食育基本法のあまさ 4月10日

政治の責任で現代の「食」を見直すと言っても、具体的に何から手を付けていくかは非常に難しい問題だ。言うは易く行うは難しだ。昨年7月15日に施行された食育基本法も、抽象的な文言が多く、食品衛生法が示す衛生管理と照らし合わせると、具体的な取り組みへの政府の責務という意味では、不十分な点が多い。例えば学校給食現場で食育を推進しようとしても、食品衛生法や既存の条例が足かせになり、行政指導がなされるケースは多分に想定される。

1996年、学童3名が死亡したO-157による集団食中毒事件が、全ての背景にある。この事件を境に、学校給食や外食産業あるいは家庭など、あらゆる場で、食中毒に対する衛生管理の徹底が強調されるようになった。その結果、学童の食事の1/3を占める給食が、極端に無機的で味気ないものへと変貌していった。教育委員会や学校が、食材の滅菌・殺菌にプライオリティを置くあまり、生野菜は徹底的に給食から排除された。キューリが、熱湯で1分間加熱処理されていることに、愕然とする。キャベツの千切りも同様で、1分間の熱湯処理を経なければ子どもたちに食べさせてはならない。衛生管理の徹底と言われても、これらの行為は明らかに不自然だ。

クッキング保育に取り組むある保育園が、園児にマイ包丁を持たせ調理の体験をさせていたところ、「食材を切るのも洗うのも子どもたちに体験させて良い。しかし、それを食卓に出してはいけません。『おままごと』ですから。」と、行政指導されたそうだ。食育の一環であるクッキング保育に対して、行政は、「子どもが調理したものは食べずに捨てる」よう指導しているのだ。理由は、勿論「不衛生だから」。保育園が独自に漬物や梅干し・味噌などを作り園児に与えることも禁止され、死者を出したO-157事件は、事実上、食育と逆行する方向で行政を動かしているのだ。

衛生管理のみに主体を置くあまり、キューリや千切りキャベツを熱処理させ、子どもの調理はおままごとと決め付けるやり方は、やはりあまりにも不自然だ。行政の怠慢としか思えない。新たに基本法を制定し、食育の重要性を政府が本当の意味で認識するのならば、具体的に栄養士や調理師など専門家の人数を増やし、子どもたちに生野菜を提供できる環境を整えることが必要だ。マイ包丁でつくる野菜たっぷりカレーを、ニコニコ笑いながら園児たちが食べることのできる環境こそが、食育の原点ではないか。

食材にO-157が付着し集団感染した原因は、生ものにあったわけではない。生ものの取り扱い方に問題があったのだ。新鮮な食材を使用し、病原菌を取り除く手間が困難なら、それを可能にするための人員を確保すればよい。地域のシルバー世代の方々を、こういう時こそ活用すべきなのだ。西日本新聞社刊「食卓の向こう側」シリーズは、学校給食の現場では「O-157の悲劇が喜劇になってしまっている。」と指摘する。もっともだ。生のキューリを食べるとき、1分間も熱湯で処理する家庭があるだろうか。あまりにもナンセンスだ。

政治がまず着手すべきは、学校給食の見直しだ。子どもたちの「食」への認識を転換させることが、家庭での「食」への意識改革につながる。学校給食は、地産地消の第一線であるべきだ。給食に中国産野菜などを導入しないよう指導することは、重点的に取り組まなければならない課題だ。給食の向こう側に、生産者の流した汗が見えるとき、子どもたちは嫌いな野菜も残さず食べるようになり、循環型社会の仕組みを理解し、その一員となっていくのだ。「食」は、人間の生き方そのものであり、日本の再建には、「食」の見直しが重要な鍵となるのだ。

食育基本法には、食育を国際貢献につなげるとの文言がある。BSE問題で判明した米畜産業界の杜撰な飼料規制や成長ホルモンの使用、あるいは穀物や野菜などへの農薬の乱用など、米国や中国の食糧への間違った衛生管理に対する警鐘を、日本が積極的に鳴らしていくと解釈したいところだ。しかし、一方で、都市と農山漁村との共生・対流を図り食糧自給率を向上させるとしながらも、最後まで「地産地消」という言葉が本法には一度も出てこない。この先も、米国産や中国産の輸入食糧に大きく依存していくことを大前提にしているとしか考えられず、政府の姿勢に大きな矛盾を感じるのだ。

食育基本法では、各自治体に食育推進計画の作成を促している。しかし、本法施行の平成17年7月以降、実際に計画を立て直した都道府県及び政令市は、全国で3団体にとどまっている。計画倒れを危惧する前に、計画さえ立てられない自治体が大半であることが、食育への認識の甘さを物語っている。「食」の見直しは、待ったなしだ。どういう「食」を選択するかを考えるとき、どういう社会にしていくかが見えてくる。このことを忘れず、私たちは「食」と向き合っていかなければならないのだ。

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