八障連ブログ

八障連(八王子障害者団体連絡協議会)運営委員会より、情報提供を行っています。(「八障連について」カテゴリーを参照)

八障連通信322号

2017年07月23日 17時07分32秒 | 八障連通信
八障連通信322号をアップします。


八障連通信322号【PDF版】はこちらから




ここからは通信本文です。



【事務局通信 Vol.35】
《3/18福祉フォーラム、無事開催されました》
春めいてきて、暖かくなってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?八障連は年度最後のイベントで、福祉フォーラムを無事開催できたことが何よりという感じです。しかし、この開催に伴って各方面からの協力があり開催できたことは言うまでもないと思うのですが、まずは手話通訳者の派遣を八王子社会福祉協議会様の協力のもと、できました。またパソコン文字通訳として、ユビキタスの皆様に協力をしていただきました。
今回上映会を観に来ていただいた方より「見やすくてよかった」・「わかりやすかった」と言いう声もいただきました。パソコン通訳に関しては、今回2回目ではありますが、このような皆様に分かりやすく、誰もが楽しめる上映会を今後も取り組んでいきたいと考えております。また、今後の日程では、5月に総会にて八王子市の自立支援課の方より出前講座を予定しております。また、八王子の駅前放射線通りにて5/27 NPOフェスティバル、6月には市内の学校にて障がい体験のイベントを行う予定です。皆様のご理解とご協力のもとイベント等行っていく予定ですので、ぜひご参加、ご協力をお願いいたします。(文責/立川)




【《「こんどの精神保健福祉法改正案は絶対におかしい!!3/24緊急院内集会」に参加して》】
3月24日、「病棟転換型居住系施設について考える会」主催で、精神保健福祉法改正に反対する緊急集会が参議院会館で開催されたので参加してきました。
ご存知の通り、今国会で精神保健福祉法の「改正」案が提出されています。この法案は、相模原「津久井山ゆり園」事件の再発防止が発端となって提案されました。政府はこの法案に「措置入院」となった患者の継続的な支援を自治体に義務付けることなどを盛り込んでいます。しかし、これが法の趣旨に明示的に犯罪の防止が掲げられていることとあいまって、措置入院患者を永続的に監視することにつながること、また退院後の支援計画に警察関係者が介入するなど「治安」維持的な側面があるなどの問題点が指摘されています。措置入院とは、「精神疾患のために自傷他害の恐れがあると判断された場合に強制的に入院させることができる」制度です。この緊急集会には当事者団体をふくめ100名近くの方が参加されていました。講師として内田博文さん(神戸学院大学法学部教授・九州大学名誉教授)、池原毅和さん(弁護士・東京アドボカシー法律事務所)らをお招きしてご意見をお伺いし、また当事者団体のダルク(薬物依存症者のセルフへルプグループ)からも発言があり、「精神障害当事者を犯罪の視点から監視を強めようとする意図がある」など、法案の危険性を指摘する意見が相次ぎました。(文責/山田)
   


【今後のお知らせ】
✦八障連の総会は5月20日(土)となります。現在総括議論をしています。ぜひご意見をお寄せください。(運営委員会)


八障連運営委員会
4月20日(木)
18:30~20:30
クリエイト 学習室

八障連定期総会
5月20日(土)
13:30~16:00
八王子労政会館第1会議室


NPOフェスティバル
5月27日(土)
10:00~16:00
ユーロード



【『3.18福祉フォーラム』を終えて 代表 杉浦 貢】
3月18日の福祉フォーラムは『壁』をテーマにさせていただきました。
 津久井やまゆり園の事件以来あらためて浮き彫りになった、『障害福祉の当事者及び支援者』と、『一般社会』の間に存在する認識の壁、私たち一人ひとり…個人と個人の間にある心の壁と、どう向き合えば良いのか。より良い社会とは、何によって築かれるのか…そんな思いから出したテーマでした。
第1部の映画、『アラヤシキの住人たち』の中では、都市との間にあえて壁を作り、そこに理想を見いだそうとする人々が出てきます。津久井やまゆり園の事件では、重度障害者の生活の実態が、誤解と偏見の壁によって社会から隔てられている事を、あらためて認識する事になりました。『重度の障害者は、世の中の役には立たない。死なせてしまった方が良い』という論理は一人の犯罪者の狂った理由付け、というのみに留まらず、一般の人々の中からも、『コストを消費して、難病者や障害者を生かす価値があるのか』という声が上がるようになりました。これは決して少ない数ではありません。
 バリアフリーという言葉が世に出るようになり、かなりの年月が経ちました。重度障害者の地域移行も、進みつつあります。そんな中我々は、『壁』なるものにどう対処していけばいいのでしょうか。
 私は、やまゆり園の事件以来、従来言われてきたバリアフリーの理念『壁をなくして、みんな仲良く』では、人と人の間に横たわる昏い部分、誰もが見て見ぬフリをしてきた課題には対応できないのではないか…そんな思いに駆られていました。そんなおりに、バリアオーバー・コミュニケーションという言葉に出会うことができました。
実は私、ここ何年か『しょうがい者の視点からみる現代社会』というテーマで、立教大学にてゲストスピーカーをさせていただいており、今回のフォーラムでお招きした堀越先生には、そちらの授業でいつもお世話になっています。
 昨年12月に立教大新座キャンパスにお邪魔した際、先生が口にされたバリアオーバーという言葉に興味を持ちました。思い切ってご本人にお訊きしたところ『詳しくは著書を読んでください(笑)』とのことでしたのでAmazonにて早速購入。熟読しました。フォーラム当日に先生もお話されていましたが、人と人との間にある壁は、交流を妨げるものである反面、その内側にある物を護る役割も持っています。現にアラヤシキの人たちは、都市と山との間に壁を作ることによって居場所を維持していますし、障害当事者の側からは隔離と抑圧の権化のように見られてしまう入所型の施設も、施設が作られた当初の時代には、今よりもっと酷かったであろう無理解で不寛容な社会の荒波から、重度障害者を護ってきた側面もあったのかもしれません。もちろん障害当事者の意向を無視して作られた壁が、いつまでも在り続けて良いはずは在りませんが。
 堀越先生はまた『壁とは挑戦の源である』とも仰っていました。スポーツアスリートが困難な記録に挑むのと似ているでしょうか。壁があるからこそ、人はそれを超えるために知恵を出し、努力するという意味ですね。人と人とは、容易に理解し合えないからこそ、出会いに神秘が産まれ、通じ合えたときに知る喜びが生じます。自分の居場所を護るための壁は、誰にとっても必要な物です。しかし、壁の向こうに別世界があるということを受け入れられなくなったとき、人は壁の向こうにいる人を傷つけるのかもしれません。壁そのものを否定するのではなく、壁の有り様を問い直し、有効に使っていく。フォーラムの場でみなさんと語り合ううちに、誰もが暮らしやすい、生きやすい世の中とは、案外、適切な形で間仕切りさられた壁の中に在るのかもしれない。そんな気分にもなりました。
もちろん壁には、ただそそり立つだけでなく、外の景色を見渡す窓や、人が自由に行き来できるドアの設置が不可欠です。 当然 ドアや窓にはカギも付けましょう。 自分の壁をどう扱うかは、我々一人に課せられた課題なのかもしれません。



【投稿記事 「私事的 迷言 年頭所感 結の会 代表理事 脇田 泰幸
頭のつもりが2月になってしまいました。本年もよろしくお願いいたします
さて、昨年から私は週3日(月・水・金)を結の勤務として1年近く過ぎました。教員時代から40年以来ずうっとフルタイムで働いてきたので、なんとも不思議な感覚が今も続いています。誰しも年を重ねればいずれは徐々にであれ、きっぱりとであれ仕事が終わる訳ですが、それがいつからなのか、何才からなのかは実に人様々です。年をとるということは、初めての経験・新しい世界に足を踏み入れるということ。ドキドキ!昨今の体調というか気分はあまりすぐれず、まず予定を忘れてしまいます。これは中々やっかいで手帳をそばにおいて毎日チェックが欠かせません。(人にはそれぞれ一生の記憶量が決まっているのかもしれない、つまり容量オーバー)それに曜日の感覚が混乱してきます。あとは眠いとか怠いとか酒の量も乱高下します。いや正直に言うと高止まり。集中力がかなり落ちてきたとか・・・世にいう老人特有の症状のようですが、生老病死は世の常とはいえ、自分がそうなってみるとあたふたします。どうゆう訳か体重が減りお腹が凹み寒風が吹くとヨロヨロ。ちょっぴり心配。夜の会議はしんどいので、いくつかの集まりにはご無沙汰させて頂き、ご迷惑をおかけしています。
 昨今の身近な友人・知人の生き死にや不調を見聞きするにつけ、還暦を過ぎて古希に近づいても、週3日は「結」で働くことで所属と役割・代表としての責任があり、社会との緊張関係があると自分を奮い立たせます。「まだそんな年でもないのに」と言われれば、なら、どんな年ならそんな年なのかと内心うそぶき、答えのない自問を繰り返し、気分は浮いたり沈んだりします。また「やる気の問題、気持ちの持ちようだよ」と言われればこればっかりは、この気分は伝えようもなく、上を向いてモゴモゴ。でも、一方では話しを聞いてもらいたい気持ちも止め難く、何とももどかしい。昨年の朝日新聞の「折々のことば」で、鷲田清一氏は芥川龍之介の「侏儒言葉」を紹介しています。『瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ、幸福になりたいなら、日常の瑣事のうちに「無上の甘露味」とともに「堕地獄の苦痛を感じなければならない』。そして鷲田氏は言う「瑣事を笑う者は瑣事につまずく。人生の痛烈なしっぺ返し」
また、哲学者の内山節さんは、『矛盾は解決するという近代特有の発想・・どんな方法をとっても問題は残る・・労働の世界が、お金を生む部分と何かを創りだしていく行為に分けられ、地域の伝統的社会が崩壊してしまっている現在、解決ではなく問題を減らし処理していく力がなくなっている、だから苦しい・・』と語る。
ひとたび日本社会や世界に目を向ければ、日々の出来事は何と荒涼としていることか。
さて、結に届けられる様々な「福祉系」通信などでは、中長期計画、新しい事業の創出、既存の組織と事業の見直し、世代交代などの言葉も目にします。結も単体の超零細NPO事業所であれ、当然、社会の反映であり縮図であり矛盾の凝縮したところに変わりはありません。結の現状の何を今後どう深め変えていくのか先日の事務局会でも、その先への議論がなかなか進みません。何が問題なのかが明らかになれば、問題の半分は解決していると言いますが、さてどうでしょうか。
<その1>当面、現状の仕事や活動の路線を丁寧に続けながら、常に検証の意識をもっていくこと
<その2>利用者・保護者・職員間等の関係をより豊かにしていくために話し合いを大切にしていくこと
<その3>結に関わる様々な団体・個人との連携・共感のネットワーを持続し広げ、完結しない世界を創造することとりあえず、私はこの三つを挙げてみました。「瑣事を愛し」ながら、今年もこの社会のあり様を問い続け、職場では皆で無理をしない仕事の仕方を知恵を出し合いながら、工夫したいと思います
私なりにささやかな努力を続けていきます。この「体調」のおかげで、他者の痛みや優しさに感覚が鋭くなった。その人なりの希望や楽しみを、多様な関係の中で生み出していきたいと思います。
皆様、変わらぬご支援とお付き合いを。この文章を書いたことで、気持ちが整理され少しすっきりしました。「物言わぬは腹ふくるるわざなり」ですね、兼好法師さん!
(「結の会通信」No81より転載させていただきました。/編集部より)




【連載コラム B型肝炎闘病記 パオ 小濵 義久】

闘病史 その14

医療技術の革新スピードは最近とみに増している感じがする。肝臓に関しても同様で、B型肝炎に対して初めて開発され、熊田Drの名前を世界に知らしめた治療法であるステロイド離脱療法はもう過去のものとなり、虎の門病院ですらもう15年ほど行われていないそうである。
その離脱療法のまだ試行錯誤の治験段階だったとは言え、理想的ではないにしろ適応条件を大幅に外してはいなかったはずにもかかわらず、私の場合は標準的パターンを踏襲せず、迷走を続けた。ステロイドを切ってからのリバウンドがそれ程大きく跳ね上がらず、峠を過ぎても順調に下って行かなかったのだ。富士山の山梨側の5合目から登って、静岡側の裾野まで下りてくるような登山が描く軌跡が理想的パターンなのだが、私の場合は下りが裾野まで一気に下がらず、途中から尾根続きのままだらだらと平坦な道が続く感じだった。本当の山ならこういった尾根伝いには綺麗な花がいろいろ咲いていたりしてとても素敵なのだが、私の場合は「困っちゃうなぁ~」なのである。
肝機能値が正常値にまで下がりきらず、少し高めに留まっているということは、炎症状態が続いていることを意味し、つまりは肝細胞が破壊され続けているのであり、尚且つリバウンドで強力な免疫賦活を起こすという戦略が外れたことになる。順調に進んでも最低1ヶ月はかかる治療法であったが、2ヶ月を過ぎても依然肝機能値が高めで、ウイルス量もそれ程減って来なかった。正常値内に入れば退院できるのだが、不安定なままでは場合によって再び高くなることも考えられるという事で、ダラダラ入院期間が延びて行った。
毎日何をするという訳でもなく、週2回の血液検査だけが課されているのんべんだらりとした生活が続き、読書にも飽いてしまった。本来は日々の楽しみになる筈の食事も無味乾燥になり、食べ物を捨てられない私には拷問のような感じになってしまった。100日を超える頃には胸のうちに暴発しそうなもやもやとした鬱屈した気分が立ち込め始め、精神的なゆとりも失いつつあった。拘禁反応?当時車が制限速度を超えると「キンコン、キンコン」とうるさくチャイムが鳴る装置が義務付けられていたが、、、。
3
ヶ月目に入ってからは毎週のように土日は外泊させて貰うようにした。また、外出願を出しては梶ヶ谷駅界隈の喫茶店に行ったり、二子玉川まで足を延ばした。ニコタマーゼのハシリである。いや、その頃はまだそんな呼び方は未だなかったか。そう言えば、ある日の外泊先が鎌倉婦人の家だったこともある。ご主人も腎臓病で虎の門病院(分院)へ通院しておられたので、よく一緒にお喋りをした。ご夫婦で麻雀が好きで、麻雀仲間と各家の持ち回りでしばしば卓を囲んでいると仰っていた。そこへ外泊時に加えてもらったのである。(続く)


通信本部はここまで。
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