カンムリワシ、名ばかり はばかり、言うばかり

カンムリワシは20年ほどで激減。

北朝鮮の「瀬戸際」越え

2015年03月31日 08時00分05秒 | アジア

北朝鮮〔朝鮮民主主義人民共和国〕は

例によって「瀬戸際外交」を続けてきましたが、最近の動向を見ていると、もうそのレベルを超えてしまい「瀬戸際外交」、つまり「自爆寸前症候群」に陥っているのではないか、とさえ思われます。

言い方を変えると、静かな「瀬戸内海」を過ぎて、太平洋の荒波へ出始め、もうどこへ漂流するのかわかりません。亡命ボートに乗った漂流難民たちの食糧はやがてなくなり、餓死する運命なのでしょうか。

私たちは、他国が人道援助してもそれがそっくり支配者層にのみ行き渡るだけで庶民へ渡らない「北朝鮮支配者層の狡猾さ」を、どれだけ分っているでしょうか。

韓国が、ソ連と国交樹立・・・・1990年9月30日

1988年のソウルオリンピックのあと韓国はソ連と国交正常化しましたが、ソ連の友好国であるはずの北朝鮮が激しく対立していた韓国をソ連が認めるとは、ソ連が北朝鮮を見限ったとも言え、北朝鮮はソ連を敵とみなしはじめ、中国へもっともっと接近し始めました。ソ連崩壊直前のことでした。

しかしその後、北朝鮮は、中国との窓口になっていた張成沢(チャン・ソンテク)を処刑〔2013年〕するなど中国ともうまくゆかず離れてしまい、孤高(孤低か)の道を突き進んでおります。

自分の主張が認められないと、すぐにあっちむいてホイ状態になる幼児の性癖があり、世界中から制裁を受けております。今での制裁対象国は、ロシアと北朝鮮、そしてアメリカと国交交渉を始めたキューバくらいでしょうか。

そういえば北朝鮮は、昨年2014年でしたか

日本人拉致問題で、かたくなに「解決済み」と豪語していましたが、一転して再調査すると表明しました。どうせ制裁を解除させるための口約束だろうと思っていたのに、「再調査」を約束するという「暴挙?」があったわけです。

最近の動向を見ると、それが「口約束」に過ぎなかったのではないかという見方が、現実味を帯びてきました。やはり、いつもの時間稼ぎに過ぎなかったのか。一体何の時間を稼いでいるだろう。そうしている間にも刻々と北朝鮮国民が餓死していくというのに。

狼少年(おおかみしょうねん)にいつも欺される日本。サッカーブラジル代表のネイマールも同じく狼少年でしたね。

北朝鮮としては、

例によって何らかの「日本側の落ち度?」を探していたようで、朝鮮総連の建物問題で思い通りにならないと、待ってましたとばかり、これを根拠に再調査の一時停止(もともとする気がなかった?)に踏み切ることでしょう。

強硬な姿勢は逆効果を生むものですが

日本としては、いままでの姿勢があまりにも軟弱、あるいは紳士的に過ぎたためか、北朝鮮はもちろんのこと、韓国、中国などとうまくいっておりません。相手は紳士的に対応すればするほど「つけあがる」狡猾な国だったのですね。

その責任の一端は、妙なリベラルぶりを示す日本のマスメディアにあったのかも知れません。

今までの政権が儀礼を保ちすぎたため相手を「つけあがらせた」という反省から、かなり強硬にみえる安倍晋三内閣を、日本国民は選んだようです。

中国や朝鮮半島があれほど強硬にならなければ、自民党が大勝し安倍晋三政権が誕生しなかった、と思うのでした。

日本人が、日本のある種のグループによるヘイトスピーチを大いに批判するのは

  • 当然と言えば当然です。ただし、そういう人に限って、中国に関しては、なぜか口を閉ざしてしまうらしい。こういう人たちが、中国を妙な対日方向へ誘導した、とも言えます。
  • そして不思議なことに、何年か前の中国での激しい反日デモ・破壊工作よりも、今の日本でのヘイトスピーチのほうが悪いと決めている人がいるようです。これは視野が狭すぎ、どう考えてもおかしいでしょう? 暴力に屈しない、というならば、中国の暴動を批判する日本人がもっともっと増えてもいいはずだと思います。
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短縮名称

2015年03月30日 07時07分01秒 | 社会

おもしろい短縮です。

  • アラカン:嵐寛寿郎〔あらかんじゅ(う)ろう〕
  • バンツマ:阪東妻三郎〔ばんどうつまさぶろう〕
  • オデン :大河内傳次郎〔おこうちでんじろう〕
  • マツケン:松平健〔まつだいらけん
  • マエケン:前田健太〔まえけんた〕
  • オグシオ:小椋久美子+潮田玲子〔おぐら+しおた〕
  • ASAP:あさっぷ できるだけ早く〔as soon as possible〕 

省略形で覚える方法

こんなの覚えてもしょうがないでしょうが、何かの時には、すぐに出てくるので有益かも知れないと考えて、ご紹介することにしました。

に囲まれて心・幸福、うそだろう

喜朗 小純一郎 倍晋三 田康夫 麻生太郎

これは、ある時期限定で、日本の総理大臣の順番でした。もちろんピンときたかたはスルドイ。♪森と泉に囲まれて~(ぶる~しゃと~ぉ)♪ですね(笑)。

このあと民主党政権が「鳩山由紀夫→菅直人→野田佳彦」と続き、現在「→安倍晋三」になっていることは御存知の通りです。

ホントかどうか確かめたいかたは、取りあえずこちらでご確認を。

一泊ちょんの、呼んでの一泊

パクチョンノヨンデノイパク

スンマン(李承晩:りしょうばん) パクチョンヒ(朴正煕:ぼくせいき) チョンドファン(全斗煥:ぜんとかん) テウ(盧泰愚) キムヨンサム(金泳三:きんえいんさん) キムジュン(金大中:きんだいちゅう) ムヒョン(盧武鉉) ミョンバク(李明博) パク・クネ(朴槿恵)

こちら9人は、戦後の韓国大統領のほぼ全てを順に網羅したもので、長期軍事政権を恐れたためか憲法を改正して、盧泰愚以降は5年任期(再選不可)になっています。

この憲法改正前も含め大ざっぱに言えば、約45年(=5年×9)にわたる韓国大統領の順番でした。順序に疑惑のある方はこちらで確認できますよ。
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内部犯行への対策

2015年03月28日 07時32分27秒 | 社会

日本でも無数に見られた「内部犯行・組織内犯罪」。

外部による犯行ならば、困難な面はあるとしても、何とか対策がたてられますが、内部犯行となると、「互いの疑心暗鬼」さえ生まれ、組織が乱れ始めます。

内部犯行か外部犯行かが明確にならないまま推移することもあり、組織人としては、いやなものです。

内部犯罪の場合にどう対応するかですが、組織の透明化に走って犯罪を少なくするか、当面の犯人捜しにのみ追われるか、これが分かれ目でしょうか。

たとえば販売店で起こった売上捏造の場合

レジ担当者へ圧力が加えられ、「不審な行動を許さない」との姿勢を示したものですが、「経営の失敗には批判を許さない」まま「レジ担当者のみへしわ寄せ」という姿勢だけなら、いかなる対策を施しても経営は傾き続け、やがてそんな店は淘汰されるのです。経営や組織に関する不信感が、事件の根底にあったと言えます。

今回は

先日2015/03/24に起こったドイツLCC機〔Germanwings〕の墜落事故〔スペイン(バルセロナ)→ドイツ(デュッセルドルフ)の途中フランス南東部で墜落〕についての暫定情報に基づいて書いております。

操縦士2人のうち1人が操縦席から外に出たあと、元の操縦室へ戻れない〔残った1人の副操縦士によって室内へ入るのを拒否された〕まま、副操縦士が意図的に地上へ高速度で墜落させた、つまり自殺行為に走ったのが、墜落の原因ではないか、とされはじめました。副操縦士の家宅捜査から、医者による「搭乗不可能」診断があったという情報もあります。

まだまだ解明作業が進んでいる段階でして,今後どうなるか分りません。

格安航空会社が出る前にも、そして格安航空会社が出てからも

どうしても避けられない航空機事故。

高度な訓練を受けた操縦士による航空機事故発生確率が、何も高度な訓練を受けない運転士による自動車事故発生確率よりも、相当小さいでしょうが、一旦起これば多数の命が奪われるとあって、世間に与える影響は、むしろ大きいと言えます。

特に格安航空会社の出現は、旧来組織の非効率を排する重要なきっかけにもなりましたが、同時に別の深刻な問題も産んでしまい、無駄を許容してでも旧来の体質を維持すべきだとする主張も見られます。料金が安いから危険だと言っていいのかどうか、という基本問題を提起しているのでした。

利用者からすれば、従来の半額以下で利用できるとなれば、ありがたいと思うと同時に、一体今までの高価格は何だったのか、となります。

ぬるま湯に浸かっていたと思われる旧国鉄時代の事故率と、国鉄民営化後の事故率とを、様々な視点から比較する価値は充分にあろうかと思います。手放しで民営化を喜んでいる勢力に洗脳されてはいけないようですね。〔リベラル21など〕

これは郵便局民営化にも通じ、長短両方を含んでいるので、何が「長」で何が「短」なのかを正確に見極め、できるだけ「短」を少なくする必要があるでしょう。美しい作文にとらわれていてはいけません。

今進行中の農協改革日韓・日中の関係改善にも、もちろん言えることです。

マレーシア航空の事故は

破片も見つからない事故と、ウクライナ上空でロシア側が犯行を認めない事故、など不透明な様相ですが・・・・

今回のドイツ機のフランスでの墜落事故では相当解明が進んでいるようですが、現段階での、私なりの「無責任?」な解決策を提示してみます。 


今回の事件の実情と問題点

操縦士2人がいれば

  • 片方が異常行動を取ることは簡単ではありませんが、1人になった瞬間はどうでしょうか。邪推すれば、犯人と思われる副操縦士は、自分1人になる機会をうかがっていたのかも知れません。
  • 今回、休息を取るためか1人の操縦士が副操縦士を残したまま退室したあと、再び入室しようとしたけれども、入室許可がなく入れなかったらしい。操縦席から入室許可を出した時のみ入れるハイジャック防止策の「裏をかかれた」犯罪ではないかという見方があります。
  • 1人になったまま副操縦士が自殺行動と言うべき地上への墜落操縦に走り、乗客を巻き込んで地上へ激突したらしい。
  • ハイジャック対策として、操縦席からの許可がなければドアが空かないシステムの弱点を逆用された内部犯行の匂いが強まっています。

では、どんな対策をとればいいのでしょうか。 


思いつくのは、2人常駐制度ですね。

これには、

    1. 操縦士3人がいて、1人は休憩させるもので、常に2人が操縦室にいる仕組み
    2. もう一つは操縦者は2人のまま、もしも操縦席の2人のうち1人が操縦席の外に出る場合には、必ず交代で乗務員などの1人が中に入る

などが考えられます。後者のほうが費用としては安いでしょうが、それでも無駄な客室乗務員を1人おくか、或いはいつ起こるかわからない交代要員としての客室乗務員〔これは客室乗務員を統括する責任者が妥当かを置き、しかもその役割が果たせなくなる恐れがあります。そうでなければ、無駄な別の乗務員を置くことになりかねません。 


もう一つは、操縦室への入室許可を、操縦席による許可ではなく、外部からでも操縦席へ入れるパスワードを操縦者だけに与える方式です。

これにも困難がありそうです。つまりハイジャック犯人が、入室パスワードを知っている予備の操縦士を人質にして操縦席へ入る可能性です。

今の「操縦席から入室許可をする」というシステムとは大きく異なり、パスワードを知っておれば誰でも入れるというところに、危険があるのかも知れません。 


もう一つは、工事を伴うもので、一番費用がかかるでしょうが、操縦室の2人は絶対に操縦室から出ることができない構造です。休息も手洗いも室内で済ませるというものですね。

 


このほかにも、いろいろ対策が考えられますが、一体どういうことになるのでしょうか。厳しい訓練に耐えられ、しかも成功する人は限られた人だけですから、どんな対策をしても事件は起こるのでしょうが、ぜひとも最大限の安全性を目指してもらいたいと願っております。

ただし世界中で無数の格安航空機が飛ぶ時代に、かつてのような余裕をもった人員配置は望めないかも知れませんが・・・・・・。 

なお今回のイラスト入手先は以下の通りでした。

  • その1
  • 花子〔ジャストシステム社の描画ソフト〕
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存命中の高齢者

2015年03月27日 08時22分38秒 | 社会

桂米朝が先日〔2015/03/19〕89歳で亡くなったので

急に高齢の有名人が気になり始めました。

余り関心のない分野の人の場合、死亡済みなのにまだ生存中だと思っていたり、生存中なのに死亡済みだと思ってしまうことが、世間一般に勘違いとして見られます。

以下では、ご存命であることを一応確認しながらも、すべての人を網羅すること名でできませんから、あくまでも気が付いた範囲の高齢者、それもほんの一部だけを取り上げたものです。

寿命のある人間のことですから、近い将来、自分も含めこれらの人たちの訃報を聞くことになるかも知れませんね。

なお〔 〕内は、単純引き算による2015現在の年齢でして、生まれた月日を考慮したものではありません。 


1920年生まれ〔95歳〕

原節子

もう誰もが御存知(のはず)の絶世の美女、原節子。

正直に言って、私は詳しく存じませんが、国民的アイドルだったのが43歳で突然引退したまま、表に出ることなく神奈川県で静かに過ごしていらっしゃるとのこと。これだけ聞いても立派ですね。

もちろんボロボロになるまで現役という野村流も立派だし、読売が私物化して利用され続ける長嶋流も立派ですが・・・・

その1 その2 


1922年生まれ〔93歳〕

南部陽一郎

御存知2008年ノーベル物理学賞の受賞者で、東京都生まれ、福井県生育ちで、今はアメリカ国籍。

この年は、ノーベル物理学賞〔南部陽一郎・小林誠・益川敏英〕、ノーベル化学賞〔下村脩〕と合計4人が受賞し、にぎやかでしたね。

その1 その2

ドリス・デイ

日本でも「ケ・セラ・セラ(Que Sera, Sera)」などでおなじみの米国の歌手。 


1923年生まれ〔92歳〕

李登輝

台湾の政治家。旧日本時代~独立台湾の指導的な政治家でした。

中国共産党は、日本と国交を結ぶ代わりに「日本が台湾と国交断絶せよ」と、ど厚かましく要求。

結局その言い分を呑んだため、その後も日本と台湾とは民間レベルでの交流だけになり、李登輝の来日時には常に中国共産党がわめき散らしたもの。もう目も当てられない中国の末期的症状でしたが、そういえば、その末期的症状もけっこう長いですね(大笑)。

その1 その2〔2014年02月24日インタビュー記事〕 

ヘンリー・キッシンジャー

ドイツからアメリカへ亡命したユダヤ人で、アメリカ政府高官もつとめ、米中和解を画策したものの、功罪ある人と評価する人もいます。

その1  

外山滋比古

名著「知的創造のヒント」などで知られている明哲な人で、無数の著作がありますね。

その1 その2 


1924年生まれ〔91歳〕

京マチ子

黒澤監督の「羅生門」などで印象に残っている女優。

その1 その2 

村山富市 

自社さ連立政権で社会党委員長として内閣総理大臣〔任期1994-1996〕を勤めたことが、記憶に残っています。

ただし村山は、先日も「植民地支配の歴史は否定できないと感じた」と言っているらしいのですが、日本人の誰も「歴史を否定」しておらず、「中国・朝鮮半島の独善性を否定」しているだけではあ~りませんか(笑)。

しかし中国・韓国には、自分の独善性を否定されると「歴史を否定した」と論理をすり替える狡猾さがあり、村山が高齢になっても、そんなヒステリーを起こす不可解な中国・韓国にすり寄って「立派そうな人格」を演じているように思われます(笑)。

むしろ「歴史を否定しているのは中国・韓国」だと考える人が多いと思いますよ。その証拠に、

      • 中国では文化大革命〔1966-1967〕や天安門事件〔1989〕についての言論統制をしていて、今でもこれらに触れると逮捕・拘束して、歴史を隠蔽・捏造しています。
      • また韓国では、韓国軍兵士のベトナム戦争時の蛮行が報道されるや、退役軍人が報道機関に殴り込みをかけるくらいですから、もう社会全体が自分の都合のいいことしか認めないという歴史捏造に邁進(まいしん)しているからです(笑)。

このように自分が歴史を捏造しておきながら、平気で日本に対して「歴史に学べ」「歴史は変えられない」と叫ぶとは、落語のようにおもしろく、あきれて開いた口がふさがりませぬ(笑)。

まぁ村山は悪い人物のようではなさそうですが、広い視野で公平に物事を判断できる素質がある、ようには見えません。

中国・韓国は、今は存在しない社会党の自衛隊合憲とか日米安保堅持の政策ではなく、自分に都合がいい「歴史認識」だけにヨイショしているような印象です。

誉めると調子に乗って暴論をはき、異論を唱えるとヒステリーを起こす、これは一体どこの国でしょうか(笑)。 

その1 その2 

ジミー・カーター
パレスチナ国容認に傾いた民主党の米大統領でしたがユダヤ票を失いました。今同じようにオバマ大統領の期間に米国とイスラエルが最悪の関係に陥っていますね。私はアメリカがイスラエルべったりでいると永遠に中東に平和は訪れないと考えており、イスラエルの独善性を戒めるものがいないかと期待していたところです。
その1   

1925年年生まれ〔90歳〕

4代目桂米丸(1925/04/06- )

現在の日本の落語界では、現役落語家として最長老でしょう。とはいえ私は、この人の落語には、ほとんどと言っていいほど興味がありません。というのは若い頃から漫談のたぐいに過ぎなかったからです。

また「」という字ですが、丸(よねまる)、長(よねなが)、沢(よねざわ)、など「よね」と読ませることが多いですね。

よって人間国宝だった桂べいちょう)でさえ、落語を聞いたことがない人なら、ついうっかり「よねとも」と読んでしまうのです。ここには源頼(よりとも)に引きずられて「」を「とも」と読んでしまうというおまけがついています。

では上方落語界では「」を常に「べい」と読むかと言えば、桂米朝の実子で五代目桂團治(よねだんじ)〔旧名は桂小朝(こべいちょう)〕、小(こよね:枝雀の旧名)ように「よね」と読むことがあります。

地名では原(まいばら)ですし、新(しんまい)、新潟(にいがたまい)もありますね。あ~ぁ、分らないものです!

その1  

2代目笑福亭松之助(1925/08/06- )

上方落語界では最長老。

5代目笑福亭松鶴(しょかく)という噺家がいました。その弟子になったのが実子の6代目笑福亭松鶴(1918-1986)、そのあと弟子になったのが2代目笑福亭松之助。

この2代目笑福亭松之助〔本名:明石徳三〕の弟子が笑福亭さんまで、後にタレントして売り出すときに本名の「明石」をとり、明石家さんま、としたのでした。今でも何かの挨拶をするときに「さんまの師匠の松之助です」と言っています。

その1  

江崎玲於奈(えさきれおな)

昨年2014年、青色ダイオード関係で3人のノーベル物理学賞受賞者が出ましたが、江崎玲於奈(東大阪市生まれ)が1973年に「ダイオード」でノーベル物理学賞を受賞しており、いわば同じ半導体分野での大先輩でした。

ただし同じ大阪府であり同じ「江崎」なのに、江崎玲於奈(えさき)は大阪市の江崎グリコ(えざき)とは関係がないらしい(笑)。

なお2013年に日本最高気温を記録したとされる四万十川上流の地名は「江川崎」であり、まちがわないやうおねげ~しますだ(笑)。

その1   


1926年生まれ〔89歳〕

エリザベス2世

現在の英国女王ですね。日本の平成天皇82歳・美智子妃81歳も共に80歳代ですから、元気そうに見えても、これだけはわかりません。

その1 

渡邉恒雄

時代錯誤の人物でした。一場に関連して金銭を渡したとして読売球団のオーナーを辞任しましたが、老兵はふたたび読売球団最高顧問として復活したらしい。まだ現役なら、これこそ老害そのものではないでしょうか(笑)。 

その1  

菅井きん

「ムコどの」でおなじみの中村せんも、そんな年になりましたか(笑)。

その1   


 

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桂米朝の想い出

2015年03月26日 08時45分42秒 | 笑い

桂米朝〔1925/11/06-2015/03/19〕が亡くなったことについては

  • 2015/03/20付けの当ブログ記事「桂米朝、逝く」で書きました。
  • 戦後になって、戦前の上方落語家の多くが亡くなり、上方落語は消えてしまった、とされました。戦時中の混乱により、やり手と受け手の両方の事情から、芸の伝承が困難になったということでしょう。
  • 下で引用する話によれば、大阪特有の商売の影響もあったといいます。
  • 上方落語が消えかかっていた時代に、松鶴・米朝・春團治・文枝(かつての桂三枝ではない)などが、いまでは想像できないほど苦労して復興に尽したのであり、そういう事情は、知っておいたほうがいいと思われます。

「寄席」というのは

毎日興行している東京や大阪の席亭のことで、だいたい今では月を3回に分けて10日毎に内容を変え、毎日落語・漫才・奇術などを10分~15分程度の短い周期で繰り返しています。大ネタは聞けない場所でしたが、昔はこういうところでしか落語を聞けなかったものです。

今では、ホール落語というのが当たり前になっていますが、これの元祖はやはり桂米朝だったようです。亡びかけた上方落語を復活させるには、全国を回らなければならず、そういう実力と自信を兼ね備えていたのです。

立川談志〔1936-2011〕の場合も、師匠である柳家小さんと衝突して落語協会を脱退したため都内の寄席へ出演できなくなり、全国でホール落語をしてきました。いいことなら桂米朝〔1925-2015〕のマネも悪くありませんが、談志の根性はそうとう悪かった(笑)。

談志は、米朝よりも遅く生まれ、米朝よりも早く亡くなりました。

桂米朝の声色(こわいろ)もピカイチで表情も豊か、登場人物が多い噺には最適ですし、その上、話がおもしろい。さらに学者肌の米朝のおかげで消えかかっていた話を復活させたのですから、現在の上方落語の隆盛の一番の功労者は桂米朝だ、と断言していいでしょう。

何よりも桂米朝が上方落語の「品の良さ」を日本全国に広めた功績は、筆舌に尽しがたいと言えます。

笑福亭松鶴の落語が大阪の庶民の姿をそのまま表現したからと言って、「上方落語の品性を落とした」わけではありませんが、松鶴の落語のままでは全国に通用しなかった、とは言えるでしょう。落語家には、それぞれに偉大な価値があるのと同様に、その人ならではの「持ち分」もまたある、これを忘れてはいけないようです。

今回は、かなり古い時代、昭和51年(1976年)に発行された角川文庫「古典落語10上方ばなし」からの引用です。

11話が収められたこの本には、当時51歳の桂米朝落語「地獄八景」「皿屋敷」の2本が、活字として収められています。

この本の最後に「解説」として藤井宗哲がまとめているので、これから抜粋してご紹介することにします。

なにしろ40年も前の古い文庫本で、開いてみると、文字が印刷された部分は黄色っぽくなってはいるものの白い部分が多くて読めますが、周辺部分はみごとなワイン色に変色しています。よくぞこんな本を破棄せずに保存したものだと、われながら感心しているところですが、そのおかげで、ここでこうして引用でき、皆様にお伝えすることができるのでした。

なお僧侶にして演芸評論家・料理研究家の藤井宗哲〔1941-2006〕については、こちら1 こちら2 などをご参照下さい。

では、どうぞ。 


 解説 

「落語」と言えば、つい最近、3、4年前まで大方の人が思い浮べ、また問われて返ってくる答が、志ん生、文楽、門生、小さんであり、志ん朝、談志、円楽の若手の名前がためらうことなくあげられ、「てやんでえ」「べらんめえ」に代表される歯切れのいい言葉で描き出される長屋もの、武家もの、廓ものの演題をすらすらっとならべてくれるぐらい、東京もしくは江戸のくらしをテ一々にした作品が落語であると思われていた。因みに京・大阪のくらしをテーマにしたはなしは? はなし家は? と質問しても、東京のそれのようなわけにはいかなかった。

そんな工合だから、上方落語は、東京落語と同等な評価すら多くの人の間で受けていなかったようである。その一例として次の2人の対談は印象深い。

江国「そういえば、米朝さんがはじめて東京で独演会をひらいたときに、えゝと、あれはもう5、6年前のことでしたかね」 

米朝「昭和42年5月やったと思います。紀伊国屋ホールでひらいたじぶんでっしゃろ」 

江国「そうです、あのときに、プロデュースした矢野誠一君が、プレイガイドにポスター置きに行ったら、窓口のお嬢さんが・・・・ 

米朝「『桂米朝土方(どかた)落語会』」(笑)
     (中略)
江国「・・・・とにかく、プレイガイドの窓口嬢といえば、一応は興行の専門家ですよ。その専門家にドカタ落語会と読まれたくらいそれまでは影がうすかった」〔米朝上方熟語選 対談・落語・東と西」(立風書房)〕 

「その理由は・・・・やっぱり言葉の問題が大きく作用していたのでは……」ないか、と言った人が居たが、しかし、私は、いちがいに、それだけのことでなじみが薄かったとは言い切れないものがあるように思われる。 

新幹線に乗れば3時間で京・大阪へ着く。そしてテレビやラジオ等で喜劇や万歳(このことについては後で述べる)の、世にいうお笑い番組、古く近松や西鶴はこの際別にしても、夫婦善哉や山崎豊子等の一連の小説、その他の文学作品からおして、米朝さんのいう、京・大阪・神戸あたりまでを上方と呼ぶとするなら、他の2都はともかく、大阪のみについての、言葉なり、生活感情なりを、われわれはわずかながらでも予備知識として持っていたはずである。そしてまた、それらをなんとなく理解できてきたのではないだろうか。ところが……である。どうして落語のみが(少なくとも)東京の地において、つい最近まで、なじみが浅かったのか、と考えてみると(これはあくまで、私のみの思いつきのようなものかもしれないか)冒頭に書いたように、多くの人が落語と言えば、文楽であり、志ん生であり、誰某である、と、自分達が、直接耳で聴き、目で見、慣れ親しんだ人々の芸しか認めようとしなかったのか。これは東京人の一種保守的な感情・風土がそうさせてきたのではないだろうかと思うのだが・・・・・・。 

先述の米朝さん以外にも、戦前戦後を通じて名人上手と称された何人もの人が東京で演ったという。が、いつも、その演者の名前を見ただけで、東京の人は「『なんだ、聞いたことがないな』って、はじかれて」(前出の対談より)しまったようであったという。もちろんそれだけの理由で、なじみが薄いというのではないが。 

ここ数年来の上方落語は大盛況といってもいいすぎではない。東京を例にとっても、上方落語の師匠たちの演る会はほぼ満員の客数で、少なくとももう土方落語会などと読む人もいなくなったようである。まずは目出たいことである、といわなければなるまい。そして、聴く人々も東京落語にはない上方の味を楽しんでいる。 

先日も、上方ばなしの会で「住吉駕寵」を熱心に聴いていたある若い客が、「あれ、これは『くも駕寵』じゃないか」と、ささやきあっているのをそばで聞いていて、「そうなんですよ」とは、言わなかったが、現在、東京の高座にかけられている、俗にいう江戸落語と呼ばれている数多くの作品に、上方ダネと見間違うものがなんと多いことであるかと気付くであろう。しかし、決して偶然に同じような作品が、高座にかけられているのではない。まごうことなく、上方ばなしである。それを、東京風に焼きなおしたものなのである。 

上方の「貧乏花見」が「長屋の花見」であり、「逢いもどり」が「子はかすがい」「いらち車」が「反対車」、「書割盗人」が「だくだく」、「くやみ丁稚」が「胡椒のくやみ」、東京では有名な「たらちね」「野ざらし」などは「延陽伯」であり「骨つり」と、数え上げればきりがない。 

われわれが、上方落語を聴いていて、東京落語との大きな違いに気付くのは、はなしの途中で鳴る"お囃子"であろう。向うでは〝はめもの″といって、上方ばなしでほ絶対にかかせない重要な役割を果している。このはめものの効果は、・・・・主従は無礼講、その道中の陽気なこと、・・・・」(「野崎参り」)で〝はめもの″が入る。

それは、単にはなしの雰囲気を盛り上るだけではなく、「野崎参り」を例にとれば、参詣の大勢の人の歩くさまを表現し、時にはみごとに場面転換をさせている。同時にお囃子の強弱によって遠近感を如実に出してくれている。と、いや、そればかりではなく、 

江国「あのはめもので、はなしに奥行きが出てきますね。立体感が感じられるばかりでなく色彩まで目に見えるようです」

米朝「雰囲気がただよいますな」(前出の「米朝上方落語選」の対談より)

この〝はめもの〟は、おそらくは歌舞伎からの影響であろう。そしてこれによって、聴き手へ、より一層のイメージを強調するところなどは、上方人特有のサービス精神、親切のあらわれかも知れぬ。 

さきほど、上方落語が東京においてはなじみが薄いと書いた。と同じように、私が知ってからの戦後長い間、本場である上方においての位置も、決して評価されていたのではなかった。では、大阪も東京同様保守的であったか、ということになるが、もっと異ったところで、その価値を認められなかった。と、いった方がよい。 

戦後まもなく、それほど多くもなかった上方落語界の重鎮が相ついで亡くなった頃に、いま第一線で活躍している(その頃は東京でいう前座クラスだった)ある人などは、兄弟弟子と語りあって、「少なくとも、われわれの手で、身体で、人のやらない、めずらしい話を集めて次の世代へ残しておこう」と、発掘作業に時間を取られ、消化する時間が長かったことも一因である。いやそれだけではない。もっと大きな原因は、興行システムにもよるであろう。上方の笑いは、万歳に代表されるくらい、大阪の寄席(というよりも東京でいう小劇場に近い)のプログラムを見ると、万歳の上演本数が圧到的に多く、落語は、わずか2、3本しかプログラムに組まれてはいない。 

経営者にしてみれば「話芸の伝承よりも客の喜ぶもので」芸のよし悪しは別にして、商品としての価値のみを評価していたことにもよるのである。もっとも、経営する側からみれば、あたりまえすぎるぐらいあたりまえな経営方法ではあるが。 

聞くところによれば、このところ、上方落語協会のメンバーが、70人とも80人とも若手が増えてきたという。戦後間もなく先代松鶴、米団治、2代目染丸、先代春団治と相ついで亡くなり、昭和25、6年頃には、ついに「上方落語の灯は消えた」ときえ新聞に書かれたのを読んだことのある私には、現状を見ると信じられないくらいの盛況である。それだけではない。若手のはなし家の東上来演までも、多くの客を集めている。一昔前は落語といえば、〝東京落語″と確固たる世界が構築されており、上方落語は東京寄席の形態からみれば、単に〝色物″的存在でしかなかったことを思うと隔世の思いである。 

その陰に、本巻に収録されている各演者の「闇屋でもなんでもして、なんとか、次の世代に残そやないか」と語り合った、悲壮なまでの意気込みが今日をもたらしてくれたのである。私は戦後上方落語を思う時に、いつも中国の百丈禅師を思い浮かべる。

道場の裏の木一本もない禿山に毎日あきずに残飯残菜をまき、小鳥を集め、その糞が肥料となり全山を森林と化せた、というそのエピソードを。 

先日も米朝師と会った時にたまたまその話をしながら「いいことですね」と言うと、「なにがよいやらあくびやら」と西鶴流に酒落てはいたが(どうしてどうして、こうした中でも"一個半個の無位の真人"が出て来たことには間違いないのだから)、と思いながら、「ザッパクな言い方かも知れないがまずは僥倖のいたりです」と、答えたのを覚えている。 

藤井宗哲 

:P.287-293 解説「古典落語10上方ばなし」上方落語協会編 角川文庫 昭和51年9月29日3版発行 


引用文では

かつて関東では切符売り場の若い女性が「上方落語(かみがたらくご)」を土方落語(どかたらくご)」と読んだ、という爆笑思い出話が紹介されていますね。

これを聞くと、江戸末期の土方歳三〔ひじかたとしぞう 1835-1869〕を「どかたとしぞう」と読む人を思い出しますが、新撰組ブームがおこってからは少なくなったかも(笑)。

いや既に「土方(どかた)」という差別用語?が死語になっているので、笑う人も存在しないと思われますが・・・・(笑)。

落語そのものについて

かつて立川談志は「落語とは業(ごう)の肯定」と言って、多くの人(主に関東地域で)の賛同を得たようですが、私の見方はまったく異なります。

談志がわざわざ「業(ごう)の肯定」と称して喝采を浴びたという事実から、関東では「人間の業が否定されていた」事情を連想させます。表面的な元気良さを強調するため「業」は否定されていたのでしょう。

しかし、関東以外の地では「人間の業など想定内」だったのに比べると、関東の文化が、いわば世界の歴史で見る時のアメリカ文化と同じように、まだ若く未熟で成長段階にあったから、と言えるでしょうか。

それから興味あるのは「お囃子(おはやし)」のことです。

藤井宗哲は、「はなしの途中で鳴る」のをお囃子としています。たしかに上方落語では、噺の内容によって、途中で三味線を含む鐘太鼓が、賑やかに、あるいは、しんみりと、響いてくることがあります。

しかしこちらによれば、明治期には江戸落語でも出囃子は片しゃぎり〔鐘太鼓のみ〕だったのが、大正期以後になって江戸落語でも「(三味線入りの)出囃子」が取り入れられたようですから、

    • 噺家が出てくる時の出囃子
    • 噺の中で鳴らす「はめもの(はめ物)」

の音楽としての三味線入りのお囃子は、どうやら上方落語から入ってきたものだったようです。

どうやら私は、これの影響もあったのでしょうか。詳しく言えば

    1. 幼少時(非大阪の関西生まれ)、隣に三味線の師匠が住んでいて、近所の人が習いに来ていたらしく、ときおり三味線が響いていた記憶がある。
    2. NHKテレビの番組「シルクロード 絲綢之路(しちゅうのみち)」の関連で五弦琵琶を聞いた。
    3. 長じて上方落語を聞くようになり、出囃子や途中のはめ物で三味線に接した。
    4. その後、大阪で「地歌三味線(じうたしゃみせん)」を1年半ほど習った。
    5. その後、関東に移り住んで、落語の出囃子だけで三味線を聞くようになった。
    6. 旅人として1年に1回程度、石垣島へくるようになり、沖縄の三線音楽にも触れ始めた。
    7. そして池袋で、毎週1回の1年だけでしたが、沖縄の三線(さんしん)を習った。
    8. 今では石垣島に住んでいる。

こんな経歴でしたので、考えたら「普通の人間として」の程度ですが、三弦とは切っても切れないほどの関係があった、と言えますね。

 


そんな私の「寄席の落語観」

  • せいぜい15分と、短すぎるので、大ネタを期待することは無理
  • ただし若手の噺家にとっては絶好の修行の場所であり、ここで失敗したり成功したり、けっこう腕を磨ける場所だ
  • 落語ブームになり、なかなか寄席で座って聞けなくなった
  • 観客に「どしろうと」が多すぎ、大勢できてのぺちゃくちゃおしゃべりはうるさいやら、せんべいなどをポリポリ食べるやら、どうしようもない
  • 聞きたい落語家の出演日とこちらの都合のいい日が、なかなかあわないこと
だからこそ、30分~45分が期待されるテレビやラジオの落語に興味が移ってしまうのですね。録画録音しておけば、いつでも、自分の都合のいいときに視聴できるのですから(笑)。
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「我が軍」記事その後

2015年03月25日 10時33分48秒 | 社会

参議院予算委員会での安倍晋三首相「我が軍」発言

については既に当ブログ記事安倍首相の「我が軍」発言〔2015年03月24日〕にて取り上げ、朝日新聞とYouTubeしか記事にしていないと書きました。

普段のどうでもいい記事ではあらゆるマスメディアが取り上げるのに、一体これはどういうことなのか、と色めきだったのは言うまでもありません(笑)。

ただしこれについては

普段、朝日新聞の報道姿勢について疑問を投げかけてきた当ブログとしては、昨年夏の誤報謝罪表明から、朝日にもやや姿勢の変化がみられたかな、と思っていたとはいえ、急激に社員の質が変るはずもなく、まだまだ安心してはいけない、朝日新聞の尊大な姿勢は、中国共産党や韓国と瓜二つのままではないか、とも危惧しておりました。

もちろん私は日本政府の動向や日本のマスメディアにも批判を加えてきたつもりです。

だからこそ、この記事がなぜか朝日新聞の宣伝になってしまったのではないか、と恐れています(笑)。

1日経過して、もう一度調べてみました。その結果は以下の通りです。

 


調査時点:2015/03/25 06時30分

調査方法:各紙Webトップにある検索窓で検索

調査内容:単語「我が軍」「わが軍」で検索

ただし調査時点での結果であり、その後、事情が変っているかも知れませんので、ご了解下さいますよう。

「我が軍」「わが軍」のいずれでもヒットせず

  • 日経新聞
  • 読売新聞
  • 産経新聞
  • CNNニュース
  • NHK ONLINE

「わが軍」のみでヒットしたのは

  • 毎日新聞 1件のみ

民主・細野氏:安倍首相「わが軍」発言に「理解に苦しむ」

「我が軍」「わが軍」の両方でヒットしたのは朝日新聞

  • 朝日新聞の「我が軍」27件ヒット(今回と関係のない記事もあり)
  • 朝日新聞の「わが軍」17件ヒット(すべて今回と関係のない記事)

「我が軍」関連記事の一例

首相の「我が軍」発言、民主は国会で追及へ 維新も批判

我が軍発言「全部ひっくり返すような話」 民主・細野氏

なおこれらと関係なく、最近では衆議院や参議院でも審議の中継を録画しており、誰でもいつでも参照することができるようです。

最後に私は、安倍晋三が「我が軍」と言ったのが特別にひどい発言だった、とは考えておりませんが、日本のマスメディアがほとんど取り上げなかったことについて、違和感をもっている、と主張しています。

 


参議院のサイトでも、安倍晋三の発言を見つけました。

  1. 参議院の審議中継へ接続し
  2. カレンダーで 2015/03/20 を選び
  3. 発言者一覧から「ま」行の真山勇一(まやまゆういち)を選び、選択→検索
  4. 最下段の予算委員会(開会日2015年3月20日)をクリック
  5. 開いた動画の画面で、全7:11:32の最初から4:23:23へ移動すれば安倍晋三が「我が軍の透明性を・・・・」と言っております。
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チュニジアでのテロ

2015年03月25日 10時13分52秒 | 海外

チュニジアの博物館で

観光客を狙った無差別テロが発生したのが、1週間ほど前の2015/03/18でした。

思い出せば、少し前にはアラブの春がありましたね。歴史的には次のようになるかと思います。

東欧諸国というのをソ連が支配していました。


1991年ソ連崩壊

冷戦構造の影響で、東方諸国がソ連に支配され、イスラム地域でも弾圧国家が多数うまれ、民衆の生活が強権で拘束されていました。

イスラム地域では、背景の原油の力を行使して、ソ連側につくかアメリカ側につくか、流動的でした。

そしてソ連邦が崩壊し、ロシア連邦がソ連を引き継いだものの、ロシアから離れて独立する国が激増します。ロシアは当時、自国のことで精一杯だったのでしょう。

米ソの深刻な対立が終わり、よかったかに思われましたが、しかし実際には、冷戦構造の解消で、弾圧国家で弾圧がゆるんだ結果、混沌状態に陥り、特にイスラム教地域では、かえって残酷な時代になったのかも知れません。

2001年09月11日米国テロ   

それまでのアフガニスタン〔ソ連の侵攻1979-1989〕や湾岸〔1991〕での争乱に続いて発生したイスラム過激派の反撃。  
2003年3月イラク戦争 

イスラム過激派による同時多発テロ事件に対する米国の反撃で、仕返しの連鎖になりました。

2010年前後(冷戦崩壊の10~20年後)

弾圧が減り民主化の途上にあったと思われた地域で、国家首脳が民衆によって排除される事件が目立ち始めました。暴力で意見を通そうとする人たちが増えたのです。

内戦や革命の一例は次のようなものでした。

      • ウクライナのオレンジ革命〔2004〕

      • チュニジアのジャスミン革命〔2010-2011〕

      • エジプト〔2011〕

しかし、いままで弾圧されてきた地域での「いきなり民主化」は無理だったようで、暴力を伴う収拾のつかない大混乱」となり、イスラム教による強権国家を目指す動きさえ見られるのは、やむを得なかったのでしょうか。

民主主義は、かくも危うき「混乱」という宿命をもっています。

さらには「平等」「人権」が保証され始めたヨーロッパ諸国からも、あえて「弾圧」を欲する人たちが、どんどんシリア経由でIS〔イスラム過激派組織〕へ向う現象さえ見られます。

私の考えによれば、民主主義には「混乱」という宿命がありますが、それでもまだ独裁よりは優れている、この根幹を教育してこなかった結果だ、と思います。

何もしなくても民主主義は自動的に継続される、そんなことはないのですね。

まとめると

  • 冷戦という深刻な米ソ対立時代には、米ソ両陣営に分かれて暴力的な独裁国家が次々に誕生し、冷戦構造を維持していたため、表面的に静かだった。
  • 冷戦が終わるや、独裁国家が崩壊して民主化を目指したのですが、いきなりの民主化は無理だったようで、やはりイスラム教による独裁がこれらの地では必要なのか、と思われつつあるようです。

いまなお流動的で、どうなるか分りませんが。

私は個人的に

そもそも一神教が平和を乱し対立させ戦争を起こさせる原因である」、と考えています。つまりキリスト教とイスラム教に、そもそもの問題がある、というものです。

ついでに言えば

共産教といわれる宗教(これも一神教)も中国や北朝鮮で見られますね。中国で共産主義は死んだ、と思ってらっしゃるかたは、・・・・あまい(笑)。

特に、中国の横暴にいっさい触れることなく、米軍基地反対だけに走って自分の主張だけを「死守」しようとする人たちが、成田闘争時の過激派やIS〔イスラム過激派組織〕達をも連想させ、近々これら反対派の中から暴力事件を起こす人が出て、「日本政府の横暴を世界に訴える」として翁長沖縄県知事が辞任する、こういう近未来が想定できます。

翁長には「多くの日本人を味方にするにはどうしたらいいか」という視点が欠けているようで、自分の主張が「善」だ、「正義だ」とする中国共産党や韓国の狭い世界観そっくりですね。人の話を聞くという資質をもっていないようです。

それもそのはず、翁長は那覇市長時代に、中国福建省福州の名誉市民に選ばれているようです。これでは決して中国共産党の言動に異義を唱えること能わず、中国共産党の「思う壷」でした。そしてまた翁長は、いや「思う壷」ではないと衆人が納得する言動を示したことが、ありません。

その1 その2

ロシアが

隣国のウクライナのクリミア半島を武力侵略して併合した根拠として、勝手に他国で住民投票したとか自国ロシア系住民が多いというのを挙げておりますが、中国共産党が沖縄を武力併合する意図と重なって見えてくるのが気になるところ。

ロシアがソ連そっくりの言動を続け、中国共産党がまだ弾圧を続けようとしている現在、冷戦はまだ終わっていない、私はそう思っています。


それにしても、チュニジアの襲撃事件は悲惨でしたね。

チュニジアを訪問していた観光客は、まさかこんな所で事件が起こるとは思っていなかったようです。 

私はそうとう古い時代から、音楽でチュニジアを知っておりました。

  • 曲名:チュニジアの夜 (A Night in Tunisia)
  • 作曲:ディジー・ガレスピー
  • 音声:バド・パウエルの「The Amazing Bud Powell Vol. 1」で「チュニジアの夜」の演奏が聞けます。
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安倍首相の「我が軍」発言

2015年03月24日 08時27分54秒 | 社会

2015/03/20(金曜日)の参議院予算委員会で、安倍首相が

自衛隊のことで質問されて、「我が軍(わが軍)の透明性をあげていく・・・・」

と述べたと報道されたのを聞いて、さっそく事実確認をしようと調べてみると、次のようでした。

  • これは土日を挟んだあとの03/23(月曜日)付け朝日新聞の記事だった。
  • 「我が軍」「わが軍」を産経新聞・読売新聞・毎日新聞・時事通信・日経新聞・CNNニュースなどで調べても検索できなかった。

コハイカニト思ヒテ一体これはどういう事かと思い

またまた「朝日新聞の誤報か」というのが脳裏を横切りましたが、私は直接国会中継を見ていないのはもちろん、録画さえしておりませんでしたので、さてどうしようかと思い、YouTubeで検索してみると、・・・・ありました、ありました。

YouTubeの安倍総理「わが軍」発言

ということは今のところ

「我が軍」発言ニュースは、朝日とYouTubeだけが取り上げていて、なぜ他の日本の新聞各社やCNN日本語版で扱っていないのか、と疑問をもちました。

もちろん日本の自衛隊は

日本語の名称こそ「自衛隊」ですが、他の国からみたら、通常の軍隊にちがいありません。

ただし規模ランキングで言えば次のようになっているとのこと。

    1. 米国
    2. ロシア
    3. 中国
    4. インド
    5. 英国
    6. フランス
    7. 韓国
    8. ドイツ
    9. 日本
    10. トルコ

驚くのは韓国の7位で

武力鎮圧・言論弾圧で有名な中国、血気盛んな封建社会の韓国が、「超右翼的」な自分のことを棚に上げて、軍事規模で下回っている日本を「右傾化した」と言っているのが、言論統制している国らしく落語のように面白いですね(笑)。

そもそも中国の軍事的台頭がなければ、安倍晋三政権もなかったと思われます。自分の国の軍国化を棚に上げて(それは善だと勝手に思い込み)、日本の右傾化だけを語るのが、いかにも弾圧国家中国らしいですね。

まとめるならば

  • 日本政府が、日本国民をだまして「軍隊」を「自衛隊」だとしていますが、他国攻撃(交戦)目的ではなく、あくまでも防衛に徹すると宣言し、堂々と軍隊と称していいのではないか。
  • 中国政府や韓国政府が、同国民をだまして、自分の国の暴力性を棚に上げて、日本を攻撃して何とか政権を維持しているけれども、どうも危うい体制のように見え、崩壊も時間の問題か。
となりましょうか。

普段からの安倍晋三の

歴代首相に比べると、かなり攻撃的な特徴が気になり、折しも選挙で大勝したことから「何でもあり」が隠せなくなっていて、よって「我が軍」発言に大きくひっかかるのですが、これを取り上げない日本のマスメディア(朝日やYouTube以外)もまた、不思議だし、何かを隠蔽しようとしているのでしょうか。

とはいえ私は、「なんでも反対」には賛成できず

  • 従ってヒステリー気味に叫ぶ社民党の福島など、聞いてはおれません。
  • また人材はいるに違いないと思われるものの日本共産党の党名が悪く、変えたほうがいい。特に世界を見渡しても「共産党」がろくな国家を作ってはおらず、ただ美しい言葉で人を欺すのが得意。現実は一部貴族による独裁政治であり、平等とはほど遠い弾圧政治しかできないようです。要するに党名(とうめい)」が「不透明(とうめい)」というわけです(笑)。
しかし沖縄では、

これらの党の主義主張には賛成できないけれども、これらの党だけが沖縄のことを分ってくれると信じている人もいて、これは現代日本の不幸でしょうか。もちろん「沖縄」と「社民・共産」には、「何でも反対」という共通点があると言えますが(大笑)。

「何でも反対」というのは、相手がどう出ようとも、それと反対のことを表明するというもので、論理不一致などはどうでもいいという韓国・北朝鮮・中国と瓜二つではござらぬか(笑)。

中国・韓国

内容はともかく形式さえ整っていたら、それでいい、という方針は、中国・韓国では、法が機能していない〔形式程度の法体系であることからみても、また韓国の日本とは比べものにならない顔の整形人気を見ても、明らかでした。

一方日本では

「内容が伴わない形式はだめ」という考えがかなり徹底しているようです。何と大きな隔たりでしょうね。

ただし日本でも、「内容はともかく形式さえ整っていたら、それでいい」とする人も増えており、社会が分断されているとも言えますが。
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やっば~い、散歩びとが来る

2015年03月24日 03時57分44秒 | 野鳥(カンムリワシ)

撮影月日:2015/03/23 08:16
撮影場所:石垣島林道嵩田線

三脚で、敵に気付かれないようひっそりと、しかし機嫌よくカンムリワシを撮影していると

ななんと、向こうから散歩人(さんぽびと)が来るではありませんか。

これだから8時などという遅くにやってくると、ろくでもないことが・・・・。もっと早く来るか、午後のほうがましなのか。

向こうを向いているカンムリワシは、「こちら(背後から撮影している)」の私と、「むこう」の散歩人の間に、挟まれてしまいました。

こちらは1ヶ所にとどまって静かに撮影中、むこうはこちらに向って落ち葉を踏みしめ音を出しながら元気よく歩いてくる。

直感的にカンムリワシはこちらへと思ったものの、上へ逃げる手もあり、どうなるかは分りませんでした。

さてその後、どうなったか、というと

カンムリワシは、向こうに見える散歩人のほうを危険とみたのか、私がいるこちらへ向って飛び始め、私のすぐ右、3mくらいの所を後方へ飛び去ったのです。もちろんその瞬間の撮影映像はありません(泣)。

15年以上撮影を続けてきましたが、こんなできごとは初めてでした(笑)。

その「散歩人がやってくる」までの映像を動画でどうぞ。

→ こちら(YouTube)

なお、動画の最初部分は、デジタルズームも採用して拡大したため、かなり映像がボケておりますので、ご了承下さい。

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カンムリワシ発見!

2015年03月23日 16時13分22秒 | 野鳥(カンムリワシ)

撮影月日:2015/03/23 08:00
撮影場所:石垣島・林道嵩田線
屋外気温:21℃ 

朝07:30ごろ曇天でしたので

於茂登のふもとでは小雨もあり得ると覚悟し、上着2枚(ワイシャツだけ)の姿で出かけました。

途中、少し寒さを覚え、軽い風よけなどの上着を着たほうがよかったかと反省しながら、もう遅い時刻ですので、けっこう増えていた車の列とと共に林道嵩田線を目指しました。

幸い小雨をみることはなく

今年になってカンムリワシ撮影5回目にして4回の撮影に成功しました。なんと5打席4安打、打率0.800とは上々の出だしでした(笑)。

なお詳しく言えば、5回のうち4回までが午後からで、今回はじめて、すこし遅めでしたが、07:30の出発でした。

カンムリワシの数は15年前に比べて

カラスに追われたためか、どんどん減っていて、昨年2014年度には早朝からの打率が極端に下がったので、今年2015年からは午後も視野に入れていました。

静止画を御覧下さい。前方のかなり遠く先〔10mくらいか〕に発見して撮影していることがおわかりだと思います。

この3枚は、

  • 同じ場所から撮ったもので、画像容量の制限から画質を落とすよう加工したものです。
  • 一番上の画像で、かなり遠くの枝にカンムリワシがいると発見できますか(笑)。
  • その下(次)あたりは望遠レンズに切り替えて撮影しており、レンズ交換の30秒のあいだに逃げ去る危険があることも、きっとご了解いただけることでしょう(笑)。
このあと、林道で「撮影者にとって初めての」悲劇が起ころうとは、いったいたれが予想していただらうか。詳しくは時間の都合があり、次回ご紹介することにし、今回はこれにて失礼いたしとうぞんじます。
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将棋NHK杯決勝戦

2015年03月22日 21時45分24秒 | 将棋

いつもなら10:30-12:00の放送でしたが

  • 今日は13:05へずらして放送されたNHK杯将棋決勝戦で、先手行方尚史が後手森内俊之に負け、森内俊之の優勝となりました。
  • もし行方尚史が勝てば、来月4月から始まる将棋名人戦で羽生名人に挑戦することが決まっている行方尚史ですから、楽しみでした。
ちょっと森内俊之が苦しそうにも見えましたが、中段王に構えて寄らず、森内俊之が得意の形だったようですが、森内の寄せは速かったですね。さすがは去年4月に羽生に奪取されたとはいえ、名人位をはっていた棋士らしさが出ていました。

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電王戦の珍事

2015年03月21日 20時45分20秒 | 将棋

さきほど、1時間以内のことですが、将棋棋士とコンピュータの対局で起こった珍事です。

人間対コンピュータで、負けがこんでいた時代でして、コンピュータの攻勢に危険を感じていましたが、2015年度の電王戦5番勝負の第1局で人間が勝ち、続く本日の第2局で、コンピュータソフトウェアの「王手放置(無視)」があり、で珍しく?人間が勝ちました。コンピュータソフト側が自分の王手を無視して指すという反則があり、五番勝負で人間が最初から2連勝したのですね。

冷静に見ると、ソフトウェア側が「王手無視」の反則をしなかったとしても、人間が勝っていたような局面でした。

コンピュータソフトになれてきた世代が、コンピュータソフトウェアの欠点を、的確に捉えているようですね。平等な対局が重視される時代ならでは、と思いました。

初めてのことでしたが

人間とコンピュータソフトとの生中継を、ニコニコ中継で視聴し、少しイライラした時間があったものの、納得できた結果に終わりました。

あと3局があり、まだ分りませんが、興味をもっています。

サッカーで、人間がロボット軍団に負けてもこれほど話題になるとは思いませんが、将棋ではこうなるのですね。

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底原ダム〔石垣島〕の水位

2015年03月21日 07時21分39秒 | 石垣島

水位が低下している

底原ダム〔そこはらダム・すくばるダム〕の北側から動画で撮影しました。ただしまったく動かない動画なので、3倍速にしてみましたが、それでも「ただ、雲が動くだけ」でした(笑)。

動画は → こちら

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桂米朝、逝く

2015年03月20日 14時43分16秒 | 笑い

桂米朝〔1925/11/06-2015/03/19〕が死去しました。

これで、私が最も高く評価してきた3人がすべて、この世から去ったのです。

その3人とは

  • 升田幸三〔ますだこうぞう 1918/09/25-1991/04/05〕将棋棋士
  • Bud Powell 〔バド・パウエル 1924/09/27-1966/03/19〕ピアノ演奏家
  • 桂米朝〔かつらべいちょう 1925/11/06-2015/03/19〕落語家

3人に共通していたのは「創造性

  • 升田幸三: とくに序盤でさえ他の誰も気付かない独自の創造性を発揮して将棋の奥深さを伝え、升田幸三賞という名で現在にもその影響を残しております。
  • バド・パウエル: 軽く弾くだけがピアノ演奏ではないと、独自の音色と構想力を見せ、ビバップジャズの創造者の一人となり、50年後の現在にまで影響を与えています。
  • 桂米朝: ゆたかな発想とともに、「学者肌の細部にわたる調査分析力」と「突出した声色や表情による品格あふれる面白さ」の両面をもった他に例がない芸風でした。

ただし世間は、誰に対しても、悪い一面を強調しがちです。

  • 升田幸三: ガラが悪い、毒舌家だ。
  • バド・パウエル: 薬物中毒患者だ。
  • 桂米朝: 単に上方落語の復興に尽力した人で、学校の先生みたいでおもしろくない。 

などと揶揄する人もいましたが、それでいいのです。何かを成し遂げた人には、必ず反発する人がいるものですから。

そこで、私なりに、上の順序に従って、再反論しておきましょう。

  • 升田幸三: たしかにガラが悪かったが、立川談志のようなひねくれた幼稚さがなかった。満州進出の責任者の一人とはいえ、後日東条英機と対立して政界から離れた石原莞爾(いしはらかんじ)に似た明晰な頭脳をもっていた。
  • バド・パウエル: 晩年たしかに薬物依存の影響を連想させる演奏家だったが、裏社会の白人たちによる犠牲者だったとも言え、時代が異なるもののMLBのロッド、ボンズ、マグワイア、ソーサなどの確信犯的な薬物使用「本塁打増産人物」とは大きく異なる。
  • 桂米朝: たしかに古今亭志ん生や笑福亭松鶴、横山やすしのような破滅型の芸人を好む人には好かれないだろうが、それでいいと思う。私の知る限り、6代目三遊亭圓生と桂米朝は、文字通り「名人芸」を見せた。

桂米朝の言葉で好きなものを1つ上げておきます。

笑いは庶民の尊い文化だが、ブームになるとかそんな大層なものやない日本経済新聞

どうですか、立川談志のような低レベルの口調ではないでしょう?

まぁ、桂米朝と談志を比較すること自体が、桂米朝に失礼な話ですが(大笑)。 

旧満州に縁のある人について

  • まずこの桂米朝が、旧満州生まれであること〔出身地は実家のある姫路とする〕
  • 終戦間際に、古今亭志ん生と三遊亭圓生が満州へ興行に出かけ、戦後何とか帰国し、その後、両者は50歳くらいを過ぎてからようやく売れ始めたこと
をご紹介しておかねばならないと思いました。
今もしも30歳代や40歳代の人で、「自分は不遇だ」と思っている方がいたとしたら、50歳を過ぎてからのこんな立派な人生もあるということを、知っておいて決して損ではない、と思うのです。今のあなたを磨いておくのがよろしいかと!
最後に
  • 桂米朝の葬儀委員長は田中秀武米朝事務所会長、喪主は桂米朝の息子桂米團治。
  • 桂春若の話では、風紀を乱す連中の集まりである上方落語協会(会員200名強)の初代風紀委員長が桂米團治で、2代目が桂春若らしい。
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いよいよ夏か(笑)

2015年03月20日 02時03分12秒 | 科学(気象)

ただいま 2015/03/20 02:00 ごろ。つまり深夜の石垣島です。

室内がめっぽう暑く、温度計を見ると29℃になっていたので、やむを得ず冷房を入れました。この先、思いやられますね。←毎年こんなことを言っている?

気象庁の観測を見てセル単位の都道府県地図へ書いてみました。ほとんど自動化しており、すべて1分以内に完了します。

データを得た気象庁へのリンクを貼っておきますが、念のために言えば、ここでは毎時のデータを自動でアップロードしているらしいので、下図(1時現在)とは異なると思われることをご了解下さいますよう。

 

これを見ると、20℃を超えているのは沖縄だけで、13都道府県では10℃以上にも達していません。沖縄の下に石垣の値23.2℃を入れておきました。

なぜこんな時にここで冷房を入れなければならないのか、と心配するナヤンデルタール人がいました(笑)。

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