読書会

読書会に関する資料をあつめて 公開しようと思います

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

資料

 | 近況
sabasaba13.exblog.jp 散歩の変人

「日本の200年」

 「日本の200年 徳川時代から現代まで」(上・下)(アンドルー・ゴードン みすず書房)読了。うーん、やっぱり本屋へは足繁くかよわなくちゃ、と何度目かの誓いをたてました。先日、本屋に行って平積みなっていた本書を見つけたのです。ん? アンドルー・ゴードン… パンッ 「歴史としての戦後日本(上・下)」(みすず書房)の編者だあ! しかも日本の近世・近代・現代200年の通史を、一人のアメリカの歴史学者が書き上げる。これは快挙です、面白くないわけがない。さっそく購入、さきほど読み終わりました。
 「日本語版のまえがき」に非常に興味深いエピソードが書かれていました。「新しい歴史教科書を作る会」が、1990年代末にアメリカのアジア学会の会員に送ったパンフレットのなかで次のように主張したそうです。「それぞれの国は、他の国々とは異なる独自の歴史認識をもっている。さまざまな国が歴史認識を共有することは不可能である。」 知的能力の欠如と志の低劣さを自ら告白するような一文ですが、さすがにゴードン氏は論理的にきちんと反論されています。長文ですが引用します。
 本書はこれとはちがう精神に立って、つまり、私たちのだれもが、それぞれの国の歴史について共通理解に到達することに関心をもち、そうした共通理解について考え、それに向けて努力する義務を共有している、という想定に立って書かれている。たがいの歴史についての共通理解を目指すことが重要であり可能であると信じることは、世界各地の歴史経験が、遠い過去のことか、近現代のことかにかかわらず、すべからずおなじだと主張することとはちがう。歴史家の技法の本質は、さまざまな時代や場所にみられる特有の社会構造や社会思想を分析する場合に、ユニークさを強調するあまり、それらを、他の時代・地域の人々の経験とまったく共通点がない、隔絶した、ある特定の国だけに固有な神秘的の本質であるかのようにとらえることなく、そうした社会思想に光を当て、それらがどのように循環し、変遷をとげたかを跡づけることだ。本書は以下のページで、日本の近現代史が、全世界に共通の近現代史というテーマにかんする一連のバリエーションとして理解可能だということを論じている。
 その言の通り、歴史家の技法の妙を満喫させてもらいました。手放しの賛美でも罵倒でもなく感情に流されずに、該博な知識、論理的な思考を駆使して歴史の共通理解をめざすという目的は十二分に達成されていると思います。女性や戦後史に関する叙述が大変充実しているのも嬉しい限りです。私のような凡夫の賛辞よりも、切れ味より文章をいくつか引用した方が、納得していただけるでしょう。
 明治維新は、不満を抱いた下層エリートによる革命だった。

 1920年代の終わりから30年代のはじめにかけて、帝国民主主義秩序が国の内外で攻撃にさらされると、日本の指導者たちは、民主主義よりも天皇と帝国を優先したのである。折りから経済不況と国際緊張が深まるなかで、指導者たちは、協調的な帝国主義よりも排他的な帝国を選び、議会制民主主義の道を捨てて、権威主義的政治体制を強化したのである。

 三つの国(ドイツ・イタリア・日本)の指導者たちは、あるひとつの栄光ある民族集団のエネルギーを、軍事的な覇権と、外界にたいして閉じられた経済帝国と、反民主的で階層的な国内の政治・文化・経済を追求するためのエネルギーへと集中化する、という目的を共有していた。

 世紀の境い目の時点で槍玉にあがった慣行や制度は、それよりほんの数年前までは、日本の成功をもたらした鍵として絶賛されていたのである。そのような慣行や制度には、長期的な雇用関係や、経営者が四半期ベースでの高利潤達成を迫る株主の要求をみたさなければというプレッシャーを常時感じることなく、長期的な成長のためにコストのかかる投資をおこなえることなどもふくまれる。経験の蓄積や長期的な視野を重視する慣行自体が、二十一世紀の情報集約的な経済で成功するための障害となる、などということはとうてい信じがたいことである。九十年代に日本経済が陥った苦痛は、おそらく、基本的・構造的な欠陥から生じたというよりも、マクロ経済政策にかんする一連の深刻な判断ミスの結果だったと考えるべきだろう。
 いかがですか。実はアメリカの大学生向けの教科書として書かれたそうですが、羨ましい限りです。こんな教科書で近現代史の授業を受けてみたかったな。お値段はしょうしょう高いのですが(上下あわせて5600円)、それだけ身銭を切る価値はあります。またこうした好書を出版し続けるみすず書房にあらためて感謝したいと思います。
 最後の引用です。「新しい歴史教科書を作る会」を含めて日本人全体に対する批判と忠告だと受け取るべきでしょう。共感か隔絶か、どちらを選びますか?
 閣僚をはじめとする多くの日本人が、他国民の体験への共感という視点からその過去を振り返ることをしたがらない、あるいはできない、ということ自体が、反日感情を新たに燃えさからせたのである。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 資料 | トップ | 資料 »

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ちょっとした違和感 (蜂郎)
2007-05-25 22:17:21
通読してないので、分け入った批評は差し控えますが
相対化した現代、本当に世界が一つの歴史認識に立てるのでしょうか、むしろその固有性を理解することが
大切なのではないでしょうか、

コメントを投稿

近況」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
飲食店経営 (飲食店経営)
こんにちは。 始めまして(^^) 私もブログやっていまして、ちょうど関連の話題だったのでTBしました。 ブログにも紹介させて頂きました☆ もしよかったら私のブログにもTBよろしくお願いします。