檄文!!サッカー

熱くなり、何より愛すべきサッカーについて書きます。
その過程で得られた市民意識を元に、世情についても論述中。

正義とは徹底した現場主義である

2014年03月22日 16時10分14秒 | 常識+教育

 

 

_「正義は瞬間的に、その現場に遭遇した当事者にしか行使しえない」

 
「論じたり、考えを及ばしたりする事すら……」


「当事者で無ければ、何も意味を成し得ません」

 
「まさしく、机上の空論に過ぎない」

 
「状況を限定し、パターン化した所で……」

 
「厳密には、その状況は100%起こりえない」

 
「仮に定義が現実にほぼ即していたとして……」

 
「それが合致している、その定義に即していると……」

 

「その判断を精査する事は、人間には不可能だ」

 

「確かめられない事を、いくら論じても……」

 

「それは、新しい誤解や誤認の元となるだけです」

 

「だから私達は、当事者となった場合には正義がどこにあるのかを考える」

 

「そういった機会を、一瞬だけ得ていると捉えて欲しい」

 

「そこで長考が不要なのは、感性が必要とされる判断だからだ」

 

「感じ取れないのであれば、いくら考えた所で無駄だから……」

 

「経験則で語られるものでは無く、インスピレーションから行動に移す」

 

「身体が反応するよりも早く、意志を持つより早く、動き出しているのが正義だと思う」

 

「そんなある意味、瞬発的な行動力」

 

「それは、なかなか持ち得ない」

 

「だから、正義とは考えたり語ったりするだけ無駄」

 

「憧れや想像は、浸るだけのものであり……」

 

「実際には、考えていてはアウトなのだから……」

 

「今日、拡散されようとしている誤情報」

 

「それは、私も認識の及ばない領域にまで及んでいる」

 

「そして、考える猶予が与えられている現場」

 

「そこへ、正義という滅びの美学を存在せしめようとする動きがある」

 


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