ニュートンリング模型日和

見習士官どれみちゃんです。
大正7年「炎熱ト作戦 : 附・天候ト戦例」が面白い

さらば、天満橋陸軍予備士官学校

2017-03-18 22:41:17 | イベント
今日はいつもお世話になっている大阪は天満橋の軍装パーティに参加してきました。
4月から勤務地が関東になるため、関西とのしばしの別れを惜しむ旅になりました。
新幹線の車窓を過ぎていく景色に、学生生活を名残惜しく思うのでした。
主催のみやっちさんをはじめ、見送ってくれたペニヤンJr.と皆様に感謝いたします。
(記事中の写真で問題があればご連絡ください)



今回はペニヤンJr.と共に神戸は元町高架下にある中川美術にも行ってきました。
閉店が噂されていましたが、まだしばらくは土日に絞って営業は続けるようです。
お店の方にお茶菓子を頂きながら、色々とお話を伺いました。
偶然居合わせたコレクターの方に、実物の戦闘用試製帽(眼庇無タイプ)を見せていただきました。
まさか実物が現存しているとは思いませんでした。


■パーティの様子
いつも通り、にぎやかな雰囲気です。料理もおいしいので箸が止まりません。
社会人の先輩方とお話させていただくいい機会になりました。





■さらば、天満橋陸軍予備士官学校
今回も先週の九州合宿に続き見習士官をやりました。
毎度のことながら服は綿製冬衣袴です。特別徽章はいわゆる「座金」です。
見習士官=革脚絆と思われがちですが、基本的には徒歩兵なら巻脚絆、乗馬兵は長靴(革脚絆)だと思います。
記念写真などは見栄えを考慮して革脚絆を用いていることが多いように感じられます。



また、軍帽と略帽は昭和18年10月12日勅令第七百七十四号に従うなら、頤紐及び頤紐釦は将校に同じです。
一部の従軍体験記を読むと、将校略帽の使用を咎められた話もあり、下士官兵用でも問題ないと考えています。
ペニヤンJr.に将校略帽を借りてみました。さすが篠原製、いいシルエットです。



最後に、見習士官で集合写真を撮りました。
左から野戦装備のみやっちさん、ペニヤンJr.、自分です。
今日のペニヤンJr.は九州合宿に引き続き将校服を着た見習士官です。
これは昭和19年4月17日陸普第一五三六号により定められる服制に基づいています。
具体的には、見習士官及び少尉候補者は任官前に将校准士官の制服と長靴を用いてよいとなります。
ただし、袖の星章を除き、刀帯は衣の上から着用します。
写真からわかるように、剣留がないため、刀帯がずり下がってしまいます。
昭和20年6月10日陸普第一二九〇号により、刀帯は衣の下に著用するように改められます。
なお、鉤鎖(釣鎖/グルメット)は昭和15年勅令第五八五号により、騎兵科将校以外も使用が公に許可されます。




■まとめ
新幹線の時間が迫っていたので、残念ながら途中退席となってしまいました。
本当に軍装という趣味をやっててよかったと思える一日でした。
この道何十年という方々のお話を聞かせてもらうと、この趣味の奥深さに改めて気づきます。
「軍装道は10年やっても初心者」と言われる理由がわかった気がします。
新しい発見や、人との出会いがこの趣味を続ける一番のエネルギーになるのかなと思います。


ではでは。
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