ニュートンリング模型日和

持ってるか持ってないか、それだけ

中田製 二十六年式拳銃属品/複製 懸紐

2015-12-26 20:16:51 | 二十六年式拳銃
(1)二十六年式拳銃属品一例(大正11年以降)
図は二十六年式拳銃の属品の一例です。
なお、「さく杖」は所持していませんので、図中にはありません。
大正11年以降をイメージしています。



大正11年に革具(嚢・携帯革・帯革)が黒から褐色になり、懸紐(ランヤード)が紺から茶褐色になります。
同年に、弾薬盒も制定されます。弾薬盒の制定は大正11年です。

図中の名称は明治36年の資料より引用しました。
「砲兵課 二十六年式拳銃保存法制定の件」
以下、記事中でもこの名称を用いますが、適宜補足いたします。
ちなみに、携帯革は十四年式/九四式拳銃嚢では「負革」と名称が変更になります。
(後に二十六年式拳銃の携帯革も負革に名称が変更されます)



余談ですが、明治41年まで憲兵には携帯革と帯革は支給されていませんでした。
文献によれば、直接腰のベルト(刀帯?)に嚢だけを装着していたようです。

(2)嚢(ホルスター)
中田製の拳銃嚢です。重量感のあるしっかりとしたつくりです。
付属の携帯革もしっかりとしたつくりです。
明治33年の資料では、携帯革の孔の数を増やしたようです。
「二十六年式拳銃携帯革穿孔増加の件」に記録を確認できます。

さて、嚢には「さく杖」を収める挿革が取りつけされています。
十四年式拳銃用嚢と見分けるポイントだと思います。





大正11年の資料で、嚢をはじめ、革具は黒から褐色に変わったとあります。
この資料では、懸紐が紺から茶褐色に変わったこともわかります。
大正11年「兵器細目名称表中追加の件」



(3)弾薬盒/拳銃帯革(ピストルベルト)
大正11年制定の弾薬盒と,制定当初からの属品である帯革です。
帯革は拳銃帯革とも呼ばれます。



★弾薬盒
中田のカタログ中にあったN-734番です。
自分はこのN-734番が二十六年式拳銃の弾薬盒と考えています。
当時の写真からも、それと思わしき物を複数の写真で見つけることができました。

携行弾数を18発から、さらに14発増やすために弾薬盒が制定されました。
大正11年「二十六年式挙銃制式中追加及改正の件」に記載があります。





こちらも図面を発見できないので、正確な形状はわかりません。
当時の写真にそれらしいものを発見できました。





拳銃帯革の位置は銃剣帯革と同じく、第四ボタンと第五ボタンの間に配置します。
弾薬盒は左腰に配置しています。他の写真では右腰に配置している例も確認できました。
写真では、拳銃帯革を銃剣帯革の上側に配置していますが、下側に配置している例もあります。
昭和11年「野砲兵第七聯隊学術科教程」中のイラストでは弾薬盒を左腰に配置しています。



時々、カタログ中のN-732番の弾薬盒を十四年式拳銃と併用している人を見ます。
基本的に弾薬盒は十四年式/九四式拳銃では属品ではありません。根拠は各拳銃の制式をみれば明らかです。
戦地では例外もあるかもしれませんが、そういうものは除くべきです。





★拳銃帯革
ピストルベルトです。中田製は官給品とは尾錠周りの形が違います。
ちなみに、拳銃帯革は九四式拳銃では属品として制定されていません。
ただし、拳銃帯革を装着している将校准士官の写真は確認できます




(4)装着方法
基本的に二十六年式も十四年式も同じです。
二十六年式の場合は、大正11年以降の設定なら弾薬盒をつけます。
以下は十四年式の装着例です。

昭和6年:「十四年式拳銃中改正の件」
基本的に嚢の裏側にある環革に拳銃帯革を通します。
これを忘れないでください。嚢は銃剣帯革の上に配置します。







しかし、例外として戦地では負革の上から拳銃帯革を装備する例もあります。
この写真では負革の上から銃剣帯革を装着しています。
さらに、拳銃帯革が別のベルトで代用されているように見えます。



かなり特殊な例ですが、拳銃帯革を装着していない写真を見つけました。
1937年12月10日に大陸戦線で撮影された写真です。特殊な例だと思います。



■水筒を装備する場合
一例を示します。部隊や状況によってやり方も異なっているので気を付けてください。
いつ頃から実施されているか不明ですが、拳銃嚢の反対側に水筒を装備します。戦車兵などがよくわかります。
雑嚢、水筒、拳銃嚢、被甲嚢の順番で装着します。戦地では同じ方向に装備している例もあります。
なお、図中の銃剣帯革についている小さいポーチは弾薬盒ではありません。



ほとんどの人が拳銃嚢の装着方法を間違えています。
一部有名ブログの間違った着用例が正しいものとして認知されているのでしょう。
気付いた方、どんどん指摘していってください。


(5)懸紐
最後はランヤードについてです。中田製ではありません。
懸紐は二十六年式拳銃、十四年式/九四式拳銃でも属品として定められています。



制定当初、紺色であった懸紐は大正11年に茶褐色になります。
将校准士官用拳銃である九四式拳銃でも、茶褐色と明記されています。

昭和6年「十四年式拳銃制式中改正の件」では、懸紐の裁縫方法に関して記載があります。
紐を輪にするとき、末端の結合をより強固にすることが目的とあります。
自分が購入したこのレプリカが、このモデルを再現しているかどうかは分かりません。







明治・大正期のものがどのような物かは実物を見ていないので分かりません。
さらに調べる必要がありますが、今後の課題です。

腕を通す側の紐の長さを調整する部品も頑丈にできていると思います。




(6)まとめ
今回は記事を書くのに随分と時間がかかってしまいました。
まだまだ考察不十分な点があるので、今後も分かり次第追記していきます。

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ではでは。
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