもうひとつ、ドッグランでは、私は、結局、ハヤコに我慢を強いることになる。

「ハヤがやったらいけん」、口にすることになる。口にしていない部分も含めると、「ハヤはヤラれても、やったらいかん」ということを伝える。

 

それでも。

ハヤコは、「人」「犬」に近づくことができることが、心から楽しいらしい。

とても、いい顔をして、遊ぶ。

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一日一日

2017-04-13 | かあさん

毎年、同じように感じることがある。

一日一日が同じってことはあるわけないのだけれど、一日一日を集めて三百六十五日、一年という大枠にはめてしまうと、一年単位で繰り返している、「サイクル」を、感じる。

この時期がその一つで、私の場合、シゴトのサイクル、年度末から年度始めは、妙に一日一日が早く過ぎる。

 

ハヤコは、「忙しい」と感じる、一日って、あるのかな?

私は、朝、出かける前、必ずハヤコに声をかける。私の準備が整う2階、ハヤコの布団がある部屋で。

「ハヤー、かあさんオシゴト行ってくるけんね、イイコで待っといて。」

そして、ハヤコがうらやましくて、言葉に出てしまう。

「ハヤはいいなぁ、かあさんもお家にいたい。ハヤコと一緒にいたいなぁー。」

そう言いながら、ハヤコに抱きついてしまう。

 

ハヤコは、たぶん、いつもの儀式だと思っているかもしれない。

儀式が終わるとかあさんが家から出て行く、かあさんがシゴトへ出かける、それを、すっかり知っているわけなので、ハヤコは慌てない。

玄関まで私の後をついてきて、ハヤコなりの「いってらっしゃい」を、笑いもせず、座りもせず、私に静かな目を向ける。

 

ハヤコの一日一日、多くは、この繰り返し。

 

私は、ハヤコの一日一日は、私以上に同じような繰り返しだけれど、その同じような一日一日が、そこそこの我慢であってくれれば、「まあ、いっか」っていう一日でいてくれたら、諦めという逃避ではない、かあさんたちとの一日をハヤコの一日に、得心してくれたら、いいなと、思うところがある。

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たった一匹が

2017-03-23 | かあさん

たった一匹が、黒く渦巻く私の心を、救う。

人間ではできない、私の曲がった精神にスルリと入り込めるのは。

こんなことを、私は多々書くが、生きていると、そんな毎日毎日楽しい訳ではなく、そうとはいえ、そんな楽しくない気分を毎日毎日自分で紡ぐのは、ますます楽しくなくなるに決まっているので、適当に感情的にならないようにと、心を殺す。

それは、私なりの自己防衛である。

 

しかし、そんな回りくどい自己防衛は、時に、自ら保てなくなり、自己崩壊しかける。

しかししかし、がんばる精神は、崩壊せぬよう、また、心を殺す努力をするのだ。

そんなことが、たまにはあるさ。たまでなくても、あるさ。

 

殺した心を、ハヤコが、救ってくれるから、いいんだ。

「たった一匹」と言うと、大したことないフレーズに聞こえるかもしれないけれど、たった一匹が、私であるフクザツな人間の心を、確実に救っている、それは、とてもすごい力だと、感じる。

だから、私は、いつもハヤコに、心を許す。そして、縋る。

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鎮静剤

2017-03-13 | かあさん

昨日、ハヤコは動物病院で鎮静剤を打って、右目の下にあったイボを取ってもらった。

イボは、ちょっとずつ大きくなっていて、そのスピードは遅いものだけれど、なくなることはなくて、この先もちょっとずつ大きくなるようで、それなら小さいうちにとってやろうと思っていたことを、昨日してもらった。

 

2年ほど前に、歯石取りのためにしっかり麻酔した時に知った、覚醒時のハヤコの体への負担、あの時は安易に麻酔を考えていたことに反省したものだ。

それに比べると、小さなイボを取るくらいなら鎮静剤でよくて、麻酔ほど体にキツイ負担はないという具合に聞いていたものだから、また、私は安易に、小さなイボを取ることにした。

 

その結果は、たしかに、先生の言ったとおり、歯石取りの麻酔からの覚醒に比べたらマシではあるが、私が考えていたほどハヤコが楽ちんではなかった。

やっぱり、覚醒してからしばらくは、だるそうに、しんどそうに、目が虚ろんでいて、鎮静剤も安易に考えてはいけないと、思った。

 

考えようによっては、「別に取らなくていいじゃん」と思うこともできる。しかし、私は小さいうちに取ってやろうということに気持ちが傾いた。

それは、良かったか悪かったか、わからん、と、思う。

 

ただ、そういういい悪いとは別に、私は一喜一憂。

 

ハヤコのしんどそうな姿、時間が経てば元気に戻ると思っていても、早く薬が切れて元気にならないかなと思う。

そして、時間が経ち、薬が切れたようで、目の輝きが戻った姿、オヤツをねだるハヤコ、そのいつもの姿が、うれしかったなぁ。

 

麻酔とか、鎮静剤とか、投与が悪ばかりとは思わない、必要な時は必要だと思っている、ただ、私の裁量でハヤコはその薬を投与される、私の判断がハヤコに繋がる、迷ってばかりもいけないが、安易に考える私もいけないと、また、思った昨日。

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ヘマ

2017-03-08 | かあさん

少し、日が長くなっているものだから、ここ最近、私がシゴトから帰ってから、近くの山の上のおそらく誰もいない公園へハヤコと散歩に出かけている。

私が期待するところは、「人がいない」というもので、嬉しいことに、やはり誰もいない。

もう少し季節が進めば、そうはいかないんだけどね。

 

そんな人のいない山の上の広場で、私とハヤコは、小さなボールを蹴っては取るという遊びをしていた。

その遊びなかで、私のヘマから、ハヤコをとんでもない目にあわせるところだった。

 

私が蹴ったボールが、ころころころころと広場の端を過ぎて、山の斜面に向かって下り始めてしまった。

ハヤコは、ボールと一緒に山の斜面を下りた、私は「ヤバイ」と感じる。

多少の下りは大丈夫だと思うが、たぶん、少しの下りを過ぎると、留まりがなくなる。斜面はそんなに緩くない。

 

ハヤコが広場から姿を消し、私はハヤコが消えた先に向かいながら足音を捉えようとする、斜面を下ったハヤコに向かってどう言ったか正確には覚えていないが、「ハヤ、行かんでいい」といった具合の言葉を口にしていたと思う、ハヤコを斜面下深くに転がすわけにいかないと、ちょっと慌てた。

 

幸い、斜面を下って4mか5mくらいのところでボールを捉えたようで、その姿にひとまずホッとして、ハヤコに帰っておいでと声をかける。

ハヤコは、ボールを咥えて、私のところへ帰ってこようと斜面を駆け上がり始めた。

 

ところが、下りはよいよいってやつで、上りはたいへん。

山の斜面、何気ない斜面に見えるけど、冬の間の落ち葉が深くて深くて、ハヤコの体が埋まってなかなか登ってこれない。

ハヤコは一度動きを止めるほど。

「ハヤコ、GO」と声をかけて、ハヤコはまた力を出して、広場まで帰ってきた。

 

明るいうちでも山の斜面なんて心細いものなのに、どんどん暗くなっていく中で、山の斜面を転がり続けることになると、非常にヤバイ。遭難だ。

 

私は、落ち葉にまみれて喉に何か入ったらしくしばらく派手な咳をしていたハヤコに、ごめんねー、ごめんねーと、何度言ったか。

 

ヘマは、とんでもないことを引き起こす原因だよ、そう痛感した今日の散歩であった。

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オカシイ自由

2017-03-07 | かあさん

ハヤコが我が犬娘になってから、冬になると当たり前に見ているから、もう6年、6シーズン、シーズン中ほぼ毎日見ている姿。

見慣れているのだけれど、やっぱり、オカシイ。

部屋のスペースから、ハヤコのハウスである布団の上に、ハヤコの座布団を置いているこの頃、どうもハヤコはこれに対して不満なく、二重布団が心地よいという具合。

 

ヒーターから出てくる温風に満足したあとは、体を涼めるんだろうなぁ、ヒーター前の座布団から離れて、布団の上に転がる。

いつも書くことだが、ハヤコは、自由だ。

ハヤコの自由は、家の中で、許された範囲での自由だ、だから、そんなに広い範囲ではない。

それでも、私は、ハヤコが自由にしている姿を見るのが、可笑しくて、大好きで、とても大事な時間ではないかと、感じることが、あって、もっともっと、こんな時間を手にしていたいと、願うんだ。

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スマホカメラ

2017-02-20 | かあさん

特別何かを込めた写真ではない。

久しぶりに、私とハヤコが、ハヤコの運動場へと散歩に行った時の一枚。

 

一か月ほど前に、ガラケーからスマホに変えた。ガラケーの前にはスマホにしていた。だから、2回目のスマホ。

 

スマホとスマホの間に、重たい一眼レフを持ち歩くことも覚えた。

 

スマホのカメラは、重たい一眼レフに比べると、性能は到底足元にも及ばず。

しかし、スマホのカメラは、なんてったって、お手軽に撮影できる、持ち運べる、「ついで写真」をついつい撮ってしまう。

それはそれで、いいものだ。

 

なんでもない、散歩の一時を、お手軽に。

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