はちみつブンブンのブログ(伝統・東洋医学の部屋・鍼灸・漢方・養生・江戸時代の医学・貝原益軒・本居宣長・徒然草・兼好法師)

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養生一言(1)

2017-06-19 10:44:31 | 養生一言

今日の一言」で連載中の、養生に役立ちそうな言葉を、週ごとにまとめておきました。

調身・調息・調心

調身・調息・調心は、座禅を行う時の基本で、
調身は、座る時の姿勢(端座法)
調息は、呼吸方(丹田呼吸)
調心は、心を調えること(数息観・只管打坐など)
と言われていますけど、病気の治療や、子供の成長にとっても、非常に大切なものです。
現代社会の生活の中で、それらが乱れてしまっているのに、それに自分では全然気づいていなかった、
ということが、結構あるものです。
こまめに、調身・調息・調心を意識してみると、心身を良い方向へ変化させていくことができますよ。
 
 
障害と力くらべするとき、人間はおのれを発見する。
しかし、障害にぶつかるためには、人間には道具が必要だ。
 
(サン=テグジュペリ『人間の大地』山崎庸一郎訳より)

サン=テグジュペリは、大工にとっては鉋(かんな)、農夫にとっては鋤(すき)が必要だと言いました。
東洋医学に関わる者にとっては、鍼(はり)と艾(もぐさ)が必要です。
あと、漢方薬と、何より、知識と知恵が必要ですね。
病気や障害で苦しむ私たちにとって必要なものは何でしょう。
自分に合ったものを見つけたいですね。
 
 
志は満たすべからず、楽しみは極むべからず。
 
(『礼記』「曲禮上」より)

志も、楽しみも、人が人らしく生きていくために、とっても重要なものですよね。
でも、それらを満たしたり、極めたりしてはいけない、と『礼記』にあります。
そうなった時は、人としての成長や人生が終わってしまうから、かもしれません。
極められるような、簡単なものではなく、遠大で、継続的な人生の目的を持つのが良さそうですね。
子供の時も、退職した後も、一生懸命に働いている時にも、考えさせられる言葉です。
 
 
人を玩べば徳を喪い、物を玩べば志を喪う。
 
(『書経』「旅獒」より)

現代の、人口過密、物質過多社会は、一昔前の王侯貴族の生活に似ている所があるかもしれません。
こんなにも、人が多くなって、物が多くなると、一人の、一つの物の価値を低く感じてしまうものです。
それでも、一人一人を大切に、一つ一つを大事にしていくことが、人間にとって必要なことなんでしょうね。
 
 
風邪は経過するもの

頭を使い過ぎて頭が風邪を引く。消化器に余分な負担をかけた後でも風邪を引く。
腎臓のはたらきを余分にした後でも風邪を引く。
とにかく体のどこかに偏り運動がおこなわれ、働かせ過ぎた処ができると風邪を引く。
だから飲み過ぎて絶えず肝臓を腫らしている人は肝臓系統の風邪を引く。
ふだん余分に栄養物を摂って腎臓を腫らしている人は腎臓系統の風邪を引く。
しょっちゅう心配している人は神経系統の風邪を引く。
そうやってそれぞれその人なりの風邪を引くと、その偏って疲れている処がまず弾力性を恢復してきて、風邪を経過した後は弾力のあるピッチリした体になる。
だから風邪というものは治療するのではなくて、経過するものでなくてはならない。
 
(野口晴哉『風邪の効用』より)

人の身体には、自分で自分を調えよう、治そうとするはたらきがあります。つらい症状や心配な症状があると、ついついそれを抑えてしまおうとする欲求がでてきてしまいますが、自分の自然治癒力を信じて、経過させることは、とても大切なことです。
でも経過させるにしても、ただ信じるだけではなく、自分の身体の性質、状態をふだんからよく知っておく必要がありそうです。
自覚的に、他覚的に、わかる人に聞くのも一つの手ですね。
 
 
学ぶとは、知識や技術を単に増やすことではなく、根本的に新しい経験や考えを全人格的に受けとめていくことをとおして、その人格が再創造されることなのである。
 
(ミルトン・メイヤロフ『ケアの本質』田村真・向野宣之訳)

病気になったり、つらい症状を持つ機会に恵まれると、健康な時には考えもつかなかったことを学ぶことができます。
いろんな痛みや不快感だけでなく、なんとも言えない独特の感覚、感情、医学的知識、治療法やその経過、回復したときの喜び、爽快感など・・・。
でも、その学ぶことの本質は、「人格の再創造」なんでしょうね。
苦しみを知ると、他の人の苦しみを理解することができます。自分の弱さを知ると、より弱っている人の力になるために、強くあろうとします。
病気の時に何を学ぶか。大切な人生の分岐路です。
 
 
真人の息は踵を以てし、衆人の息は喉を以てす。
 
(『荘子』「内篇・大宗師」より)

真人と呼ばれる人の呼吸は、深い、踵から身体全体を使ってするもので、衆人の呼吸は喉を使った浅いものである、ということです。
腹式呼吸とか丹田呼吸などと呼ばれる呼吸法、調息法があります。
お腹や丹田を動かして呼吸することを意識しすぎると、胸とか他の部位を、無意識的に、動かさないように力をいれてしまうことがあります。
でも、そうすると、浅い呼吸と同じように、逆効果です。
本当の呼吸は、身体全体を柔軟に使って行うものなのですね。
 

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