八障連ブログ

八障連(八王子障害者団体連絡協議会)運営委員会より、情報提供を行っています。(「八障連について」カテゴリーを参照)

八障連通信323号をアップします。

2017年07月23日 17時31分26秒 | 八障連通信
八障連通信323号をアップします。


通信323号【PDF版】はこちらから




ここからは通信本文です。



【事務局通信  Vol.36】
暖かい陽気になってきましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。事務局は定期総会に向けて準備に追われ、今後のイベント等の企画について各方面との調整を行っております。定期総会終了後に第2部として、八王子市自立支援課をお呼びし、生活保護制度と生活困窮者支援の現状について、出前講座を予定しております。ぜひ皆様ご参加ください。
また直近の予定としては5/27(土)に「八王子NPOフェスタ」があり、他団体と同じブースをお借りして、八障連でも車いす体験を行う企画を準備しています。その他今年度のイベント等の予定につきましては総会にて決定されるますので、ぜひ参加いただき、一緒に企画、運営をお願いしたいと思います。そのほか、八障連の例会や通信で「自分たちの団体の活動の報告等したい」という団体の方がいらっしゃれば情報提供等、ご遠慮なくご連絡、ご活用を頂きたいと思います。(文責/立川)


【今後のお知らせ】
✦八障連の総会は5月20日(土)となります。多くの会員の参加をお願いいたします。その際は必ず「総会議案書」をご持参ください。(運営委員会)
八障連の例会や通信で「自分たちの団体の活動の報告等したい」という団体の方がいらっしゃれば情報提供等、ご遠慮なくご連絡、ご活用を頂きたいと思います。(文責/立川)

八障連定期総会
5月20日(土)
13:30~16:00
八王子労政会館第1会議室

八障連運営委員会
5月25日(木)
18:30~20:30
クリエイト

NPOフェスティバル
5月27日(土)
10:00~16:00
八王子ユーロード

編集部より
323号は、「2017年度定期総会」の特集号とさせていただきました。杉浦代表に2016年度を振り返り、2017年度の活動の抱負を書いていただきました。総会議案書とあわせ読み込んでいただき、ぜひ「定期総会」にてご意見をお聞かせください。総会には多くの会員の参加を期待しております。(運営委員一同)/
4月29日(土)の東京新聞朝刊の第1面に、『障害者差別解消法の施行からこの4月で1年になるのを機に、日本盲導犬協会が全国の盲導犬利用者にアンケートしたところ、55%が受け入れ拒否を経験したと回答。「法律の施行で、理解が変化したと感じるか」との質問には74%が実感していないと答えた』との記事が載りました。協会の担当者はこのアンケート結果について「法律に対する理解が進んでいない」現状を指摘していました。本号にコラムを寄せている鈴木副代表も、法律が制定されても、「実際にまちで一緒に暮らす人たちの理解が得られなければ、それらの法律の趣旨は実現できないことになるのだ」と指摘されてます。地域での啓蒙活動ももっと強めなければとの思いがよぎる今日この頃です。(M)


【2016年を振り返って、2017年を展望する 八障連代表 杉浦 貢】

《今年度の振り返り》
前代表から代表の役職を引き継ぎ、運営委員会の体勢も新しくなってから、あっという間の2年でした。私自身を振り返っても、勝手が分からず流れに乗るままだった1年目と比べれば、今年度はいくらかは周りを見渡す余裕ができてきました。
また、八障連の代表として市役所と連絡をとる場面が増え、市の職員にも顔と名前が知れわたるにつれて、市役所側からは、障害当事者全体の代表として見られている側面もあるのだと自覚しました。今後もより一層、加盟団体の声を行政に届ける橋渡しとしての役割が担えるよう、努力していきたいと考えます。どうぞよろしくお願いします。 私一人ではこの2年を無事に乗り切ることはできなかったと思います。これも運営委員のみなさまや、加盟団体のみなさまによる日頃のご支援、ご尽力があってこそのことでしょう。 八障連の昨年度の活動を支えてくださった全ての方々に、あらためて厚くお礼を申し上げます。
昨年度に起こった一番大きな出来事としては「津久井やまゆり園」での殺傷事件に尽きるでしょう。地域に暮らす障害当事者の一員としては、もちろん絶対に起きて欲しくないイヤな事件でしたが…同時に、自分で自分が恐ろしくなるような…『やっぱり起きてしまったか』という冷たい感想も頭をよぎってしまいました。こうした悲惨な事件は、二度と起こさせてはなりません。

《来年度に向けた抱負》
人が他者に偏見を持ち、他者の理解できない部分に恐怖を感じる。そして、理解できない他者を差別し排斥する。これは、自分のパーソナルを守ろうとする防御反応として、自然の本能として人間に備わったものでしょう。共同体から生産性の低い個体をなくしてしまおうとするのも、『動物の群れ』としてはある意味当然かもしれません。
異なるものを排除し、傷つけるだけでも罪深いのに…あまつさえ、時には命さえ奪おうとしてしまう…歴史というものは、争いと憎しみの連鎖で成り立ってきた側面があります。決して認めたくはありませんが、不安定な社会の中、弱いもの、生産性のないものが不利な立場に置かれてしまうのも、ある一面では仕方ないことなのかもしれません。
しかし、我々人間には、自然の中で生き延びるのに必死なだけの動物にはない『勇気』と、『思いやり』があります。これは動物としての本能を凌駕する、人間だけの心の働きだと思います。リスクを承知で他者を受け入れる『勇気』と、他者の悩み苦しみに共感できる『思いやり』。この二つの感情は、野蛮な獣とは異なる、私たちの長所であり誇りです。障害のある人とない人、様々な課題を抱えた人たちが、自分の居場所を適度に守りながら生活を維持し、けれど決して他との交わりも放棄しない。そんな多様で強固な社会を造り上げることが、悲劇の再発に繋がると私たちは信じます。とはいうものの…八障連としてできでることは、ほんの僅かでしょう。
八王子に通勤する人、通学する人、そして居住する人。毎日大勢の人とすれ違いながらも、日常の中での個別の関わり合いはつい薄くなりがちです。 一人でも多くの人に、障害のある人もまた、身近な隣人であり、社会を形成する一員である、という事実を、一般の市民の方々にも知ってもらうきっかけを作っていきたいと思います。
最後に、来たる5月20日には、前年度の活動を総括し、新年度の活動の指針となる総会を行う予定です。ぜひ多くの方にご参加によって、八障連を見守っていただきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします



【連載コラム vol.11 『補助犬とまちを楽しく歩きたい!』 ハーネス八王子 鈴木由紀子】
《大好きなパン屋さんに自由に出かけたい!》
 
私の大好物の一つはパンである。だからパン屋さんには、いつでも自由に出かけたい。ところが、最近のパン屋さんでは、焼きたてのパンが包装されずに棚に並べられ、客がトレイを持って品物を選ぶというシステムの店が増えている。だから、盲導犬と一緒にそのようなところに入ることがためらわれ、パン大好き人間の私は歯がゆい思いをすることがある。そこで、パン屋さんで買い物をする際のよい方法はないのか、私がよく利用するパン屋さんを例にして考えたい。

私のパン好きは、子ども時代から始まっている。そのころ両親が営んでいたいなかの小さなおかし屋には、毎日11時ごろになると焼きたてのかしパンが運ばれてきた。私はおかし屋の娘の特権として、まだぬくもりも残っている焼きたてパンをゲットして、最もおいしいうちに食べさせてもらっていた。だから、パンはおいしいものという感覚が自然に身についてしまったのである。就職して数年後に初めて一人暮らしを思い立ち、どんなところに住もうかと模索したときに浮かんだ条件の一つも「近くにおいしいパン屋さんがあること」であった。そしてラッキーなことに、いまの住まいの近くにも「お気に入りのパン屋さん」を見つけることができた。数年前に優秀なホームベーカリー(家庭用のパン焼き機)を買い、ドライフルーツ入りの自家製食パンを私自身で作ることもあるけれど、プロの職人が味や食感などを工夫して作り上げて店頭に並べられた商品は更においしくて、「このパンをまた食べたいな!」と思うほど感激させられることさえある。
 私がアーサとそのパン屋さんを利用するときは、次のような工夫をしながら、いわば対面販売をしてもらっている。
そのお店の入り口を入ると、右手に少し広めの空間があるので、「ダウン」と指示してアーサをそこに伏せさせて、私がその横に立つ。こうすると、アーサが良いにおいに触発されてきょろきょろしたり、商品に近づいたりすることがないはず。そして2、3メートル離れたレジに向かって私が買い物をしたい旨を告げ、サポートを依頼する。店員が私のそばに来たら、食事用、おやつ用などと用途を告げて、そのとき棚に並んでいる商品や、季節のおすすめ商品情報を得る。商品名だけでイメージがつかめないときは、どんな材料が使われているのかといった特徴も聞いて欲しいものを選び、品物をその店員さんに集めていただく。会計処理もその店員にお願いし、商品とおつりを受け取ってお店を出る。私が財布を出したときなど、途中でアーサが立ち上がったら、すぐに「ダウン、ダウン」と声をかけて伏せたまま待たせるという工夫をしている。店先でのトラブルを私は一度も経験していないけれど、それは明日我が身に振りかかる問題かもしれないと心を引き締めることにしている。

 身体障害者補助犬法や、障害者差別解消法などの法律で「補助犬はどこにでも行けることになっている。しかし、実際にまちで一緒に暮らす人たちの理解が得られなければ、それらの法律の趣旨は実現できないことになるのだ。特に生鮮食料品を扱うお店で、キャリアウーワン(お仕事犬)も一種の動物として扱われ、歓迎されない傾向があるけれど、いま住んでいるまちでいろいろな思いを実現して楽しく過ごしたい、補助犬はそのために欠かせないものである、そんな私の思いを無理なく理解していただける人を増やせるように努めたい。



【 連載コラム B型肝炎闘病記 パオ 小濵 義久】

闘病史 その15

当時はパソコンもワープロもまだ身近にはなかった。その11で触れた私の初めての共同執筆の学術書の原稿は、手書きの原稿用紙に赤字で修正を加え、段落を変えなど何度もしていると訳が分からなくなって来た。引用文献などとの照らし合わせなどもスペースが狭くてうまく進まない。遅々として進まない作業にじれ、3ヶ月を過ぎる頃には投げ出してしまった。出版社の担当者に状況説明の連絡をすると、他にも原稿の遅れている人が2人いるので無理をしなくて大丈夫ですという事だった。ワーォ!オモシが取れた。
しかし、今度はやることがなくなり、いよいよ病棟生活にも飽きてきて、コピー君(同じB肝炎患者で神戸から来て、6ヶ月も入院中の20代後半のコピーライター)とさかな君(若年性糖尿病患者の矢張り20代後半の荻窪在住で魚屋の跡取り息子)と3人で外出して、外のレストランへ食事に行ったり、喫茶店に行ったり少し羽目を外し始めた。そのうち羽目の外し方が目に余るものになってきたのだろう。一度熊田Drに療養態度を注意されたことがある。くまったなぁ~。モー、どうしよう。
入院中の食事は、治療的にも大切な要素のひとつだと思うし、何より患者さんにご飯をきちんと食べてもらうということが基本だと思えるが、とても食が進むようなメニューにはなかなかお目にかかれなかった。何より献立に鶏肉料理が多いのには参った。これは肝臓食の特徴でもあった。食べ物を残すことができない性質なのだが、毎日のように出てくる鶏はそのうち残すようになった。

だからと言っちゃなんだが、外へ食べに行きたくもなるというものだ。
食事療法という言葉があるくらいなのに、何故こんなに美味しくない料理を平気で出し続けられるのだろうか?と、病院の姿勢には常々疑問を感じていた。何年くらい前だったか、入院した時に食事の内容が随分変わっており、美味しいとさえ感じるようなメニューに出会えた時には吃驚したし、嬉しかった。食事近くなると待ち遠しく、楽しみにさえなった。
小さい頃、私は肉や魚は殆ど食べられなかった。肉を見るとギョという顔つきをしていた。カレーライスに入っている肉の欠片を食事前にひとつ残さず摘み出していたし、とんかつは衣しか食べなかった。蛋白源は卵と大豆製品、ウナギくらいだったか。中でも鶏料理は一番の苦手だった。長ずるにつれ、好き嫌いがなくなり、何でも食べられるようになったが、鶏が美味しいと感じるようになったのはつい最近の事である。
GOTもGPTも正常値前後をまだうろうろしていたが、その後間もなく退院許可が下りた。入院生活の継続がかなりストレスフルに感じられるようになったので、自宅療養を願い出ていたのである。退院できたのは入院から実に100日をゆうに超していた。長かった。辛かった。精神科に長期入院している人たちの気持ちの幾らかは分かった気がした。(次号に続く)



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