ニュートンリング模型日和

ピリカピリララ‥ピリカラ‥

鬼塚堂製 明治45年改正下士以下背嚢

2016-11-03 15:29:45 | 日本陸軍 背嚢
11月になりました。朝晩は冷え込みが激しいです。
最近は軍装品を大量に整理したため、押し入れが少し寂しくなりました。
書籍関連も一部を除いて定番品(零戦がアホみたいに大活躍するやつ)は全て整理しました。
昨今書店に並ぶ書籍も大部分が零戦か戦艦大和、もしくは臭い軍国美談で寂しい限りです。
もう少し目の覚めるようなアイテムがないか古書店を漁っています。

さて、今回は見た目も暖かいオニヅカ堂製 明治45年改正下士以下背嚢です。
明治45年、標題「下士以下背のう制式改正の件」に記載があります。
全体が毛皮で覆われており、正に毛皮背嚢です。
革の厚みも十分で重量感があります。
背嚢側面の特徴的な耳革、内部の中枠も繊細な仕上げで再現されています。






■細部名称
今まで写真に書き込んでいましたが、あまり意味がないように感じたので資料をそのまま掲載します。
図は「被服手入保存法」より引用しました。






◆明治20年改正下士以下背嚢
こちらはさらに古い明治20年改正の背嚢です。明治陸軍恐るべしといった代物です。
後の九九式背嚢からは想像もつかない仕上がりです。ブリキのケースが収められています。
最近話題のマンガ「ゴールデンカムイ」にも背嚢が登場するそうですが、おそらくこのタイプではないでしょうか。
作品は第一話しか読んでいないのでわかりませんが・・・。
図は標題「下士以下背のうを改む」より引用しました。










▲明治38年制定 代用背嚢
明治38年には帆布製のものが代用品として制定されたようです。
その後の運用、改正や廃止に関しては調べていないのでわかりません。
標題「当分の内下士以下用背嚢は茶褐色帆布製のものを以て代用することを得」より引用





■まとめ
商品そのもののレビューは他のブログやSNSでも行わているので、そちらをご覧ください。
装備の縛着などに関しては昭五式背嚢の記事中に書いたのでここでは省略しました。
現在は外套の縛着に苦戦しています。綺麗に畳むのは意外に難しいです。
昨今は箱背嚢の複製品が出回るようになり、枯渇時代は昔話になってしまいました。
「ゆうちゃん背嚢」をどれだけの人が覚えているでしょうか(笑)





ではでは。


*注記
記事中の標題は引用元に記載があったものをそのまま掲載しています。
実際の資料中ではカタカナや漢字表記されていることをご留意ください。
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複製 昭五式背嚢【背嚢著装の心得】

2015-04-04 17:16:12 | 日本陸軍 背嚢
海外メーカー製の昭五式背嚢を職人さんに改造してもらいました。
「でくの房」に負革・前紐革・脇紐革、上部紐革2本、側紐革2本、工具紐革、飯盒紐革を製作してもらいました。
上部の大尾錠と釣金は「中田製」です。(上部紐革は尾錠に固定してから巻いた方がよかったでしょうか)
中枠は職人さんの特注品で、背中に当たる部分には実物同様に加工されています。










■紐革を取り付ける向き




■負革・前紐革・脇紐革
背嚢上部に連結する負革、帯革に引っ掛ける釣金を固定する前紐革、背嚢底部に連結する脇紐革です。
負革、前紐革、脇紐革を連結している釦は負革鼓釦(オイカワツヅミボタン)といいます。












■縛着する装備品の一例
飯盒、鉄帽、地下足袋(底が黒)、携帯天幕、外套、円匙、身体用ギソウ網です。
状況に応じて様々なものを縛着します。背嚢が小さく見えます。
携帯天幕は中に支柱を納めて畳みます。
鉄帽は星章を上にします。



■縛着方法の一例
大正2年「歩工兵携帯器具装着法に関する件」より
図の背嚢は明治45年制定のものですが参考にはなると思います。
飯盒を縛着する時は釣手の位置に注意してください。





飯盒紐革は尾錠に固定した後、飯盒紐尾錠革の根元のループ(壓扣?)に先端を逆向きに通して背嚢の中に収めよと指示があります。
昭和11年「野砲兵第七聯隊学術科教程」より図を引用します。





工具を装備しない場合(儀式も含む)は工具紐革(左上の紐革)は使いません。
また、巻いた外套は末端が背嚢の底よりもやや高い位置になるように縛着します。
これは背嚢を地面に置いたとき、外套の末端が汚れないようにという工夫だそうです。
天幕の位置に気を付けてください。飯盒の上です。



鉄帽は星章を上にして飯盒の上にかぶせます。
鉄帽のあご紐は上部紐革の外側から天幕・外套の下側を通して、たるまない様に結びます。



こちらは円匙(えんし/スコップ)を縛着した状態の図です。
円匙の柄は天幕と外套の間に配置しています。
円匙の紐は柄に巻き付けます。巻いた紐の下端は工具紐革の上にくるようにします。



地下足袋を縛着する場合は下の写真のように正面に配置します。
円匙と同じく腕と接触しないように位置に気を付けてください。



*身体用偽装網の取り付け方について
部隊ごとに定められた方法(部隊統制)によって行われていたようです。
天幕に字に巻きつける方法や、畳んで縛着するやり方があるようです。



1943年に宮本三郎によって描かれた「飢渇」でも身体用偽装網は∞字に巻きつけられています。
また、円匙の柄は偽装網で固定されています。このやり方は当時も一般的だったようです。



こちらは適当に畳んでいます。
余った上部紐革の処理がよくわかります。



余った上部紐革は適当にまとめて処理していたようです。



上記をふまえて背嚢を組んだ例です。背負う高さなどに関しては後述します。
もう少しだけ高い位置で背負った方がよかったかもしれません。



◆儀式の場合
儀式の場合は外套のみを縛着します。
この場合も工具を縛着しないので、工具紐革は使いません。
余った上部紐革は外套の中に押し込んでいるものと考えられます。




■背嚢著装の心得
大正7年「大正の内務班長」より引用します。参考になると思います。
ただ背負うだけ、ですが結構コツがいります。
負革鼓釦(ツヅミボタン)が上衣の第二ボタンと同じ高さになるようにと指示されています。
複製品では負革の長さや、服のボタンの位置が変わるため、高さ合わせが結構大変です。
特に現代人は当時の人とは体格のバランスも違うので、自分も毎度苦労しています。





さらに大正3年「内務二関スル心得」より図を引用します。
細かい指示は後に少しづつ改められている場合もあるため、各自でご確認ください。
こちらの方がイラストかされていてわかりやすいですね。
ただし、縛着された外套の末端は背嚢の下端よりやや上にします。



同じく「内務二関スル心得」より天幕と外套の畳み方です。
外套の畳み方は二種類書かれています。儀式ではAの「袖巻」がよいと思います。




■参考書籍
外套の縛着に関しては「丸」誌の2014年11月号に参考になる記事があります。
軍事法規研究会研究員である古田和豊氏が執筆した【日本陸軍「昭五式背嚢」再現】です。
外套や天幕の畳み方や縛着方法、背嚢内部に収納するべきものが詳しく解説されています。








ではでは。
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