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「甘やかし」と「愛情たっぷり」

2016-09-11 | 日記
1か月のご無沙汰になってしまいました。

この1か月、さまざまな場面で、親の責任が取り上げられていました。

事件での謝罪では、親の責任について、さまざまなところで議論されていました。
私は、成人している子どもに関して、そこまで社会的な制裁を負うべきか、疑問に思っています。
事件を起こしたのは子どもであって、親と子は社会人としては別人格だと思うからです。

なのに、マスコミは子どもの罪は親の罪、という感じ。
親は子どもの一生に責任を持つものでしょうか。


親と子は一心同体ではありません。全くの別人格です。
子どもはいつまでも何も知らない小さな子どもではありません。
いつまでも子ども、そう思い込んでいるのは、
小さな子どもでいてほしいと親が勝手に願っているか、
責任が親にあることにした方がメリットがある人だけです。


子育てを一生懸命しているなら、子どもに対しての責任は絶対に感じているのではないでしょうか。


しかし、独り立ちする日がこなければ、一人前にもなりません。
頼りない、ちゃんとできるか、など、心配がつきません。
でも、独り立ちするチャンスは、若いころに多く訪れ、
年齢が上がると、その分、独り立ちしにくくなっていきます。
その子に相応の時期に、思い切って独り立ちをさせるべきです。

でなければ、子の失敗は親がしりぬぐいをして、ことの重大さが半減されるという、
それがいつまでも続く、子どもにとって良くない環境になってしまいます。


「甘やかし」と、「愛情たっぷり」、
この両方の線引きをしっかりできる親も多いことでしょうが、
愛おしさが余り前者が勝る場合が多いのも、また親心です。

子どもが道に外れるように育てる親はなく、
甘やかしすぎが必ずしも犯罪に繋がるわけでもありません。
そしてそのことを、他人である私たちが責める資格はないと思うのですが・・・。
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