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見習士官どれみちゃんです。
大正7年「炎熱ト作戦 : 附・天候ト戦例」が面白い

実物 日本陸軍新式水筒/口栓考察/複製 水筒紐(昭五式)伊号・呂号 

2017-05-19 19:20:05 | 日本陸軍 新式水筒
*2015年2月1日に投稿した記事を2017年2月21日修正
*H29 5/19 水筒本体の塗装色に関する考察を追加

◆はじめに
九四式水筒という名称は間違いですので気をつけてください。
そもそも、水筒本体、水筒紐(ハーネス)、水筒口栓(キャップ)はそれぞれ制定年が異なります。
ゆえに、本体・ハーネス・キャップをセットで「〇〇式水筒」と表記することはできません。
伊号水筒・呂号水筒・波号水筒、甲号・乙号などもまったくの間違いです。
今回は本体の形状、刻印、塗装色、口栓、水筒紐の構造を簡潔にまとめました。
水筒は定番アイテムでありながら考察が不十分で、不明な点が多いです。
また、この記事は現存する資料から推察できることをまとめています。
あくまでも考察の目安としてお読み下さい。

(1)水筒本体
本体は水筒筒(スイトウヅツ)や単に水筒と表記されます。
明治31年制定の水筒にかわり、昭和5年11月12日に容量を増加させた新式水筒が制定されます。
これを便宜上「昭五式」と表記することにします。
丸みを帯びた外見からマニアの間では「アンパン型」や「だるま型」と呼ばれます。
これは昭和14年5月31日に改正され、「九九式」となります。
左が昭和13年製造品の「昭五式」、右が昭和15年製造品の「九九式」です。



また、昭和14年7月5日に規格低下品として「ロ号」が制定されます。
本体形状は生産された時期やメーカーによって微妙な差異があり、直接的な比較は難しそうです。
左が「昭五式」、右が昭和18年製造品の「ロ号」です。



(A)昭五式
まず、昭和9年製造品である「九四」の刻印があるものを示します。
「九四式水筒」などという根拠不明の俗説の根源こそ、この「九四」の刻印であると考えられます。
(これはこれで珍しいので、俺的軍装重要文化財に認定しました)
制定当初の刻印は未確認ですが、昭和5年制定の二重飯盒と同じなら、メーカーの刻印だけと考えられます。
日本アルミの納入印であるツルマークの上には、社名が右書きで「ミルア本日」と刻印されています。
一説には、昭和14年以降から文字はなくなり、ツルマークだけになるようです。



こちらは検査印がよく残るものです。(KNEI君所持品)
底面には大阪アルミの納入印と、製造年が「九八」と皇紀で刻印されています。
その右隣には「昭13」と検査印が捺印されています。
不鮮明ですが、「昭13」の右隣には縦書きで「大支」と読むことができます。



「昭五式」の塗装は剥離しやすいようで、本体にはレンガ色の下地がみえます。
塗装がよく残る実物と比較すると、写真上側の茶色い部分がオリジナルの塗装であると考えらえれます。
「昭五式は旧式水筒と同じ茶褐色塗装」という説は、現時点では確からしいとは言えなくなりました。
ただし、塗装に関する資料を発見していないため、完全否定することはできません。



(B)九九式
「昭五式」を昭和14年5月31日に改正したものです。
一般的にいわれている大きな改正点はアルマイト加工です。アルマイト加工とは、金属表面の防腐処理です。
昭和14年に理研での特許が切れたアルマイト加工技術を軍が導入したといわれています。
いつ頃から全ての水筒の表面処理が改められたかは現在調査中です。
以下に仕様書を示します。ただし、これは制定当初のものを示しているわけではありません。
資料は更新されるた度に古い情報が廃棄されていくからです。
口栓に関して記載がありますが、もう少し具体的な形状を知ることはできないのでしょうか。



納入印や製造年、検査印に関しても細かく指定されています。
製造年の刻印は「昭十五」「二六〇〇」「二六〇一」などもあります。



こちらの水筒には昭和15年製造品を示す「二六〇一」の刻印があります。検査印は消えています。



下地塗装と塗料については現在調査中です。



(C)ロ号
いわゆる規格低下品に該当します。昭和14年7月5日に制定されます。
以下に仕様書を示します。これらも制定当初のものを示しているわけではありません。
「九九式」の仕様書と比較してみてください。
口栓は後述する「ロ号(木栓)」と指定されています。



「ロ号」を示す刻印を施すように指定されています。
その他は「九九式」と同じようです。



こちらは「ロ号」の底部です。仕様書と比較してみてください。
納入印(大阪アルミ)の右隣には消えかかっていますがロ号の刻印(〇の中にロ)があります。
その下には製造年を示す「昭一八」の刻印があります。
検査印の捺印(エナメル塗料)は消えています。




★本体の塗装色について(資料提供:KNEI君)
新式水筒の塗装色は不明な点が多いです。
制定当初は旧式水筒と同じ茶褐漆塗装であったとする説は裏付ける根拠がありません。
以下に昭和13年から17年の間に製造された昭五式、九九式、ロ号を示します。
写真を見る限り、塗装色の大きな変化は一貫して無いようにみえます。
左端の昭五式と、右端の九九式にはレンガ色の下地塗装が確認できました。
レプリカを再塗装する場合、タミヤカラXF-62オリーブドラブとXF-9ブラウンを1:1で混ぜるとよいでしょう。
自分はチョコボールのような半光沢仕上げにしています。
塗料の成分と制定当初の色に関しては現在調査中です。



他に確認できる塗装のバリエーションには下記のようなものがあります。
(1)光沢の有るなめらかな明るい黄土色系の塗装
(2)光沢の無いなめらかなこげ茶色の塗装
(3)光沢の無いザラザラしたこげ茶色塗装
(4)半光沢のよくみられる茶色塗装

(2)代用材料について
アルミニウムに代わって、昭和15年には鉄が代用素材として用いられるようになります。
昭和15年標題「陸軍服制第5条に依る服制並装具の制式中改正の件」(陸達第75号)






(3)口栓について
水筒口栓はバリエーションがあり、呼称や制定年が異なります。
資料が少なく昭和5年~昭和14年まで不明な点が多いですが、軍装の設定を組む上で非常に重要です。

(A)ドーム状の口栓覆金と円形の釻を持つもの
まず、旧式水筒に用いられているものを示します。
ドーム状の口栓覆金と、円形の釻(かん/リング)が特徴的です。



こちらは大正6年「被服手入保存法」より引用した図です。
口栓の形状は実物をよく模写しています。



これに類似した形状の口栓が「昭五式」と組み合わされている例を示します。
「類似した」と表現したのは旧式水筒と完全に同型とは断言できないからです。
一枚目は昭和初期の満州事変期に撮影されたものです。
旧式水筒の口栓に似ていますが、口栓覆金はやや平らにみえます。(特に一番下の水筒)



こちらは口締革(口締紐革)の拡大写真です。
口締革は口栓を固定する革紐のことです。口締紐革も同じものを指します。
一説には初期の口締革の幅は狭かったといわれています。
写真では、現存する大戦後期の実物や複製品よりも細くみえます。
いつごろから幅が変わっていったのかは不明です。



次の写真は、記録から昭和12年10月以降に撮影されたと推定できるものです。
ドーム状の口栓覆金と円形の釻がわかります。
塗料は剥離してアルミ地肌がむき出しになっているようです。
口締革は幅の狭いタイプのものが依然として用いられているようです。





HIKI製の複製水筒と旧式水筒の口栓を組み合わせるとこのようになります。
遊びで使うには十分だと思います。気になる方は水筒本体を再塗装してもいいと思います。







「昭五式」の口栓は、現存する資料からは形状を決定できないようです。
飲口の内径は個体差の影響を考慮して省略します。
さらに、以下の補給物資の資料から何かしらの新旧の区別がされていたことが推察できます。

1.昭和7年1月 標題「被服品第21次追送の件」(C04011115500)
「水筒紐口栓共(新式品)」の記載あり

2.昭和8年5月 標題「被服品第114次追送の件」(C01002875400)
「新式水筒筒」「新式水筒紐口栓付」の記載あり

3.昭和11年1月 標題「被服品追送の件」(C04012268600)
「新式水筒口栓」「新式水筒口栓口締紐革」の記載あり

そして、昭和14年以降も上記のような新旧の区別がされた資料を確認できました。
何を以って新旧を区別しているかは今後の課題とします。

4.昭和14年7月6日 標題「戦用被服補填に関する件」(C01007731500)
「水筒紐」「水筒紐口栓付」「同旧式」の記載あり

5.昭和14年9月25日 標題「被服補修材料交付に関する件」(C04121406300)
「水筒口栓(新)」「水筒口栓」の記載あり 

6.昭和14年11月2日 標題「被服交付に関する件」(C04121566800)
「新式水筒(口栓 紐 口締革)」「旧式水筒口栓」の記載あり

7.昭和14年12月19日 標題「被服、補修材料交付に関する件」(C04121742400)
「新式水筒口栓」「旧式水筒口栓」の記載あり 

(B)平らな口栓覆金と楕円型の釻を持つもの
具体的な制定年月日や改正は不明で諸説あるようです。
自分は制定の旨を記した資料や、仕様書の発見には至っていません。
口栓眞金は「カシメ」留、釻は口栓眞金に溶接されています。
塗装色は半光沢の茶色です。



ここで、昭和13年に確認された実用例を示します。
まず、下の図は張鼓峰事件において撮影された写真です。(撮影日:昭和13年8月11日)
矢印の先端部分に楕円型の釻が確認できます。円形の釻が潰れたものではなさそうです。
口締革の幅は、釻の幅にあわせて広くなっているように感じます。
むしろ、口締革の幅を広くしたため、釻の形状が改められたとも考えられます。
当然ながら水筒本体は「昭五式」です。



さらに、昭和13年9月末に大陸戦線で撮影された写真を示します。
写真が不鮮明であるため、根拠にはやや乏しくなります。
平らな口栓覆金が写っており、矢印先端の釻は横に広いようにみえます。
コルクが痩せてしまったのか、口栓は深く挿入されているようにみえます。



(C)針金で構成された輪を持つもの(詳細不明)
時々、針金で構成された輪を持つ口栓がネットオークション等で確認できます。
中田商店の本にもそれと思わしきものがあったので写真を引用します。
この口栓に関しても不明確な要素が多く、実用例も含めて調査が進められているようです。



形状の類似した物の参考として、将校水筒の口栓を示します。
普段は水呑(コップ)の下にあって見えませんが、これもバリエーションがあるようです。



(D)ロ号(昭和15年制定)
木栓です。これ以降、規格低下品に該当するものが制定されていくようです。
中田の複製品をサンプルに示します。よく形状を再現していると思います。





(E)ハ号(昭和17年制定)
コルク栓です。口栓覆金と釻が一体になっています。



(F)ゴム栓(仁号)(昭和18年制定)
ゴム栓です。現存する多くが経年劣化で崩壊しています。




(4)水筒紐について
水筒形状の変化に伴い、新しいハーネスも制定されます。
それが「水筒紐(昭五式)」です。(制定当初は「新式水筒紐」と呼ばれていたようです)
後に、昭和5年制定(昭和6年改正)「伊号」、昭和16年改正「呂号」、昭和17年改正「波号」と区分されます。
昭和18年の改正は詳しく調べていないのでわかりません。



(A)水筒紐(昭五式)伊号
以下の図は陸軍被服品仕様聚(追録第2回)より引用しました。
口締紐革と共に口栓が側面から描かれています。
釻の形状は不明ですが、口栓覆金は平らです。



制定当初、口締紐革(口締革)を固定する尾錠は片方にしかありませんでした。
図は昭和5年標題「被服、装具の制式規定の件」より引用しました。



これは昭和6年に改正され、尾錠が左右になります。
官報1931年09月30日より引用した図は全体の形状を把握しやすいと思います。
商品と比べてみてください。



改正理由は以下の通りです。
昭和6年標題「陸軍服制第5条に依る服制並装具の制式中改正の件」より引用しました。





ちなみに、昭和15年の資料では口締紐革は14 mmと、昭和17~20年の図面に比べて1mmほど幅が狭かったようです。
「標題:被服補修材料交付に関する件」

*確証が持てないため消去

ここで、さらに他のバリエーションも紹介します。
(B)水筒紐(昭五式)呂号
昭和16年に登場します。サンプルとして中田製の複製品を示します。
中田製は形状をよく捉え、丁寧に裁縫されています。







昭和16年 陸達第八十二号中「兵務課 昭和5年陸達第8号中改正の件」に改正の旨を示す記載がありました。
水筒口栓を口締革ではなく、綿製平打紐で固定します。
この時点では、まだ釣紐の長さを調節する金具は残っています。



(C)水筒紐(昭五式)波号
一切金具を使っていません。徹底的に金属資源を節約しています。




(5)出動時の装着方法について
昭和15年~昭和18年頃の資料よりイラストを引用しました。
(「下士官以下出動時軍装装着一覧表」より)
あくまでも一例なので、例外はあります。部隊によっても指導方法は異なります。
図を見ると、釣紐は正面側では帯革の上を通し、背面側では帯革の下に通しています。
雑嚢、水筒、防毒面携帯袋(被甲嚢)の順に身に着けるとよいと思います。



■拳銃を装備する場合
拳銃嚢を装備する場合は、一般的に拳銃嚢の反対側に水筒を装備するといわれています。
戦車兵などは雑嚢と拳銃嚢は左肩から右腰、水筒は右肩から左腰に装備しています。
順番は雑嚢、水筒、拳銃嚢がよいと思います。拳銃嚢の負革と、雑嚢の釣紐は重ねない方が美しいです。
当然ながら戦地では例外もあり、同じ方向に装備している例も多々あります。



水筒と拳銃嚢の位置関係の理由は不明ですが、旧来の乗馬兵の著装法に由来しているのではないかと思います。
昭和11年「野砲兵第七聯隊学術科教程」中のイラストも水筒は左腰、拳銃嚢は右腰にあります。
水筒、銃剣、眼鏡(双眼鏡?)、拳銃の順に身に着けるように指示があります。
(イラスト中の水筒は旧式水筒、水筒紐革は乗馬兵用と思われる)




(6)まとめ
旧式水筒に続いて、新式水筒の変遷をまとめました。
まだまだ考察不十分な点もあるかもしれませんが、気づき次第訂正していきます。
この記事を書くにあたり、協力してくださった方々に感謝いたします。



ではでは。



H27 9/11
水筒口栓に関する資料を小宮 寧様より提供していただきました。
この場を借りて、御礼申し上げます。

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