いそべ靖雄

いそべ靖雄の日常

葬儀・お墓・供養からの自立・・・・・

2017年04月18日 11時00分24秒 | Weblog
所謂(いわゆる)世間で言われる自立とは

経済的に食べて行ける状態を指していると思われるのだが

これとても、生活保護で食べてゆける人はどうなのか

自分で働いて稼いで生活をしている人からみたら

どうなのであろうか・・・

そんなことを考えていたら

私の年齢が71歳であることに気が付いた

私は極貧生活ながらも、食べてはいる

しかしながら、知人の何人かは病やケガ(歩行中の転倒、自転車で転倒が多い)

などで寝たきり、車いすなどで家族やヘルパーの介護に頼っている

よく、自律をしろ、他人を頼るなと云われるが、そのように云う人も

いずれは誰かに依存しなければ生活ができない・・・そんな世界を

長寿世界という・・・まことに長寿は目出度いのである。

そして、最近他界した

すると

葬式・・・葬儀社・・・心付け、いろいろな人が寄ってたかって

それから、お寺さん・・・お坊さん・・・戒名

ま~お金が飛ぶように・・・ホント飛んで行ってしまった

日頃は仏さんとかお釈迦様とか全く縁のない遺族も

社会の空気に押されて、仏教葬儀をおこなう

この葬儀から一周忌・・・三周忌・・・延々と法事が続くのである

お盆・・・お彼岸・・・命日・・・etc

仏教によってガンジガラメにされてしまうのである

お骨はどうする・・・今都内にお墓を求めるとなると、

墓石代金を含めて数百万円もかかるらしい

とてもではないが、貧乏人にはお金がない

それならばと・・・墓石ローンがあるらしい

いずれは無縁墓になるかもしれない墓に数百万円のローンを組むという

常軌を逸したとしか思えない借金地獄・・・

私は死者を人質にしたような感じがする社会の空気に

疑問を抱いている

この空気はいったい何なのか?

人間は社会という空気から自立ができない存在なのか

もし、自律ができれば空気から自由になれる

少なくとも葬儀、お墓、供養、戒名・・・などを手かせ足かせとしなければ

世間の空気から自由になれたなら・・・一つの自由の喜びを知ったなら

こころの片隅に生じた自由の喜びが心に広がり

あなた・・・そして私は祖先に対しての尊崇の念が山奥に湧く

泉の如くに湧き上がってくるのではないのかと思っている。


・・・・・続く・・・買い物に出かけます。




















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